レアの結末
ダンジョン攻略を終えた私達は、途中、参謀のプランターさんを失う事態
に遭遇しながらも、首都ダンゴルザまで無事に帰還しました。
私が最初にしたことは、国王様への挨拶です。
次いで、百連結馬車『大骨の大槍』をエーハンへ返却しました。
その後に、改めてエーハンと国王様から報奨を頂き、こちらからは、重要
文化財の一部を献上しました。
攻略団は回収した宝を山分けして、解散。
騎士団を辞してまで攻略に参加してくれた皆は、国王軍への復帰が決定し
ました。
常連組の人達も、今回の功績が認められて国王軍への登用が相次いでいる
ようです。
けれど「子供の世話で忙しいから」と断る人も多いようでした。
私の独断で、奴隷の子供達にも均等に宝を分配しましたから、急に大金を
持った子供達のことが心配なのでしょう。
歪ではありますけど、「家族」として生活を続けていくようです。
プランターさんは、こうなることを予期していたんでしょうか。
攻略団は解散しても、少なくない数の繋がりが残りました。
しかし、
魔法使いと盗賊団の方々は、帰還後にふらりと姿を消しています。
貴族の方々から彼らの噂を聞く度に、口元をほころばせる毎日です。
攻略達成から一月が過ぎました。
季節は秋。すでに冷たい風が吹き始めています。
私とエーハンの婚約は、取り消されていません。
今ならば、プランターさんが反乱を起こしてまで婚約破棄に拘った理由が、
わかります。
国王様は人外でした。
王座に『無時間』を引き込み、年を取らず。
この世界に存在するありとあらゆる『蘇生術』を身に付けていて、死に至る
可能性はありません。
まさしく不老不死です。
血が途絶えることを懸念なさらない理由は、御自分が王座に君臨し続ける事
を確信していらっしゃるからでしょう。
真に人の手に負えないモノは権力かもしれません。
私はエーハンの婚約者として王城で暮らすようになりました。
国王様は頻繁に、
「年が明ける頃には懐妊の発表をしたいものだ」
と仰るので、最初は戸惑いしかなかった私とエーハンです。
けれど、一週間もすれば、その意味がわかってきました。
私は国王様の子を宿すために、王城に置かれているのだと。
その事実に気付いた時、エーハンは私だけでも逃げるように言ってくれま
した。
彼女を置いて逃げることに強い抵抗がありはしましたけど、
私が王城に留まることになった理由は、別です。
彼女から逃げるように言われた時点で、すでに私の『力』は、普通の少女に
も劣るほど弱くなっていたんです。
日々の食事に何かが混ぜられていたんでしょうか。
それとも、食事そのものに、何か秘密があったんでしょうか?
今となっては調べることもできませんけど。
食事を取らないわけにもいきませんでした。
私の力は日に日に弱り、
国王様の私を見る目は、日に日に邪なものへと変わっていきました。
そして、もう逃げるだけの力がないと判断されたんでしょう。
次第に、王城の闇を見る機会が増えていきました。
他国の兵士に違法な拷問を行っている現場。
人として扱われていない奴隷達の姿。
貴族の戯れとして行われる市民の逮捕。
そして、国王様が言うところの『畑』にも案内されました。
畝のように数百の寝台が並ぶ部屋。
そこには女性達が何百人と横たわって、国王様に愛でてもらう時を待って
いました。
全員が眠ったまま、起きることはないそうです。
「君も、いずれはこうなる」と、国王様が言いました。
それからというもの、エーハンは毎日のように泣いています。
私が一時的に意識を取り戻しても、彼女は半分を泣いて過ごし、もう半分は
怒って、呪って、嘆いています。
最近は、眠りから覚めても目を開くことができないまま一日が終わることも
多いんですけど。
今日は、昔を思い出す余裕もあって、調子がいいようです。
久しぶりに目を開けて、自分の姿を見ました。
真っ白に着飾った姿は『あの時』を思い出します。
けれど、それは扇情的な薄絹ではなく、純白のドレスで。
「わかりますか、レア」
「?」
私は、なかなか焦点の合わない目で、声の主を探します。
そして、見つけました。
男装したエーハンが、また泣いています。
私なら大丈夫ですから、と慰めてあげたいところですけど。
声がでませんでした。
私の体は、声の出し方すら忘れてしまったようです。
それでも、彼女は頷いていました。
「今日は、私とアナタの結婚式が行われるのですよ」
結婚式ですか?
声が出るなら問い返していたところでしょう。
男装したエーハンは意識のハッキリとしない私を支えるように手を取って、
風を感じられるテラスへと誘導していました。
剣の広場に、大勢の人が集まっています。
歓声が上がって、祝福の声が私の耳にも届きました。
これが結婚式。
私は眠ってしまうから体験することはないんですけど。
今日からが、地獄の始まりです。
そう思うと、どうしても嫌で。
あの人のことを思い出して、助けて欲しいと願っていました。
「はい」
なぜか広場の中央で、手が挙がっています。
大歓声の中で、聞こえるはずのないお互いの声が届いていました。
人混みに空白が生まれて、一人の男性が立っています。
遠すぎて、よく見えなくて。
誰なんですか?
と、問い詰めるようにテラスから身を乗り出していました。
私には「あの人に決まっているはず」と確かな予感があるのに。
焦点の合わない自分の眼が恨めしくてなりません。
「これが最後の仕上げさ! ダンジョンシールを刻みなよ!」
上から降ってくる声。
モズ・クロイトの声。
「貴様ら!」
国王様の恨みに満ちた声が聞こえて、乱暴に抱き寄せられました。
目の前には、テラスの手すりに着地する男性の姿があります。
「アンタはもう終わりだ。
オレ達は王城の地下にあるダンジョンを攻略した。
そこにあった無時間を固定する装置もぶっ壊したからな」
「老いると言うのか、この私が!」
「早く無時間を追いかけないと。
その場合、この国を捨てることになるけどな」
「くッ」
国王様は迷っているようです。
けれど、結局は私を手放して、飛ぶように、どこかへ。
「遅くなった。ごめんな。
お嬢ちゃん」
男性は申し訳なさそうに、手を差し伸べていました。
その手を取る前に考えます。
彼は上から降ってきました。
では、広場の中央に立っていた彼は誰なんでしょう?
二人の突入を補助した人。
あの時を再現するように私を見上げていた彼は紛れもなく、死んだはずの
プランターさんでした。
私に差し伸べられたものと思っていた男性の手は、別の小さな手を掴んで
引きあげています。
「結婚式を続ける。
ただし、ここから先はアケーナン式だぞ。
ザラ・エイシンと、エニル・バトラーの結婚式だ!」
男性は隣に姫を侍らせて、結婚式を乗っ取っていました。
間違いようもないほどに、ザラさんです。
「子供らに王族としての道を残すには、エニルが生きていることを示す必要が
どうしてもあったわけだが。
これで本格的にお尋ね者かよー。
さすがにもうここには居らんねーな」
ザラさんが私を抱えあげて。
どうやら、私は彼にさらわれるようです。
プランターさんではなく、ザラさんに。
「ダンジョン攻略団も再結成したんですよ。
フルスさんのお願いを叶えるために」
だとするなら、私もエニルさんも、ザラさんのハーレム要員ということに
なるんでしょう。
けど、そうなったとしても、今と変わりがありません。
不本意です。
その気持ちが表情にも出ていたんでしょう。
ザラさんも、エニルさんも苦笑していました。
「そんじゃ。お嬢ちゃんは貰っていきますよ、エーハン王子」
ザラさんは軽く確認するように言って、
エーハンは首を縦に振りませんでした。
「いいえ。その必要はありません。
私が責任を持って、彼女を治療します」
「おいおい。待ってくれー。
ここで押し問答してる時間はねーんだ」
「私としても、彼女を失うわけにはいかないのです。
国王を失った今、私が国王にならざるを得ない。
そうなれば、シルヴァレア・レイフォートは大国の王妃なのですから」
「それは、お嬢ちゃんを道具として使う、ってことじゃねーか」
「一つ勘違いをしていますね」
「あん?」
「彼女を幸せにすることができるのは、私だけなのです」
そう言って、エーハンは「パチン」と指を鳴らしました。
「えっと、どうも」
すると、なぜか、プランターさんが、テラスに姿を現して。
「ええ!?」「マジかよー」「キープじゃん!?」
周囲から驚きの声が上がり続ける中、
私の喉にも力が入ります。
「おかえりなさい。プランターさん」
「ただいま、レア。
遅くなって、ごめん。
アガリストからダンゴルザまで本当に一ヶ月かかるとは思わなくてな」
また私は、プランターさんに一本とられたようです。
「ネタバレをすると、オーザに人間召喚陣を使って貰ったんだ。
空間を転移する副作用で死に掛けたけどな」
「それ、未完成の試作品だぞ?
よく死ななかったもんだ、って世間話してる場合じゃねーか。
もう逃げないとヤバイな。
本当はお嬢ちゃんも掻っ攫っていきたいところだが。
キズオ、って種馬がいるんじゃ仕方ねーか」
「おい、言い方。気をつけてくれ」
ザラさんは、エニルさんを抱き寄せて、テラスの外へ。
これから大変なはずなのに、二人とも幸せそうで。
「お二人とも、お幸せに」
笑顔のまま去っていきました。
しかし、私達はどうなるんでしょうか。
国王になるエーハン。
王妃になる私。
そして、結局は何者にもならなかったプランターさん。
この結末は、彼にとって何番目に良い結果なんでしょうか。
「プランターさん」
「ん?」
「幸せですか?」
「まあ、けっこう幸せです」
照れて敬語になる時の彼は、とても可愛いんです。
本音を言うために演じる人だから。
演じている時の言葉が本当の言葉だから。
「良かった」
気を張って、頑張っていましたけど、そろそろ限界です。
次は、どれだけ長く眠るんでしょうか。
わかりませんけど、不思議と怖くはありません。
たとえ永遠に眠り続けるのだとしても、心の底から信頼できる人が傍にいて
くれるのですから。
何の不安もなく眠れます。
いま私は、とても幸せな気分です。
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