【第1話】
今作は劇で既に死亡した謎の帰国子女、【平和 煙霧】の死因と謎を探るミステリ系異能力バトル奇譚です。
主人公の【星野 始途】と彼女の出会いから別れまでのパート【死想鄉編】は基本的な舞台として日本の地方の架空都市「都月市(とげつ市)」での物語です。今作は超常能力は一般には流布されておらず、秘密裏にされるべきものとして知っている者は隠匿している現代の2016年を構想しています。基本的に男性のルビがひらがな、女性のルビがカタカナで表記してありますが分かりにくかったら変えます。
ジリジリジリジリジリジリ。
煩わしい音だ、これ程までに人間を不快にさせる機械はそうそうない。主人の為とはいえ、主人の睡眠を妨害するとはいかなものか。慣れた手つきで騒音の正体をはたきおとし、ガシャンという音と共に止まったそれには意識すら向けず、再び深い眠りにつこうとしていたその矢先。
バキキという音と共に、今度は声を荒らげた「始途様!おはようございますッー!」という別の騒音に襲われて飛び起きた。これが星野家の日常もとい毎朝の日課である。
そして飛び起きてすぐ目に入るのは、ドアを突き抜けた足と少し空いたドアの隙間から覗く、怖い顔をした従姉妹だった。
2016年、4月10日。この日は高校の入学式を終え、初登校日であった。
にあるにも関わらず彼はホームルーム30分前に起床した。彼を起こしに来たのは従姉妹で大学生2年の【小手毬 七奈】、星野邸はかなり広く市の高級住宅街の密集地域、古谷にある。
そんな星野邸は広さと資金故に召使と家政婦(あくまで七奈はメイドと自称。)を雇うという体で、居候させている。実際の仕事は召使の【伏見 六助】が主に父親の身の回りの世話や車の運転、晩餐の準備を行っており、アルバイトで朝食、洗濯、掃除(ほぼしてない。)、ゴミ出し等主婦の仕事を【小手毬 七奈】が担当している。
他の在居者としては稀にしか帰ってこない警察官の父親と、これまた父親の知人にして居候の【双鍔 秤】という隠居暮しの若い女性、そして高校一年一人息子の【星野 始途】がいるのみである。
小手毬の作る見栄えの悪い目玉焼きと少しみずっぽい米を口にかき込み、珈琲を一気飲みしたらすぐ隣の部屋に行く。鏡を見ながら学ランに着替え、リュックを背負いドアを出ようとした時、小手毬から弁当を手渡された。
そしてこれがその弁当である。見栄えというよりはイメージが小学生のキャラ弁を越えた星野に対する愛情をとことん表した痛弁であった。
ハートの形をしたハンバーグ2個にケチャップでそれぞれに「始・途」と書かれており、隙間を埋めるように人参やジャガイモがハートの形に整形されて入っていた。唯一ミニトマトのみ原型を止めていた。
もしこれが他の人の目に止まったらどの様に思うだろうか。母が作ったと勘違いし、息子愛の激しい母を想起するだろうか、それともボクがマザコンにでも写っているだろうか。
隣の少女の「うわぁ....。」という小言は自分に対してではないと信じよう。
初めての登校日、この日は授業がなく校舎廻りで半日が終わり、午後は部活動巡りとなっていた。
星野の通う【私立ファナスロッド高等学校】は女子バレー部と女子ソフトテニス部、男子野球部、男子卓球部が強いらしく、それ以外は県内そこそこといった感じらしい。別段県内上位を目指したい訳でもなく、むしろ楽をしたい性格の星野はそういった部以外をそれとなくみて、学校所有の大きな中庭にあるベンチに腰を掛けた。
桜並木が綺麗に並ぶちょっとした街道に散り始めた桜を見て彼は中学時代の友達を思い出した。彼の友達はほとんどが隣町の県立高校に通っている。理由は勿論ある、私立の高校に比べ圧倒的に安いからだ。星野は家から近いという理由のみでファナスロッド高校を選んだが、友達がいないというのは想定外だった。そんな感じでクラスでは少し浮いていて、馴染めず呆然としていた。
「あの、ちょっと...。隣、いいですか?」
後ろを見上げると茶髪の少女がいた。
少女には見覚えがあった。自己紹介で帰国子女を告白し、クラスで1番浮いていた隣の昼食小言少女であった。
「あ、ど..どうぞ。」とコミ障を遺憾無く発揮し辿たどしく言った。
「えっと....名前なんでしたっけ?」
「私は【平和 煙霧】。隣の席の帰国子女!ってわかるよね。君は確か【星野 始途】。お互いに中々珍しい名前だよね。」
星野はそれをスルーして聞いた。
「それでボクに何の用ですか?」
少女は「いやさ、ずっと1人だけど馴染めてるのかなって。」と心の臓に最高のクリティカルヒットダメージを叩き出す地雷を勢いよく踏んだ。
少女はそれに気付き「あ、ごめん。」とさらっと言った。
次に少女は部活動は決まったかどうか聞いたので決まってないと答えた。少女はよかったと呟き、
「私と一緒に人探しをしてくれない?」
と言った。星野は物凄く面倒に感じた為に「気が向いたら。」と言い、立ち去ろうとしたが制服の端を掴まれて踏みとどまった。「待って。」
少女は1枚の写真を見せて続けた。「この男を探しているの。どこかで見かけたことはない?」
確かに、どこか、どこかで見たことがあるような気がする。思い違いかもしれない。白いネックとに肘までのレインコートが一体になった様な服にその上に黒いネクタイを付けた金髪の日本人と思しき男だった。
だがこんな男、見た事あれば忘れるはずもないのにどうしてか思い出せない。
星野は面倒事を嫌い「知らない。」と答えて立ち去った。
その日、星野はそのことが気になってしょうがなかった。家に帰ってテレビを見る時も、スマホをいじっても、風呂に入っても〈あの写真の男〉が頭をチラつくのだ。解答がわからない疑問ほど気になるものは無い。
次の日の昼休みの時間、隣の席で手を枕にして居眠りしている少女、煙霧に質問した。
「平和さん、ちょっといいかな?」
「な、何?星野くん。レディの睡眠時間を奪うなんてなんて強情なのかしら。」
星野はすこしイラッとしたが何ともない顔で「やっぱり昨日のあの写真の人、探すの手伝うよ。」と言った。
どうだ、少しは感謝するだろ!と思った星野を裏腹に煙霧は「あぁ....やっぱ見たことがあるんだ。」と言った。
星野は思わず「えっ....」と声を漏らした。
「昨日さ、写真をみて君は『知らない』って答えたんだ。私はこいつを見て見たことがあるかって聞いたんだ。にも関わらず、君は『見たことがない』って明言するのを君の深層心理が躊躇ったんだ。さらに君の深層心理が見たことがあるが何者であるか知らないと言う結論に達したことで『知らない』と明言した。合ってるかしら?」星野は絶句した。
「あとは今日、君が私にその事を聞いてきたお陰でそれは核心に変わったわ。だって興味のない人間のことなんて気にならないし、わざわざ探す手伝いなんてしないもの。まぁ私が女子高生だから格好付けたかったという理由もなくはないかも知れないけれど、昨日浮いてたあの私にそんなことをしてくるとは考えにくいでしょ?それとも浮いてたことに共感覚を覚えて仲間意識を感じたのかしら?」星野は喉が急激に乾いていき、喉の奥で何かが詰まるような過呼吸に一瞬陥った。
はい、全て仰る通りです。とは当然ながら言えず、「結構饒舌なんだね。」と冷や汗を拭きながら話題を逸らした。
昼休みはそれで終わり、放課後再びベンチに腰掛けていると例の陰険饒舌魔女が隣に当たり前のように腰掛けた。
「昼の話、嘘じゃないわよね?」と朝の小手毬姉並の怖さで聞かれたらとてもいいえとは答えられなかった。
「それで、この写真の人、なんて言うの?」と当たり前の事を聞いた。
「こいつは【Cage】と呼ばれていた。変態の狂人でストーカー。こいつの遡上を調べる為に私はこの町に来たの。」
星野は疑問に思った。
「何故君がストーカーを追っているんだい?」
煙霧は自信たっぷりに、腰に手を当てドヤ顔で言い放った。
「実はね、私は自分の探偵事務所を持つ超凄腕の最強帰国子女探偵なの!」