俺の名は。
俺の名は……、胸を張って名のれるほど、大した日々を送ってきたわけじゃない。
世紀末を目前に控えて殺伐とした日常に、ほとほと嫌気がさしていた。
そんな、うっぷんを晴らそうと、近所で道場をやっているハゲに誘われ、軽い気持ちで入門したのが運のつきだった。
先に道場に通っていた兄弟子二人と継承者の座をかけて争う事になったのだ。
一人は、舞のように華麗な動きで空中戦を得意とする、1000年に一人の天才。
もう一人は、推定身長18m、天をも恐れぬ剛拳。
勝てるわけがねぇ。俺は心底そう思った。
継承者争いに敗れれば、拳を潰されるか、記憶を消されて荒野を彷徨う事になってしまう。
そんな漠然とした将来の不安を抱えて過ごしていた、ある晩のこと。
俺は、美しい彼女や将来が楽しみな美少女に囲まれ、楽しく過ごすという夢を見ていた。
さらに親友の妹まで美女として登場する。
何という、ハーレム展開。
これこそ俺の待ち望んでいた世界だ!
次々と現れる美女を、指先一つで倒せる雑魚共から守り、救世主として崇められる生活。ラノベの主人公でも、ここまで都合よく話は進むまい。
その日から、毎晩同じ夢が繰り返された。
ある時は、モヒカン刈りの大男、ある時は、禿げ頭の親父を倒し、やはり新しい美女をハーレムに加えて、さらに、盛り上がる展開になって行った。
しかし、現実は都合よくは出来ていない。だが、毎晩見る夢の夢のような展開に、気分を良くした俺は、久しぶりに道場に顔を出していた。
こうやって体を動かせば、よりよく眠れる。さらに夢の中の活躍が期待できると言うものだ。
そんな事を考えながら、新たな秘孔の練習をしていると、
「今日も、気合が入っているな、昨日の組手は良かったぞ」と、いつもさわやかな笑顔の方の兄弟子が話しかけて来た。
(こいつ、何言っているんだ? 道場に来るのも久々だというのに組手って何の話だ?)
相変わらず訳の分からん奴だ、そういえば、最近白髪が増えている、天才と呼ばれるのもかなりのストレスがあるのだろうな。ここは適当に話を合わしておくか……。
それからも、デカい方が友達に卵を取られた、だの言っていたが、普段から、天を目指す! とか言い出す分けわからん奴だから、気にもしていなかった。
だが……その日、夢から目覚めると……。
俺の大事にしていた、美少女魔法少女戦隊メルルちゃんの抱き枕が、秘孔を突かれまくって無残な姿となっていた。
誰だ!
俺の大事な美少女魔法少女戦隊メルルちゃんの抱き枕を突きまくった奴はっ!
怒りに頭が沸騰していた俺は、負けずと突きまくった!
秘孔を。
しかし、冷静に考えると、鍵のかかった部屋に外から入れる筈が無い。そして、部屋には、俺しかいない……。
密室!
この密室で犯行を行えるのは誰だ!
俺は考えた。
考えて、考えて、考え抜いて、ヘルメットの中で脳みそが爆発するほど考えた。
実際、少し爆発したんじゃないかと思う。
その時だった、机の上に置かれたノートに気が付いたのは。
見慣れぬ真新しいノートに、一言だけ、
『お前は誰だ?』と、書かれていた。
「お前こそ誰だ!」俺は、勢いに任せて書きなぐった。
それからは、ノートを通じて、顔も分からない相手と奇妙なやり取りが始まったのだ。
「お前、俺の抱き枕突きまくっただろう! 弁償しろ!」
『いちいち細かい奴だな、今度入れ替わったら、ヒゲのヤローに買いに行かせとくよ』
「ヒゲのヤローって、先輩やぞ」
『ああ、最近白髪めっちゃ増えて来たしな、あの見た目は50代やで』
「お前あんま調子乗ってると、でかい兄貴にしめられるやんけ、見た目は俺なんやから、やめてくれよ」
『あいつも直ぐ、悔いはない、とかいうだけやんけ、俺がサクッと伝承者になってやんよ』
「お前いつの間に、拳法を! お前何者やねん!」
『お前こそ誰やねん?』
「うっさいは、オウム返しするないっぺんツラ見せろや!」
『鏡見ろよボケ、お前こそ、ヘルメットとれへんから顔見れへんやんけ』
「これは、あれや、後頭部のボルト外したら……」
その時だった、俺は胸に激しい痛みを感じた。
なんじゃこりゃー! そう叫ばずにはいられなかった。
胸に付いた七つの傷、そこから鮮血が噴き出していたのだ。
『どや? 俺の名前分かったか?』
「分かるか! なんやねんこの傷は」
『胸に七つの傷の救世主と言ったら、俺しかおらんやろ』
何者なんだこいつは、メッセージを残すために、自分の胸にこんな傷をつけるなんて、ほんまもんのサイコパスちゃうか……。
その日から俺は、道行く人に胸の傷を見せ、入れ替わった相手を探し始めたのだった。
「おい、そこのお前、俺の名を言ってみろ!」