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多角的に見る人

レアと『そういうこと』寸前の関係になったキズオ。

今回は、


 ペンデルスを出発して三日。

 サンドマンの通り道を遡りながら次の目的地であるシルリスクを目指し、

すでに辿り着いていた。


 硬いブラシで歯を磨く音がする。

 しゃこしゃこしゃこ。

 しゃこしゃこしゃこ。

 水の張られた桶が二つ。

 俺の隣で歯磨きをする髭の三十男、エイシンと並んで立っていた。

「よー。キズオ」

 エイシンは眼球だけ器用に動かして、俺の方を見ていた。

「何だよ?」

「おめでとーさん」

「? 何が?」

「卒業したんだろー。ドーテイ」

「ぶっふ! うえっふ! うえっふ!」

 何度も咳き込んだ。

 いきなりの指摘に焦って、水を気管に入れてしまったらしい。

「ふざけんな。何なんだよ、いきなり」

「妙に大人ぶってた態度も年相応になったしなー。

 朝に歯磨き。朝食後に歯磨き。昼食後に歯磨き。晩飯後に歯磨き。就寝前に

やっぱり歯磨き。

 オマエさんはわかりやすい」

「黙れよ」

 エイシンの野次を聞き流しながら、枯れ木の樹上都市シルリスクの広場にて

物資の補給を行っているレアの姿を眺めていた。

 金網のフェンスで仕切られ、直線道路にコンテナの広がる雰囲気はどことなく

軍事的な、味わいのある都市だった。

 紙の束を片手に指示を出している姿に違和はない。

 が、

 俺と目が合ったら、途端にうろたえる。

 他人に指示をしながら俺を見て、紙の束に目を落として俺を見て、ついには

荷物の影に隠れてしまう。

 その際は指でバッテンを作ったり、ペンで叩く真似をされたり、だ。

 俺は何かの意図があって、見ているわけではないのだが、

「イジメますなー」

 エイシンの野次が耳に通る。

「? どういう意味だ?」

「昼間っから熱い視線を送るんじゃねーってことだ。

 あれじゃ仕事にならんぞ?」

「そんなこと言われてもな。

 何となく、自然と目が行くんだ」

「あちらさんも、かねー。

 ここはオレが人肌ぬぐしかねーな」

「遠慮したい。むしろ厚着してくれ」

「まあ、そう言わずに受け取れよー」

 エイシンはどこからか杖を取り出すと、地面スレスレから頭上にまで、勢い

よく振り上げて。

「あ」

 俺の頭に向けて落下させた。


 ごちん。


 アスファルトの地面が近い。

 ぶっ倒れていたらしく、体のあちこちが重かった。 

 しかし、手足を動かすと、以外なほどにスムーズな挙動を見せる。

 立ち上がる際には、腹筋と太ももの筋肉がパンッとふくらみ。下穿きが

限界まで太り、張り裂けそうになるのを感じた。

 何だろう?

 この体、全身にバネでも入っているのだろうか?

 考えられる可能性は二つ。

 魔法の補助によって尋常ならざる力が付与されているのか。

 あるいは、

「起きたなー」

 エイシンの声が聞こえた。

「なにしやがっ、た?」

 発生した声が、なにやら渋い。

 立ち上がると、エイシンを見下ろす位置に俺の頭があった。

「うえ?」

 右手には、丸太のように太くひょうたんのフォルムを持つ筋肉。

 左足には、極太のレンコンが連なったような、やはり肉の束。

 これはまさしく、

「誰の体だ!?」

 無様にうろたえた。

「カラハラ、って魔法使いの男のもんだぜ」

「魔法使い!?」

 二重の意味で驚いた。

 こんなにすごい肉体を持っているのに、魔法使いなのか。

「ま、モンスター相手の商売はドロップアウトも当たり前にある。

 戦いたくとも戦えない傷を作って仕方なしに魔法使い、ってヤツもいる」

「納得した」

 いや、納得してどうするのか。

「なんで俺はカラハラさんの中に入ってんだ!」

「そういう魔法だからなー。

 ちなみに、残機あと『三』だぜ?」

「ざんき? いったい何を言って」

 ザクッと砂を蹴る独特の足音。

 他者に警戒を促すこの音は、前に聞いたことがある。

「レア」

「は?」

 振り向いて、声を掛け、返ってきた声があまりにも冷たくて。

 背筋が凍った。

「私のことをレアと呼んでいいなんて、アナタに言いましたか?」

「は、は、はいー」

「では発言を撤回します。私をそのようには呼ばないでください」

「は、はいー」

「買い出しに行きましょう。荷物をお願いします」

「はいー」

 俺の思考回路が回復した。

 エイシンの悪ふざけ、ここに極まれリ。

 レアの仕事に支障が出ると見て、俺の存在を飛ばしたのだ。

 他人の体の中へ。


 しばらくして、何となくカラハラの人物像がわかってきた。

 腕力を買われて、レアの買い出しに付き合うようになった男。

 力自慢らしいのだが、

「次です」

「は、はいー」

 基本的に、レアとは一度も目が合わない。

 レアは紙の束から目を離さない。

 指示が多く、サボっている暇はほとんどない。

「今日は随分と大人しいですね」

「え!?」

 いつもはうるさくしゃべっているタイプの男だったのか?

「良い天気ですなー」

「行きましょう。次は面倒な男が相手です」

 誰だろう?

 レアは荷物を持つ俺のことなどまるで無視の速さで歩く。

 辿り着いたのは、歌う屋敷だった。

「早くしてください」

「は、はいー」

 建物の中はボロボロだが、音で溢れていた。

 もともとは防音機能もあったのだろうが、いまは複数の音が混じって、耳に

痛いほどだ。

「ヨー。レイフォードの小さい方」

 そう言ったのは、アロハを着た爺さんだった。

「こんにちは、デキサ。一曲いいですか?」

「モチロン。出来が良ければ、また買うヨ」

「では」

 彼女は少し高いステージの上に立つ、と。

 そこらに放置されたスピーカーからメロディーが流れ始めた。

 レアが、その歌声を披露する。

「おおー」

「彼女の得意技。過去にあったとされる『ミュージックの再生』サ」

 流れてくるメロディーに合わせて、歌詞を付けるのか。

 しかし、デキサと呼ばれた爺さんは納得がいかないようで。

「んー。ばー。今日はイマイチだよ」

「なんで?」

「声が楽しそうだからだね。

 いまの曲は『バラード』だから合わないのサ」

「そっか」

 レアも舞台の上で首を傾げていた。

「どんまい」

 と、励ます様に声を掛けて、

「!」

 レアは警戒心も露に、俺から距離を取っていた。

「? どした?」

「明日から、もう来なくていいです」

「ええ!?」

「荷物は馬車まで届けておいてください。

 お疲れ様です」

 レアは俺を一瞥すると、そのまま店を出て行ってしまった。

「な、なんなの?」

「サーね」

 置き去りにされた俺は、意識がストンと落ちた。


 目が覚めると、今度は空を見ていた。

 立ち上がるが、今度はエイシンを見上げる形だ。

 身長は一メートル前後だろう。

「また違う体か」

「おいおい。開始30分で一機撃墜か?

 ペース速いぜ?」

「おい! こらあ!」

 今度の声はやけに高い。

 子供だ。

「なにを考えてんだ! エイシン!」

「ああん? なに怒ってんだ?

 オマエさんが見ている『いつものお嬢ちゃん』とは、別の顔して歩いてる

ところを見られるんだぜ?」

「あんな不機嫌なレアなんか見たくなかったけどな!」

「あー。カラハラは小言の多い男でな。お嬢ちゃんはヤツのことを嫌ってる

が、荷物運びには便利だからって使ってるらしいぜ。

 すげえよなー。効率重視っつーか。わざわざ嫌いなヤツを傍に置く神経が

オレにはわかんねー」

「で『この子』は誰なんだよ」

「ここで言っちゃ面白くねーよ。そら来た」

 ひょい。

 と、視線の位置が高くなった。

 首の辺りが、少し絞まっている。

「く、くるしい」

「あ!? ごめんなさい」

 どうにか手を離してもらって振り向けば、

「大丈夫ですか?」

 しゃがんで心配そうな目を向けてくるレアが居た。

「あ、ええと」

「けどアナタが悪いんです。急に居なくなったりするから」

「え? あ、はい」

 子供相手に責任を擦り付けていた。

「それと、この人に近づいてはいけません」

「お嬢ちゃん。この人って、そりゃねーよ」

 レアはエイシンのことを話題にあげるが、視界に入れない。

 またもや無視だ。

 この間のことで、喧嘩でもしているのだろうか。

「この人は危険な人です。子供が相手でも容赦なく襲ってきますから。

 絶対に近づいてはいけません。わかりました?」

「は、はあ」

 しかし、ひどい言い様だ。

 叱りつける怖い顔。そして、一転して笑顔に変わる。

「さ、遊びの続きです。

 次はなんですか? 

 かくれんぼ、はダメですから。鬼ごっこはどうでしょう?」

「い、いや」

 普段は表情に乏しい、というよりは警戒心むき出しのレアが、子供相手だ

と思って無防備に話しかけてくる、というのは新鮮だった。

 精神年齢がやたらと幼く見える。

 というよりは、こちらがレアの本性なのだろう。

 しばらくこのままでもいいな、と思ってしまうくらいだ。

 レアは笑顔で両手を伸ばしてくる、と俺の腰に腕を巻きつけてきて。

 ぐいっと上へ。

 子供だから軽いのか。楽々と持ち上げられた。

「休憩時間も残り少ないですから。移動しながら考えましょう。

 アナタも考えてください」

「はいー」

「? その返事の仕方、流行っているんですか?」

「い、いや。そんなことは」

 しどろもどろになりながらも、彼女の腕に運ばれるまま、次の場所へ。


 ストンと意識が落ちる。


 おそらくまた違う体に放り込まれたのだろうが。

 じわりと染みのように広がる視界。

 手はくすんだ白い棒みたいだった。

 肌とは思えないザラリとした質感だ。

 表面には明らかな染みが。

 コーヒーの痕跡とか、泥はねを受けた馬車の汚れに似ている。

「ア」

 薄い葉のような喉、いや、膜を震わせて声を出す。

 肘間接のモーターで腕が回り、糸を引くように指を曲げた。

「ア、ああ、あー」

 人としての感覚が掻き乱される。

 気持ち悪い。

「何なんだ、これ」

「シルリスクの町で再生が進んでる『機械』ってヤツだな。

 中でも人型のロボットを中心に研究してるらしいぜ」

「変なものの中に、俺を入れるんじゃない」

 足に力を入れようとして、太もものさらに上辺りでモーターが回る。

 体勢が崩れそうになると、反射的に(というか自動的に?)バランスを取る

べく、俺の意思に関わりなく足が動いた。

「お、おおう」

 体を動かす感覚がわからず、そのまま二歩、三歩と前に出て、

「ヒッ!?」

 悲鳴が聞こえた。

 首のモーターが回る。

 人間の限界を超えて、視界が右回りに一巡りした。

 取れそうで怖い。

「アー!」

「きゃあーー!!」

 俺に倍する悲鳴をあげたのは、レアだ。

 ガタガタと全身を震わせ、こちらを見ず、ギュッと目を瞑っていた。

「まさか、レア。機械恐怖症?」

「能面恐怖症かねー。あるいはロボット恐怖症じゃねーか?」

 わなわな、と震える彼女は一足飛びに飛び掛ってきて、

「マジか」

 映像がスローに置き換わった。

 これなら、レアの動きを見て対処できる。

 しかし、そう思ったのも束の間、スローでもレアの姿は端に寄り、

消えかかっていた。

「そうか。カメラを振るスピードより速く回り込めば、って」

 よく見れば、彼女の目は未だに閉じられたままだ。

 物体の真相を心で見るという達人の技。心眼。

 驚異的な防御能力は、こういう技量に支えられているらしい。

 レアの手が俺に向かって伸びてきて、バキリと腕を取られた。

「ええ!?」

 痛覚はない。

 しかし、断線した腕を喪失する感覚はあった。

 反射的に迎撃を開始する。

 打ち合い。殴り合い。

 するつもりはなかったが、戦闘になっていた。

 右手を半ばまで失い、そこからさらにやすりを掛けられるようだった。

 殴り合いを続けるほどに、腕が削られていく。

「これがレアの本気か」

 俺を相手にする時は、いつも手加減しているのだろう。

 結局、最後まで目を開けることがなかったレアは、それでも寸分たがわず、

機械の顔面を鼻っ柱ごと見事に、打ち抜いていた。


 目を覚ますと、木板の天井が見える。

 どうやら俺はベッドで眠っていたようだ。

「おはようございます」

 隣にはレアがいた。

「おはよう。で、ここは?」

「シルリスクの宿屋です。

 ザラさんから昼寝の最中だと聞いて」

 レアはここに来た、と。

「そっか」

 次にエイシンの顔を見つけたら、問答無用で殴ろう。

 しかし、冷たくされて、無防備な姿を見て、最後には窮鼠状態の彼女を見た

直後だから。

 いつものレアに戻ってくれたのか、という安心感と。

 あれもレアなんだな、という感慨に耽る。

 完全な実力主義。人間関係は二の次という冷たいレア。

 そういうものが関係なくなると、途端に隙だらけになる危ういレア。

 まさか、苦手なものがあるとは思わなかった能面嫌いのレア。

 顔を真っ赤にして、忙しい仕事の合間だろうに。

 俺と肌を合わせようとする健気なレア。

「あの、必要なら今日も。その、大丈夫、ですか?」

 俺は衝動に身を任せて、彼女のことを抱きしめていた。

「あッ、と、え?」

 しかし、それ以上のことをしようとは、さすがに思わなかった。

「今日は大丈夫だから。ちょっと休んでくれ」

「? わかりました。

 プランターさんが眠るまで、一緒にいてあげます」

 ソレを求めているわけではないんだけど。

 彼女はとても忙しい。

 俺が時間を取るわけにはいかないだろう。


 さすがに自重しよう、と心に決めた。 

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