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7、紫奈、料理について反省する

「那人さん、今日はブイヨンゼリーにサーモンを閉じ込めたアスピックの前菜に、アボガドの冷製スープ、メインは牛肉にパイ生地を包んで焼いたクルートよ。デザートには洋梨のコンポートを作ったの」


 食卓にはお洒落なテーブルクロスをかけ、ナイフとフォークにワイングラスを並べ、私は得意気に風呂から出たばかりの那人さんに料理の紹介をした。


「す、すごいね、紫奈」


「あ、待って待って。写メを撮ってツイッターにあげるから」


 私はいろんな角度からお洒落に見えるように撮影して、ずいぶん冷めてしまった食事を前にようやく那人さんに食べる許可を出した。


「じゃあ、いただきます」


 那人さんは前菜のゼリー寄せを一口食べて、戸惑ったように微笑んだ。


「どう? 美味しい? すごく手がこんでるのよ」


「あ、うん。元がどういうものなのか分からないけど、美味しいんだと思う」


「もう、なによー! 普通に美味しいって言ってよ」


「うん。美味しい。紫奈が一生懸命作ってくれたのが嬉しい」


「じゃあさ、スープ飲んでみて。ホワイトソースから作ったのよ」


 那人さんは言われるままに、スープを一口飲んだ。

 少し微妙な表情をしてから、微笑む。


「うん。紫奈の愛情がこもってて美味しいよ」


「もう~! 美味しいばっかりで全然美味しそうに聞こえないわよ。

 じゃあお肉はどう? パイに包んで焼いたのよ。すごいでしょ?」


「凄いけど……、俺、肉は普通に焼いたシンプルなのが好きだけど……」


「なに? それどういう意味? 私が何時間もかけて作った料理が気に入らないって事?」


「いや、そういう事じゃなくて、無理しなくても焼くだけでいいよって意味で……」


「なによ! 人がせっかく那人さんのために時間をかけて凝った料理を作ったのに!」 


「いや、気持ちは嬉しいよ。でも、紫奈が無理してるんじゃないかと思ってさ……」


「もういい!!! もう夕ご飯作らない!!」


「紫奈、ごめん。言い方が悪かったよ。謝るから、ごめんって」


…………


 また嫌な夢で目が覚めた。

 あれは結婚して1ヵ月ぐらいの出来事だった。


 セレブな奥様が通う料理教室に入って、横文字のよく分からない料理ばかりを作っていた。

 食べ慣れない物ばかりだったので、自分でも美味しいのか美味しくないのか分からなかった。


 実家では、料理はよく作っていた。

 パートを掛け持ちするお母さんの代わりに、小学生から台所には立っていた。

 包丁を使うのも、ダシをとるのも慣れてる方だと思う。


 お父さんもお母さんも幼馴染の康介も美味しいと言ってくれていた。


 切るだけ、煮るだけ、焼くだけ。

 そんな物が得意だった。

 小学校や中学校の家庭科で習う基本的な料理がほとんどだ。


 焼き魚に味噌汁に卵焼き。

 カレーはもちろん市販のルウを使って、炒め物は余った野菜を放り込んで、魔法の調味料ウェイパーの登場だ。


 とっても庶民的で、簡単で、失敗なく出来た。


 でも結婚して新居のお洒落なシステムキッチンに立つと、そんな庶民的な食べ物がそぐわないような気がした。


 那人さんが驚くような凄い物を作らなきゃ。

 そんな思いに囚われていた。


 最初の頃こそ「凄いね、豪華だね」と驚いてくれていた那人さんだが、そんな料理が毎日続くうちに、遠慮がちに「もっと普通の物でいいんだよ」と言うようになった。


 私は焦って、もっと凄い物を作らなきゃと自分を追い詰めていた。


 そして最終的にいつものように泣いてヒステリックに那人さんにあたった。


 やがて那人さんは仕事の忙しさもあって、家で夕ご飯を食べなくなった。


 でも……そう……。


 きっと私の見た目だけゴージャスで、美味しいのか美味しくないのか分からないような料理に嫌気が差したのだろうと思う。



 ある時カレーを作って欲しいと言われた。


 私は急いで香辛料を買い集め、本格インド料理の本に載っている通りに、ルウから自分で手作りした。

 ナンも生地からこねて、フライパンで焼いた。


 やけに黄色いサラサラのカレーを見た時の那人さんの顔を覚えている。

 明らかに失望していた。

 カレーすらもまともに作れないのかという顔に見えた。


 実際、ド素人がいきなりルウから作って本格インド料理の味を出せるはずもなく、食べてみるとやっぱりなんだかよく分からない味だった。


 ナンもかまどで焼いた本場の物とは大違いで、薄っぺらくて固いパンのようだった。


「無理しないで、普通のカレーでいいんだよ」

 ぽそぽそのナンを食べながら那人さんが呟くのを聞いて、私はダンッ! と立ち上がって自分の部屋に閉じこもってしまった。


(バカだったなあ……)


 あの頃は、次こそはもっと凄い物を作って挽回しなければとムキになっていた。

 那人さんにバカにされてるのだと苛立っていた。


 那人さんは普通の庶民的な料理を食べたかったんだ。

 なんでそんな簡単な事が分からなかったんだろう。

 那人さんに釣り合う女性になろうと肩肘張り過ぎて、なにも見えなくなっていた。


(実家で作ってた、市販のルウを使った普通のカレーを食べたいな……)


 私も食べるのは久しぶりだった。



「はっ! 今何時? カレーより朝食を作らなきゃ!」

 嫌な夢に思いをはせていて、うっかりしていた。

 枕元の目覚まし時計は、はりきって朝5時にセットしていたが、いつの間にか消してしまったようだ。

 本当に肝心な所で私はいつもダメダメなのだ。


「もう7時……」

 私があわてて部屋を出た所に、すでに出かけようとしている那人さんがいた。


「な、那人さん、ごめんなさい。寝坊しちゃって……」

 しかも寝起きで髪もぐしゃぐしゃ、顔も洗ってない状態だった。


 那人さんはスーツを着こなし、出来る男感おとこかん満載で立っているというのに。


「え? 別にいいよ。全部自分で出来るから。

 いつものようにもう少し寝てなよ。まだ病み上がりなんだし」


 いつものように……。


 そうなのだ。


 由人が生まれてからは、育児に疲れているのを理由に朝は起きなくなっていた。

 由人が幼稚園に行くようになっても、バスの時間が遅いので、那人さんが出掛けてから起きても充分間に合った。


「じゃあ、俺は仕事に行くけど、少しでも体調がおかしかったら遠慮せずに携帯に電話してくれていいから」

 那人さんは玄関を出ようとして、思い出したように振り返った。


「そうだ。由人の事なんだけど、明日実家に迎えに行こうと思ってるんだ。

 いつまでも幼稚園休ませるわけにもいかないし」


「由人……」


 その名を聞くと胸が締め付けられる。

 切なさや愛着に混じって紫奈の心を占めるのは、親らしからぬ感情だった。


「連れて帰っても大丈夫かな? 紫奈」

 那人さんは不安げに尋ねた。


「も、もちろんよ……」

 無理に笑顔を作る私の心を占めるのは……。




 恐怖……。




 私は由人に会うのが怖かった。


次話タイトルは「那人、親友に妻の悪口を言われる」です

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