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32、紫奈、霊界裁判の判決が下る

「自分で終わらせてきたか、芥城あくたぎ紫奈。

 わざと課題を達成せずに、現世に留まることも出来たであろうに……」


 気が付くと、霊界裁判の円卓の中にいた。


「はい。那人さんの幸せな未来をこれ以上邪魔するわけにいきませんから……」


 答えながらも、気持ちは沈んでいく。

 もう、那人さんにも由人にも二度と会えない。

 ここからあの二人は私のいない未来で幸せを見つけていくのだ。



「では、これより霊界裁判を行う」


 赤翁あかおきなの宣言により裁判が始まった。


「まずは現在のそなたの状態を見てみよう。

 黄翁きおきな殿、頼む」


 黄翁は天井を指差し、すぐに大きなスクリーンが現れた。


 そこには……。


 以前と同じように病室で眠る私と、その周りを囲む人々……。


 那人さんは私の手を握りながら祈るようにして泣いているようだ。

 その隣りでは由人がわんわん声を上げて泣いている。

 あのクールな子が、あんなに泣く姿は見た事がなかった。


 今朝抱き締めて、充分に別れを惜しんできたつもりだったが、可哀想な事をしてしまったと心が痛んだ。

 それからお父さん、お母さん、優華もいる。


「もう……死んだんですか?」

 私はスクリーンを見ながら尋ねた。


「いや、普通は死んでからじゃが、そなたの場合は霊界裁判の判決が下ると同時に死を迎える事になる。

 覚悟はよいな?」


「……はい」


「では報告致します」

 青翁がさっそくメガネの裏を読んで報告する。


「結論から申し上げますと、今回のリベンジシステムの導入は想像以上の素晴らしい結果を生みました。

 わずか1ヵ月ほどの期間でしたが、芥城紫奈は飛躍的に多くの気付きを得て、果敢にリベンジを実行致しました。

 その結果が、この病室に集う人々の心を動かし、全員の課題にも大きな進展をもたらしました。

 このシステムの本格的な導入を検討するべきと、翁全員が考えております」


「うむ。初めての治験じゃったが、大成功と言えるじゃろう」

 十人の翁達は、それぞれにうんうんと肯いた。


「そこで芥城紫奈には、褒美として次の人生は望むままに選ぶ権利を与えようと思います。

 皆様、異論はございませんか?」


 翁達は再び、肯いた。


「そういう事じゃ。

 芥城紫奈よ、次はどのような人生を歩みたい?

 大人気のアイドルスターか?

 それともオリンピックに出るほどのスポーツ選手か?

 それともノーベル賞をとるほどの学者か?

 何でもいいぞ」


「そ、そんな凄い人生を選んでもいいんですか?」


「もちろんじゃ。さあ、どれにする?」


 私は少し考えてから、ためらいがちに尋ねた。


「あ、あの……。

 すぐに次の人生に進まなければならないんですか?」


「? どう言う意味じゃ?」


 翁達は何を言い出すのかと首を傾げた。


「あの……出来たら少しだけ……那人さんと由人を見守っていたいんですが……」



「さ」



 さ? 



「ささ」



 ささ? いや、もう絶対そうでしょ。



「ささささ、なんと愚かな。ささささ……」


「もう! さしすせそで笑わないで下さい!

 気持ち悪いんですっ!!」


「なんじゃ。さしすせそで笑わなければ何で笑うのじゃ」

 翁達は本当に分からないらしく、お互いに首を傾げている。

 普段は滅多に笑わないのかもしれない。


「普通は、はひふへほで笑うものなんです!」


「そんな変な笑い方をするのか?」


「さしすせそで笑う方が、ずっと変です!!」


「……」

 翁達は変と言われて気分を害したらしく、黙りこんだ。



「と、とにかく、もうしばらくの間、せめて由人が新しいお母さんに馴染むまでだけでも、見守ってたいんです。お願いします!」


「ふむ。その間に人気の人生はどんどん取られていくが良いのか?」

「せっかく今なら選び放題じゃと言ってやっておるのに」

「今しかこんな気前のいい事は言わんのじゃぞ」


 口々に言われたが、迷いはなかった。


「構いません」


「愚かな事じゃが仕方ないのう。

 しばしの間、未練の国に行く事にするか」


「未練の国?」


「うむ。現世に未練がある者は、気が済むまで未練の国で現世を眺めて過ごすのじゃ」


「そんな所があるんですか? 

 だったら、そこでお願いします」


「うむ。後悔しないな?」


「はい」




「では判決を下す」



「芥城紫奈。そなたをしばし、未練の国送りとする」


 赤翁の宣言と共に、スクリーンでは、病室が慌ただしくなり、医者と看護婦が駆け込んで来る。

 しばらく心臓マッサージをしていたようだが、やがて諦めて脈を測る。

 そして何かを告げると、全員がベッドに突っ伏して泣き始めた。

 どうやら臨終を迎えたらしい。



 これで本当にお別れだ。



「那人さん……


 由人……


 みんな……


 ごめんね……」




「では、これにて閉廷する」


 私は立ち上がり、白翁の先導で部屋を出ようとした。








 しかし……。



「皆様!! お待ち下さい!!」

 突然、青翁がメガネの裏を読んで叫んだ。


「たった今、宿命書きの変更の依頼が届きました」


「変更依頼? いったい誰が?」


「芥城那人と芥城由人の魂からです!

 どうやら二人は芥城紫奈以外を妻にする事はない、母と認めないとかたくなに未来の相手を拒んでいるようでございます。

 その決意は非常に堅固なようで、変えられそうにないと……。

 いやはや、何とも頑固な似たもの親子でございます」


「なんと。それでは次の課題に支障が出るではないか。

 一旦、幸せな家庭で心を満たしてから、次の課題に充分な活力で挑まねば達成は難しい。

 困ったものじゃ」


 私は翁達の言葉に青ざめた。


「そ、そんな!

 それじゃ那人さんと、由人はどうなるの?

 課題が達成出来ずに地獄行きになるの?」


 あわてて円卓に戻って、赤翁に叫んだ。



「うーむ。それでどうして欲しいと言うておるのじゃ?

 青翁殿」



「はい。彼らの魂は一貫して、芥城紫奈が現世に戻る事を要求しております」


「な!」




 まさか……。

 そんなバカな……と思った。



 だって私は……。


 不器用で失敗ばかりで……。


 呆れるほどダメな妻で母だったのに……。


 こんな私が幸せな家庭を築ける自信なんてないのに……。


 私なんかより、もっともっといい人がいくらでもいるのに……。


 そんなこと……。




 赤翁は穏やかに微笑みながら私を見た。


「……という事らしいが、どうする? 芥城紫奈よ」


「で、でも……私よりももっと素晴らしい人が……」


「どんな素晴らしい女性よりも、そなたがいいとあの二人が言うておるのじゃ」


「まさか……、そんな……」


 喉がつまる。

 涙の熱が喉を焼きつくす。


「私が……


 戻っても……


 いいんですか?」



「それがあの二人の望みじゃからのう。

 本当はこんな変更は出来んのじゃが、今回は初めてのリベンジシステムを見事成功に導いたそなたの努力に免じて、特例措置じゃ」


「じゃあ……


 私はもう一度那人さんの妻に……


 由人の母になっても……


 いいんですか?」


 決壊したダムのように、涙が次々溢れてくる。

 もう止まらない。



「そういうことじゃ。泣いてる場合ではないぞ。

 さあ、早くせねば肉体の破壊が始まってしまう」


「ありがとう……ございます……


 うう……ありがとう……」


 堪えきれず、両手で顔を覆って泣き崩れた。




「芥城紫奈よ、一つだけ注意しておく。

 現世に戻れば、ここでの出来事は少しずつ記憶から薄れ、やがてすべて忘れる事じゃろう。

 忘れきってしまう前に、ここで得たものを、しっかり身に刻みつける事じゃぞ」


「はい……」



「さあ、行くがいい。

 新たな課題を持って……」


次話タイトルは最終回「新たな未来に向かって」です

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