第四話 自爆
シュージはともにダンジョンを進んでいくカモ君に頼もしさを感じていた。
ダンジョン攻略のアルバイトに参加するには魔法学園の成績上位者でなければならない。
一ヶ月ほどの長期休暇があったとはいえ、復帰してすぐに座学や実践テストで高得点をたたき出したカモ君は自分と共に合格判定をもらい、今回のダンジョン攻略に参加した。
事故で隻腕になった。顔に火傷を負ったにも関わらず、学園はカモ君を優等生だと、強者だと判断したのだ。
現にそうだろう。出なければ武闘大会決勝進出を果たしたりはしない。
ダンジョン攻略も彼のサポートのおかげか十三階層まで足した消費もせずにたどり着いた。
動物系の魔物から人型モンスターまで登場してきたが、カモ君の索敵のおかげでほぼすべての戦闘で先制攻撃が出来た。
この調子なら今回のダンジョン攻略は楽にこなせそうだと思っているシュージだが、カモ君の言葉で気を引き締めることになる。
十階層ごとのダンジョンはモンスターが一際強くなる傾向になるといった。
ゴブリンやコボルトの中に魔法を使えるメイジやシャーマンの名前を持つモンスターが出てくる上、カモ君の索敵にもかからないモンスターも出てくる。
ここからはダンジョン攻略の経験者。冒険者達の感が重要になってくるとのことだ。
シュージも十階層以上のダンジョンには挑んだことはある。
確かに一回り大きく力も強いモンスター。魔法を使ってくる賢いモンスター。天井や壁、床に擬態しているモンスターもいた。
彼は後衛の魔法使いだったため戦闘になっても前衛の人間が守ってくれたから余裕をもって魔法が使えた。しかし、ここから先はそれも通じなくなる。
以前は人員的にも余裕があったが今回はそれがない。
現にカモ君の索敵した場所には人型のモンスターが数体いた。
モスマンと言われる人と蛾を足したようなモンスター。飛行することが出来、壁や天井に張り付いており、侵入者を不意打ちする習性をもつ。
奴らの鱗粉には毒性があり、たとえ追い払ったとしてもその鱗粉を吸い込み、やられるという事もある。
奴らは弱点でもある火に向かって突っ込んでくるという習性もあるので。シュージの魔法で一掃することが一番であると、モスマンのいるフロア手前で相談して決めたことだ。
余力は残した方がいい。それも帰るときには魔力が半分は残した方がいいというのがカモ君の持論だ。
進むときに出てきたモンスターより強いモンスターが出ることはほぼない。しかし、100%でないわけではない。
ダンジョンコアを破壊すればまた話は変わってくるが、今はまだダンジョンの深奥もわからない調査の段階だ。
ここから先は完全に未踏破の領域。魔力は温存したほうがいいという案は誰もが賛成を示した。
誰だって死にたくない。魔法とは突破力がある手段であるがゆえに使いどころを間違えてはいけないと学園でもカモ君からも言い聞かされているシュージは慎重に魔法を詠唱。込める魔力にも細心の注意を払った。
ただ、焦りはない。自分を守ってくれる冒険者はいる上に、最強だと信じているカモ君が守ってくれている。恐れているのは彼らの期待に応えられなかった場合だけだ。
詠唱を終え、フロア全体を満たす炎を生み出す魔法を唱えたシュージは、それを解き放つ。
薄暗いダンジョンの一フロアを埋め尽くす炎の渦が蹂躙する。
モスマンたちは気勢を上げながら黒焦げになりボトボトと音を立てて床に落ちる。そして、炎から逃れていた他のモスマンもシュージの炎に挑むように無作為に飛び込み、炭化していった。
その間十五秒ほど。シュージの魔力が残り七割のところでシュージは魔法を中断した。
出そうと思えばまだ出せるが余力は残した方がいいという事を気に留めた。
シュージたちが見たものは火災の跡とも言うべき惨状。
フロアのあちこちから熱気が立ち上り、ところどころから灰が零れ落ちていた。カモ君が索敵もかねてそのフロアの灰を風の魔法で奥の通路へと押し込む。
そこでカモ君は違和感を覚えた。目の前のフロアの先。次に進むべき通路の先から強い魔力を感じ取った。
これまでのモンスターとは一際違うその感触。もしや、
「…ボスフロアか?」
シュージが火を放ったフロアがダンジョンコアのある直前のエリアだとしたらここが最後の休憩地点になる。
二名の剣士が手前のフロアの確認を済ませ、残りのメンバーもフロア内に進んでいく。
そして、フロアの端にある大きなトンネルのような通路の先に人工物のような石で出来た大きな扉があった。
ダンジョンコアのあるフロアにつながる扉は総じてあのように大きな扉になっている。
十三階層の比較的、浅い場所でのボスフロアに冒険者、カモ君達は喜んだ。
第一目標のボスフロアの確認はここで達成できた。問題はボスに挑むかどうかである。
冒険者達には擦り傷といった小さな傷や疲れも見られたがほぼ全快に近い状態だ。
カモ君の魔力残量は半分。シュージはさっきの魔法しか使っていないので七割。ライツは冒険者の攻撃力・防御力を上げる補助魔法を何度も使ってきたので四割といったところだ。
ライツのペース配分にお小言をいうカモ君だが、今の状態でボスフロアまで到着出来た事は幸運だ。
おそらくだが、今の状況が自分たちのベストポジションであり、ベストタイミングだろう。
ここで引き返して再度ダンジョンに突入すれば、またダンジョンは拡張をし、階層も増える。モンスターも再出現するだろう。
そう考えているとダンジョン全体が小さく揺れた。
これはダンジョンコアがより深く地下に潜ろうとしている所作。
仕留めるなら今が絶好のチャンス。だが、焦ってはいけない今扉の向こうに何がいるかの確認をしてからだ。
巨大な石の扉にカモ君が魔法で小さく穴をあけて中の様子をうかがう。と、同時にカモ君は扉から飛びのくように離れて目を抑えた。
慌てて持っていた水筒の中身を顔に浴びるようにぶちまけた後に回復魔法を使う。
どうやらモスマンの鱗粉が石の扉の先に充満しており、それを目に吹き付けてしまったカモ君の眼は赤くなっていた。
すぐに目を洗い、回復魔法をかけていなければ失明していたかもしれない。
どうやらこの石の扉の向こう側はモスマンの巣が形成されているかもしれないというのが分かった。
おそらくこの先にいるのは大量のモスマンと昆虫系統のモンスターがいると判断したシュージたちは再度作戦を立てる。
扉を開放すると同時にシュージに特大の魔法を叩きこむという作戦だ。カモ君が明けた小さな穴からこぼれ出てくるほど鱗粉が充満していることから先ほどの倍以上のモスマンがいることは間違いないだろう。
幸い、カモ君の眼も回復したところだ。おそらくここが最後の戦いになるだろうとライツも補助魔法を全員にかけるつもりだが、シュージには彼等とは別にマジックアンプという使用する魔法を一度だけ強化する補助の魔法を全力でかけることにしてもらう。
これでライツが使える魔法は少しだけステータスアップが見込める補助魔法一回になった。申告通りなら。
ライツの武器は魔力の効率を上げる白のダガーという小さなナイフ。防塵のマントという砂埃程度ならそれ自体が避けていくというマジックアイテム。
目を傷める前にそのアイテムを貸してほしかったなと思わずにはいられないカモ君だったが、敵国の篭絡工作員だと知っていても女性用にカスタマイズされたマントを羽織るのは憚れる。何よりカモ君とライツの体のサイズを考えるとライツのマントは小さすぎる。
「準備は良いか?」
剣士の二人が石の扉の両端に立って扉に手をかける。
合図とともに開くと同時にシュージの魔法が放たれる。不測の事態に陥ってもカモ君達の前には重戦士が巨大な盾を持って受け止める布陣だ。
カモ君も薄いとはいえ風の防御壁を展開している。扉の向こうからモスマンの鱗粉がこちらに流れてこないように自分達の追い風のような状況を作り出していた。
後詰めの冒険者もいる。いざというときは逃げることも伝えている。
そしてシュージの魔法の詠唱も終わった。
「3、2,1.撃て!」
開かれた石飛の向こう側を確認することなくシュージのファイヤーストームが再び放たれた。
一瞬モスマンの鱗粉の壁が見えたが、シュージの炎の赤が埋め尽くしたと同時に辺り一帯の空気がボスフロアに吸い込まれる現象が起きた。
モスマンの鱗粉がシュージの炎に引火。そこにあった鱗粉の全てに一斉に点火し爆発現象が起きる粉塵爆発が発生した。
以上の事が同時に起こったため、カモ君の追い風もほぼ無意味といってもいい大爆発と轟音がカモ君達を襲った。
ここにダンジョンに詳しいコーテがいれば事前に注意していただろう。しかし、この場にいる人間は欲に目がくらんでそれらを見落としていた。
この事態を予測できたのは欲に眩んでいないライツだけだった。彼女はシュージの魔法が放たれると同時に重戦士の後ろに隠れるようにして爆発に備えた。
シュージの魔法に驚いて思わず隠れてしまったと言えば角も立たないだろう。
そのおかげで爆発に押し流されたカモ君達は後方へと一気に飛ばされたなか彼女だけはその場から少し転がされるという事態で済んだ。
扉を開けた剣士の二人はボスフロアへつながる扉が盾になる形で爆発に巻き込まれることなく、ふらつきながらもなんとか立っている。
爆発を真正面から受けた重戦士は五メートルほど後ろに飛ばされ仰向けで倒れている。どうやら気を失っているようだ。
残りの冒険者はまとめて十数メートルまで飛ばされたのか、何とか起き上がろうとしているのは最後方にいた剣士だけで、弓使いと魔法使いの二人は気絶。しかも弓使いの弓はへし折れていたので、意識を回復させたとしても戦闘には参加できないだろう。
シュージはというと冒険者より後ろに飛ばされていたが、受け身をちゃんと取れていたのだろう。こちらも剣士の後ろで立ち上がろうともがいていた。
問題はカモ君だ。彼は重戦士のすぐ後ろ。うつ伏せ状態で倒れていた。
大爆発の影響で砕けたボスフロアへの扉のかけらに当たったのだろうか額から大量の血があふれ出ていたため、彼の頭から肩にかけて血で汚れていた。
突入メンバーの戦力が一瞬で半数以下になった。戦えるのは三名の剣士とシュージとライツだけだ。
この状態でまたモスマンなどの素早いモンスターに襲われれば全滅は免れない。
…見捨てるか?
ライツだけは十全と言わずともこの場から走って逃げることもできる。
シュージの篭絡が任務だが、ここで自分が死んでは意味がない。
それに、ここで重要人物二人を見殺しにした方がネーナ王国の利となるだろう。
ここでカモ君に近寄り、体調を調べるふりをして、持っている毒薬で殺すことだってできる。
「―――っ!」
だが、やらない。いや、できなかった。
大量の血があふれ出ているはずなのにカモ君の意識は衰えていなかった。
むしろその逆、その戦意は衰えることなく、自分の方を。正面を見ていた。
正確には、自分の更に後ろ。ボスフロアの中に残っている存在に目を向けていた。
そこにいたのは巨大な白い宝石と間違わんばかりの白銀の大亀。
ミスリルタートル。
その甲殻は名前通りミスリルで出来ており、鋼の剣や中級魔法などは弾いてしまう防御力を誇る。巨大な亀のモンスター。
高さ3メートル。幅五メートルはあるだろうその巨大な亀をカモ君は睨んでいたのだ。
そして、その眼にはライツは見慣れた感情が表れていた。
それはこの亀を倒して得られるドロップアイテム。魔法金属ミスリル。それの取得。何が何でも手に入れるという欲にまみれた感情。
欲をかいたことで大怪我をしたのに、更に欲張るとか呆れてしまいそうになるが、ライツは考え直した。
カモ君は何かと負債を抱えている。それの帳消しをしないといけないからか。それともその先を見ているからか。
その負債を抱える理由もこの先の未来。戦争に打ち勝つという目的のためならその強欲さもわかる。
少しでも良い装備を。より強い魔法を。より強いレベルを手に入れて、より良い未来を手に入れる。
カモ君は転生者である。
というのが研究者兼密偵の話だ。
この先の未来の事をあらかじめ知っている節があるとも言っていた。
だが、自分が損するだけの国のために自身の身命を捧げているというのか?
もしそうだとしたらライツには理解できない。
自分が周りに媚を売るのは自分のため。より良い環境を他者に用意してもらうためだ。自分だけでは出来ないからそうしているのだ。その方が楽だからそうしているのだ。
だが、カモ君はそうじゃない。
他者という不確定な物には頼らない。自分で手に入れる。それこそ命を懸けて自分を成長させ、周りを変えていこうという意思を感じた。
欲深だというならそうなのだろう。愚か者だと自覚もしているのだろう。
だが、それでもカモ君は止まらない。
自分が欲しているのはここにはない。今の状態では手に入らない。
強欲に資産を欲し、自身を傷つける力も欲する。
より良い未来のために。
そう思わせるだけの雰囲気を纏って立ち上がるカモ君にライツは震え上がった。
畏怖か、それとも高揚感からか。ライツはその場から動けなかった。
カモ君が転生者であるところ。強欲である事以外は全て間違っているが。
カモ君は自分以外の人間がどうにかしてくれるなら全部任せる。
クーとルーナ。コーテ以外の事なら何でも任せるし、媚だって売る。
この先の戦争で必ず勝利し、安定した未来を手に入れると確約できるならもみ手をしながらその相手を煽てる。靴だって舐める。
それこそシュージが英雄の格まで成長したのなら喜んで太鼓持ちをする気満々だ。
よっ、さすが主人公様!あっしでは出来ないことをやって見せっ。そこに痺れる、憧れるぅうううっ!
だが、今はまだそんな状況ではないため、踏ん張るしかない。
どうして大爆発が起きたのか理解できないまま。
ミスリルタートルをどうやって倒すかもわかないまま。それ以外のモンスターがいるのかもしれないという不安を抱えたまま。
そもそもダンジョンコアは破壊できたのか心配になりながら。
何一つ好転していないこの状況でカモ君は前だけを見ていた。
悪化したままのこの状況でもカモ君は立ち上がり、動けないライツをしり目に前へと進み、不敵な笑みを浮かべながらミスリルタートルの前に立った。
ミスリルタートルの防御力を貫通できるだけの物理攻撃。カモ君の腕力だけでは無理。
魔法攻撃。まだ中級の魔法しか使えないカモ君の魔法ではびくともしない。
…あれ?詰んだ?
カモ君はふらつく思考の中でミスリルタートルに対する有効打を持っていないという現実にようやく気が付くのであった。




