モイトの世界
モイトから「一緒に悪いことをしよう」と言われたキズオ。
今回は、
俺はモイトの後に続く形でオリベノンの町を後にした。
モイトが移動に使っていたのは青いトナカイの引くソリ。
青いと言っても、それは体のアチコチから生えている触覚のような器官だけ
で、体毛自体は普通のトナカイだ。
俺もソリに乗せてもらい、モイトが鞭を持つ。
「さあ、行くよー!」
トナカイが足踏みを始め、身を震わせると雪が舞った。
「おお」
青い触角が空気を撫でる度に、パラパラと雪が生まれるのだ。
これなら、雪の降らない場所であってもソリが使える。
パン! と鞭が入る。
すると、二匹のトナカイは弾かれたように走り出した。
背景は炎天下、真夏の砂漠。しかし、俺とモイトの周囲だけが吹雪の只中に
ある。
「どうよ。涼しい?」
モイトは自慢げだ。
肌を焼く直射日光と、肌を刺す寒風に脳が大いに混乱していた。
いや、混乱の理由はそれだけではないか。
「こんなもの持ち出して、どこまで行く気だ!?」
「もちろんダンジョンまでだよ!」
「は?」
「『先にダンジョンまで行ってます。探さないでください』って。
手紙は残しておいたから安心しろよな」
「はあ!?」
「あせんなよ。『キープ&モイトより』って連名にしといてやったからさ」
「どこが大丈夫なんだ!」
俺の予定ではオリベノンに滞在する残り半日を利用して、一匹か二匹の敵を
倒せれば、と思っていたのに。
「戻せ!」
「ここまで来て戻れるかよ。オマエも覚悟を決めてだな」
「俺が居なくなったら、攻略団は」
どうなってしまうのだろうか。
「誰かが何とかしてるよ。どうにかなるさ」
「!」
その物言いに、俺は噛み付こうとして、
「あんだよ。自分じゃなくてもいいことが嫌なのかよ?
小っちぇえよな」
言葉に詰まるほど、図星だった。
俺は、自分が攻略団の中心人物なのだと思いたかった。
いまではレア以上に、なくてはならない人物なのだと。
しかし、現実は違う。
実務のほとんどはレアが処理している上に、俺のやっていることは余分が
あまりにも多い。
居なくなっても、何の問題もない。
だが、そう思われるのは嫌だった。
「とにかく、あと三日はオレラ二人きりだからさ。
食べときなよ」
「なんだ?」
モイトが投げて寄越したのは、石だった。
「嫌がらせか?」
「ソイツは『石の種』。この辺じゃよく食べる物だよ」
「そうなのか、じゃなくて!」
「発芽する条件が厳しいから、果物のままでいてくれる飢えに強い植物さ。
腐りもしないから増える一方。
生物の大絶滅が起こった時にこうなったんじゃないか、って話だよ」
モイトの説明を聞きながら、短剣で石の種を割る。
表面は灰色に若干の赤を混ぜたような、中身は真っ白な果肉が詰まっていた。
ごくり、と喉が鳴る。
「いただきます」
「わかってるとは思うけど、馬車からは何も持ってきてないよ。
ここから先は自給自足だから」
「無計画だな」
「それがいいじゃん。わかってねえよなー」
モイトは楽しそうに笑う。
いったい何を考えているのだろうか。
二人旅になれば、いままで他の小隊に任せていたモンスター討伐も、自分達
だけで行わなければならない。
「前方にサンドマン一。オールドプラクティス一。サイズはどっちもEだ」
「了解だよ」
砂漠と森の境目を走っていても、サンドマンは襲ってくるし。
オールドプラクティスは森から出てくる。
その度に、モイトの玩具銃が火を噴いた。
「発射! 『メテオ弾ラッシュ』!」
銃口から極小の弾丸が連射される。
目にも見えないほど小さいソレは、放たれると同時に膨張というか、増大を
続けてトナカイが十メートルも走る頃には、立派な隕石と化していた。
「オレラは上手に避けていくよ!」
トナカイがモンスターをギリギリで避けて通る。
その直後に、隕石と化した数十の弾丸が、オールドプラクティスの身を折る
ようにぶち当たり。
塊がサンドマンを押し潰すように圧し掛かっていた。
「おお。というか、避けて通れるなら殺さなくても良かったんじゃ」
「邪魔したヤツをただで帰すわけねえじゃん」
すごい理由だ。
イラついた、という理由だけで相手を殺す。
これが、盗賊団の流儀ということなのだろうか。
二人旅は順調に続いていた。
朝、昼、晩と石の種ばかり食っていたが。
本当にどこにでも落ちていて、飽きるほど食べても減った様子がない。
「そろそろ肉が食べたいよ」
モイトの言葉に頷く。
だが、彼女が手に取ったモノを見て、反射的に叩き落していた。
ぶにぶに、っとした肉の塊。肉体離脱の成れの果て。
「肉玉は止めろぉお!!」
「あっはっは! いいツッコミするじゃん!
冗談のわからないヤツでも、たまに面白いことするよな」
こちらとしてはまったくもって笑えない。
「どれだけ腹が減っても、共食いはごめんだ!」
「あとこの辺りで食えるヤツって言ったら、カエル、ニシン、イノシシ?」
「意外と普通だな」
「実物みたら腰が抜けるよ?
コドクナカエルは全身紫の皮膚に毒を溜め込んだ珍種。
ニシンボールは、塊からビッシリと魚の顔が生えてる珍種。
イノシシは」
「もういい。止めてくれ」
自らの想像力が恨めしい。
特にニシンボールなるものは、出会うことを拒否したくなる相手だ。
それに、
「そんな珍種じゃなくても、食い物なら目の前にも転がってるだろ?」
砂漠を悠長に歩いている鳥の群れ。
細く長い足。真っ青な羽。喉から胸にかけてだけが白い鳥。
怪我をしているのか、一匹だけ妙に足が遅い。
「食えるかどうかはわからないけどな。とりあえず捕まえよう」
「アレはダメだよ」
「? なんで?」
「どうしてもさ」
モイトは、狩猟としては簡単な部類に入るだろうただの鳥を見逃していた。
いや、見入っていた。
まるで初めて目の当たりにした光景を、目に焼き付けるかのように、だ。
彼女のキラキラした目を見ていたら、俺も、あの鳥を食おう、という気には、
さすがにならなかった。
日が落ちて、俺達はそれぞれに寝袋を使った。
彼女のソリにもともと積んであったものらしい。
トナカイ二匹に挟まれる形で、モイトとは互い違いに眠る。
お互いの顔が見やすいように、ではなく、周囲を見張る関係上だ。
暇になった途端、モイトは世間話を始めていた。
「いやー、青い鳥が本当にいるとは思わないじゃん?
凄かったよー。
もう一回、できれば百回はみたいもんだよな」
「この辺りじゃ見かけないのか」
「見たことないよ。珍しいからさ」
「食うな、って言ったのも、それが理由か」
「そういうこと。
盗賊のモットーは『消え去るモノを奪ってはならない』さ」
「命とか?」
「ああ。人の命は盗らないよ」
その割りに、俺のことは本気で攻撃してきたような気はするが。
アレも一応は命の保障があったのだろう。
「でも石の種とか、肉とか食ってるけど。
アレって消え去るモノ、じゃないのか?」
「食われるのが織り込み済みで、たくさん産んでいるヤツは別にいいんだよ。
ソイツらを見逃したら、困るヤツだっているんだからさ」
「そんなもんか」
「あとは、見逃したら悪さする害獣がいるじゃん。
そういうのを食って生活していれば、意外と足りるもんさ。
もし足りなかったら、たんまり溜め込んでいるヤツから奪うだけだよ。
路頭に迷わないよう気を付けて」
「なるほど」
全員が生きられるように配慮しつつ、贅沢を盗り合う。
主義主張に名前を付けるなら、義賊主義と言えるのだろう。
すべてを生かすために生きているせいか、彼女の生き方は鮮烈だ。
他のヤツとは目の輝きが違う。
しかし、
「窃盗は犯罪だろ」
「キープはお堅いよな」
危ない。
雰囲気に流されて、モイト信者になるところだった。
俺はやる側にはなれない。
やられる側の気持ちを知ってるからだ。
「暴力を振るうのが楽しいから、って自分がそうしようとは思わない。
自分が強いことに優越感を覚えたり、安心感を覚えたりするとしても簡単に
良いもの、なんて思えないんだ」
「それ、人生の半分は損してるよな」
「何とでも言え」
「もっと気持ち良い生き方をしろよ」
「たとえば?」
「ムカついたら殴る! 邪魔ならぶっ飛ばす!
身内には優しく、外野には厳しく!
弱いヤツは蹴散らして、強いヤツは引き摺り下ろすんだよ!」
「社会不適合者め」
「だから盗賊になってるじゃん」
モイトのように生きられたら、自分だけは楽しく生きられるのだろう。
しかし、真っ当に生きている人間が彼女を見たらどう思うだろうか。
「強盗は、他人の苦労を横取りすることだ」
「む」
「殺人は、人からすべてを奪う。
手足を、目を、口を、表現を、肉体のすべてを。
楽しみも、喜びも、嬉しいも、精神のすべてを。
だから罪深いんじゃないか?」
「人は殺してねえよ」
「ああ。そうだっけ」
「キープって、たまに人形みたいな目をするよな」
「そうか?」
最近は忘れていた感覚だ。
心がスッと落ち着いて、すべての物事が客観的に見られる現象。
劇場化。
俺の場合は、やはり少人数でいる時に起こりやすいようだ。
「その感じで行くと、夜は案外ドSだったりするよなー」
「どうだろう」
まだ日が浅いから、自分の性質なんてわかるはずもない。
相手を観察するような余裕はまだないし。
「じゃなくて、なんでいきなりそんなこと」
「キープの彼女って、確かシルバーレアだよな?」
「シルヴァレアな」
「もう落としたんだよな?」
「告白は、された、と思う」
自信はないけど。
モイトの寝袋で、もぞりと音がした。
「じゃさ。気持ち良いことしよ」
「浮気ダメ、絶対」
「そんなこと言うなよ。相手は裏切りそうにない女だよな?」
「レアは」
俺が別の女子に手を出していたとして、潔癖を発揮して即座に嫌いになる、
というタイプではない気がした。
でも、
「嫌われないからって、シていいわけじゃないだろ」
「お堅いよな。
アンタに抱かれてみたいとまで言ってる女が、目の前に居るのにさ」
「俺には、まだ子供にしか見えないけどな」
「ふん。つまんない男。
ちっとは悪いこともしろよな」
彼女はピリッと空気を震わせるような息を吐いて、寝返りを打った。
「寝るのか?」
「寝るよ」
「見張りは?」
「要らないよ。
ここは『高時圧』の中心だから。しばらく時は進まない」
「時圧?」
「この世界には、時間の進みが速い場所と、遅い場所があるんだよ。
時間が遅くなる方が『高時圧』。
時間が早くなる方が『低時圧』。
ここは特に『無時間』に近いから、体感で一晩ぐっすり眠っても、現実で
三分と経ってないだろうよ。
この『時間がまったく進まない場所』を利用した不老不死もあるらしいって
話だから。
まあ、モンスターのことは気にせず熟睡していいよ」
「じゃ、遠慮なく」
安全であるのなら問題ない。
俺はモイトを信じて、二人旅の一日目を終えた。
価値観は交わることなく、ぶつかりあって火花を散らすに終わったが。
明日も、この鮮烈な乙女の口車に乗ることなくすごせるかどうか。
流されやすい俺としては、イマイチ自信がなかった。
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