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鴨が鍋に入ってやって来た  作者: さわZ
暴れカモの妨害スープ煮込み
157/205

序章 YOU ARE MY HERO

しんしんと雪が降り積もり、足首が埋もれるほどの真冬。

カモ君達は魔法学園での終業式を終え、冬期休暇へと突入する。二週間ほどの休暇なのでここに通っている生徒の半分は帰省し、もう半分は寮でのんびり過ごす。

だが、カモ君を含めた数人は違う。

軍事施設での強化訓練を受けたその日の夕方。

彼等は休むことなく、学園の闘技場を借り切って鍛錬に精を出していた。

そして、またカモ君がトラックに跳ね飛ばされたような勢いで転がっていた。


「修練はこれで終わりだ。体を休めて五日後の決闘に備えてゆっくり休め」


スキンヘッドの男。アイムはそう言って自分が吹っ飛ばした生徒に歩み寄り手を差し伸べた。

吹っ飛ばされたカモ君は口から少量の血の混じった唾を着込んでいる運動着の袖で拭ってもう一度彼に挑もうとしたが、アイムに止められた。


「焦るのはわかる。だが、これ以上やっても無駄だ。お前は早朝の筋トレからランニング。昼から同級生と上級生との模擬戦。そして、俺との手合わせ。はっきり言ってオーバーワーク気味だ。体を壊しても知らんぞ」


アイムにもカモ君が追い詰められているのはわかる。

モカ領と自身の身柄を担保にした決闘が行われる。それに対して必死に力をつけたいのはわかる。だが、ここまでだ。

これ以上やればカモ君の体に負担になるだけだ。もしかしたら、風邪をひいたり、決闘には間に合わない程の怪我を負うかもしれない。

そうなればただでさえ勝ち目が薄い決闘に挑まなくてはならない。


だが、足りない。自分には何もかも足りないと実感している。


体力・魔力はもちろん。体術や装備品。そして低レベル上限からくる低ステータス。

戦闘能力の総合が一番高いのがカモ君だとしても、一番伸びしろがないのもカモ君だ。

だから必死に『エミール・ニ・モカ』を上手に扱えるように訓練をしているのだ。

同じ決闘に出場する生徒。戦いの中で成長できる『主人公』のシュージ。その『仲間キャラ』であるネインやイタ。ついでにキィなら、今からでも少しは強くなれるだろうが、そんな彼等も訓練を行っていたが、カモ君同様校医の先生にドクターストップを受け、修練を終えている。闘技場の控室でシャワーを浴びて着替えた後、カモ君とアイムの戦闘訓練を見守っていた。

闘技場にいるのは元冒険者のアイムだけではない。それぞれの魔法属性に合わせた教師もまた決闘に向かうカモ君達の修練に付き合ってくれていた。

今もなお、カモ君がこうして残っているのも焦りから来る彼の我儘。だが、それもここまで。

回復魔法の恩恵やシバ校長やミカエリからの支援物資である回復ポーションを加味してギリギリの修練はここまでだ。


「…今までありがとうございます」


「…ふん。縁起でもない事を言うな。お前にはまだまだ教えたりない事が山ほどある」


これまでの模擬戦と修練の熱でカモ君の全身からは汗。体操服のあちこちには裂傷や火傷した時出来た穴もあった。そして体操服の上からも見てわかるほど汗の蒸気を発していた。


「勿論です。自分もまだ多くの事を学びたいですから」


「それならいいが。修練以外でやり残したこともあればしっかりするように」


最後の晩餐的な?


と、カモ君は考えたが、場の雰囲気を読んで押し黙る。

それは、これまで自分の修練に付き合ってくれた教員への侮辱ともなることだからだ。


「自信を持て。お前はこの学園の生徒の中でも十分強い」


「ありがとうございます」


カモ君はアイムの激励をクールに微笑みながら受け取った。

だが、本心だと体力・魔力を共に使い切り、大口を開けて呼吸したい。体のあちこちに出来た裂傷や火傷。打ち身に小さな骨折といった負傷から来る痛みで泣き叫びたい。

そうしないのは彼の精神力もあるが、そんな弱気なところを見せたくない恋人がずっと自分を見守ってくれているからだ。

だからカモ君は強がる。足掻く。

アイムや教員達に背を向けてカモ君も闘技場の控室へと向かって歩いていく。そんな彼に寄り添うようにコーテも駆け寄り、共に歩いて行った。

寒さからか、それとも疲労や痛みからだろうか。

かすかに振るえる体でしっかりと歩いていくカモ君を見てアイムは小さくため息をついた。


「…まったく。いろんな意味で貴族ってのは面倒な生き物だな」




アイムと同様の意見を持った人間とドラゴンがいた。

一人はこの世界の『主人公』シュージ。

幼馴染のキィから自分が特別な存在だと知らされた少年である。

カモ君の修練に付き合いたかったが、魔力よりも先に体力切れを起こし、修練を終えた後もすぐに着替えてカモ君の修練の場面を、闘技場の観客席からキィや先輩のネイン。差し入れを持ってきてくれたアネスにカモ君の奴隷になったライツと共に眺めていた。

シュージがカモ君の修練を見た感想は、これこそが『主人公』なのではないかという疑惑と情景の念だった。

誰もが言った。魔法攻撃力は今や決闘に参加する誰よりも高い。体力・魔法力・スタミナの総量の伸びもシュージが一番あると。カモ君も言っていた上に、自分でもそう感じていた。総合戦闘力はカモ君を凌駕しているだろうと。

だが、シュージ自身だけは。そう思えなかった。

確かに自分は強くなった。なんならカモ君に勝てるビジョンも浮かぶ。

だが、それでもカモ君の粘り強さに勝てる気がしない。勝てるビジョンも容易に覆されると。

勝負に勝てたとしても、きっと。いや、間違いないなく最後まで立っているのはカモ君の気がして仕方がない。


執念。


これがカモ君の強さの源だろう。

それが気高いものなのか、どろどろとした欲望から来るものかはまだ分からない。

だが、きっとカモ君はその使い方を間違えないだろう。


みっともなく、情けなく、無様に、最後まで足掻く人間を不快と思う人間からしたらカモ君の性質は受け入れられない。結末が分かっているなら受け入れるべきだと。


そうしない。認めたくない。と、成してきた人物こそが『主人公』なのではないかと。


キィからカモ君が自身を『踏み台』というのも自覚しており、自分が『主人公』だという事も知られている。

シュージはそれに納得していない。だが、カモ君は納得している。

それが唯一、彼の気に入らないところだった。

恐らくカモ君もシャワーを浴びた後は体育館や講堂で行われている終業式兼年末パーティーに参加するだろう。そこで少しでも英気を養ってほしい。だが、その終わりに彼と話そうと決意する。

今の状況に。『踏み台』という立場に納得しているのかと彼に問い詰めたいと思っている。

もし彼が自分の事を捨て鉢だと考えていたら、それを止める。諦めているのなら鼓舞させる。

何故なら自分は彼の友なのだから。そして、彼はシュージにとっての憧れのヒーローなのだから。




そして、シュージのすぐ隣にいたカオスドラゴンの少女。コハク。

彼女はシュージとは違い、そこまで深くは考えてはいなかった。

カモ君の修練も、頑張るなぁ。くらいに留めていた。

結構飽きやすい性格の彼女が最後までカモ君の修練を見守っていたのは訳がある。

その訳がまた発生したので軽く視線を闘技場の隅に寄せる。

そこは闘技場の隅にある白い柱の一つで、雪が降っていることもあってか完全に風景の一部だった。実際目を凝らしても言われるまで気が付かない。言われても気が付かない存在があった。

そこに向かってコハクはちょっとだけ意識を込めると、柱の一部に黒い線が奔る。それは人型を象り、その場に倒れ伏した。

コハクの意図的に上げた雰囲気の圧に意識に持っていかれたのだ。

その正体はネーナ王国から密偵であり、任務内容は決闘参加者の情報収集。可能ならば暗殺を行う事。


これで三回目だ。


と、小さく呆れながらコハクはため息をついた。

彼女からしてみれば自身に向けられた悪意など水鏡に波立つ波紋のように感知できる。彼女でなくても彼女の着込んでいるドレスへ変化しているスフィアドラゴンが感知し、排除できる。

コハクとスフィアドラゴンが異常に感知能力が高いだけで、ネーナ王国の密偵達は決して弱いわけではない。むしろ強い方であり、戦闘になってもリーラン王国の軍隊部隊長くらいの実力がある。カモ君や未熟なシュージが相手でも倒せるだろう。

リーラン王国もそれを警戒している。が、それをすり抜けてここまでやって来た密偵を褒めるべきだ。だが、そんな彼等もリーラン王国。もしくはセーテ侯爵の暗部の人間に人知れず連れていかれた場面まで見たコハクは、カモ君がシャワーを浴びて着替えて出てきたところにシュージ達が出迎えに行ったのでついていった。

別にコハクはカモ君達に味方しているという程彼等に好意は持っていない。別にカモ君達がここで暗殺されても構わないのだが、それではあまりにも面白くない。

コハクはカモ君を『面白い親戚のお兄さん』くらいまでは思っているが、そこで死んでしまうのは仕方ない。と割り切っている。

が、ここで彼が死んでしまえばおそらくきっと決闘で繰り広げられる死闘からくる面白い思考と足掻きを見ることが出来ない。それは面白くない。


だから、暗殺という悪意を感知した者だけの意識を刈り取ってその場に転がしている。

軍事訓練所。魔法学園の空き教室。そして闘技場。

どれもこれも人気のないところで暗殺を担っていた輩だけをとっちめているが、情報だけを集める密偵は見逃している。おそらくだが自分の事も知らされているだろう。まあ、だとしても自分には関係ない。むしろ、カモ君が苦境に立つかもしれないという可能性も考えてあえて見逃している。

この後に行われる年末パーティーにも密偵はまぎれている。もしくは買収された輩も出てくるだろうが、実害がない限りは見逃すつもりだ。

だが、それとなくカモ君には知らせよう。その時の対応と心境はきっと楽しめるものだから。

それを夢想したコハクの頬を緩めてカモ君の背中を見つめていた。




そんな彼らの思惑を背負っているカモ君は隣を歩いているコーテに今日までのサポートに礼を言いながら、彼女に年末パーティーのプレゼントを渡した。


白い小さな花を思わせる髪留め。


シルヴァーナ・ニアの作成時にミカエリから渡されたお給金で買った物で空色の彼女の髪に合うだろうと購入したアクセサリー。

カモ君の美的センスはあまりない。しかも、これを買いに行く時間は殆ど無かったのだが、修練の合間を縫って、魔法学園の近くにある宝石商店に足を運び、店員のアドバイスを聴きながらどうにかコーテに似合うアクセサリーを選んだ。

カモ君の財政はかなり悪い。しかし、今の今までサポートしてくれたコーテに何かしらのお礼はしたかった。

贈り物のシーズン真っ只中という事もあって、指輪やネックレスなどは既に売り切れだったが、どうにか彼女に似合いそうな髪留めを購入した。

今回のプレゼントも結構な額になったが、貴族から貴族への贈り物としては妥当な物。

少量の銀鉱石が使われたアクセサリーをコーテはその場で身に着けた、

カモ君は後で気が付いたが、貴族の子女達がこういった目に見えるアクセサリーをパーティーで身に着けるのは、『私はアクセサリーをくれた人と親しい仲です』と、暗喩しているものだ。

コーテは背が小さい。しかし、見目麗しい少女だ。彼女に話しかけてくる男子生徒は今でもちらほら出ている。しかし、これを身に着ければそんな輩も引っ込むだろう。

それでも声をかけてくる輩はコーテの変化に気が付かない鈍感な人間か、俺の方があんな奴より満足させられるぜ。という剛毅な輩だろう。


「これが無かったら愛想が尽きていたかも」


これはカモ君からのそんな輩への牽制。いわば自分のへの独占欲だ。

そうでなくても自分への愛情を形にしてくれるカモ君への好感度を維持したコーテはそんな冗談を言った。


「それは。本当によかった」


カモ君からしてもコーテへの愛情表現をしたかったのもあるが、コーテが自分から離れてしまってはきっと立ち直れない。肉体的にも。精神的にも。

それだけカモ君は彼女に依存しているとも言ってもよい。そんな彼女が離れないというのならこのプレゼントを贈った事も間違っていなかったと安心したカモ君。


だが、ちょっと考えてみた。コーテさんからカモ君への奉仕を。


マジックアイテムの貸付。

ダンジョン攻略・修練の回復役を担う。

学生生活でのサポート。

他にも、彼女の兄がモカ領を預かって運営している。等々。

公私共にコーテに支えられているのだ。そんな彼女が離れたらそりゃ立ち直れないよね。


俺はいつだってそうだ。いつだってやった後に気が付く。どうしてこうも綱渡りしているんだと自分に怒鳴りたくなる。


「でも、出来れば私の誕生日にも送ってほしかった」


彼女の誕生日は夏。ちょうどカモ君がギネに因縁をつけられていた頃だ。

その時の状況を考えるとそんな事をしている暇はなかったので仕方ないのだが、その時点で見捨てられなくて本当によかったと思っているカモ君。

気付かないうちにカモ君は地雷を踏んでいた。運よく爆発しなかった。外的要因が悪すぎたおかげで助かったのだ。


「う。ら、来年はちゃんと渡すから」


コーテは伯爵家。カモ君は子爵家。しかも、廃嫡されたような物なので平民かそれよりちょっと上という状況。立場的にも二人は不釣り合い。それなのに誕生日プレゼントを忘れていたとは愛想どころか絶縁を言い渡されても仕方ない。

コーテの度量の大きさに感謝しかないカモ君は頭を下げて謝った。

ただ、カモ君が来年もこの魔法学園に居られる保証はどこにもない。それどころか存命の保証もない状況に何故かなっているのだ。

そんな不安もありながらもカモ君はコーテに謝罪した。


「期待している。だから、それを裏切った時は…。クーとルーナに告げ口しちゃうから」


そんな事になれば、カモ君の兄としての威厳は木っ端みじんになる。


想定開始。

クー&ルーナ『にー様・にぃに。クズヒモ野郎だったんですね。最低です。死んでください』

想定終了。


そんな事になればカモ君は本当に死ぬ。自殺する。


「天地神明。この世に生きる全ての命とこれまでの命に誓って貴方様に供物を捧げます」


「いや、コーテは邪神じゃないから」


うるせぇ!俺にとっては兄の威厳を脅かす存在は邪神なんだよっ!それ以上の存在なんだよ!


アネスが呆れたようにツッコミを入れるが、カモ君には一事が万事。何事も愛する弟妹に繋がるのだから油断も慢心も出来ないカモ君。コーテの一言で少し緩んでいた警戒心を引き締め直した。

これから年末パーティーに行くが、それが終われば翌朝には決闘場が設立されているだろう地区まで移動する。その移動時間で、修練により疲れた体と魔力を癒すつもりだ。

やれることは全部やったつもりだ。決闘場の建設に携わったというミカエリからも何かしらの援助を頼みたかったが、これ以上こちらに関与すると彼女にも迷惑が掛かる。

他者の魔力を接収できる『搾取の腕輪』はおそらく彼女から受け取れる最後の支援なのだろう。そう思うと幾ばくか勇気づけられた。

だが、今回の決闘。負ければクーとルーナ。ひいてはモカ領の命運もかかっている。負けられない戦いがこうも連続するのはいくらカモ君でもきつい。というか普通ならつぶれている。そうならないのはミカエリのような技術者の支援やコーテのような恋人。愛する弟妹達の存在があってこそ。


「エミール。年末パーティーなんだが、話したいことがあるんだ。時間が空いたらちょっと話さないか?」


「いいぞ。ただ、ダンスの時間の後でいいか。それまではコーテといたいんだ」


数人の美少女を連れた赤毛の少年。シュージ。

これだけ美少女に囲まれながらも爛れた噂もなく、かといって授業やダンジョン攻略というアルバイトに精を出す好青年。

なにより多くの危機的状況を打破し、それに驕らない。

レベル的に大きく成長していく『主人公』。彼がいるのならどんな障害も乗り越えてくれると思える少年がいるのならまだカモ君は戦える。

決闘相手はまだ何も見えない強敵だろうが、シィやネインが少しでも削ってくれればどんな状況も打破できる可能性を持つ『主人公』なら倒せると信じている。

だからカモ君はまだ頑張れる。目の前にいる『世界の英雄』がいる限りは、彼はまだやせ我慢を出来るのだ。


「それで構わない。その後。すぐでいいか?」


「いや、きっと時間がかかるぞ。俺じゃなくてお前が」


「? どういうことだ?」


年末のパーティーでは気の合う男女や、仲がいい男女。許嫁が決まっている貴族がそれぞれ踊るが、それ以外にも自分が気になる相手にアプローチするためにダンスの相手をお願いすることも兼ねている。

そして、この国ではそれを拒むことは基本的にタブーとなっている。相手に気になる特定の相手や許嫁がいるときはダンスを願い出ることは出来ない。が、フリーであるシュージの周りには現状でも数人の美少女がいる。きっとカモ君の数倍はダンスからは逃げられないだろう。

キィにネイン。コハクに望み薄だがイタ。大穴にライツ。他にもシュージの事を狙っている貴族子女はちらほらいるとコーテから聞いている。見た目が可愛らしいと格好いいが両立するだけではなく、急成長している魔法使いだから将来有望。今のうちに唾をつけておこうと考える令嬢は数多いのだ。


「まあ、すぐにわかるさ」


「わ、わかった」


しかし、シュージも成長したものだ。レベル的にもあるが精神的にも成長した。だからこそコーテとの時間が過ぎるまで待ってくれているのだから。これが半年前なら気にせず話しかけて来ただろう。


そう思うと、なんだがカモ君は嬉しくなった気がする。

例えるならもう一人弟が出来て、その子が成長したことを実感できるような変な兄心。

ただ、シュージの年齢を考えればそれも異常なまでの成長だ。前世で言えばまだ中学生になったばかりか、それ未満の年齢なのにここまで考えられるまでに成長したのは彼が『主人公』。いや、この世界の英雄だから。なのかもしれない。


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