第十一話 同じ轍を踏む
とある服装店の一角で、厚手の白いロングコートに白いマフラーを身に纏ったライツはその場で一回回ってみせる。
白いコートに映えるよう彼女の髪が煌めいて極上の笑顔をシュージに向けて作ると彼は少し照れたように顔をそらした。
「シュージ君、これなんてどうですか?」
「…うん。いいんじゃないか」
「ふふっ。ちゃんとこっちを見てから言ってくださいよ」
勿論ライツには手に取るようにシュージの感情が分かる。
次は美味しいと評判のクレープ屋台に出向く。寒い中食べるのはホットチョコレートを挟んだものであり、肌寒くなったこともありより美味しく感じさせた。
「ライツ。頬にチョコレートが付いているぞ」
「そうなんですか。それではシュージ君が拭きとってください」
そう言ってライツはシュージを正面にとらえて目を瞑って顔を前面に出す。いわゆるキス顔という物を、寸前で見たシュージは少し慌てた様子で。ライツの柔らかい頬を出来るだけ易しくハンカチで拭ってあげると、ライツは目を開けてこう言った。
「少しは悪戯してくれてもよかったんですよ」
「…勘弁してくれ。こういうのには慣れていないんだ」
そんな甘い空間を作り出した二人はとある宿泊施設まで歩き、一夜を過ごしたのであった。
というのが、ライツの予定だった。
だが、実際はというと。
「これなんてどうでしょうか?シュ」
「とってもいいと思うよライツさん!」
試着室のカーテンを開けて感想を聞こうとしたライツの前にいたのは魔法学園のジャージを着た熱血漢なラーナ君だった。
「あ、ありがとうございます。ラーナ様」
「いやいや、ラーナと呼び捨てで構いませんよライツさん」
お前に聞いているんじゃないんだよっ。
服装店の一角で、ライツはシュージに試着した服の感想を求めたのに帰ってきたのはお邪魔虫その2のラーナ。
ライツが試着室で服を試着している間にラーナにとにかく素早く過剰にライツを褒めまくれとアドバイスした。そうすることで彼女の気を引けるぞとシュージにも聞こえないようにこっそり伝えたのだ。
ライツの言葉を言い切る前にラーナが感想を言ったのでシュージに感想は聞き出せない。そんな真似をすればラーナの機嫌を損ない、今行っている買い物デート(女1:男3)の雰囲気が悪くなる。
ライツは周囲にはシュージに関心があるように見せかけているが、彼以外に冷たいしぐさをすれば、シュージからの印象も悪くなる。それは避けたい。だからラーナの事も無下にできない。
だからこそ目の前のラーナはライツの不機嫌を読み取れなかった。彼もまだ十三になったばかりの少年だ。王宮育ちの令嬢並みに雰囲気を悟れというのは無理がある。
そして目的のシュージはというと。
「エミール。これはさすがに駄目なんじゃないのか」
「なんでだ。防寒機能はばっちりのロングコートじゃないか」
「いや、これ一つで金貨十二枚は高すぎ。それに色合いも何というか派手すぎじゃないか」
お邪魔虫その1であるカモ君と共にライツに似合う女性用のコートをいくつか持ってやってきたのだ。
シュージが持っているのは薄茶色の厚手のコートだがどこか田舎臭いコート。よく言えば民族衣装じみたものだが、分厚すぎて猟師じみたコート。
カモ君が持っているコートは成金がホステスに贈るようなゴテゴテした色合いの赤いコート。お値段が金貨十二枚とライツの所持金の殆どを消費させるお値段になっている。
カモ君の狙いはライツに無駄に金を使わせること。そのため、一番高いコートを持ってきて彼女にそれを買わせようととってつけた理由でコートを持ってきたのだ。
しかしデザインが田舎育ちのシュージには派手すぎるように見えたのだ。だが、ライツから言わせればどっちもどっちだ。
シュージは天然。カモ君は故意的に。そして、ラーナは暑苦しくライツに接してくる。
お子様二人と腹黒の相手をするライツのプランは悉く崩されていく。
「えーと、それじゃあ。シュージ君のコートを着てみますね。エミール様、私は節約するためにお店を見て回っているんですよ。もう少しお安い物をお願いしますね」
(わざとやっていますね)
「すまない。もう少し安い物を持ってくる」
(わざとだ)
この後によるクレープ屋でもラーナがライツの意図的なドジをフォローするものだから好感度稼ぎは出来ないでいた。だが、ライツには秘策があった。
王都の一角に宿泊施設がある。いわゆるラブホテルだ。
そこにシュージを連れて込めればこちらの勝ちだ。
いくらシュージがお子様でも事に致してしまえばこちらの言う事は聞くだろう。
何せ自分の貞操を捧げるのだ。自分ほどの美少女の言う事を聞くことはただでさえ田舎出身の男子には歓喜するものだ。
お子様をラブホテルに連れ込むのは難しい。だが、理由付けで連れ込むことは可能だ。
例えば雨が降り出して連れ込む。
自分を狙う悪漢から逃れていたら偶然そこにたどり着くなど理由付けで連れ込むことは出来る。
そう思いながら男衆の隙を見計らって空をちらりと見てみる。綺麗な茜色の空が広がっており、雲一つない夕暮れ。雨が降る要素は見当たらない。だが、悪漢役。この日のためにこの王都に潜入しているメンバーは常に彼女の視界にあった。
ライツの合図一つで悪漢役を務めてくれるだろう。しかし、今のメンツが悪かった。
予定よりも強くなったシュージ。原作放棄レベルの強さを持ったカモ君。そんなカモ君を目標にしてしまった所為で多少強くなったラーナ。
魔法学園初等部一年生のTOP3がここに勢ぞろいしていた。悪漢役のメンバーもそれなりに腕が立つが、下手したらカモ君一人に制圧されるかもしれない。
制圧されたメンバーから、ライツの関係者と知られる。篭絡工作も終えていないのに自分も捕らえられるなどあってはならない。
だが、悪漢メンバーもこの日が過ぎたらネーナ王国へと帰ってしまう。
ライツは篭絡工作に難航しているというメッセージと共に。
ここは一人一人引きはがすしかない。
そう悟ったライツはラーナに頼みごとをした。
自分が世話になっている女子寮にリップクリームを忘れたから取りに行ってほしいとお願いした。彼女の祖国、ネーナ王国にしかない薬草で作られたそれがないといろいろ困るんです。と、思わせぶりに唇付近に指をあててそうねだるとラーナはカモ君が何か言おうとしている事に気が付かずに魔法学園の女子寮のある方向へと走っていった。
今から走って行っても男子が女子寮に入れるはずもなく、また、学園内に入り込めば門限があり、今日は学園から出ることは敵わないだろう。
ラーナを学園に誘導したことでカモ君に警戒されたが、ライツにも退けない時がある。それが今。
ライツは嘘泣きをするように右手で目じりをこするような仕草をした。
悪漢役に自分達に絡むように指示するサインでもあった。
「ふふ、いつもは自国の商人や貴族を相手にしているだけあって今日のお買い物は面白い体験が出来ました。ありがとうございます。シュージ君。エミール様」
傍から見ればお嬢様が庶民の買い物を楽しみ、それに感動して涙を流しているようにも見えたが、ライツは微塵にも感じてはいなかった。
だが、この時もシュージの好感度を稼ぐための仕草だ。そして、カモ君の意識を悪漢役のメンバーから逸らすためでもある。
「どういたしまして。楽しんでもらえたならこっちもうれがっ?!」
皮肉を込めてカモ君が返事をしている最中に悪漢メンバーの一人が静かに後方から近づいてカモ君の頭部を持っていた警棒らしき物で殴打したのだ。
王都での犯罪率は田舎に比べて低い部類に入るがないわけでもない。その上、ライツと悪漢メンバーはこの日のために衛兵や人目の付きにくいルートを算出していた。
それが今いるこの場所である。ここでカモ君一人を倒して、悪漢に怯えた振りしてシュージと共に逃げ出した振りをしてラブホテルに連れ込む。
悪漢役のメンバーもライツに不手際があったとしてもそこに連れ込む手段はある。かなりの力技かつ費用が馬鹿にならないので、評価が下がることもあるので使わせないに限る。
シュージが、ライツから倒れたカモ君に視線を移した瞬間にライツは彼に聞こえないように魔法の詠唱をする。
「エミールっ?!お前たち何をするんだ!」
悪漢メンバーは三人。ライツの作戦のために悪漢A・B・Cと命名された強面の男達がにやにやしながらシュージとライツを揶揄いながら話しかける。
「なぁに。魔法学園の生徒様達がこんな遅くまで遊ぶ金があるなら俺たちも混ぜてくれないかと思ったんでな」
「そうそう。ああ、男はいいや。そっちのお嬢ちゃんだけ来てくれれば構わないからよ」
「まあ、そっちのお嬢ちゃんは初めましてじゃないけどな」
この時点でライツは身体能力を上げる魔法。ブーストを自身に使う。と、同時にシュージの手を取ってその場から走ってその場を去る。
異常事態によりライツの膂力がただの少女から生じる力ではない事に気が付かないシュージはその勢いのまま、つい彼女に追随する形でその場を離されることになった。
「こっち。急いで!」
「ま、待ってくれっ。エミールが」
「あいつらの狙いは私なのっ。私がいなくなればあれ以上の事はしないわ!」
ライツと悪漢たちは内心うまくいった。と、ほくそ笑んでいた。
主人公のシュージは倒れたカモ君を放っておかないと思っていたが、ライツと共に逃げている彼を追ってきた様子にシュージも納得しかかっていたが、同時に何か引っかかるような気もしていた。
その気がかりもすぐに判明することになる。
シュージ達を追いかけようとした強面の男たちだったが、一番カモ君に近かった悪漢Cが地面に顔から倒れて気絶していたはずのカモ君にブレイクダンスさながら。地面に平行すれすれの蹴りで転ばされたのだ。
悪漢Cがうつ伏せに倒れると同時に、カモ君がその場で飛び上がるような動作で悪漢Cの背中にのしかかる。そして、勢いそのまま悪漢Cの後頭部を左手で鷲掴み。悪漢Cの顔を地面に叩きつけた。それも何度も。悪漢Cのうめき声がなくなるまで数回叩きつけてようやくカモ君は立ち上がった。
カモ君にまだ意識があったことに驚いた悪漢AとB。そしてライツは目の前の光景が信じられなかった。そのため、ライツは足を止めてしまった。悪漢Cがやられている間は何もできずにいた。だが、シュージだけは納得していた。先ほどまでの気がかりも晴れた。
カモ君がそう簡単にやられるとは思っていない。だって彼は強いのだから。
カモ君は魔法使いだが、どちらかと言えば冒険者よりの体つきだ。
並みの魔法使いなら意識を失う不意打ち。カモ君ならたとえ意識を失ってもすぐに目覚めるか、意識が軽く朦朧とするだけ。
今回は後者だったため、すぐには起き上がれなかっただけなのだ。
「…よくもやってくれたな。魔法学園の生徒=この国の貴族ってことを知らない、わけないよな。この国にいるのならな」
そう言いながらゆらりと立ち上がるカモ君はまるでゴースト系のモンスターのように不気味な眼光で悪漢AとBをにらみつける。
カモ君としてはただのモブでしかない悪漢に不覚を取ったとしか考えていない
踏み台キャラではあるが、ゲームでは名前すら準備されていない小物に負けたと弟妹達に知られれば失望されるかもしれないという事がカモ君の戦意を押し上げている。
シュージとライツはこの国の貴族ではないが魔法学園の制服を着ているため、貴族と間違われる。
カモ君はウールジャケットを羽織っているので一見すると一般人にも見えるが、その下に着込んでいるのは上質なワイシャツと学園指定のズボンだ。
そんな彼らを魔法学園の人間と知りながら襲えるのは彼らを黙らせることが出来る上位の貴族か、酔っぱらった人間か、恐れを知らない人間。もしくは人攫い。または確執を生むためのどこかの工作員。
頭を殴られた直後なのにそこまで考えが及んだカモ君はこの悪漢たちを捕まえることにした。
「誰に指示されたかわからんが、殺されても文句は言うなよ」
逆を言えば、殺されなければ誰に指示されたか喋ってもらうという事だ。
そうなれば悪漢達の任務はもちろん、ライツの任務も達成できなくなる。
悪漢AとBは思わず構えを取って、カモ君と対峙する。
速やかにカモ君を倒して、この場を去らなければならない。
カモ君が殴り倒された時は息をのむだけの一般市民がいたが、カモ君が何度も悪漢Cの顔を舗装された地面に叩きつけた終えた時に出来た血だまりに悲鳴が上がった。
衛兵が来る前にカモ君をどうにかしないといけない。
不意を突かれる形で仲間の一人がやられたが、AもBも工作員として訓練を積んできている。だが、衛兵が来る前にカモ君を倒せるかどうかはわからない。
だから悪漢AとBは今出来る最高の手段を取る。
ライツの任務と自分達の離脱の両方を完遂できるアイテムを悪漢Aが取り出した。
それは羽ペンの先に青い宝石の付いたアクセサリーにも似た小物が二つ。
カモ君はそれが何かまでは思い出せずにいたが、何らかのマジックアイテムだろうと察して、それを叩き落とすつもりで蹴りを繰り出した。同時にエアショットという空気の弾丸を打ち出す魔法のクイックキャスト(笑)も行いながら。
だが、カモ君の蹴りは悪漢Aに当たる前に訓練された動きで悪漢Bに受け止められた。その間に悪漢Aはカモ君に背を向けてシュージとライツに先ほど取り出した小物の一つを投げつけようとしていた。
シュージはライツに手を繋がれているためその場を動けずにいた。無理に動けばライツを転ばしてしまい、怪我させてしまうという恐れもあったため、彼はまたもや動けずにいたのだ。
そんなシュージにカモ君はまたかと思いながらも、クイックキャスト(笑)で発動させたエアショットで自分の体を斜め上に打ちあげた。その威力は打ち上げたカモ君の背中を張り飛ばしたかのような威力だった。
その軌道は悪漢AとBをまたいでシュージとライツの元に届くものだった。
カモ君が悪漢達を飛び越していくと同時に悪漢Aはシュージに向かって羽ペンのアイテムを投げつけた。
そのアイテムより、若干カモ君の方がシュージの元に辿り着く。
「ぼーっとすんな馬鹿!」
「がっ」
その言葉と同時にシュージはカモ君にドロップキックされるように弾き飛ばされた。その衝撃でライツが握っていたシュージの手が彼女から離れる。
地面に倒れながらも、自分と入れ替わるようにライツのすぐ隣に地面に落ちたカモ君。そんな彼の近くに投げつけられた羽ペンは突如として輝いた。
その輝きはすぐ近くにいたカモ君とライツを飲み込んだ。
その光は時間にすれば数秒。だが、その光が消えると羽ペンはもちろん。その近くにいたライツとカモ君の姿もなかった。
「…エミールッ。ライツッ。どこに行ったんだ?!」
シュージは思わず声を上げた。数秒前まで目の前にいた二人が跡形もなく消えてしまっていたのだから。
彼が混乱している最中、またしても同じ光がシュージの目に飛び込んできた。
二度の光で視界を再びふさがれたシュージ。
その光が消えると、自分達に襲い掛かっていた悪漢達の姿がなかった。
そこにあったのは悪漢Cの流した血だまりの跡だけ。
まるで自分以外は幻だったのかと思わされるシュージだったが、目の前の血だまりそうではないと言っているような気がした。
「…くそっ。くそ!俺はまた同じ間違いをしちまった!」
シュージはカモ君に蹴り飛ばされて、上半身を起こした状態で己の失敗を悔いるのであった。
悪漢Aが投げつけた羽ペンはイカロスの羽と呼ばれるマジックアイテム。
二枚一対になっているこのアイテムは、指定した場所に一枚の羽を置き、もう一枚に魔力を込めれば数秒後には指定した場所に転移されるというマジックアイテムである。
これは王族や貴族がもしもの時に使う緊急脱出アイテムであり、とても高価なマジックアイテムである。
一度使うと消えてなくなってしまう消耗品だが、使い勝手はかなりいい。
このアイテムにより悪漢達は自分達のアジトへ転移して逃げていった。
そしてカモ君とライツはというと。
「…こ、ここは」
「…………」
ピンクローパーが敷き詰められたのかと思わんばかりの、ピンク一色で染め上げられたワンルームほどの広さの室内に転移していた。
その中央には大きなベッドが一つ。その上には枕が二つ配置されおり、すぐ傍には何やら粘度がありそうな甘い香りを発する液体の入ったツボとコップが置かれたテーブルがあった。奥にはポツンとトイレと汗を流すためのバスタブとシャワー。バスローブにタオルまでついていた。
まるでラブホテルのような室内には出入りするための扉が一つあったが、重厚な鉄の扉でまるで室内の人間を何が何でも出さない意思を感じる。
この部屋を見たカモ君に前世のとある記憶がフラッシュバックする。
シャイニング・サーガの同人ゲームに出てきた18歳未満はお断りによく出てきた一室のことを。
「セッ、条件を満たさないと出られない部屋だと!?」
「…なんで、こんな奴と」
カモ君はコーテへの不義理を働く恐れを。
ライツは任務の失敗の恐れを抱えながら、この二人はこの一室で一夜を過ごすことになったのだった。




