第十話 馬鹿
コーテ・ノ・ハントがこのリーラン魔法学園に入学してもうそろそろ一年経とうとしていた。
半年前まではなかなか友人が出来なくて少し困っていた。何せカモ君から変わりたいなら誰かを好きになれと言われて誰かを好きになろうとしたが、もともとクールというか口下手。というか無口な性格なので友人関係を築くのも一苦労だった。
そんな彼女に友人が出来たのは学園の授業の一環で王都の周辺にある草原や森。洞窟の探索で遭遇するモンスターや動物を仕留めた時だった。
その父親譲りの狩りの腕前でその放つ弓矢のように学友達の心を射止めた。
その流れるような仕草が、獲物をしとめた姿があまりに綺麗に映ったらしく、仕留めた後の姿も決して浮かれることないそのクールな対応に男子よりも女子の方に人気が出た。
この件をきっかけにコーテに話しかけてくる生徒が増え、友人と呼べる者達も出来た。
なお、一部の女子生徒からはお姉様とか呼ばれている。同い年なのに。
そんなクールな彼女の一番の友人は自分とは対照的に活動的なアネス・ナ・ゾーマというパーマの掛かった赤い髪を腰まで伸ばした少女。
同じクラスメイトでよく話す間柄にある。とは言ってもアネスがよく喋り、コーテが応える関係だ。
男爵家の次女でゾーマ寮は農耕と平野に囲まれたモカ領に近い風土だがここは主に狩りで生計を立てているらしく、コーテと同じように弓矢を使ってモンスターや鹿や猪を狩っていた。
彼女は魔法使いとしての素質をあまり期待されていないらしく、この学園に来た理由も玉の輿を狙っての事だとさばさばした態度で教えてくれた。その時に彼女の体の一部がプルンと揺れた。コーテは自分の平野。ではなく胸を押さえながらまだ未来がある。成長期はこれからだと自分に言い聞かせた。
アネスの実家は貧乏男爵家らしく、学園の授業料は何とか出せたが、趣味に使う交友費や贅沢品のドレスなどを購入するために学園で公式に募集している害獣退治やモンスターへの警戒として王都周辺の巡回を手伝っている。
その為、少し手強いモンスターや害獣駆除のバイトを行う時は「一狩り行こうぜ」とコーテに声をかけては彼女を引きずり回している。
本来なら爵位が上の娘であるコーテだが、ハント領ではダンジョン攻略や冒険者絡みの事は日常茶飯事なのでコーテはいいよ。と即答する。彼女もこんな関係も悪くないと感じている。
その時に入手したバイト代は半ば文通しているような状態の婚約者の妹。ルーナからカモ君の好きな香りがする香水。髪の手入れに使う香油の購入に使っている。
もうそろそろカモ君がこの学園に来るころだなと寮にある自室で本を読んでいるとアネスが部屋のドアをノックせずに入ってきた。
「コーテ。いるか?」
「…アネス。ノックはした方がいいよ。それと動作と言葉の順番が逆」
「悪い悪い。気軽に話せるのはコーテしかいないからな。ほら、私って貴族だと一番下の貧乏男爵の娘だろ。こんな風に接するのはお前だけだから」
「…もう」
自分しか。
その特別感にコーテは内心嬉しいのだが、一応友人として貴族の娘としての立ち振る舞いをするようにとアネスを軽く叱る。
確かにアネスは玉の輿を狙っているから男子には活発な女の子を装っている。が、同性にはその性格の荒さが見え隠れする。
貴族としての立場も一番下の男爵の娘なので女子寮での生活。女子生徒との交流も気をつかっている。下手な態度で上位の貴族の娘を怒らせたらどうなるか分かったもんじゃない。
だからアネスもコーテ以外の人間と接する時はお嬢様を演じる。時々、仕草や態度に荒さが見える時がありコーテは内心ハラハラしていた。
「と、そんな事より。これからなんか決闘が始まるらしいぞ。観にいかないか」
「…また?あの不良グループが新入生を苛めているの?」
小等部三年生。あと三日もしないうちに中等部になるかもしれない男子で先輩にあたる十数人の貴族グループは入寮手続を済ませたばかりの生徒達。正確には持ち込んでいる荷物の中にめぼしい物が無いかを遠目にチェックを入れて、難癖つけては決闘を申込み、その荷物の中にあるレアアイテムを奪っていく。
学園側もそれは認知しているが、同時に黙認もしていた。
この学園は殆どが実戦主義。
このような横暴がまかり通っているのも、予めこの学園について調べなかった方が悪い。カツアゲされるような物を見つけられる方が悪い。予め自分達のグループを作り自衛しなかった方が悪い。
実戦で対戦相手が自分の事をペラペラしゃべるか?喋らないだろう。と、実戦では準備を怠ると命取りになることを今のうちに学ばせようという魂胆も含まれている。
コーテもその魂胆を知った時は驚いていたが、当時の彼女はレアイテムの一つも持たずに入学・入寮。そして伯爵の娘というネームバリューにも守られ決闘を申し込まれることはなかった。
だが、今は状況が違う。半年前にカモ君がダンジョンで発見した水の軍杖を貰って、それをそのまま学園に持ち込んだので、決闘を申し込まれることもある。かと思いきや、そうはならない。
それはあくまでもこの学園で行われる決闘が実戦形式であることが由来している。
実戦形式。ここは魔法学園だから魔法だけで戦うと思いきや剣や弓。槍といった武器も使っていい。戦争では魔法が使われるのが主だがそれだけではない。素早く近づいて接近戦で相手を仕留めようとする輩も当然いる。それを想定して決闘では武器の持ち込みも認められている。
詠唱して魔法を放つよりもコーテが矢を放つ方が断然早い。その上に連射できる。基本的に決闘は速効性とリーチの長さと連続性が求められる。その三つを持つコーテの弓は脅威となり、彼女へ決闘を挑もうとする輩に対して抑止力になっている。
決闘が行われる舞台では特殊なアイテムが渡される。致命傷や戦闘続行が不可能なダメージを受けた時、すぐさま舞台の外に転送されるアイテムで、そこで待機している専属の医師の手当てを受けることが出来る。
いくら実戦主義とはいえ、自国の兵力の卵達が死んでしまうのはまずいという学園。リーラン王国の意向だ。
まさかとは思うがカモ君がカツアゲを受けているわけではないだろう。月に一回の手紙のやりとりで既にカツアゲの事は伝えている。その上、あの体格だ。あの体格で殴られでもしたらただでは済まない。
カツアゲする貴族グループは自分達より下の輩にしかちょっかいを出さない。そういう輩ほど狡猾に傲慢に出るのだ。
カモ君は自分より一歳年下とは思えない身長で半年前に見た時にも伸びていた。あの調子で大きくなればこの世界の成人男性ほどの身長になるだろう。
ふと部屋に置かれた姿見の鏡を見る。女性というにはあまりにも幼く、幼女というにはぴったり過ぎる体型。豊満な体つきをしているアネスの方は見ない。何か負けた気がするから。
とにかくカモ君が出す雰囲気は只者ではない。モカ領では自己鍛錬に励み、ハント領に来ては何度もダンジョン攻略に出向いているカモ君は歴戦の勇士とまでは行かなくても堅気の人間から決して出ない覇気のような物が零れ出ているのだから。だから決闘という名のカツアゲを受けるはずがないと本に視線を戻して、
「何でも山賊みたいな体がでかい新入生と決闘だってさ」
「観に行く」
本を閉じた。
まさかとは思うがカモ君はいつもの気迫を押さえて一般貴族として振る舞っていて、それにホイホイつられた不良貴族達を逆に引っかけたのではないか。もしそうだとしたら。もしその決闘で大きな怪我でもされたら。そう考えただけで心配になってきた。
コーテは机に立てかけていた、家から持ってきた弓矢とカモ君から貰った水の軍杖を手に、アネスと共に決闘が行われる闘技場へと向かった。
「…案の定」
「どうしたコーテ。もしかして知り合いか?」
コーテは闘技場の入り口前でがっくりとうなだれていた。
決闘が開始される前に闘技場の入り口に決闘する生徒達の名前が垂れ幕で公表されていた。既に日は落ちていたが、まるで祭日の時のようにスポットライトのような灯篭の光で映し出されていた垂れ幕は二つあり、片方には不良グループ五名の名前が書かれており、もう片方にはカモ君の名前が書かれていた。
「あいつ等また複数で一人を苛めてやがる」
不良グループは予め、決闘を行うメンバーを決めている。相手が不利になるようなメンバーを選出して、数と属性の有利さを武器に戦うのが常だ。
コーテはカモ君がエレメンタルマスターだから全属性が弱点なのは知っている。だが、不良グループはそれを知らないので、一対一の決闘なら魔法の詠唱も早く、ダンジョン攻略で実戦慣れしている彼なら勝てない事はないと思っていたが、五人同時に相手をするという確実に不利な状況。
彼の援軍として参戦しようと思ったが、受付時間は終了していた。今の時間帯では観客席に行って決闘を見守るだけとなる。
アネスに連れられて闘技場の中へ入ると既に決闘を観ようとする人が大勢いた。決闘は起こる頻度が少ないが故にちょっとしたお祭り感覚で見る者を楽しませる。特に時刻は夜を示していたが、闘技場の中はまるで演劇の舞台のように明かりで埋め尽くされていた。
一部の貴族の中にはその決闘を行っている相手が優秀ならば自分の派閥に入れようかと策することも出来るのだ。だが、今回は無理だろう。カモ君一人で相手は五人。いくらカモ君に自信があろうとこの魔法学園で三年学んできた不良グループ倒せるはずがないと思っている観客が九割以上だった。
残りの一割はコーテのようにもしかしたら勝てるのではないかと淡い希望を持つ者。そして、不良グループに自分のアイテムを取られた貴族達だ。あの憎き不良集団をボコボコにしてくれーっといった怨恨こもった声で応援するつもりでやってきた。
「なあ、珍しく決闘を観ることになったけどよ。あの五人に勝てると思うか噂の山賊貴族」
「分からないけど。とりあえず距離を詰めれば勝てるかも」
余程の事が無い限り驚かない自信があったアネスは珍しく目を丸くした。
コーテは見た目通り冷静沈着。物事を現実的に捉え、行動する。
五対一。そんな事は相当の実力差が無いと覆すことが出来ない。そんな冒険譚の英雄のような人間なんてそうそういない。
腐っても魔法学園で三年間鍛えられた不良グループ。片や一年どころか入学もしていない新入生。力量差は明らかだ。それなのにコーテは勝てるかもという。
「なあ、やっぱり新入生ってお前の知り合いなのか?」
「一応、婚約者」
「ほー、婚約者ねぇ。婚約者?本当にいたのか?だから先輩達からの誘いを断っていたのか?」
「うん。でも誰も信じなかった」
こんなちんちくりんな体形だが容姿は上物。次女とはいえ伯爵の娘。そう言う事もあってかコーテはよく男子生徒に声をかけられるが全て婚約者がいるからと断って来た。
すると相手は「君みたいな女の子。げふんげふん。女性に婚約者なんていたのかい」と、言う。
なんでそんな事を言うのにお前は声をかけてきたんだ。私を誑し込んで伯爵の地位かカモ君からもらった水の軍杖でも欲しかったのか?それとも単なる幼女趣味か?これ以上思い出すのはやめよう。今日は自己嫌悪によく陥る日だ。
「ほーん。水の令嬢とも言われたコーテちゃんがそんなにお熱の奴なのかい。でもいくら恋は盲目といってもこの戦力差は覆らないよ。よっぽど実力があるか装備に自信があるかじゃないと」
「エミールの使う魔法は多分あの不良グループ一人一人なら圧倒できると思う」
「一対一ならねえ…。でも、五人同時に相手どるんだぜ。さすがにそれじゃ負けるだろ?」
「負けるね。だからどうやってこの状況を崩すのか楽しみ」
コーテはそれからカモ君がハント領にやって来た時に行っていた訓練を従者の方から聞いていた。ハント領では間借りしている間は一緒に来ている弟クーと一緒に魔法訓練をしていたらしいのだが、その光景が恐ろしく早いのだという。
クーが高速移動をしながら四方八方から魔法を撃ち込んでいるのにカモ君はその場からあまり動くことなく迎撃したり、相殺狙いの魔法を撃ち込んでいく。その撃ち込まれていく魔法の軌道は、まるでクジャクの羽を広げたようにカラフルな色合いを作り出した。
そしてその魔法がぶつかり合い最後にはその余波で宙に舞った細かな砂や水が虹を描きだした光景の真ん中でカモ君はクーの頭を撫でながらよくやったなと褒めていた。
その光景が長期休暇で一時帰ってきたコーテが見たカモ君達の魔法訓練だった。
その時のカモ君の内心は『やべぇ。クーの奴、並行思考覚えて二つの魔法を同時に使えるようになってりゅ』である。それから更に鍛錬としてダンジョンに果敢に挑戦していく。カモ君だった。もはやカモ君に弟妹達とじゃれ合う以外の私的な時間はほぼ無くった瞬間でもあった。
グンキから聞けば兄弟のじゃれ合いと評した魔法訓練の後に冒険者と組み手をしたりして魔法が使えなくなった時を想定した体術や剣の訓練。そして集団戦を教えてもらっていた。それからだ。カモ君がダンジョンに挑む際の装備がある物に固定される事になったのは。それはどれだけ身軽に動けて相手に捕まらないかだ。つまり、
「おい、なんだよ。あの男」
「本当に魔法使いなのかしら?どう見ても冒険者どもにしか見えないのだけれど」
試合の舞台に上がってきたのは学園から支給される動きやすい体操服。その上から実家から持ってきた急所を守る為のレザーアーマーを着込んだカモ君だった。このレザーアーマーは一度寮に戻って持ってきた物だ。一応魔法使いだという事を知らせるためか左手に水の軍杖を持っていた。
本来、魔法使いは上質な布で出来た服の上にローブを羽織るのが一般的である。上質な服は着ている人間の立場を証明する為であり、ローブは遠距離から攻撃。弓矢や魔法の直撃を避けるためのものである。
現にカモ君の相手するチームは五人中四人がローブを羽織っていた。冒険者のような恰好をしているカモ君を笑っていた。
魔法使いは冒険者の事を汗水流す奴隷のように考えており、冒険者は魔法使いを軟弱者と考えている。両者の溝を埋めるには一番わかりやすい金という報酬のやりとりくらいしかない。
「なあ。やっぱり駄目なんじゃないか?そりゃあ魔法を使う前に近付いて攻撃すれば勝ち目はあるかもしれないけど、舞台って広いんだぜ?縦横百メートル以上で試合開始時には相手との距離が五十メートルくらいある。近づく前にやられちまうよ」
魔法の詠唱は五秒くらいかかるが、威力を押さえれば三秒くらいで発動が可能になる。
カモ君がどれだけ俊敏に動いたとしても彼等に近付く前に魔法でハチの巣にされるのは目に見えていた。
「大丈夫だと思う。エミールもそんな事が分からない程馬鹿じゃない」
コーテは最後列の席になるが部隊がよく見える観客席に腰を下ろしてカモ君の勇姿を見守ることにした。
その時のカモ君はというと。
まっすぐ行ってぶっとばす。まっすぐ行ってぶっ飛ばす。右ストレートでぶっ飛ばす。
馬鹿な事を考えていた。




