第九話 タゲ管理人は辛いよ
シャイニング・サーガというゲームにおいて、実は敵キャラにも隠しステータスというものがあり、それが同族の絆というものがある。
モンスターが群れで襲い掛かり、同族の者がやられるとそれを怒りのエネルギーに変えてステータスの上昇につながる。
このエンシェント・ゴリラも同族のフォレスト・エイプ達が倒されたことに怒りを覚えているのか、攻撃力とスピードが普通のモンスターとは文字通り桁違いだった。
何せ、一番タフ。かつ一番防御に自信がある魔法で防御姿勢を取っていたカモ君を殴り飛ばしたからだ。
そのせいで、カモ君の体力はだいぶ削られた。あと一回でも同じことがあれば確実に気絶。もしくは絶命だ。
その上、ダメージも大きく体全体が悲鳴を上げるかのように震えて動かない。
このままではいけないと回復魔法の詠唱に入る。幸いなことにエンシェント・ゴリラは既にカモ君から興味を外している。が、その目標はカモ君が命を懸けても守らなければならない。コーテ。そして、シュージ達(が救ってくれる未来)だ。
長いからエンゴリと略そう。
エンゴリは寄りにもよって一番小さいコーテに狙いを定めた。エンゴリの一番近い場所にいて、キィにしがみつかれているコーテが狙いやすい獲物なのだろう。
カモ君の体はまだぶっ飛ばされた衝撃で痺れてうまく動かない。だが、このままでは確実にコーテとキィが襲われ、死んでしまうだろう。
今、この場にいる人間の中で一番の耐久力を持つカモ君がこれなのだ。彼より脆い彼女達がエンゴリに殴られれば落とした豆腐のようにぐちゃぐちゃになってしまう。
動け。動けっ。動けぇええええええ!!
カモ君は最後の魔法ランクアップを実行する。
上げるのは光属性。これでカモ君は中級の補助魔法が使える。そして、これ以上は強くなることは出来ない。
「ブーストォオオオオオッ!」
身体能力を一段階上げる魔法を使い、未だに痺れている体を無理やり動かしてエンゴリに特攻を仕掛ける。
エンゴリの剛腕が繰り出されるよりも早く横っ腹に飛びついたカモ君は鉄腕を発動させエンゴリの股間を攻撃する。
見た限りだと股間に立派なふぐりを有しているエンゴリはおそらく雄個体なのだろう。
カモ君にそこを殴られたエンゴリは小さく悲鳴を上げながらその場から数メートル飛びのいた。
その時にカモ君もふるい落とされてしまったが、その頃には体の痺れもなくなり両足でまともに動けるようになった。
コーテは未だにキィにしがみつかれているからまだ行動に出ることは出来ない。ネインも今は教師の後ろに庇われるような体制。
女性陣にまともな援護は期待できそうにない。
シュージは戦闘態勢を取り、魔法の詠唱を開始しているが、エンゴリの動きにまだついていけていないのだろう。カモ君が飛びつくまで彼もまた身動きできなかった。
ウェインは未だに痙攣しながら気絶中。ギリも目の前のエンゴリの動きにキョロキョロと視線を動かしている。おそらく援護として魔法を放っても回避されるのが落ちだろう。
今の自分達には圧倒的にスピードが足りない。さらに言えば攻撃力も足りない。
カモ君がエンゴリに当てられそう。かつダメージを与えることが出来そうな攻撃は近距離戦による鉄腕。それでも子供が大人の股間を蹴った程度のダメージしか与えられない。致命傷には程遠い。
この中で一番殺傷能力が出せるのはシュージ。次いでカモ君である。
教師の実力は未知数だが今はネインを庇っているため、参戦できずにいる。
勝ち筋があるとすれば、それは。
キィがマイナス補正の出る魔法をエンゴリに当て続けて、カモ君がシュージの魔法の威力を増大させ、シュージがエンゴリを倒すという。コンビネーションが必要だ。
そのためにも、今いる足手まとい達にはご退場を願うしかない。彼等がそこにいるだけでシュージの大火力の魔法が使えない。
「先生っ!コーテッ!先輩達を連れて一度撤退を!そしてすぐに援護に来てくれっ!」
序盤から戦力外だった先輩方ではエンゴリには到底敵わない。
先生の戦闘能力は未知数だが、生徒一人担いでこの場を離れることは出来るだろう。だが三人もの足手まといがいるとなるとそうもいかない。となれば絶対的に必要ではないコーテを付き添わせた方がいい。
出来る事ならこの場に残って援護をして欲しい。
今の彼女なら指定した範囲に回復効果を持たせるエリアヒールが使える。ただ敵味方関係なく回復させてしまうが。だが、それでもいるといないでは大違いだ。
だからいて欲しい。のだが、このままではじり貧になるのは目に見えている。だからこそ不安要素を消すために彼女には一度撤退してもらわなければならない。
「~~~っ!!エミール、絶対に死なないで!ほらっ、すぐに逃げる!」
そう言ってコーテはカモ君がぶっ飛ばされていた時に詠唱していた魔法。体力と怪我をある程度癒してくれるヒールをカモ君に飛ばした後、キィを引っぺがして、近くに座り込んでいたギリの背中を蹴り上げて逃げるように促す。
彼女もわかっているのだ。自分では決定打を与えられるモンスターではないことを。だが、先輩達を逃がした後はすぐに戻ろうと決めて、ネインの手を取り、立ち上がらせる。
ネインの服はところどころ破られており、乳房や臀部が丸見えになっていたが、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。全力で走って逃げるように促す。
先生の方もカモ君の意図をくみ取って、持っていた道具袋を投げ捨てて、気絶しているウェインを担ぎ上げると一目散に逃げだした。
「すぐに戻る!絶対に無茶はするな!」
先生の後を追いかけるようにネインとギリが続き、コーテが殿となって駆け出す。その際にカモ君の方をチラリと見たが、その時すでにカモ君の鉄腕といつの間にか彼に近づいていたエンゴリは取っ組み合っており、膠着状態だった。
これなら時間稼ぎは大丈夫か。と、一抹の期待を込めてコーテは先生の後を追いかけていった。
その場に残された人間はカモ君とシュージ。そして置いて行かれたようなキィの三名。
主人公と転生者というこの世界では濃ゆすぎるメンツだ。
「ちょ、私を置いていくの?!」
「お前は、デバフ、しろっ!」
コーテに見捨てられたのかとショックを受けていたキィ。
カモ君の意図をくみ取れなかった彼女は半ば混乱状態だった。そのため、カモ君は簡単に説明した。
エンゴリの握力はすさまじく取っ組み合っているが、ビキビキビシビシと金属が砕けていく音が聞こえていた。
カモ君は魔法の鉄腕と光魔法のブーストで膂力が三倍近くまで上がっているが、それでもエンゴリがその上をいく。それもそのはず、エンゴリはカモ君の倍近くの体格の上、ステータスが混沌の森ではかなりの上位に食い込む。おそらく十秒もしないうちに鉄腕は砕ける。
「エミールッ!今援護する!ファイヤーボ」
「っ!?駄目だシュージ!今はそれじゃない!」
カモ君はシュージの使おうとした魔法を止めるように声を上げた。と、同時にカモ君の鉄腕が握りつぶされる。そしてそのまま殴りかかるエンゴリだったが、カモ君もその場に留まっていたわけではない。
すぐさまバックステップで紙一重で攻撃をかわす。本当なら余裕を持って回避したかったが魔法のブーストをして今の動きがやっとだった。
そこからエンゴリの連続パンチを全力回避しながら、再び鉄腕を発動。再び取っ組み合いを開始する。
忘れがちだが、カモ君はダブルキャスト。二つの魔法を同時に使える。余裕があれば三つ同時に発動が可能だ。だが、鉄腕とブースト。そこにもう一つ追加したいところだが、そうなる前に鉄腕が砕かれるため、トリプル・キャストは出来ずにいた。
今のエンゴリはカモ君をターゲットに定めている。だからこそカモ君は取っ組み合いという時間稼ぎが出来ている。
ここでシュージがその力の一端を見せればエンゴリはカモ君よりシュージを脅威と見て彼に攻撃を集中させる。そうなればカモ君はシュージの援護は出来ない。それほどまでにエンゴリは素早い。
シュージが今、倒れてしまえばあとに残るのは全滅だ。だからこそシュージには必殺の域まで高めた魔法。一回の攻撃で仕留めてもらわなければならない。
そのために、カモ君はエンゴリの足を止めて、キィが闇属性の魔法でひたすら弱らせて、シュージの最大火力で仕留める。
これしか勝機を見出せなかった。
「一発だ!一発で仕留めろ!でなきゃ、俺たちは全員死ぬ!」
シュージはカモ君の気配からただ事ではないと今、使おうとしていた魔法を止めて、別の詠唱に入る。
それは少し前、養殖ダンジョンのコアを粉砕した炎の大剣を生み出す魔法。フレイム・カリバー。しかし、それは自分が罪を犯した時に使った魔法であり、シュージの汚点でもあった。
だが、それを振り払うように頭を振って詠唱を開始する。いつでも発動させられるように魔力を高める事だけは今からやっていた方がいい。
「キィ!間違っても俺にはデバフを当てんなよっ!そうなったら即死だからな!」
「スロウダウン!えっ?何か言った?」
キィの放った黒く点滅を繰り返す光がエンゴリ。と、近くにいたカモ君を包み込んだ。
彼女が放った魔法は、その光に包まれた対象の素早さをガクンと落とす。まるでその対象者は水中にいるかのように鈍化する。
数値的に言えば相手の素早さを30減らす。といった具合だが、今のカモ君とエンゴリにそれが当たることは本格的にまずい。
エンゴリ:素早さ:キィの魔法で70から40へダウン。
カモ君:素早さ:60からブーストの効果が切れたため、50へダウン。さらにキィの魔法で50から20へダウン。
ここにきてエンゴリとの素早さの差が二倍になった。
しかもよりにもよって、鉄腕が砕かれ、ブーストの魔法の効果が切れてしまった。
あほかぁああっ!!やるなって言ったらやるんだよなこいつぅっ!!
思考だけはいつもの通りだが、体の動きがガクンと落ちたカモ君は叫びたくなる感情を抑えて三度鉄腕を発動させるために詠唱を開始する。
カモ君のクイックキャスト(笑)も今の状況では普通の詠唱となる。それなのにエンゴリは素早さが倍ある。
勿論カモ君の魔法は間に合わないでエンゴリの拳が直撃する。
カモ君もただで当たったわけではない。常に回避行動をとっていたため、その拳が直撃する方向に合わせてジャンプしたようなものだ。威力は大分抑えられたが、それでもトラックに跳ね飛ばされるから軽自動車に跳ね飛ばされるに威力が落ちたに過ぎない。
カモ君の右半身全体を襲い掛かる衝撃に嫌な音が体の中から聞こえた。おそらくあばら骨が折れたのだろう。息をするだけでも激痛が走るが意識はまだしっかりと残っている。
そこまでして、やっと鉄腕が発動した。だが、その鋼鉄の腕も最初に見た鉄腕より一回り小さい。
実は朝の合宿訓練で体力と魔力が削られ、エンゴリとの戦闘で負った怪我の痛みで集中力も削がれた。
恐らく、あと一合。一回の攻防でも行えば自分はやられる。それでもカモ君は諦めていない。
なぜならば、ここには主人公が。未来の英雄がいるのだから。
「アーマーブレイク!」
カモ君がやられている間、キィも黙っていたわけではない。
今度は防御耐性を落とす効果がある濃紺の魔法をエンゴリに当てることに成功した。今度はカモ君には当たっていない。
エンゴリもキィが先ほどから何かやっていることに気づいてはいる。だが、実質ダメージがないから放っておいた。そして、カモ君の作り出した鉄腕に組み付き、再度握りつぶそうとした。
シュージも何かをうかがっている。野生の感が彼から危険を告げているが、一番の脅威は目の前で鉄腕を振り回すカモ君だと経験が言っている。
長年、この森で戦い猿型のモンスターの長として君臨し、その座を狙う若輩を退けてきたのはその身体能力ではなく、経験・知識から来るもの。
少し考えればわかる。今でこそからの動きは鈍いが、経験上これはすぐ治るものだ。しかもカモ君を除いた二人は自分の動きついていけていない。カモ君を倒せばあとは素早い動きで翻弄し、殴殺するだけだ。
だが、経験はそれが裏目に出た。
今まで動きのなかったシュージにから圧倒的な魔力を感じた。
自分を殺せるだけの魔力を。
見ればシュージの掲げた両手の先には煌々と輝く炎が大剣の形となっていた。
そして、その切っ先が自分に向けられて核心に至る。
あれだけは受けてはいけない。逃げろ。
だが、その瞬間に緩んだ手から抜け出した右の鉄腕が今度は自分の足を握りしめた。
「逃がさん」
エンゴリに人間の言葉は理解できない。だが、意図はわかった。
こいつはこの時のために自分の相手をしていたのだと。
放せ!
そう猿の悲鳴のように吠えながらカモ君を叩き潰さんと両手を組んで彼の頭上から叩きつけるが、その間に残っていた鉄腕が間に入ったことで、カモ君を叩き潰すことは敵わなかった。だが、それでも鉄腕は全体的に亀裂が走り、鉄腕ごと地面に叩きつけられたような衝撃がカモ君を襲った。うつ伏せに倒されながらも頭を守るように左腕を掲げると、それに連動して鉄腕もカモ君の上に覆いかぶさる形になった。
そこでエンゴリは詰んでいた。
エンゴリは最初からキィを狙っていれば良かったのだ。そうすれば自分の動きを妨げる人間はおらず、ただただ殴殺できていた。
エンゴリは最初からシュージを狙えばよかったのだ。そうすれば自分に致命傷を与えることが出来る人間はおらず、耐久戦に持ち込み勝てた。
エンゴリが叩き潰すのはカモ君を守る左の鉄腕ではなく右の鉄腕だった。そうすれば左の鉄腕のように瓦解寸前であれば容易に拘束から逃れることが出来た。
エンゴリが相手にすべきはカモ君ではなかった。彼等のリーダーがカモ君だと認識し、リーダーを潰せばそのチームは瓦解する。そんな知識があったがため、エンゴリは己を殺す炎の大剣にその身を貫かれることになる。
「フレイム・カリバァアアアッ!!」
エンゴリの横っ腹にシュージの放った炎の大剣が深々と突き刺さり大爆発を巻き起こした。
近くにいたカモ君を巻き込んで。
ほんぎゃあああああああああああああああっ!!!
カモ君の絶叫は爆発によって掻き消えた。




