序章 お前の分岐ルートねぇから(無断売却済み)
カモ君が裏ダンジョンのボスの手から戻ってくるまで落ち込んでいたのはコーテだけではない。
『主人公』でもあるシュージもまた気落ちしていた。
スフィアドラゴンというある意味、ラスボスより強い存在から逃げ切ったとはいえ、友人であり、目標だったカモ君をその場に残して逃げてしまった。
友人を見捨ててしまったという罪悪感がシュージを苦しめていた。
シュージは己の力の無さを嘆いていた。
魔法学園に来てから一年も経過していないのに、学園ではトップレベルとも言っていいほど強くなったシュージ。無論、ステータス的には『踏み台』のカモ君をも超えている。
だが、それでも自分は弱いと告げられたような状況に、シュージは魔法学園に戻ってきてからも落ち込んだままだった。
シュージの幼馴染であり、カモ君と同じ転生者のキィも落ち込んでいた。
彼女はシャイニング・サーガのストーリー重視でこれまで過ごしてきたが、カモ君から突き付けられた見通しの甘さ。何より自分達よりも圧倒的に強い存在からのプレッシャー。
心の底からの恐怖。そして、スフィアドラゴンのような敵がこれから襲ってくるのかと考えただけ体が震え、どうしても次の一歩が踏めなくなっていた。
このままではまずい。
それはシュージとキィの共通の考えだった。
シュージはキィから自分がこの世界の『主人公』だと知らされている。
最初こそ信じられなかったが、自分の異常なまでの成長に嫌でも気づかされ、『主人公』なのだと考え始めた。
同時に『踏み台』のカモ君もまた異常な存在だと思い知らされる。彼と模擬戦を重ねていくだけで強くなっている実感がわいていた。
『主人公』と『踏み台』
この二つの特性がシュージを強くしている。最強にしてくれる。
だが、足りなかった。魔法学園トップクラスという実力では本当の脅威を目の前にして何もできなかったのだ。
それをどうにかできたのはカモ君だけ。
『踏み台』という不遇の立場であるにもかかわらず、シュージが最強と考える人物だけがスフィアドラゴンを前にしても行動できたのだ。
だが、そのカモ君はまだ帰ってこない。あの脅威から戻ってきていないのだ。
聞けばカモ君は何度も死に瀕する状態を乗り越えてきたのだ。
ドラゴンの襲来からダンジョン攻略。
何度も乗り越えてきたカモ君はまた乗り越えるだろう。
そんな甘い考えも思い浮かばない。
それほどまでにスフィアドラゴンのプレッシャーは強かった。思い出すだけで体が震えて動けなくなる。
シュージは、本当に自分は『主人公』なのかと考え直してしまう。本当に最強になれるのかと卑屈に笑ってしまう。
そんな自問の答えはあっさりと出てきた。
無理だ。
たとえ素質があっても、心構えが成っていない。
いかなる困難にも立ち向かえるのが『主人公』だ。いかなる強敵にも立ち向かえるのが『最強』だ。
自分はそのどれも持っていない。
その二つを持っている人間をシュージは一人しか知らない。
「…エミール。…本当はお前が『主人公』なんじゃないのか」
スフィアドラゴンからの逃亡の疲れを癒すという名目で、魔法学園で受ける授業を休み、自分に割り当てられた男子寮の部屋で一人、自問していた。
そんなシュージの独り言にまるで応えるかのように先日感じたばかりのプレッシャーが彼を襲った。
そのプレッシャーに学園どころかリーラン王国にいた鳩をはじめとした家畜。動物たちが騒ぎ出した。
王都のあちこちからは感覚の鋭い幼い子ども達が一斉に鳴き始めたのか、鳴き声が離れた魔法学園にまで聞こえてくる。
大人達の殆どはその身を竦ませるか、腰を抜かす。まるでいきなり目の前に猛獣が現れたかのような恐怖を感じた。
スフィアドラゴンがまた出た。
シュージがそう考えるには十分すぎる気配。そして、震える自身の足を叩いてどうにか動かせるまで十数分かかったシュージはこれまで自分が入手したマジックアイテムを身に着けて男子寮を飛び出した。
逃げるためではない。戦うために彼は駆け出した。
あの最強だと信じるカモ君ですら声を出すのが精一杯だった。
それなのに自分に出来ることなどないように思えた。
だが、何かをしなければならないと思った。少しでも時間を稼ごうと思った。
そうする事でこの気配から一人でも逃げてくれればいいと思った。
きっと、あの時のカモ君も同じ気持ちだったのだろう。
ブラックドラゴンが現れたというだけで魔法学園中がパニック寸前になりかけたあの時と。
そう、シュージが思い返している間にスフィアドラゴンの気配は大分薄くなった。
過ぎ去ってくれたのかと安堵の息がこぼれるが、警戒心を完全には解いていない。
あのただならぬ気配で被害出ないわけではないのだから。
被災地になった場所できっと自分の力が役に立つはずだ。
戦うことが無くても被害に遭った人を助け起こすこと。瓦礫に埋もれている人を助け出すことなど何かきっとできるはずだ。
シュージは思いながら身に着けたマジックアイテムを見る。
火の指輪。これを手にしたときは魔法学園での学園生活を夢見た。
火のお守り。これを手にした時から、憧れを。目標となる人が決まった。
施しコイン。友人からの期待と信頼を得ていたのだと知った時はうれしかった。
ゴリラの心得。これはきっとその証なのだ。
ここで何かをなさなければカモ君へ何も報いることが出来ない。
それが嫌でいざ、魔法学園から飛び出す寸前。
シュージはこの状況では意外な人物を目にする。
「…シュージ?」
「…エミール?」
もう帰っては来ないだろうと友人。二度と追い付くことが出来ないと思っていた目標の人が。ひょっこりとその場に現れたかのように魔法学園に向かって歩いていた。
気がつけば、彼の隣。正確には彼にしがみつくように彼の腰にしがみついているコーテ。その後ろからついてくる白い少女。シュージと同じくらい身長に背中まで伸ばした髪は真っすぐで光を弾いていた。まるで聖域が人の形をしたかのような神秘さを思わせる少女にシュージは見覚えが無かった。少女の後ろには疲れ切った顔で数人の兵士が連れ添っているように見える。
だが、そのような事は些細な事だった。
大事な友人が帰ってきた。それがうれしい。
「…シュージ?貴方が?」
白い少女がそう呟いた瞬間、再びスフィアドラゴンのプレッシャーが彼女を中心に広がった。彼女が放っているのではない。彼女の身に着けている神秘的なドレスが放っているのだと理解させられた。
ただの装備品が意志を持つなど頭がおかしくなったのではないかと馬鹿にされそうだが、そうとしか思えないプレッシャーが少女。彼女のドレスから放たれていた。
まるで持ち主の怨敵を見つけた呪いの装備のような気配をそこから感じた。
そして始まるのは周辺地域。魔法学園中から広がる悲鳴。
っ。っ!
何かしらの意思を向けられたと確信できるほどプレッシャーにシュージはその場に膝をつきそうになるが何とか堪える。
予め、スフィアドラゴン。このプレッシャーに向き合うのだと覚悟していたからか今度は屈することはなかった。もし、その覚悟が無ければ少女の後ろで蹲っている兵士たちのようになっていた。
そんな状況でも動けたのはやはりカモ君だけだった。
彼は少女に向かって膝をつき、頭を下げて懇願した。
「アースさんっ!どうか抑えてくださいっ!お願いします!」
カモ君にしがみついていたコーテもこのプレッシャーに何度も当てられて疲れ切ったのかカモ君の腕の中で意識を失っていた。
そして、カモ君の言葉を聞きいれたのか巨大なプレッシャーは大分収まった。それでもシュージからしてみればまるでダンジョンボスのような強い気配を放ち続けている少女の装備品にシュージは震えていた。
それから五秒もしないうちにシュージの後ろからまるで最初からいたかのように学園長のシバが現れた。おそらく転移の魔法を使ったのだろう。そして、即座にシュージの前に幾何学的な文様を何重にも重ねた魔法の壁を作り出した。
それはちょうどカモ君とシュージを分け隔てるような位置で展開された。
シバは何も言わない。いや、言えなかった。今、彼が展開している魔法陣は即座に展開できる障壁では一番強固なものだが、時間稼ぎにしかならないと自覚している。
「…抑えて。…ごめんね?」
白い少女。コハクがそう呟くとこの場を支配していたプレッシャーが霧散する。
そして、小さく頭を横に揺らして謝った。
コハクはリーラン王国に来る前からカモ君から色々と教わっていた。
人と人のコミュニケーションや魔法学園での生活。貴族官とのやり取りを習っていたが、当然この世界最強種族を称するドラゴンがそれに倣えという事は納得がいかない事ばかりだった。だが、多少なら我慢しよう。と納得したはずだ。
そうまでしても手に入れたい存在。この世界の『主人公』たるシュージを引き入れたい思惑があるからコハクはやって来た。
それでもコハクには過保護なのか、彼女の装着しているオリハルコンドレスに変化したスフィアドラゴンのアースはカモ君を除く人間に敵意を向ける。
今のコハクはカオスドラゴンの中では最弱とも言っていい時期だ。未だ親元を離れるには早すぎる雛や子猫のような存在。下手をすれば一部の人間に殺される可能性がある。
一部と言ってもシュージや彼の仲間になる人物達になるのだが。それでも今の時期。ゲームの物語の前半部に過ぎない時点では勝つのは難しい。
「…ありがとうございます。アースさん。学園長、お話があります。どうかこの少女。コハクと俺の話を聴いてくれませんか。どうか、お願いします。この国の存亡がかかっています」
カモ君の懇願にシバは難色を示したが、どうやらただならぬ気配もあってか話を聴くことにした。
ここで断ってもおそらくシバ自身、握手だと考えたのだろう。ならば相手のご機嫌取りもかねて話し合いの席を用意することにした。もし、断ってしまえば今も展開している魔法の障壁は簡単に粉々に砕かれ、自分の後ろにある魔法学園ごと吹き飛ばされるビジョンが浮かんだ。
現に、学園長の後ろにある学園のあちこちから悲鳴やパニックになっている悲鳴が上がっていた。アースからのプレッシャーに耐え切れなかったのだろう。恐怖で混乱している物が多数出た。その数は生徒の八割。教師も六割と多数の犠牲が出ている。
「わかった。話を聴こう。今すぐで構わないかね」
「よろしくお願いします」
「ではついてきたまえ」
そう言ってシバは障壁を解除。コハク達に背を向けて学園内に歩みを進める。
この行動時点でシバはいつ殺されるかわからない緊張感でバクバクと心臓を鳴らしていた。
シバについていく形でカモ君とコハクが歩いていく。その際、シュージもついていこうとしたが足が震えてその場に立ちすくんでいた。そんな彼の傍を通り過ぎる際にカモ君はシュージに言葉を投げかけた。
「すまんな。シュージ。今も、そしてこれからもお前に頼ることになる」
その言葉を聞いたシュージは何の事だと思ったが、その時のカモ君の表情がとても申し訳なさそうな複雑な表情を見せていた。
カモ君の弱気な言葉と表情。それはシュージが初めて見る態度だった。
この場で動けなくなった情けなさ。カモ君が戻ってきてくれた嬉しさ。彼から投げかけられた言葉に対する誇らしさ。そして、困惑。
様々な感情が溢れている。処理しきれない状況に文字通りシュージは取り残されるのであった。
と、まあ、大げさに事が起きているのだが、その目的が、シュージとコハクを恋人同士にするためだなんて魔法学園側が知る由もなかった。




