ドリームランド
ふわふわとした感覚。
自分の身体は理解できるし、思考はまとまっている。
なんといえばいいのか、そう、あれだ、夢の中にいるみたいな感覚。
そうか、俺は今夢を見ているのか。
だってそうじゃなければ目の前に彼女がいるはずがないのだから。
黒髪セミロングのくりっとした何もかもを見透かしてしまいそうな目をしている学生服を着た少女。
俺の幼馴染で、初恋の相手――――だった。
彼女は数か月前、学校への登校途中に突如その姿を消した。
いつものような日常風景だったはずだった。何ら変わらないはずだったのだ。
なのに、彼女は俺の目の前でまるでなにかに飲み込まれたように姿を眩ました。
すぐに捜索願を出した。学校をさぼってまで毎日、日が暮れるまで探し続けた。彼女の親にも、友人にも、俺の知りうる限りの全ての人に頭を下げ、彼女のために走り続けた。
そうして。
――ただ、ただ時間だけが過ぎていった。
どれだけ探しても彼女の遺体すら見つかることはなかった。
最初のうちは手伝ってくれていた友人たちも日に日に諦めてしまっていった。
最後には親御さんまで……。
結局、最後に残ったのは俺だけだった。
親に、いい加減学校に行けと何度言われようと、俺は探すのを止めなかった。
その日は、台風の日だった。
親に全力で外に出るのを止められたから、親を突き飛ばして、振り払って、話も聞かずに外へと駆けた。
廃人のようになってしまっていた俺は、台風の状況を見ることすらなかったが、かなり強かったらしい。
俺は……俺は一体どうなった……?
そこから先が、思考に靄が掛かったかのように思い出すことができない。
ただ、今わかることは、とりあえず、俺の身体は動くということだった。
俺は、この真っ白な何もない空間にいる彼女に近づこうとして気づいた。
絶えず、俺に笑顔をくれていた彼女は酷く苦しく、辛そうな顔をしていた。
「なぁ、これは夢なのか、やっとお前を見つけることができた。ずっと探してたんだ」
目の前の少女を見ると自然と涙があふれてきた。もっと見ていたいと思うのに、涙でよく見えなくなってしまいそうなくらいの多量の涙を止めどなく溢れさせてしまう。
そうして、彼女に伸ばした手を、その彼女によって払われるまでは。
「え……?」
何が起きたのか理解できなかった。
しかし、俺の手からは彼女に払われた手の痛みが残っていた。
その痛みは急激に俺の思考を加速させた。
俺は彼女に何かしてしまったのか、何故そんな目でみるんだ、俺はこんなにも思い続けてきたのに、あんなに優しかった彼女を一体誰がこんな顔にさせているのだ。
ああ、なんだ、全部俺じゃないか。
「ごめん。俺はお前のことが見えていなかったみたいだ」
そう言って、改めて涙を拭うと、彼女に再度手を伸ばす。
しかし、それすらも彼女は、唇を噛みながらに後ろに下がり、手を取ってはくれなかった。
「俺が何かしたのか? 何かしたのなら謝る。だから、話を聞かせてくれないか、お前の声だってもう随分と聴けてない」
配慮が足りなかったのかもしれない。また俺の知らないところで何かしてしまったのかもしれない。
そう思った俺は、彼女の目を見ながら、手を降ろす。
しかし、彼女から帰ってきた返事はまったく予想していなかったことだった。
「なんで、なんで君がここにいるのさっ!!!! ぼくが一体どれだけ、どれだけ苦労したと思っている。ただ一つの、ぼくが願うただ一つのちっぽけな願いさえも神は叶えてくれないのか!!!!!!!」
いなくなる前からは考えられないほどに、その口調は崩れていた。
久しぶりに聞くことができた彼女の声さえも、確かに彼女のものだったはずなのに、とても彼女のものとは思えないくらいに慟哭的に、感情的に吠えているかのようだった。
「ああ、そうなんだろう、神なんていないんだろう。だから、ぼくはこうしてここにいるのだろうから……」
「な、なぁ、どうしちまったんだよ……? 一体誰と話しているんだ……」
そんな彼女を見ても、怖いとは思えなかった。ただ、彼女が心配だった。
「ぼくはもう疲れたよ、何のためにここまで頑張ってきたと思っているんだ。なんでこんなことになってしまうんだ」
彼女に言葉は届いていないようだった。
いや、届いているのかもしれない。けど、俺にそれは理解できなかった。
「待てよ、今ならまだ、戻れるかもしれない。そうだ、君がここに来てからまだまだ経っていないじゃないか」
「話を聞いてくれよ、なぁ、見えているんだろう? 聞こえているんだろう?」
俺にはただ、そう彼女に訴えることしかできなかった。
「ああ、聞こえている。だからお願いだ。ぼくの言う通りにしてよ」
ようやく話が通じたと思ったが、その言葉は酷く冷たく、一瞬にして切り捨てられてしまいそうだった。
しかし、それでも俺はその一言に応じるしかない。
今の俺は何もわからないんだ。
「ああ、わかったよ。どうすればいいんだ?」
「ありがとう、それでこそ君だよ。簡単さ、今から後ろにある扉から出ればいい」
「扉……?」
ここは真っ白な空間で、俺と彼女以外何もない。
当然、俺の後ろに扉などはない。
「ああ、扉さ、ほら後ろを見てよ。扉が見えるだろう」
彼女の指示通りに後ろに振り向くと、そこには扉が現れていた。
確かにさっきまではなかったはずなのに、そこには間違いなく扉が存在していた。
「な、なんで……」
「簡単だよ、ここは想像を創造する世界。ぼくがそう思ったからそこには扉があるのさ」
そう言うと、突然、世界が変わる。
そこにあったのは、俺たちのいた街。いつもの、見慣れた世界。
ただ一つ、人がいないことを除いて。
「ね、わかっただろう。さぁ、君はそこから出てくれ、まだ間に合うはずだ」
「お前は、お前はどうなるんだっ……」
彼女の言う通り、出ていこうとは思った。しかし、彼女から君”は”なんて言われて素直に出るわけにはいかない。
「そうだった、君はぼくのことをまず考えてしまう。そんなやつだったよ。でも、君は言ったじゃないか、ぼくの言う通りにすると。さぁ、早くそこから出てくれ」
「そんなわけにいくかよ!! まず、こっちの質問に答えろ!! 話はそれからだ!!」
彼女の言い方では、彼女について何も触れられていない。
そもそも、俺は彼女を見つけ出すために全てを使ったのだ。それなのに、彼女を目の前にして帰る。だぁ? そんなことできるわけねぇだろ!!!!
「うるさい!!うるさいうるさい、うるさいんだよぉ!!!!!」
今まで死んだように喋っていた彼女が叫ぶと、周りには何か、彼女を捕まえているような鎖が現れる。
見ると、彼女の目からは大粒の雫が零れていた。
「もう、どうしようもないんだよ!! ぼくだって出られるなら出たかったさ!! 君が来るのが遅すぎたんだ!! 君さえ来なければ、諦められたんだ!! 君が、君がっ来たからぁ…………」
鎖に拘束されながらも無理やりに動きながら、小さな子供のように、昔のように泣き出してしまう。
「お願いだから、早く出ていって、ぼくは死んだ。それでいいじゃないか。忘れてくれとはいわない。そんなこと君はしてくれないだろうから。だから頼むよ、せめてぼくの言うことを聞いてよ……」
彼女の心からの願いを心に受け止める。そして、だからこそ俺は。
「ごめん、聞けそうにないわ。ようはその鎖を何とかすりゃいいんだろ。やってやるよ!!」
全力で否定をしてやった。
彼女の鎖に掴みかかり全力で外そうとする。引っ張り、噛みつき、殴り、蹴り。自分のできる全てを持って破壊しようとする。
しかし、予想はしていたけど、まるで壊れそうにない。
「なんで言うことを聞いてくれないの!? お願いだよ!!」
「お前が泣いてるのに、それを無視して帰れとか、聞けるわけねぇだろ!!」
しかし、このままでは拉致が開かないことくらい分かっていた。
俺の力ではどうしようもない、なら。
俺は、ひとまず、刀を想像する。
すると、驚くことに本当にその手には一本の刀が握られていた。
「なるほど、これならなんとかなるかもしれないな」
「無理だよ、ぼくだってそれくらいやったさ!!」
彼女の話を無視して、俺は武器を生成しては鎖を破壊しようと、叩きつけていく。
しかし、それでも鎖は傷一つ、付くことはなかった。
そして、そこまでやると彼女がが急に俺に噛みついてくる。
「痛ってぇ!!??」
「いうことが聞けないんならぼくだって強硬手段に出させてもらうよ。君にはもう時間が残されていないんだ!」
そこからは互いの想像力の殴り合いだった。決して互いに傷つけることはなく、互いに殴り合った。
風を起こし吹き飛ばされ、鎖に対してRPG-7をぶっぱなす。空中に浮く手が現れて往復ビンタしてきたときは驚いた。
そうしている間に、俺は一つの結論に達した。
恐らく、あの鎖をどうにかするなんて言うのは無理なんだろう。ならば、どうすることができるか。
そうしてたどり着いた結論は笑うしかなかった。
創造を繰り返しているうちにわかったことがある。命に関する想像はできないということだ。
ならば、と俺はまず、彼女を眠らせることにした。
一瞬で睡眠に陥るスプレーを創造し、吹きかける。当然、俺のイメージする効果は発揮してくれた。
「さよならの挨拶すらできないなんて、ほんとないわ」
俺が想像したのは、俺と彼女の姿と、中身その両方を入れ替えることだった。
入れ替わった瞬間、俺を数多の苦痛が襲いだす。
「……これ、耐えてたとか、無理してんじゃねぇよ」
笑いしだすしかないような痛みだった。
ほんと馬鹿だ。
彼女を運ぶロボットを想像して、頼む。
「彼女を外までよろしく頼むよ」
眠ったままの彼女を、言う通りにロボットは運び、扉をくぐっていく。
そして扉は、そのまま消えていく。
ああ、これで彼女は助かっただろう。
俺はこの先どうなるんかな、まぁ、いいか……。
ああ、でも、彼女が悲しむのだけは嫌だな。どうか、笑顔で居てくれますように。