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29、那人の本心②

 ショックだった。


 そう考えたら、すべてが納得出来るような気がしてきた。


 紫奈はただセレブな男と結婚したかっただけだった。


 たまたま目の前にそんな生活を与えてくれる男が現れた。


 だから結婚した。


 本当は康介のような男の方が気が合うのかもしれない。


 いや、もしかして紫奈も本当は康介の事が好きだった?

 突然現れて仲を裂いたのは自分の方なのか?


 疑いだすと止まらなくなった。


 自分は破綻している結婚生活を無理矢理続けようとしている一人よがりな男なのか?


 もしかして紫奈はずっと離婚したがってたのか?


 そんな考えがどんどん膨れ上がり、会社がいよいよ傾き始めた心労とで、後ろ向きな事しか考えられなくなってしまった。



 そして2ヶ月前に離婚を切り出した。


 当初は偽装離婚のつもりだったのが、本当になってしまった。


 だが、まだ一縷いちるの望みを持っていた。


 離婚を切り出したら、紫奈はどうするだろうか?


 もし愛情があるなら、なんで? どうして? と泣き出すかもしれない。

 別れたくないと言ってくれるかもしれない。


 そう言ってくれたなら、事情をすべて話して偽装離婚にしよう。

 今までのような生活は出来ないかもしれないが、がむしゃらに働いて紫奈と由人の生活は守るから、ほとぼりが冷めたら復縁してくれ。

 そんな風に話してみよう。


 しかし、紫奈は「そう」と答えたきり何も聞こうとしなかった。

 すぐに自分の部屋に閉じこもって、それ以上話そうとはしてくれなかった。


 そして、しばらくして母親と康介までが押しかけてきて、いきなり浮気現場の写真を撮ったと見せられた。慰謝料を払えと言われた。

 紫奈は二人の陰に隠れて何も言わなかった。


 それが紫奈の答えなのだと理解した。


 金の切れ目が縁の切れ目。

 もうセレブな生活をさせてやれない自分は、どっちにしろお払い箱だ。


 だったら離婚の理由なんて何でも良かった。

 むしろ自分の浮気という事なら慰謝料を払う理由になる。

 探偵が撮った証拠写真まであれば債権者が疑う事もないだろう。

 ならばそういう事にしておこう。


 これは愛してもない男の独りよがりに振り回された慰謝料だ。


 頭の芯まで冷え切っていくような気がした。





 それなのに……。




 それなのに……。



 事故で目覚めてからの紫奈をどう説明したらいいのだろう。


 あまりに一生懸命で、あまりにいじらしく、あまりに愛おしい。


 8才も年上のじじくさい男の呪縛から解き放って自由にしてやろうと決意したはずなのに、手放したくなくて、なんとかもう一度やり直せないかと、会社に援助してくれる人を探して駆けずり回った。


 銀行にはきっとこの窮地さえ凌げば会社を立て直せると、土下座して頼んだ。

 紫奈と由人の笑顔を守るためなら、泥沼でも泳げる気がした。


 だが、ついに今日まで援助してくれる人は見つからなかった。


 今の紫奈なら、頼むから別れないでくれと泣きついたなら、同情で一緒にいてくれるような気がする。

 だから尚更、言ってはダメだと思った。


 自己破産した男で村雨むらさめという男がいた。

 金の切れ目が縁の切れ目で離婚した男で、やっぱり別れないでくれと妻に泣きついた。

 彼はその後ストーカーまがいに元妻に付き纏って、接近禁止命令まで出されていた。


 正直、気持ちは分かる。

 自分だって、どうか俺を捨てないでくれと紫奈にすがりつきたい。

 紫奈さえ側にいてくれたらもう一度頑張れる気がすると泣きつきたい。


 だが……。


 そんな男にはなりたくなかった。


 せめて最後までカッコいい男として別れたかった。


 だから紫奈が本当に行きたい道を選べるように、離婚届けを渡す事にした。


 紫奈が選んだものを、受け止めよう。

 自分が紫奈の未来の足枷にならぬように……。




「……という訳で、おそらくは来月には資金繰りが行き詰って、近いうちに会社は倒産、債務の保証人になっている俺は自己破産する事になるだろうと思う。

 そうなるとこのマンションも清算対象になるから出て行かなければならない。

 当面はその慰謝料で何とか生活して欲しい。

 それから……」


 少し言葉を区切ってから続けた。


「それから由人の親権だが、この間までは俺が持った方がいいかと思ってたけど、今はきっと由人も紫奈と暮らしたいと思ってると思う。

 紫奈がそれで良ければ、親権は紫奈に渡すよ。

 養育費はどんな仕事をしてでも払っていくつもりだから、どうか由人と一緒にいてやって欲しい」


 一気にまくしたてる那人に対して、紫奈は呆然と聞いていた。

 おそらくまったく想像もしてなかったのだろう。


「俺が不甲斐ないばかりにすまない!

 もう贅沢はさせてやれないだろうけど、生活に困らない程度のお金だけは、何としても送り続けるつもりだから……、許してくれ!!」


 食卓のテーブルに頭をつけて謝った。

 そのまま顔を上げるのが怖かった。

 紫奈はどんな顔で自分を見ているのか……。

 最低な男だと軽蔑の目で見ているのではないかと……。


 しかし、紫奈の口から出た言葉は、那人が想像しなかったものだった。


「いくら……?」


「え?」

 おそるおそる顔を上げて紫奈を見つめる。


「いくら足りないの?」


「何言って……」


「あといくらあれば倒産しなくて済むの?」


「そんな事、紫奈に言っても……」


「知りたいの!」

 思い詰めたような顔に反論出来なくなる。


「負債総額は億単位になるけど……、あと……そうだな……5000万あれば、今の危機はなんとか乗り越えられる」

 年商数億あるのに、100万すら貸してくれる銀行もないのが現状だった。

 取引先にも支払いの延期や先の売掛回収などもやってみて、最終的に5000万焦げ付いた。


「この1000万を返したら?」


「同じだよ。5000万が4000万になった所で倒産は免れない。

 だからこのお金は紫奈が気にせず受け取ってくれ」


「……」

 紫奈は深刻な顔で考え込んでいる。


「それで……優華と浮気してるのだと認めたの?」


「!!」


「優華に会って聞いたの。本当は浮気なんてしてないって」


「そ、それは……」


「私に慰謝料を渡す理由が欲しかったのね?」


「し、紫奈、俺は……」


「分かったわ」


「え?」


「すこし考えさせて。時間が欲しいの」


「そ、それはもちろん……」


「話してくれてありがとう。那人さん」


「紫奈……」


「これは預からせてもらうわ」

 紫奈は離婚届けと通帳を素直に受け取った。



 紫奈の考えている事が分からなかった……。


次話タイトルは「那人、親友夏目と会う」です

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