第十三話 衛兵は見た
ライツが目を覚ました時にはカモ君は既に体の柔軟を終え、いつでも扉を壊す準備が出来ていた。
エロ空間とはいえ、カモ君の狂人染みた精神は健在であり、ここに転移させられた時に比べてだいぶ落ち着いた状態なのでカモ君の戦意は通常通りである。
が、目覚めたライツも表面上は落ち着いているようだったが、内心は慌てふためいていた。
しかし、自分がカモ君の体をオカズニしていた事への羞恥。そして、今も漂っている媚薬の雰囲気に流されそうになる。ある意味、カモ君に分からされた身として、荒れた心境を隠す事が精一杯ともいえる。
しかも、カモ君はウールジャケットの下にシャツを着こんでいない状態。
ある意味ライツを虜にした体をあえてチラチラとみせるファッションにより彼女の興味がカモ君に向けられる仕様になったのは偶然だ。
カモ君は汗を吸ったシャツを着る事を嫌ったからである。それに、この格好の方が動きやすい。それがライツの精神をゴリゴリ削っているとも知らずに。
「とりあえず…。殴るか」
脳筋ということなかれ。今のところ一番手ごたえがあったかな?という物が素手で扉を殴る事だったカモ君。
鉄の扉をゴンゴンと全力で数回殴りつけたが返ってきた手ごたえは、響きはするが少しも変形、移動したようにも思えない扉だった。
次にアイムから教わった『鉄腕』もどきの魔法。自身の左腕に魔法で生み出した岩石の小手を装着して思い切り殴りつけるが、駄目。
この後、身だしなみを軽く整えたライツの補助魔法を受けての素手での破壊。『鉄腕』もどき。そして攻撃魔法を試してみたが、扉はびくともしなかった。
ほぼ全快状態の自分の最大火力を受けてもびくともしない扉にようやく違和感を持ったカモ君は鑑定魔法を鉄の扉にかける。
特殊合金の封印扉。
拘束、封印、興奮のマジックアイテムを組み合わせて作られた扉。
この扉の前で魔法を使えば使うほどその魔力を吸い上げ、強固になっていく扉。
この扉を開けるには封印を解く行動をとるか、外から開けてもらう。純粋な物理攻撃で壊す。もしくは圧倒的な威力を持った魔法でこじ開けるしかない。
「今までの努力は無駄かぁあああいっ!」
詳細を知ったカモ君は今までの苦労が無駄だと知り、思わず地面を『鉄腕』もどきの腕で殴りつけると、ぼこっと音を立てて床に穴が開いた。
「…」
カモ君が床板をはがして、さらにその下にあった地面を掘ってみると思いの外、掘り進むことが出来る。その進行スピードは牛歩より速いスピードであった。
ライツも簡単に地面に穴が開いたことに呆気に取られていた。その間に地面を掘り進むカモ君の姿はやがて見えなくなっていく。
カモ君が地面を掘り進めていく音が10分もしないうちに遠のいていき、20分後にはびくともしなかった扉が開いた。
「……」
扉の向こう側まで掘り進めたカモ君が扉の下まで掘り進め、その下を通り過ぎるまで穴を掘り、地面へと出ることが出来た。そこは条件を満たさないといけない部屋の外に辺り、地面から出たカモ君の目に映った光景は、リーラン王国の王都の宿泊施設が立ち並ぶ開発途中の土地の一角にあった小さな小屋。遠くには昇りだした太陽の光で照らされた王都のシンボルである王城まで見える位置だった。
みすぼらしい小屋だが、見覚えのある無機質な扉がつけられた扉を開けると、そこには呆然としているライツがいた。
「………は」
まるで馬鹿にしたようなため息がカモ君から零れたが、そのすぐ後に絶叫ともいえんばかりのツッコミが響き渡った。
「「張りぼてかよ、この部屋ぁああああああっ!」」
そのツッコミにライツも思わず大声を上げた。
先ほどまで脱出を拒んでいた扉だが、頑丈なのは扉だけ。床や壁は簡単な素材で作り上げられたプレハブ小屋としか言えない強度の建物だと知ったカモ君達は思わず頭を抱えてその場に蹲る。
カモ君が扉を殴らず床や壁の部分を殴りつければ魔法を使わずとも穴をあけることが出来るほどの脆さだった。
エロ空間という異常地帯で、媚薬で興奮状態に陥らせて唯一の出入り口だと思っていた扉がこれだけだと思わせた製作者を褒めるべきか。それとも周りをよく見なかったカモ君達を貶すべきか。
カモ君の知人で一番冷静な判断を下せると思われるコーテならきっと「お馬鹿」と貶すだろう。
良くも悪くもカモ君は戦闘脳だ。知的なやり取り。交渉や策略などは一般貴族と比べると一歩劣ることが多い。
モブ相手なら俺の方が強いし、利権なら力ずくで奪える。ペナルティーなら押し付けられるという慢心もあるからか、こういう少し頭を使った策略には簡単に嵌められてしまうのだ。
扉を除けば簡単な小屋だったことにショックを受けていたカモ君とライツだが、一度深呼吸をしてからこれからの事を考え、行動に移すことにした。
ライツは早く魔法学園に戻り、カモ君と一夜を過ごしたという事実を払しょくするための言い訳づくりをしなければならない。なにより、シュージからの好感度を取り戻さなければと画策する。
ここでカモ君を毒殺するという思考はなかった。
媚薬が抜けきっていない頭と、実はプレハブ小屋に閉じ込められていたというショックでそこまで頭が回らなかったライツは、カモ君をその場に残して駆け足で学園へ戻っていった。
カモ君は開発途中の一角という事もあって近くで工事が行われている工事現場から金貨一枚を作業員に渡して、そこにあった人力の荷車を借り受け、ずっしりと重い封印扉を何とか外し、荷車に乗せて魔法学園へ戻ることにした。
自分達が特殊な空間に閉じ込められたという証拠としてこれを学園までもっていくことにした。
コーテに余計な心配をされないためにも、浮気したなどと誤解されないためにも証拠品は持って行った方がいいと判断したカモ君はライツよりも遅い足並みで魔法学園へと出向くことになった。
その際、ジャケットを着た半裸の男が王都を練り歩いていると一般市民の通報でやってきた衛兵に身分証明を求められることになる。
見るからに重そうな扉だけを運んでいる人間で、半裸の男。ジャケットを着ているから作業員にも見えない。そして山賊じみた風貌はさぞ怪しく見えただろう。
ただでさえ、疲れている状態のカモ君は問い詰められて最中、泣きたくなるのをクールな表情で隠すので精いっぱいだった。
だが、そんな心労を知ってか知らずか。
早朝の門限から外で待っていただろうコーテに詰め寄られて一言。
「…浮気?」
などと邪推されたカモ君は、覚悟していたとはいえあまりの辛さに、ぐっと真上を見上げて、目に浮かんだ涙がこぼれない様に我慢してから、若干鼻声でコーテに自分が遭遇した悲運について説明をするのであった。
コーテもカモ君がそんなことはしないとわかっての事だ。
シュージから襲われたことも教えてもらっていたので、カモ君が望んで行ったことではないと断言できる。
しかし、ライツのような美少女と一晩過ごしたと考えると、どうしても少女として。恋人としての心配も出てくるのだ。それをわかってほしいといいながら詰問されたカモ君はコーテに文句が言えなくなった。
それは置いておくとして、この重い扉をどうするか悩んだ。
魔法で膂力をブーストしたカモ君ですら荷車を引いてどうにか持ってこられたものをどうするか悩んだ。
学園の門番に任せるというのも考えたが自分以外にこれを運べるとも思えない。少なくても大人二人分はいるだろうとコーテを話し合った結果。カモ君が責任もって学園の保管庫まで持っていくことになった。
この封印扉、素材にマジックアイテムを使用していることからその辺に放置していれば馬鹿な貴族が目につけて勝手に売り払うという事も考えられた。そのため、保管場所にまでもっていくのがいいだろうとコーテは言い放つ。
自分疲れているんですけど?
そう言いたげなカモ君の目線を感じ取ったコーテだが、彼女の眼の下にも薄い隈が見えた。
「私を心配させた罰」
「仰せのままに。マイプリンセス」
今回の一件。カモ君が完璧に悪いとは言わないが、注意を怠った彼にも少しは悪い点もある。
何せ、注意したすぐ後にこんな物騒な騒動に巻き込まれた。そして心配させてしまった罪悪感から今のカモ君はコーテに絶対服従しか取れなかった。
ただ、そんな二人のやり取りをずっと見ていた門番とカモ君が本当に魔法学園の生徒か確認するためについてきた衛兵の目から見ると、ただいちゃついているだけの少女と山賊。ではなく少年に見えるだけだった。




