第七話 憧れに手を伸ばして 中編
「ふんっ!」
力強すぎる声が聞こえると同時にシュージ達のいたフロアにあった唯一の扉がダンジョンの天井に向かって斜め45度の角度ではじけ飛び、突き刺さった。
明らかに重量1トンは超えている扉の中央には、まるでゴムを拳で伸ばしたように伸びきった形に変形していた。
「ふははははっ。公爵家の探りを入れていたらこのような場面に遭遇するとはなっ!実に愉快である!」
二メートルオーバーの筋肉質な巨漢。シュージがフロアに入ってくる前に見た男よりも更に大きい。明らかに武闘派の風貌だが、貴族の証であるマントを羽織った角刈りの大男が扉のあった場所に立っていた。
その大男を見てシュージを囲んでいた魔法使いの一人が驚きの声を上げる。
「なっ?!お、お前はリーラン最強の男っ。カヒー・ヌ・セーテ!なぜ、こんなところに?!」
カヒーのそばには入り口を守っていた中年女性と不気味な大剣を持っていた男が倒れ伏している。その奥から小さな老女と若い男女の冒険者がやってきた。
が、彼らの姿を確認する前にカヒーの姿が数舜、不意にぶれて消えた。彼等の意識はそこで途切れてしまう。
なぜならば、カヒーの超人的なスピードによりシュージの周りにいた魔法使いの意識外まで移動し、彼らの顎を的確に拳で打ち上げ、意識を刈り取ったから。
超スピードで移動。顎を拳で打ち抜く。それを八回繰り返す。
時間にすれば一秒にも満たない。
その八人の中にはライツも混ざっていた。地面に倒れ伏す彼女を見てシュージは慌てて駆け寄ろうとしたがその後頭部をがっちりとカヒーの左手だけで押さえられ、持ち上げられる。
「あだっ!あだだだだだだだっ!割れるっ!割れてしまううううっつ!」
「ふん。状況証拠と現場を押さえることで貴様も同罪にするところだが、どうやらただの夢見る男子というわけか」
したり顔でシュージの様子を観察するカヒー。
彼がなぜ、ここにいるのかと言えば公爵家。サダメ・ナ・リーラン家のがさ入れを王家から命じられ、その証拠を押さえ王都へと帰ろうとしているところを、従者Fがコーテと共にシュージ達の足取りを探している間に偶然カヒーを見つけた。
王都リーランと公爵家サダメ・ナ・リーラン家の直線状に養殖ダンジョンがあった事こそがシュージ最大の幸運とも言うべき事態である。
正確に言うのであればカヒーの魔力の波動を感じ取ったFが自身の風の魔法を使いセーテ侯爵家でのみ使われる暗号を発信。それを受信したカヒーは公爵家の余罪も抑えようと思い、彼らと合流。
この時点で従者Fから養殖ダンジョンがあることを知らされたカヒー。そこにHが養殖ダンジョンの在処の情報を持ってやってきたのでやってきた。
カヒーとコーテ達がこのダンジョンにやってきたのは、シュージ達がダンジョンに潜って五分も経過していない。つまり、直後にやってきた。
カヒーもまた自分の部隊を持っており、自分の部下にサダメ・ナ・リーラン家の謀反の証拠と捕縛した公爵家の人間を任せ、コーテと従者FとHを合わせた計四人でここまでやってきたのだ。
その途中で出会った裏のギルマスや無法者。魔法使いも同様の手口で意識を奪い捕縛している。さすが養殖ダンジョン内の無法者まで捕縛している時間はなかったので気絶したままその場に放置している。仮にモンスターに襲われたまず命はないだろうが。
「カヒー様。出来れば温情を彼に与えてください」
コーテの声を聴いてシュージは驚いて、そこに視線を動かすと、そこにいたのは小さな老婆だったが、それに気が付いた老婆は顔に自分の手を当て、鷲掴みにするとその皺だらけの表情をはがした。
その下に現れたのは自分がよく知る。カモ君の婚約者のコーテそのものだった。
コーテもカヒーも初めはシュージが悪の道に歩んだかと思ったがどうやら違ったらしい。だからこそ、コーテは彼の弁護を行った。エミールのように。と言っていた彼の直前の言葉が無ければ弁護はしなかったが。
カモ君に憧れ、彼のように物事を収めたかったのだろうが、詰めが甘い。見通しも甘い。カヒーからしてみれば下の下であるが、それはいつものカモ君も同様である。正し、カモ君は下の上という評価だ。
「わかっている。どうやらこいつは正義感と情景だけでここまで来た。それはお前達の情報からもわかる」
だが、このような国家ぐるみの犯罪にシュージのような一般人が巻き込まれることは滅多にない。これはミカエリの護衛の忍者から聞いた話に信ぴょう性が出てきた。
今、後頭部を鷲掴みにしている少年はこの世界に選ばれた人物。『主人公』の宿命なのかもしれない。
確かに彼の進歩はめまぐるしいものがある。
武闘大会で目は通していたが、あの時よりも魔力も洗練され、身体面も強くなっている。
人間にしては異常すぎるスピードで。
自分のような超人と評される人間に当てはまる。いや、この成長スピードなら自分すらも超えると考えられるシュージの後頭部を鷲掴みから開放する。
これから起こるだろう事態に備えてカヒーは滅多に取らない格闘術の構えと魔法の詠唱をする。
彼ほどの実力者であっても、『養殖ダンジョンのコア破壊』の後に発生する事態には準備が必要なのだ。
「死にたくなければ全員、この俺様の傍から離れるな」
大きく鳴動するダンジョン。
これまで攻略してきたダンジョンと違い、天井に壁。床の全てが大きく鳴動する。
普通のダンジョンならば小さく揺れることはあってもここまで大きく揺れはしない。今もなお、その鳴動は大きくなっていく。カヒー以外はもう立っていられず、床に手をついて揺れをやり過ごそうと伏せていた。と同時にカヒーの魔法が完成する。
「シルフ」
たった3文字の魔法。
しかし、その効果は自身が想ったことを叶えてくれる魔法である。
相手を癒したいと思えば水魔法の上級魔法並みの効果を。
殺したいと思えばドラゴンの鱗を貫き心臓を貫いて殺すこともできる。
使用者の魔力が続く限り願いを叶えようと動き続ける魔法。
この世界で最大と言われる風魔法を解き放つとカヒーの周囲から十数に及ぶ小さな竜巻が鳴動するダンジョンを縦横無尽に走ると、コーテやシュージ。従者達の周囲を囲う風の防壁と変化した。
それだけではなく、その辺りで倒れていたライツ達の体を浮かべると、コーテ達とは別の方向にまとめてあげると、風はそのまま彼女達を守る壁になり、逃がさない檻になる。
「な、なななにが、起こっているんだ?!」
平民のシュージはというより、ダンジョンに多くかかわる冒険者。彼等とよく接する貴族であるコーテにすらも『養殖ダンジョンのコア』が破壊された後に何が起こるかは知らされていない。
ダンジョンは即破壊するのが基本であり、放っておくと様々なモンスターが生み出される異世界とも言っていい空間になる。それが大陸の中央に位置する暗黒大陸と呼ばれる場所でもあると言われている。ドラゴンやヴァンパイアと言った上位モンスターもそこから生まれたと言われている。
だが、それでも『養殖ダンジョンのコア』が破壊されるどうなるか知らされていない。
知っている人間が極端に少ない。それこそ侯爵家といった上位の貴族や王族にしか知らされていないことだから。
「今はまだ喋らないほうがいい。舌を噛むぞ」
カヒーのそう忠告する言葉すら聞こえなくなるほど鳴動するダンジョンは、とうとう内部全体を決壊させた。
残ったのはダンジョンと言う地下空間の外枠と、そこにいたモンスターと攻略に来た人間達だけ。
シュージの頭上にあった天井は遥か遠くに。それこそ百メートル以上も高くなっていた。
自分達がいる空間も球場ほどあった広さも十数倍の広さに変化していた。
ダンジョン全体が変化したのだ。一階層から三十数階まであった最下層までの全てが一つの階層。一つの空間に押し込まれたのだ。それはダンジョンを攻略していた人間も。そこに闊歩していたモンスターも一緒くたにしてしまったことだ。
変化した後のダンジョンの内部にはシュージが見たことのないモンスターがいた。
恐竜を思わせる怪獣。不気味な人の形をした植物。明らかに意思を持った大きな火の塊。他にも大小さまざまなモンスターがうめき声をあげながら自分達の周囲を囲んでいた。
これが『養殖ダンジョン』が禁止されている理由だ。
ただのダンジョンでも脅威なのに、極悪なモンスターまでもが最初のフロアに出現するようになる。
その上、ダンジョンから脱出するためにはこれまでの階層の高さを足した壁をよじ登っていくか、風の魔法でダンジョンの出入り口のある天井まで飛ばさなければならない。
極悪なモンスターとの戦闘。脱出困難な迷宮の構造が追加されるから『養殖ダンジョン』は禁止されているのだ。
シュージがダンジョンコアを破壊しなければ、カヒーはその場を抑えるだけにして、中にいた人間すべてを摘発した後。一人になった状態でコアを破壊。一つの空間にまとめられたモンスターも掃討して脱出する手はずだったのだが、それがシュージの思い切った行動でおじゃんになった。
だが、それでも。
「ふん。この程度なら無理に構える必要もなかったか。お前たちはそこでじっとしていろ」
この超人を揺るがすことは出来ない。
カヒーの放った風の魔法は今もなおダンジョン内にいた人間を探し出しては彼等を囲む壁になっていた。その数七つ。
シュージ達よりも先に深層に向かっていった冒険者達の元までたどり着き、この地獄絵図になった空間から彼等を守る壁になっていた。
その風を生み出したカヒー以外を除いて、このダンジョンにいた人間は全て保護下に入った事になる。
犯罪者を生かしておく道理はないのだが、彼らは国家を揺るがすプロジェクト。『養殖ダンジョン』に関わった人間だ。その関係を聞き出すためにも生かしているに過ぎない。情報を搾れるだけ絞ったらリーラン王に処罰を任せる。死刑になろうが奴隷にその身を落とそうがカヒーには知った事ではない。
そんな自由な考えを持ったカヒーを見ていたシュージだったが、カヒーの姿が再び消えたように見えた。しばらくして一番巨大なモンスターである恐竜が声を上げる前に倒れ伏した。
その頭上には左肘から先を赤黒い液体で染め上げたカヒーがいた。
カヒーはこの空間にいた何者にも悟られることなく恐竜の頭上までジャンプしてその頭部に着地。鱗、頭蓋骨をもその拳で貫き、脳を破壊した。
はずだった。
先ほどまで彼の動きをとらえることが出来ななかったシュージには今度は少しだけだがカヒーの動きを目で追うことが出来た
「…嘘だろ。人間が魔法を使わずにあんなにジャンプできるのか」
レベルアップ。
人間としての格が上がったシュージの動体視力が僅かばかりだがカヒーの動作を捉えた。
ダンジョンコアを破壊したことでシュージのレベルが上がったのだ。それほどまでにこの養殖ダンジョンコアが危険だったという事でもある。
その事に驚いたのは、シュージ本人ではない。彼の呟きほどの声を拾ったカヒーの耳である。
これで確定した。この少年は間違いなく『主人公』だという事が。
碌な訓練をしていない人間に自分の動きを見る事などできない。しかもこんな短期間でこんな異常としか言えない成長を目にしたカヒーはシュージがライツに誑かされなくて本当によかったと内心胸をなでおろしていた。
そして、再びカヒーは超人染みたスピードで移動し、モンスター達の命を奪っていく。
植物染みたモンスターは根元から鎌で刈り取られたように引き裂かれた。
火の塊は、ろうそくの火をかき消すようにあっけなく消え去った。
動物型のモンスター達は例外なく頭部と体の中央に風穴を作っていた。
恐ろしい事にこれが全て素手で行われた虐殺だという事だ。
コーテ達からの見るとモンスター達が勝手に死んでいるように見えたが、実際はカヒーの圧倒的速度によるものだと本人とシュージにしかわからない。
コーテはもちろん。風の檻に閉じ込められた冒険者の目には何が起こっているのかは理解できない。理解できるのは。これが最強と呼ばれる人物だという事だ。
正直怖すぎる。カヒーという人間が。敵意すら向けたくない。敵対すれば何をされたか理解する前に殺されるだろう。
だが、もしカモ君がこの場にいたのなら、これを前にしてももっと怖いものがあると言うだろう。
それはコーテの隣で同じように戦慄を覚えているシュージだ。
彼ならカヒーほど早く動けなくても、カヒー以上の殲滅力を将来的に有するだろうと。
カヒーの殴殺が終わるまで三分。
その間、威嚇していたモンスター達の声はうめき声から悲鳴に切り替わることになる。
その中には無法を働いたら自分達もこうなるのではと思った無法者達の声もあった。
その頃のカモ君はと言うとタイマン殺しに叩きのめされていた所だった。
後発組の連携や協力はあったもののタイマン殺しを倒すことは敵わなかったが、カモ君達が倒れ伏したと同時にビコー達の先発隊が、ダンジョンコアを破壊し、戻ってきた。
そこからはビコーとタイマン殺しの殴り合いが始まり、数発の攻撃を受けたもののビコーが勝利を収めることに成功した。
体のあちこちをボコボコにされたが、タイマン殺しを相手にして死人は出ていないというのは僥倖という物だった。
でも出来る事なら、ビコーにはもっと早く助けに来てほしかったと、先発隊の一人に背負われながら思うカモ君だった。




