第十二話 長い。三行で。
今回の話をまとめた内容はあとがきで
スフィアドラゴンの意識がカモ君に向けられた瞬間、カモ君は意識を失った。
それほどまでにこのドラゴンのプレッシャーは強かった。
………。
スフィアドラゴンは何も言わない。喋る口がないから。
それでもこのドラゴンに意思がないわけではない。
意識を向けただけで意識を失ったカモ君を見て、弱いと思った。醜いと思った。
だが、これほどまでの力量差がありながら自分の仲間を逃がしたカモ君を同じくらいに強いと思った。美しいと思った。
スフィアドラゴンの目的はカモ君。もっと正確に語るなら自分達のボスと同じ全属性の魔法が扱える存在をボスの元に連れていくことだ。
………。
ヴン。とまるで一昔前のテレビの画面が表示されたような音が、スフィアドラゴンの紅玉。瞳がもう一度輝く。
するとスフィアドラゴンを中心に巨大な魔法陣が展開される。勿論、その魔法人の上にはカモ君がいた。
魔法陣の光が夜空に浮かぶ月のように淡く力強い光を放った。その数秒後には光と共にスフィアドラゴンもカモ君もその場にはいなかった。
魔法陣の跡も無ければスフィアドラゴンが地中からせりあがった痕跡すらない。
ただ王都に続く馬車道しかなかった。
もし、カモ君が意識を保っていたらスフィアドラゴンが展開した魔法陣が転移の魔法陣だと理解しただろう。
スフィアドラゴンの転移先は人の身では到底踏み入れることが出来ない海を跨いだ先にある孤島。
そこはいくつもの火山が今もなお噴煙を上げて空から飛来する鳥を拒み、その大地からは強力な毒性を持つ湧水が沸いて、生命力の弱い小動物や植物を根絶やしにした。
その湧水は溢れ出し、常に周囲の海域をも汚染していた。
陸海空。その全てが軟弱な命が降り立つことを拒んだ絶海。
そんな文字通りの地獄を表している大地に降り立つことが出来るのは人知を超えた存在だけ。要は最終決戦を乗り越えるだけの力量を持った人間。シャイニング・サーガの主人公とそのパーティーメンバー。
そして、絶対強者である最上位のドラゴン達だけがこの孤島へ踏み入れることが出来る。
そんな島の端に転移したスフィアドラゴンは、この島の主にして、自分達のボスであるエルダー・カオスドラゴン連絡を取ろうとしたところで、一緒に転移させた足元にいたカモ君に異常があることに気が付いた。
意識を失ってはいるが、その肌には命を有している温かさを有していた。
だが、この島の空気は猛毒だ。それに触れた瞬間、カモ君の顔は鬱血したかのように紫色に染まっていく。
この島の空気が急速にカモ君の命を奪いに来たのだ。
………。
スフィアドラゴンはカモ君に魔法を使った。
それは自身に常にかかっている身体の強靭さを跳ね上げる魔法だ。
普通の人間なら、その魔力ではじけ飛んでしまうが、幸いなことにカモ君の身体も魔力もそれに耐えられるだけの強さがあった。
もし、カモ君が『原作』同様のだらしない体と魔力だったら粉々にはじけていただろう。
それでもカモ君の体には強すぎる物だった。
取り込んでしまった毒もなくなったわけではない。ただ効果が止まっただけ。強靭になる魔法も今のままかけ続けていては体が持たないだろう。
だからといって、何の連絡も入れず慌てて自分達のボスのところに連れて行くわけではない。そんな事をすれば敵襲と思われ、そのボスの手によって消し飛ばされてしまうだろう。
………。
スフィアドラゴンはボスにテレパシーに似た魔力をこの島の中央に送る。
ボスは常にこの島の中央。さらに言えば、そこにあるダンジョンの最奥にいる。
引きこもっているわけではない。自分がそこから出てしまえば大小さまざまな異変が世界のあちこちで発生する。それを良しとしないからこそボスはそこから出ようとしない。
テレパシーの返答はすぐに帰ってきた。そして、ダンジョンのすぐそば。ボスのテリトリーへの行き来を許可してもらえたことでスフィアドラゴンは再び魔法を使い、転移した。
火山に囲まれたダンジョンの入り口の付近には既に二頭のドラゴンがいた。
ワニの体に蝙蝠の羽を足したような、西洋龍。いかにもファンタジー世界代表のドラゴン。火を操るスカーレットと呼ばれる赤いドラゴン。
細い枌の体に四本の腕を持ち、大きな翼を持ち、高速で飛翔し、魔法を放つドラゴン。
スカイと名乗る緑色のドラゴン。
この二頭は共に巨大。十メートルは優に超える大きさを持つドラゴンであり、人が住む地域に攻撃を仕掛ければ後に残るのは無残な荒野になり果てる。
のだが、スカイと名乗るドラゴン。実はカモ君を見かけるのは二度目になる。
カモ君がビコーの部隊にいた時に彼等を襲ったのが、このスカイと呼ばれるドラゴンだ。
スカイはどのドラゴンよりも早くカモ君を探し出し、彼をこの島に連れてこようと画策していたドラゴンであり、カモ君を発見次第連れて行こうとリーラン王国の遥か上空。人の身では感知しようがない高度からカモ君を見つけた。
その時、近くにも複数。少なくても数十人の気配を感じたが、街中ではないことを理由に吸収。カモ君以外は死んでも構わないと思っていたのだが、そこに一緒にいたのは超人のビコーだった。
スカイが高度を下げて、カモ君達を視界にとらえた瞬間、ビコーもスカイを感知した。
そして始まるのは空中大決戦。
己のテリトリーともいえる上空で自分と同等の魔法を放ち、人の身ではありえない膂力をもって撃退されてしまった。
あのまま戦っていたら死んでいたのはスカイだったかもしれない。
それ以来、スカイは筋肉質の人間を見る事に抵抗を覚えたのだ。
カモ君の体つきもビコーほどではないが筋肉質だ。思わず顔をしかめてしまう。
『どうしたスカイ。しかめっ面しやがって。まあ、このノロマなアースに目的の人間を先に連れて来られたからわからんでもないがなっ』
渋い顔をするスカイをドラゴンの言葉で揶揄うスカーレット。
スカイはこの世界で二番目に素早い存在だと主張している。だからこそ何かをやり遂げるのは自分だと周囲のドラゴンに息巻いていたが、ある意味自分とはアースと呼ばれているスフィアドラゴンに出し抜かれるなど思ってもいなかった。
『…仕方あるまい。人間は地面に足を下ろさねば生きていけない軟弱な生き物。アースのテリトリーだ。それよりスカーレット。何もしていないお前にそれを言われたくはない』
『それこそ仕方ねぇだろ。俺じゃあどうやっても人間は殺しちまう。それこそ超人と呼ばれる人間じゃないと触れることも触れさせることも出来ねえ』
スカーレットはスカイの嫌味を笑い飛ばす。と、同時にスカイの神経を逆なでするような言葉を発するが意図したものではない。これは天然で言っただけにすぎない。
なにより、スカーレットがその気ならこの島といえど二頭がぶつかった瞬間、大地は鳴動して割れる。火山は更に噴火する。周囲の海面から常に熱湯のような湯気が立ち上る。そして、空では常に竜巻が吹き荒れ、雷があちこちに落ちる大惨事になること間違いない。
………。
そんな二頭のじゃれあいを見ているのか。それとも無視しているのかわからない無機質なアースがピクリと体を動かすと、それを察知した二頭も押し黙った。
三頭のドラゴンの視線はダンジョンの入り口を見ていた。
その奥からやって来たのは暗闇の中でもわかるほど白い鱗を有し、黒い瞳を持ったスカーレットと同じ体格のドラゴン。しかし、その大きさは半分にも満たないドラゴンと評すには小さすぎる白いドラゴンだった。
だが、そのドラゴンが姿を現すと同時に三頭のドラゴンはその腹を地面に押し付けるように父子、口があるドラゴンはがっちりと閉じて顎を地面につける。
アースは瞳と思われる紅玉の上に魔法で作り出した岩を瞼代わりして閉じた。
『ほうっ。目的の人間を連れてきたのはアース。お前か』
この小さい白いドラゴンこそドラゴン達のボス。エルダー・カオスドラゴン。
シャイニング・サーガというゲームではラスボスよりも強い設定がある裏ダンジョンのボスだ。その強さはこの世界では最強とも思える力を有している。
そんな存在がアースの足元に寝かされているカモ君を見て呟く。
『弱すぎるな。魂の器も。膂力も。魔力も。まるで神にそうあれと作られたかのようだ』
神。という言葉に三頭のドラゴンはピクリと反応を示した。
ドラゴンの怨敵である魔王。それを作り出したのが神だ。
神が造った世界の初めは混沌としていた。飢えも乾きもない世界。
様々な生き物。それこそ植物から動物。人間からモンスターが溢れんばかりに満ち溢れていた。
溢れすぎてしまった。
いずれはこの世界は生き物であふれかえり、収まり切れなくなって、破滅する。
そうならないように作り出したのが死という概念と魔王という存在。
世界の均衡を保つために死という終わりが生まれた。それによって飢えが、渇きが蔓延した。
世界中の生き物達は。特に上位存在。他の多くの生き物を食する人間とそんな人間を食らうモンスター。その頂点にいたドラゴン達の絶対数は決められてしまった。
その事で今まで起こることが無かった同族との争い。食べる以外での戦いが勃発して更にその数を減らした。
弱者からの搾取。だまし取る詐称。貧困の格差。広がる疫病。そして、意図的に生き物たちを無意味な死へと導く魔王という存在。
ドラゴンは圧倒的強者だからそれらに文句は言わない。言う必要がない。なぜならば自分達の優位は変わらないのだから。だが許せないものが二つある。
それが自分達より強い魔王という存在。そして、自分達を含め、作り出したとされる神。
もし、その存在を目の前にしたらドラゴン達は一頭残らず襲い掛かるだろう。
『何より、器の中身よ。こんな芳醇な香り。初めに嗅いだのは…。ああ、約2000年前か。それからちょくちょく嗅いできたな』
約2000年前。
それはリーラン王国が建国された時期と重なるものだった。
考え直すとその時からリーラン王国は何かと幸運に恵まれていた。
何度も起こる紛争。内乱の中でも、王族の血筋が途絶えることなく、国の名前すら変えることなく、存続した国はこの世界では一つしか見たことが無い。
そして、その危機の度にリーラン王国にはエレメンタルマスターという、カオスドラゴンと同じ魔力を持った人間が生まれていた。
カモ君の膂力。魔力。そして、魂の器。いわば上限レベルはボスから見てみれば貧弱そのものだが、その器に載せられたものはあまりにも不釣り合いな極上のご馳走だった。
ここでカモ君を丸ごと食せば自分はもっと高みに行ける。
自分の混沌の力は更に高めることが出来るだろう。
だが、自分は老いすぎた。あと百年もしないうちに老衰で死に絶えるだろう。そんな時に自分の跡を継ぐ娘が生まれたのは十三年前。カモ君と同時期に産まれた。
何の前触れもなく、これまで様々なドラゴンと幾度と交わってきたが数千年子を宿すことが無かった自分が、何の前触れもなく急に子をなしたのだ。
その子。娘にも自分と同じ混沌の力を有している。だが、まだ成長したドラゴンには劣る力しかない娘を守るには強い存在に娘を任せることだ。そして賢くなければならない。
だからこそ興味の出た人間。つまりカモ君を手際よく連れてきた強く賢いドラゴンに娘を任せようと思った。その人間も強ければ共存できたかもしれないと考えた。
しかし、カモ君は弱い。自分と自分の娘以外の唯一のカオスドラゴンはこの人間の意志の強さに惹かれたと言っていたが、これでは自分達を高めるだけの餌にしかならない。
そのはずなのに。目の前の人間には興味を惹かれる。
自分達の同種からは逃げてはいけないと思わされる意思を見せた。
スカイからは自分の戦闘に巻き込まれないように逃げ回っているという無様をさらした。
そして、アースからの報せで、この人間に自分以外のものを守る愛を示した。
ボスは静かにカモ君の額を己の爪先でそっと触れた。
そうする事でカモ君の過去を知ることが出来る。
『…なんという傲慢。なんという強欲者だ』
己のために他者を利用することに躊躇いが殆ど無い決断力。
己のために他のモンスター。果ては自分達ドラゴンすら犠牲にしてもいいという野蛮な考え。
そして、己のために己自信を投げ捨てることが出来る愚か者。
人間の悪い癖を強めたかのような人間がカモ君だ。そして、その全てがクーとルーナ。そしてコーテに向けられていた。自分自身はその次。しかも、その間にはまるで超えることを禁忌とするほどに戒めていた。
その中にはカモ君が転生者であり、『踏み台』という存在も含まれていたが、この灰汁の強い人間性に忌避感と好感を得た。
己の貧弱さを知っている。強欲さを知っている。その望みが高根の花だという事も知っている。それを隠し通し、成し遂げようとする意志の強さ。
ゴブリンよりも浅ましくドラゴンよりも強欲。
己の身に余るほどの望みと知って邁進する存在。高めようとする存在。
だが、それは無理だ。だから託すしかない。己の全てを投げ捨てて他者に頼るという自己犠牲の精神。
『…なるほど興味深い』
弱いから考える。群れる。そうして技術というものが生まれ、継承され、それらはまた独自に進化する。
だから人間はこの世界で最も繁栄した生物になれたのだ。その礎になった人間ほど、カモ君のように高望みをして、邁進し続ける人間だと思っている。
そんな人間を自分達の陣営に組み込めば自分達は更なる発展をするのではないか。特にカモ君はこの世界の仕組みを理解しているかもしれない貴重な存在だ。
『…たしか。この人間を連れてきたドラゴンに我が娘と次期頭領の座を渡すと言っていたな。…どうだ、アースよ。ドラゴンではない。精霊に属するにも関わらず、周りからドラゴンだと認定されてしまった大聖霊よ。お前は我々の上に立ちたいか?』
………。
アースはその重い瞼を開けない。代わりに体をわずかに左右に揺らした。いわば否定。辞退している。
自分は流れ者。その強大さから周りの者から畏怖され続け、拒絶され、それによって戦い、勝利し、肥大化した大聖霊の成れの果て。
そんな自分を迎え入れてくれた目の前のカオスドラゴン。すべての生き物の頂点に立つ存在と居場所を欲することなどありえなかった。
無欲ではない。アースは逃げの一手を取ったに過ぎない。
自分がボスになれば必ず争いは起こる。スカーレットやスカイ。この場にはいない最上位種のドラゴン達と争い犠牲が出てしまう。
ドラゴンではないものがドラゴンのボスになれると思うな!と、
そうなれば自分もただでは済まない。
何より、そんな事になればボスの娘も悲しんでしまう。
アースがやったことは問題の引き延ばし。
叶うのであれば目の前のエルダーにずっと率いてもらいたい。
もしくはその娘がエルダーの跡を継いで導いて欲しいと想ってしまった。
『…そうか。それがお前の考えか』
エルダーの。自分達のボスがその考えをくみ取った。
アースの瞼となっていた岩が持ち上げられその奥にあった瞳がボスを捉えた。
ボスの手にかかれば、対象を見ただけで何を考えているかなど手に取るように理解されてしまう。
………っ。
『まったくお前は、私を除けば最古参であるにも関わらず、その図体に似て、動こうとしないのだな』
怒った様子は見られない。あきれた様子も見られない。
ただ寂しそうな声色でボスはアースを見つめていた。
『さて、困ったな。私が出せる最高の報酬を辞退されてしまっては…。どうこたえるべきか悩むな』
ボスの言葉にアースはこの場で消されても仕方ないと項垂れていた。
そもそもカモ君を補足できたのは千年以上も前。
自分の巨体で通過した場所にはケーブルのような見えない魔力ラインが敷かれる。それは数千年の時を得て、地中深くに埋もれてしまうのが殆どだ。
アース以外にそれを認知することは出来ないそのケーブル。それを張った場所に自分は瞬時に転移することが出来る。そのケーブルも千年もすれば消えてしまう。そのケーブルを張り直そうとアースが転移していると、別のケーブル上でボスと同種の魔力を感じた。
気になって転移してみればそこにカモ君がいた。彼は必死に仲間を逃がしたが、そんな事をしなくてもカモ君さえ連れて行けるのならアースはその仲間たち手出しなどしようとも考えなかった。
いわば偶然。アースはカモ君を捉え、連れて来たに過ぎない。
そもそもドラゴンと精霊。生殖器を持たない自分がボスの娘を貰ってもどうもしてやれない。
そんないろんな理由でアースは辞退したのだ。
『じゃあ、ボス。俺がボスの後を』
『おぬしは少し黙っておれ』
スカーレットがあわよくばと手柄を横取りしようとしたが、それを即座に諫められた。
ボスは考えた。
強いだけの一辺倒ではいずれドラゴン達は知恵ある存在に淘汰される未来をカモ君から知った。自分達をも滅ぼせる『主人公』を知った。
未熟なうちに潰すべきか?いや、『主人公』には魔王を倒してもらわなければならない。自分達の攻撃では魔王は倒せないのだから。
だが、魔王を倒した後に待つのは『主人公』による自分達への蹂躙だ。
力ではどうにもならない状況に。人ならどう対処する?
ボスはもう一度カモ君の顔に爪先で触れた。
『…なるほど。それも面白いな』
カモ君の記憶の中で人間にだけある不思議な関係性を見出した。
情という不確かながらもカモ君のように力強くさせる何かで『主人公』を取り込むことにした。
婚姻関係とは一種の契約的なものだと。
たとえ、関係が悪い一族同士でも婚姻を結び、子を成せば和解し、共存し、繫栄できる。
ボスが下した決定はこうだ。
『主人公』に自分の娘と婚姻を結ばせ、人間からドラゴン側についてもらう。
その決定にドラゴン達は大いに反対したが、結局は自分より強いボスにねじ伏せられて決定が覆されることはなかった。
そしての『主人公』との仲を取り持ってもらうためにカモ君にその中継をしてもらうと、強制的に決定されたのであった。
やったねシュージ。
カモ君を通じて、
ヒロインが増えるよ。




