第四話
身支度を整え部屋を出る。さっきメルが言ったことが気がかりになるが今はそれどころではない。
腹が…腹が減っては戦は出来ぬ!
教えられていた部屋へと行き、扉をノックする。
「入れ」
そう短調に言われ、恐る恐る入る。
「なんだ綾汰か。ノックなぞしずにそのまま入ってくればいいのに」
入った先にはニコやかな魔王がいた。怒られるのではないかと心配していたが意外とそうでも無く、優しい笑みをこちらに向けていた。昨日の事もありどこか心が痛い。
「さぁ朝食だ。一応シェフには人間の食事を用意するようには伝えていた。口に合うかは分からんが食べてみてくれ」
食卓の方にはそれは豪勢な食事が並んでいた。大きなチキンに大きなサラダ。そして大きなパンに大きなスープ。朝からこれは少し胃が痛い。
食事に手をつけずに見つめていると魔王が問いかけてくる。
「どうした、食べないのか?それとも…もしかしてこれは人間の食事では無かったのか?」
見た目とは裏腹にアタフタしてる姿はどこか少し可愛く見えた。僕はもう重症かもしれない。
「魔王様」
「どうした?」
「大事なお話があります」
僕がそう切り出すとどこか寂しげな顔になった。
「何となく言いたいことは分かるが…話してくれ」
「正直僕はまだあまり現状を理解出来てないです。なのであまり深くも分からないですが、ただ言えるのは僕は魔王様に好意は抱いていません」
「だろうな」
少し間が開いた後、そう言う。その顔に本当の事を述べてる様にしか見えず、どうやら冗談で言ったわけでは無いようだ。
「本当の事を話さねばならないな」
そう言うと魔王は少し間を開けて話し始める。
「お前から求めきたというのは嘘だ。婚姻の儀を進めるために嘘をついていた」
それが嘘なのはまぁ分かるけどなぜそこまで早急に婚姻を進める必要があったのか。そこまでして僕と結婚したかったのか?
「それは何故ですか?」
「すまない。初めから説明しなければ分からないな。お前は最初魔王城の庭で倒れてたんだ。それもボロボロの姿でな」
新しい真実が魔王の口から語られていく。記憶が無い僕からすればそれを補完できる。魔王の言う事がどこまで本当かは分からないが聞いてみる価値はある。
「そしてお前の脈拍は徐々に弱まっていった。俺は魔法が使えん。回復魔法を施そうにも他の部下に人間が居ることなど伝えられるはずもない。そこで俺は考えたんだ。王族の種には子供を育てるためのエネルギーが大量に蓄えられている。もしかしたらそのエネルギーで母体も回復するんじゃないかと」
「それってつまり…」
「あぁ」
「レイプ?」
「違う!」
いやいや、ほとんどレイプ見たいなものでしょ。まぁ助けてもらったから何も言えないけど。
「でもなんで僕を助けようと?それに別に助けて婚姻を進める必要なんて無いじゃないですか。」
そう言うと魔王は少し困った顔をして口を開く。
「お前は今の人間と魔族の状況を知らないのか?今、人間と魔族は休戦しているものの、その両者の恨みは未だ根深い。もし、人間に俺の種が入ったなんてわかった日にはお前は殺されるだろう。そしてまた戦争へと突入する」
「それを僕を正妻にする事で守るって事ですか?」
「あぁ、その通りだ」
あぁ、頭が痛くなってきた。
「じゃあ僕を助けた理由はなんですか?」
少しの間沈黙が流れる。話すのに躊躇している魔王が沈黙を破った。
「昔好きになった人間がいてな。俺もまだ若く過ちを犯してしまった。同じ過ちを繰り返さないために今回の行動を起こしてしまった。好きだった人間に似ていたという不純な理由でこんな事に巻き込んでしまってすまないと思う。本当に嫌だったら逃げても構わない」
「自分勝手ですね」
そう言うと魔王は悲しそうな顔をする。ただ、僕からしたら自分勝手としか感じ取れない。勝手に好きだった人に似ていたからという理由だけで妊娠までさせられて、結婚まださせられたのだ。
「すまない」
今にも泣き出してしまいそうな顔になる。その顔は体格や見た目には似合わず、少し可笑しくなってきた。
「本当に自分勝手ですよ。逃げたらいいなんて。そうしたらお腹の子供はどうするんですか?」
「堕胎していい」
パチンと部屋に乾いた音が響く。気づけば僕は魔王の頬へと平手打ちをしていた。魔王の頬は真っ赤になり、こちらを見上げていた。
「命を簡単に考えないで下さい。僕の子供です。それにあなたの子供でもあるんですよ?」
「すまない」
とうとうなにも言えなくなってしまった魔王。普通であればこんな事をすれば殺されてもおかしくないのに反省の色を伺わせる魔王は真面目なんだなと思う。でなければこんな行動を起こさないだろう。
「ねぇ」
「??」
「正直あなたの事を好きになれるも分からないですし、僕みたいな人間がここに居ていいかも分からないけど…1度預かった以上この命は無駄にしたくありません」
「あ、あぁ」
「ちゃんと責任とってね。ルドルフ」
僕は屈託の無い笑みを向けていた。