第七話 人間っていいなぁ
コハク「のぞき見しようと思ったら先着がいたでゴザル。しかも何やらカモ君に対して不穏な事を考えているようだからとりあえず声をかけるか」
コハクしたら肩ポンのつもりだったが、罪ありきの兵士&ライツからすれば、強烈な精神攻撃の如くの気配で気絶した。
コハクは人間からしたら気配を完全に殺すことも出来る。
いきなり後ろから大音量の破裂音がすれば誰でもびっくりするもの。ただ、びっくりが過ぎてスパイとライツは気絶した。
実践組手も終え、就寝時間ギリギリまでの訓練の後に風呂と食事を摂ったカモ君は兵舎に用意された部屋のベッドに腰掛けてようやく一息入れたところだった。
過密すぎるスケジュールだと思うが、カモ君が想う事はまだ足りない。と言ったところだ。
何せ、自分はもうレベルがMAX。伸びしろはほぼ無いと言ってもいい。
だから残った強化内容は経験と技術の習得だろう。
つまりは戦闘技術の強化。それを考えると今の環境は最適ともいえる。
徒手空拳から始まり、剣、槍、弓。こん棒、鞭。更には大鎌や針と言ったマイナーな武器を得意とした兵士たちと組手が出来るのはカモ君的にはありだった。現にそれらの武器を持った相手と戦うとなったら多少なりには対応できる自身はついた。だが、それでも足りないと思う。
四天の鎧。
あれがどうしても頭にちらついて悩ませる。
あのチート鎧を刺客が持っていたのだ。今回の決闘でそれが出ないとも限らない。
あれは国宝級のアイテムが最低でも四つ必要となる上に、おそらくだがミカエリクラスの技術があって作られるものだと。そして、その技術=決闘相手のレベルだと考えるとどうあってもカモ君では勝てそうにない。
光魔法のブーストに鉄腕を発動させてもどうにか衝撃を与えられるかどうか。圧倒的に攻撃力が足りない。
どうにかそれを手に入れない限りカモ君に勝ち目はない。
決闘のルールにも問題がある。
場所は指定されていないが、両国が閲覧する『決闘』のためおそらくは見晴らしのいい開けた場所で行われるだろう。
そして、そこはおそらくモカ領であり、その建設にはミカエリも関係しているのだろう。彼女程の技術があればおそらく三日もすれば立派な舞台が造られるはずだ。
何故なら、カオスドラゴンの娘という奇天烈な場面に顔を突っ込まない。という選択肢を彼女が取るはずがない。
一応、こちらからも連絡を取ろうと手紙は送っているが返事は来ていない。まあ、まだミカエリとは三日も間をおいていない。
この際、どんなデメリットを持っていたとしても有効だとなるマジックアイテムを作成してほしい。
…オークネックレスの粘液を相手の顔にぶつけるくらいしか思い浮かばないが。
と、そこまで考えたが疲れから来る睡魔に瞼を重く感じたカモ君は就寝しようとベッドに横になろうとしたところでノックをしながら扉を開けて入ってくる者がいた。
そういえば鍵を閉め忘れていたな。と、カモ君も度重なる窮地から脱していたからか気の緩みがあった。
「エミール。少し話があるんだけれど」
「コーテか。まあ、あるよな」
カモ君は既に用意された寝間着に着替えていたが、コーテは動きやすい魔法学園のジャージを着ていた。その表情はいつもの無表情だが、少しだけ瞼が下がっているようだった。
「今までなあなあでついてきたけど、一度きちんと話し合いをしよう」
「…そうだな。でないと、お前も納得しないだろうな」
まあ、自分も未だに納得していない状況だが。
カモ君はベッドに座ったまま自分の隣をポンポンと叩いてそこにコーテを座らせた。
端から見ればここから事案が発生するのではと思われるだろうが、現状、そんな甘い話が出来るものではない。
そこで彼から語られたのはスフィアドラゴンに攫われた後、裏ボスのカオス・エルダードラゴンとの遭遇。そして、取引の事だった。
どうして、敵国の将軍や国王をすっ飛ばしてラスボスのその先である裏ボスに出会ったかと尋ねられれば、入学式からしばらくして襲来したブラックドラゴンが原因だと聞かされたコーテは思わずため息をついた。
確かにあれは今でもよく覚えている出来事だ。そして、カモ君がクーの救出のために無茶をしないはずがない。まさか、そこで興味を持たれるとかあまりにも仕方がない事だった。
「エミール。貴方、この世界の創造主に呪われているんじゃないの?」
「『原作』ではその創造主に当たるメンバーから蛇蝎のように嫌われていたからなぁ」
カモ君の言葉に少しだけムッとしたコーテだが、カモ君の次の言葉を聞いて文句を言うことをやめた。
「だけど、これはゲームじゃない。似たような世界。現実だ。たとえそうだとしても足掻ききってやるさ」
ゲームではいくつかの選択肢で未来が決まってしまう。だが、それはシャイニング・サーガというゲームでの中の主人公にだけ適用される。
だが、カモ君は違う。ゲームに出てくるキャラクターだが、そこには明らかに違う魂の籠った一人の人間なのだ。いくらでも取れる選択肢はある。
今からコーテを連れてどこかへ逃げることも出来る。そのままモカ領へ向かいクーとルーナを連れて関係のない第三国へ逃げることだってできる。
それを行わないのはただこの国に愛着がわいたから。
友人となった『主人公』のシュージの事も助けたい。
これまで世話になったミカエリを始めたセーテ侯爵の恩義に報いたい。
何より、隣にいるコーテとの思い出が詰まった魔法学園を守りたいという想いもある。
それらを全て叶えたい。
ああ。なんだ。自分はただの強欲者だったのだ。
弟妹達を守りたい。
友人たちを救いたい。
恩人たちに報いたい。
恋人との思い出の場所を失いたくない。
その全ては逃げ出しては何一つ守れない。
なら、戦うしかないだろう。勝つしかないだろう。
まだ時間はある。もしかしたら決闘自体がなくなるかもしれない。モカ領が危機から脱するかもしれない。
ミカエリをはじめとした頼りになる大人達を自分は知っている。自分よりも強い者も知恵ある者も知っている。頼る事が出来る。何より、無限の可能性を持った『主人公』のシュージがいる。
これくらいの希望を持って前に進むことはやってもいいだろう。
しょせんこの身は子供なのだ。『踏み台』なのだ。周囲に期待して何が悪い。ならば少しくらいは頼っても文句はないだろう。
「なあ、コーテ。これからも頼ってもいいか」
弱ステータスに、身分も立場もない。金も無ければ、財産もない。
本当に駄目駄目な自分だがまだ頼らせてほしいと目の前の恋人に告白する。
コーテもわかっている。もうすぐ行われる決闘はおそらくこれまで以上の強敵が現れてくる可能性は十分ある。
「勿論。出来ることは少ないけれど」
そう言って両腕を広げてカモ君を迎え入れる体制をとる。
それに何の抵抗もなく体を預けるカモ君。
彼の大きな体はかすかに振るえていた。
彼だって怖いのだ。これから起ころうとしている事態に。現状でもてんてこ舞いな状況。
あと何度死闘を繰り返せばいい?どうすればこの流れを変えられる?
それが分からないまま逃げ出さず、前へ。
恐怖を抱えながら前へ。
前に行くしかカモ君の望んだ未来は手に入らない。
どれくらい彼を抱きしめただろうか。数十秒か数分か。
彼の震えが収まるまでコーテは抱きしめ続けていた。
そうして、ようやく震えも収まり会話を再開させようとした時だった。
…交尾するのか?
そんな鈴の鳴ったような少女の声がカモ君とコーテの頭に響いた。
二人は慌てて離れて辺りを見渡すがその声の主は見当たらず、しばらく探してようやく声の出所を見つけた。
それはカモ君に当てられた部屋(三階)の窓の外。まるで蛾のように窓に張り付いているコハクがこっちをじっと見ていた。
え?なにこのドラゴン?覗きなん?
カモ君はとりあえず窓を開けて彼女を部屋の中へと招き入れて、彼女がどうしてここに来たのかを問う。
「宿題の人間観察」
あるのか。ドラゴンにも宿題という概念が。
「…コハク様。今までのご無礼申し訳ございません。」
コーテはカモ君から聞かされた内情を整理し、とりあえずコハクに謝罪することにした。
こういった不備は早めに対処したほうが後々いい方向に向かうのだ、
「ん。私は許すよ」
だが、こいつ(アース)はどうかな!?
なんて事にはならいようでほっと胸をなでおろしたカモ君。
もし、なったらなったでコーテの代わりに自分が罰を受ける気でいたから安心感は猶更だった。
「…で、交尾はしないの?」
「しません。あれは誰かに見られながらやる物ではありませんから」
「ちぇー」
コハクは残念そうに唇を尖らせたあと、小さなあくびをした。
その様子を見てコーテはコハクの手を引いて自分達に当てられた大部屋へ向かうことにした。
「明日も早いですからね。お部屋へ戻りましょうか」
「…わかった。…カモ君も戸締りと周囲への警戒を怠らないでね」
コハクに言われてようやく気が付いた。
ここは魔法学園のように魔法でのセキュリティーが施されていない施設だ。
どこで誰かがコハクのように自分達がいる部屋をのぞき見しているかもしれないのに前世や『原作』の話をしてしまった事を恥じた。
「ご忠告、痛み入ります」
コーテ達が出ていった後にカモ君は改めて結界の効果がある魔法を展開するといきなりその結界に反応があった。しかも三つも。
反応があった窓の外を見るとそこには、この兵舎の利用者(一般兵士)らしき人間が二人。そしてメイド姿のライツが倒れ伏していた。
後でわかることになるが、この兵士はネーナ王国のスパイと協力者であり、見回りの兵士に気づかれることなく、ここまで潜入出来たが、カモ君の事を観察に来たコハクによって無力化された。彼らの目的はカモ君の内情を調べ上げながらライツに接触したという事が分かった。
「…本当に気を引き締めてかかろう」
カモ君は頬を叩き気合を入れ直すととりあえず、倒れている人のところまで行き、見回りの兵士に気絶した兵士を回収するように願い出る事となった。




