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30、那人、親友夏目と会う

「え? じゃあ離婚届けと通帳は受け取ったんだ」


「ああ」


「それって、つまりはお前の提案を受け入れたって事だよな?」


「たぶん……」


「たぶんって何だよ。はっきりしないヤツだな」


 那人はいつものバーで親友の夏目と会っていた。

 紫奈の相談は夏目にだけしかしていなかった。


 軽薄そうに見えて実は意外に口が固く、良くも悪くも率直な意見を言ってくれる夏目を信頼していた。


「なんであといくら足りないかなんて聞いたんだろう?

 なんだか思い詰めた顔をしてたから気になるんだ」


「実は毎月もらう生活費をコツコツ貯金してて、援助出来るとか?」


「まさか。そんな切り詰めた生活はしてなかったと思うよ」


「でもお前の渡してた生活費の額なら、まとまった貯金ぐらいあると思うけど。

 ……てか家計を預かってんなら貯金ぐらいしろよな」


「まあ、貯金してるなら、それは紫奈の名義だろうから自分で持っててくれたらいい」


 夏目は呆れたように那人を見てため息をついた。


「お前は相変わらず人がいいと言うか……。

 だいたいなんだよ!

 優華ちゃんと浮気してなかったのかよ。

 そういう事なら俺に言えよな!」


「いや、お前に言ったら慰謝料払うのを絶対反対するだろうと思ってさ」


「当たり前だろ! 

 わざわざ自分で慰謝料払う理由を探すバカがどこにいるんだ」

 夏目は信じられないという仕草で頭を抱えた。


「ははっ。お前にはバカに見えるだろうけどさ、俺は紫奈になら身ぐるみ剥がされてもいい。

 俺が差し出せる物なら、全部全部ためらいなく差し出すよ」


「かーっ、全然分かんねえ。

 それぐらい好きじゃないと結婚出来ないなら、俺は一生結婚なんて出来ないだろうな。

 どこがそんなにいいんだよ」


 夏目の言葉に、那人は少し考えてからふっと笑った。


「例えば……この間さ、弁当を作ってくれたんだ」


「弁当? それで感激したって話か?」


「まあそうなんだけどさ、紫奈はいっつも全力で一生懸命なんだけどさ、完璧には出来ないんだよ。

 いつも少しだけ失敗するんだ。

 たとえば、卵焼きは少し形が崩れてたり、ウインナーは一箇所焦げてたり、味は絶品なんだけどちょっとだけ残念なんだ」


「ふーん、俺はどうせなら完璧な弁当がいいけどな」


「はは。そう言うなって。

 それでこの間の弁当は何が残念だったかっていうとさ、箸が間違ってたんだ」


「箸が?」


「ああ。俺の箸と由人の箸が反対になってたんだろうな。

 たぶん由人は俺の茶色の渋くて長い箸で、俺は……」


 ふ……と那人は微笑んだ。



「俺はくまちゃんの寸足らずの箸だった」


「それがそんなに面白いか?」


「面白いっていうか……、長い箸でぎこちなく弁当を食べる由人と、くまちゃんの短い箸で食べる自分を思い浮かべると可笑しくなって、体の芯から温まるような気がしたんだ。

 そして、今日は完璧に出来たと目を輝かしていた紫奈が愛おしくてたまらない」


 その弁当を食べながら、なぜか涙が止まらなかった。

 この幸せを失いたくないと、苦しいほどに願った。


「だったら泣いてすがってでも、離婚しないでくれって頼めばいいだろ?」


「出来ないよ。紫奈は俺の事をスーパーマンかなんかだと思ってるんだ。

 8才も年上だし、何でも涼しい顔で完璧に出来ると思ってる。

 これ以上カッコ悪い姿を見せたくない」


「そりゃあ紫奈ちゃんにとったら8才年上の男かもしれないけど、年上年上って言ってもたかが33才の若造だぞ? 世間では親のすねをかじってる33才だっていっぱいいる。

 8才年上だったら、弱音も吐かずに何でも完璧にしなきゃいけないのかよ。

 そんなだったら、俺は絶対年上の女と結婚するよ。

 どっちが何才年上だろうと支え合うのが夫婦じゃないのか?」


「はは、お前が珍しくまともな事を言ったな」


 本当は紫奈がそんな風に言ってくれないだろうかという甘い期待もなくはなかった。

 だが、先日の紫奈は、そんな雰囲気ではなかった。

 自分とやり直す未来を描いているようには見えなかった。


 きっと……そういう事なんだろうと覚悟を決めていた。


「ほら、この間言ってた資産家の連絡先だよ」

 夏目は内ポケットから名刺を出してきた。


「ああ。援助してくれそうな老人の資産家だっけ?」


「まあダメもとでも一回連絡とってみろよ。

 万が一って事もある。

 跡継ぎもなくて、たまに気紛れでポンと大金を都合してくれたりするらしい。

 ほら、お前みたいなバカ正直なヤツって老人に好かれるだろ?」


「なんか褒められてるのかけなされてるのか分からないな」


「ま、これでダメなら万策尽きたってとこだな。

 心配するな。俺がいい就職先を世話してやるから。

 お前の事を気に入ってる知り合いが何人かいるんだ。

 バカがつくほど人のいいヤツだってな」




 その数日後。


 那人は昼間に会社近くのホテルのカフェで紫奈と会う事になった……。


 終わりの時が、すぐそこに近付いていた……。


次話タイトルは「紫奈の決断」です

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