第三話 恋と故意
カモ君達の教室に向かう二人の女子生徒がいた。
一人はコーテ。
カモ君が帰ってきた後に気絶した彼女はこれまでの疲れもあってか、丸一日眠りについた後に慌ててカモ君を探して、男子寮に訪ねた。
自分が見たのが夢ではなかった。そして、彼がいつもの通り授業を受けていることを知ったコーテは女子寮に戻り身だしなみを整えてからカモ君の顔を見ようと彼の教室へと向かっていた。
もう一人はネイン。
スフィアドラゴンの気配を二度も体験してしまった彼女は口では見回りを表して休み時間を利用してシュージのいる教室によろうとしていた。
自分でも気づかない程の小さな好意の対象であるシュージの安全の確認と、彼の傍で得られる心の安寧のため彼女達は来た方向は違うが、ほぼ同時にカモ君達の教室の前までやって来た。
「…あ、確か。…ボーチャン先輩」
「貴方は…。たしかモカ君の」
そこで二人は挨拶をする。
「コーテ・ノ・ハントです。ボーチャン先輩」
「ネインでいいわ。私もコーテさんと呼んでよろしいかしら」
「ええ、よろこんで」
挨拶も最低限に。二人とも本当にしたいのは気になる男子の安否。
しかし、貴族の子女として礼儀を欠くわけにもいかない。
お互い焦りを笑顔の下に隠して、そうやって目の前の教室の扉を開けるか思案していると。
ドゴンッ!
と、カモ君達の教室の扉を揺らす振動と共に何か大きなものがぶつかったような音が響いてきた。
それも数秒後には何度も何度も鳴り響いた。
まるでこの扉の向こうで花火が上がっているかと思わせるほどの音が連続してくる。
この異常事態。
普通の人間なら怖気づくが、コーテもネインも恋する乙女だ。むしろ口実が出来たと両者共に扉に手をかけて、開け放つ。
と、同時にキィが表情を強張らせて青い顔で飛び出していった。
本来、平民であるキィが貴族であるネインやコーテに何の挨拶もなければ、礼儀もなかった。しかし、そのただならぬ雰囲気に圧倒されたコーテ達は彼女をとがめなかった。いや、出来なかった。
なぜならば、教室のほぼ中央では一人の命の危機に奮闘する場面を見かけたらである。
扉の向こう側にあったのは大騒ぎをしている生徒達とそれを何とか収めようとする教師。
その中心でカモ君の攻撃で異常に気が付いたコハクのセーフエリアを解除してもらい出してもらったが、意識を失い、青い顔をして仰向けで寝かされたシュージに、心肺蘇生を行っているカモ君の姿があった。
「誰かはやくっ、保健の先生をっ!上級の回復魔法を使える人を呼んできて!」
「あんた先生だろっ!何とかしろよ!」
「こんなのいやよっ!どうして昨日からおかしなことばかり起こっているの?!」
「1っ!2っ!3っ!1っ!2っ!3っ!戻ってこい!シュージ!」
「…人間ってこんなにか弱いんだね」
どうしてカモ君の周りには平穏が訪れないのだろうか。
コーテは頭を抱えながらカモ君達に近づきながらこう言った。
「…状況はわからないけれど。…チャンスですよ、ネイン先輩」
人命救助という名目で、人工呼吸という合法的な接吻が出来るだけでなく、貴族の娘にそこまでやらせてしまったら責任を取らせるしかなくなる。
ネインがカモ君の手伝いを行えば彼女は二度おいしい想いが出来るのだ。
そして、コーテは少しでもカモ君に近寄る女性を排除したいのでネインの好意の矢印をシュージにだけ向けさせ、太くさせようとしていた。
「な、何のことか知らないけれど。ええ、民を守るのも貴族の務めですものね」
そして、まんまと乗せられたネイン。
彼女は正義感や貴族の義務というものを持ち合わせていたが、ある意味箱入り娘なのでまんまとコーテの策に乗ってしまった。
シュージの傍までやって来たネインは体を少し震わせ、顔も赤くさせながら緊張していた。
そのためだろうか、その場で躓いて思わず倒れこんでしまう。だが、彼女はもうすぐ行われる国家間で行われる決闘に参加するだけの実力は持っている。その身体能力で片膝をつく形で踏みとどまった。
その踏みとどまった場所が悪かった。
「ぐきゅっ」
彼女の全体重が乗ったと言ってもいい片足の踏ん張ったところはシュージの喉元だった。
そこから数秒。何が起こったのか誰も理解できなかった。
てっきりネインも心肺蘇生を手伝ってくれるのかと思っていたのだが、まさかシュージにとどめを刺す行動に出るとは。
「何やってんだっ!あんたぁっ!」
カモ君に怒鳴られてようやく状況を理解できたネインは涙目になりながら足をどけた。
見ればシュージの顔は青から紫に変色していた。心なしか体温も冷たくなってきている様にも見えた。
それからカモ君はシュージの気道の確保のため回復魔法を使い、シュージの喉のダメージを快復させ、人工呼吸を行う。
男同士だからとか言っている場合ではなかった。
シュージにこんなところで死んでもらわれてはカモ君のこれまでの努力が水泡に帰す。そのうえ、カオスドラゴンの機嫌も損なうかもしれない。そうなればカモ君がリーラン王国から逃げ出すことも敵わない。
「戻ってこい!戻ってこい!シュージぃいっ!」
その光景にネインは涙目になりながらコーテの方を向いた。
こんなつもりじゃなかったと顔に出ているネインにコーテは鼻息一つこぼす。
何やってんだ、この人は。と、
シュージの様態が悪くなるたびに騒ぎは大きくなる。
ここにいる生徒達は大体がお嬢様お坊ちゃま。
この世界の貴族はダンジョン攻略を行うのが主だが、こういった人の生き死にはもっと離れた場所で起こるもの。そんな異常事態に彼等の喧騒は更に上がる。が、それを良しとしなかったのが騒ぎの原因を作ったコハクである。
彼女は騒がしい事と静かな事。選ぶとしたら静かな事を選ぶ性格なため、現状をよく思っていなかった。
コハクは静かに詠唱を開始したが、それも僅か3秒。カモ君のクイックキャスト(笑)ではなく本物のクイックキャストを行い、魔法を行使。シュージに光魔法レベル4のギフトと呼ばれる魔法をかけた。
それは身体能力が著しく増幅されるもので、その幅は使用者の魔力に比例する。
カオスドラゴンの補助魔法を受けたシュージである。きっとこれで回復すると、カモ君は思ったが様子がおかしい。回復しない。むしろ悪化している。
シャイニング・サーガというゲームでは魔法のギフトを受けたキャラのステータスは大きく向上した。
物理攻撃力。防御力。魔力や最大生命力の最大値も大きく伸びる。が、HPの残量は増えない。
コップの水を樽に移し替えたように回復はしない。
むしろ最大生命力を増やしたせいで、比率が低くなってしまったのだ。比率が低くなる生命維持も難しくなってしまうのだ。
そのことに同時に気が付いたのはゲーム知識を持つカモ君とドラゴン系のモンスターは自然治癒力があるが、回復魔法が使えないという枷があることに気が付いたコハク。
窒息 → 悪化(瀕死) → 悪化(致命傷手前)
と、言う状況を作ってしまった事に気が付いたコハクはカモ君をこつんと自分の頭を小突いてこう言った。
「ごめんちゃい」
「ゆ“る”z、ゆ“る”ず」
カモ君の記憶を覗いた時に可憐な子はこうすれば大抵の事は許されると曲解した行動だろうが、この状況は大抵には含まれない。
本心では決して許せる行動ではないが、相手はカオスドラゴン。しかも善意で動いてくれたのだ。ここで怒鳴ったら彼女の着込んでいるオリハルコンドレス(スフィアドラゴン)に学園事消し飛ばされる。
こうしている間にもシュージの命の火が消えようとしている。
しかもコハクのギフトの効果で防御力が上がって心臓マッサージも人工呼吸も地面を相手しているのかの如く跳ね返り、効果が出ない。
さすがにやばいと思ったのか、途中からコーテも人命救助として回復魔法を使うがシュージの様態が回復しているようには見えない。
そこで汚名返上とばかりにコハクがシュージの顔を持って顔を近づける。
コハクはカモ君が行っていた人工呼吸をしようというのだ。それに待ったをかけようとしたが遅かった。
確かにドラゴンの力で強化されたシュージの体を刺激できるのはドラゴンの力だろう。しかし、彼女は何かと手加減が苦手である。
今でこそ人間並みに呼吸はしているが、意識して呼吸を行えばドラゴン基準で呼吸を行うことも出来る。それは大の大人数人を軽く吹き飛ばせるものだ。まさにドラゴンブレス。
「ぷぅ」
「シュージィイイイイイ!!」
人間の胸ってあんなに大きく膨らむんだと、間近で見てしまったネインはしばらくの間丸いものを見ると震えるトラウマを抱えてしまった。




