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12、紫奈、由人が可愛くなる

(か、かわいい……)


 久しぶりに会った由人を見た瞬間、そう思った。


 茶色の髪が耳にかかって跳ねているのも、そっぽを向いたままの大きな目も、むっとへの字に曲げた小さな口も、華奢な体にまとったスモック姿も。


 全部全部、可愛い。


 女子高生が駆け寄ってくる気持ちが初めて分かった。


 可愛いと思えるかどうかと心配していた自分がバカみたいに思えた。

 むしろ、こんな可愛い子を怖いだとか可愛げがないとか思っていた自分がどうかしていた。


(本当に私はいろんな事に追い詰められて、何も見えてなかったんだ)

 改めてそう思った。


「お、おかえりなさい、那人さん。おかえり、由人」

「ただいま。これ、おふくろが肉じゃがくれたんだ」

 那人さんがタッパの入った紙袋を差し出した。


「あ、じゃあ温め直すわね」

 私が紙袋を受け取っている間に、由人は靴を脱いでさっさと自室に入ってしまった。


「こら、由人。ただいまぐらい言いなさい!」

 那人さんが叱っても由人は部屋から出て来なかった。


 やはりまだ私と口をきく気はないらしい。

 でも、部屋に駆けて行く姿もたまらなく可愛かった。


「しょうがないヤツだな」

「いいのよ。それより、ご飯が出来てるから連れてきて。

 お腹すいてるんでしょ?」

「うん。由人も食べてないはずだよ」


 肉じゃがを温め直した頃、那人さんの説得でようやく由人も食卓についた。

 でもあからさまに顔を背けて、抗議の姿勢は崩さなかった。


(かわいい……)

 

 意地を張ってる感じが、またたまらなく可愛い。


「由人の食べたいって言ってたグラタンとクリームコロッケを作ったのよ」


 私が言うと、由人はそっぽを向いたまま、チラリと目線だけを食卓に移した。

 そして慌てて視線を戻した。


(かわいい……)


 ダメだ。もうドツボにはまってしまった。

 何をやっても可愛い。


「ふふ。ここに置いておくから良かったら食べてね」

 思わず洩れた私の笑いに、カチンときたようだ。


「こういう体に悪い物は寿命を縮めるんじゃなかったのかよ。

 早死にさせる気なんだ」


「こらっ! 由人!」


「いいの、那人さん。由人が久しぶりに私にしゃべってくれたんだもの……」


「!!」

 由人はしまったという顔をしてから、バツが悪そうに箸を持った。


「お前の作ったもんなんか食べないからな!」

 そう言って肉じゃがの大皿を手前に引いて、食べ始めた。


「由人! お母さんにお前なんて言っちゃダメだろ!」


「もうお母さんじゃなくなるんだろ?」


 はっと、私と那人さんは顔を見合わせた。

 なんと答えていいか分からず戸惑ったように視線をそらした。


 由人は探るように大人二人の顔色を窺ってから、小さくため息をついた。

「親らしい事も出来ないくせに……」


 こうして久しぶりの親子三人の食卓は黙々と時を刻んだ。



  ◆  ◆


 静かな食事の後、那人さんと由人はお風呂に一緒に入っていた。


 私が洗い物をしながらキッチンを片付けていると、たたっと由人が濡れた髪のまま出て来た。


 那人さんとお揃いの縦縞のパジャマを着ていた。

 以前、那人さんのお母さん、つまり姑が二人にプレゼントしていたパジャマだ。

 私にはなかった。

 別に欲しかった訳ではないが、仲間はずれにされたのがムカついた。


「あら、紫奈さんはシルクのパジャマじゃないと嫌かと思って買わなかったわ」


 姑は嫌味ったらしく言った……ように見えた。

 だから由人が、そのパジャマを着るのが嫌だった。


「だっさいパジャマ。趣味が悪いわ」

 負け惜しみでそんな事を言っていた。


 由人はそのパジャマを着ると、私の機嫌が悪くなるのを知っている。

 だから見せびらかすように私から見える位置に立って、こちらを窺っていた。


 そして目が合うと、ぱっと視線をそらして用もないのにリビングを一回りした。


(かわいい……)


 でも今の私には逆効果だとは知らない。

 その見え見えの態度が愛らしい。


(こんな子供っぽい事もするんだ)


 いや、子供だから不思議はないのだが、以前は気付かなかった。

 きっと、由人は以前からこんな子供らしさを見せていたのに、私が見えてなかったのだ。


「由人、髪が濡れたままだと風邪をひくわ。

 乾かしてあげる。ちょっと待ってて」


 機嫌よくドライヤーを取りに行った私に、由人は拍子抜けしたように立ち尽くしていた。


「ほら、こっちに来て。コードが届かないから」

 コンセントに差してドライヤーを構える私に、由人は信じられないような顔をして、たっと逃げていった。


(かわいい……)

 ダメだ。ホントに何をやっても可愛い。


 結局、那人さんにドライヤーをあててもらって洗面所から出て来た。


「由人、何かくれてるんだ?」

 

 由人は那人さんの後ろに隠れるようにして、私を警戒していた。

 以前の私とずいぶん違うと怪しんでいるらしい。


 那人さんの背中から、時々左目を出しては私をこっそり見て、目が合うとあわてて背中に隠れる。その仕草が愛らしくてたまらない。


 そして思わず声に出してしまった。


「かわいい……」


 那人さんも驚いたが、それ以上に由人の方が目を丸くした。

 そしてかあっと顔を真っ赤にして、自分の部屋に逃げていってしまった。




 どうしよう……。




 由人が可愛くてたまらない……。


次話タイトルは「紫奈、陽だまりの時間を知る」です

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