人の憂い
ダンジョン攻略に向けて訓練に明け暮れるキズオ。
時間は過ぎて、
日常は変わらず、組み手をして過ごしている。
本日も剣の広場にて、訓練中。
そこかしこで二人一組が行われていて、パシ、ペシ、と叩き合う音がする。
俺も、ハッシとレアの手首を捕まえた。
あまりに自然に出来たので俺の方が驚いたくらいだ。
「できてる?」
彼女は頷く。
「できてます」
レアの方から「訓練の成果を確かめたい」と言われて、組み手を始めたの
だが「何も考えないでください」とも言われていて。
つまりゾーンに入れ、ということなのだが、そう簡単に何も考えない状態に
なれるはずもない。
なので、彼女に話題を振ってもらっていた。
「最近はどうです?」
「ダンジョン攻略関係の話か? それとも」
「日常の方です」
「極めて順調、かな」
レアが拳を引いて構えを取る。
こちらも距離を取るように手を突き出して、
「疑問や、不満はないですか?」
「ああ」
彼女の拳がゆっくりと突き出されてきて、
「考えないでください」
「あ、ああ」
目視しながら、無視は難しい。
聞きたいことを考えよう。
たとえば、
「毎日こうやって組み手ばっかりしてるけど」
「はい」
「レア隊の対モンスター訓練って、まだ?」
なんだかんだで、サンドマン討伐から三週間は経っている。
訓練の時間と設定された一月を、もう三分の二ほど消化している計算だ。
当初の予定では、訓練の実施は一班につき4,5回であったはず。
「そろそろモンスターと戦った方がいいんじゃないか?」
「? 必要ですか?」
「そりゃあ、まあ。必要です」
「そうですか?」
レアは物凄く不思議そうな顔をしていた。
「どうして俺に、実戦は必要ない、って思うんだ?」
「いえ。必要はあります。
しかし、他の方と比べた場合には、必要ないと思いますけど」
「なるほど」
サンドマンという大物を倒した経験があれば、小物の相手はどうでもいいと
思われていたようだ。
組織には、まだ戦闘経験の浅い人間もいる。
俺ばかりがモンスターを退治していたら、他の人間が困るのか。
しかし、なぜだろう。
よし、そういうことなら譲ろう、という気にはならない。
「せめて、あと一回は戦いたいな」
「我慢してください。訓練以外にもやることがあります。
機械杖の販売状況を見守り、物資を買い付け、馬の躾もしなければ」
「う」
レアには首都を離れられない仕事がいっぱい、か。
俺だけでも、と言えるほど強くないし。
やはり諦めるしかないのだろうか。
自分の立場を自覚しろと、ゴドリーにも言われたし。
レアにも指摘された。
しかし、俺には強くなっている実感がない。
他人が認めてくれるほど不安になるのだ。
不意に「おおー!」という歓声が耳に飛び込んでくる。
いつの間にやら、俺とレアの周囲にはギャラリーが出来ていた。
「あぶ!?」
観衆の存在を知った途端、俺はレアの拳を顎に受け、意識を飛ばした。
どうやら、ゾーン状態から復帰してしまったらしい。
最後にいいパンチを貰ってしまったが、稽古の時間は無事に終わった。
剣の広場から自宅へ。
帰宅するまでの間、二人きりで話すのも日課になっていた。
剣の広場には汗を流すための施設も近くにあるため、湯上りの雰囲気を持つ
レアと並んで歩く。
最初はためらわれたものだが、最近は慣れたものだ。
と思っていた。
「プランターさん。ほどよく筋肉が付いてきたんじゃないですか?」
レアに腕を触られている。
ぐにぐに、と筋肉の繊維を確かめるように指圧されて、
皮膚の上から筋肉の膨らみを撫でて確かめたりされた。
内心では「ドキドキするなー」と思いつつ、顔には出さないよう努力だ。
これは筋肉の状態確認だから。
訓練の成果を確かめているだけだから。
「これなら半日は動き続けられると思います」
「半日か」
まだまだ、という感じが拭えない。
「やはり男の人は筋肉が付くのも早いですね」
「レアに比べれば格段にな」
思わず彼女の体を細かく確認しそうになって、自重した。
組み手をするようになってから接触への心理的なハードルが下がったこと
は確か、だと思う。
しかしそれはレアから俺へ、であって、俺からレアに対する接触は躊躇う。
もし仮に嫌がられたらショックが大きいし。
「プランターさん?」
ハッシと手首を掴まれていた。
心臓が耳のすぐ傍にあるのでは、と思うくらい心音が大きくなる。
「そっちじゃないです」
「え? ああ」
ボーっとしていて、家を間違えたらしい。
レアは掴んでいた俺の手首をするりと離して、手を握ってきた。
「家はこっちです」
「そうか」
悔しいことに、ドキドキさせられっぱなしである。
できれば、俺が彼女にやってドキドキさせたかった。
胸の高鳴りは一瞬で、次第に収まっていく。
一緒に住んでいれば、この程度の接触は日常茶飯事だ。
何事も絶え間なく続いていれば慣れていくもの、だと思う。
しかし、これから命を賭けてダンジョンに挑もうとしているのに。
この圧倒的な幸福感はなんだろう?
俺が一人だったなら、責任と重圧に耐えられなかった。
レアと二人であれば、きっと喧嘩になっていたことだろう。
しかし一緒にいることが当たり前になっていれば、どちらでもない。
一人でいるような孤独感はなく、
二人でいるような違和感もない。
相手のことを1であり、0であるとも感じている。
この魔法のような関係を『夫婦』と言うのではないだろうか。
一晩あけて、翌日。
男子部屋(他に女子部屋と子供部屋がある)を出ると、居間に不穏な空気が
あった。
すすり泣く少女の声。
レアは深刻な顔で腕組み。リジーは『怒』『哀』が混じった複雑な表情で。
「どうしたんだ?」
「プランターさん。実は」
レアが泣いている少女の背中を押して、前へ。
服は無残にも引き裂かれて、体中の至るところに暴行のあとが残る。
「戦時雑用として働いてくれていた子なんですけど」
「誰がやったんだ?」
「犯人は捕まえています。しかし、組織の一員で」
「そうか」
やはり出てしまうのか、という感じだ。
彼らはちゃんと面倒を見ているもの、と思っていたが、
「何でも
『もう一月も一緒にいるから親しくなったと思って、手を出した。
しかし、抵抗されたので思わず』
とのことです」
「あ、ああ」
ドキドキ、と心臓の音が大きくなる。
高鳴るというよりは、ひそやかに鳴り始めた。
昨日、同じようなことを考えていた俺としては、その犯人を責められない。
「げ、厳重注意を、だな」
「それだけですか?」
レアの目がキリッと光る。
「キズオ!」
リジーもまなじりを吊り上げて怒りも露に叫ぶ。
「そんなヤツ追い出せし!」
「はい」
俺は小さくなって、自分の中の煩悩と一緒にそいつを追い出そうと決めた。
この事件をキッカケに、ダンジョン攻略が始まった。
組織の空中分解を防ぐためであり、
犯人を処分した直後の緊張感を維持できれば行軍も易いだろう、という判断
である。
俺としては「ヤバかったー」と言う他ない。
出発の朝。
王城の扉が開くと、四頭引きの馬車が登場した。
王子からのプレゼントである高速襲撃用百連結馬車がビハイルン通りを埋め
尽くしていく。
一度に百台が並び、全員が同時に乗り込み、即時出発。
このスピード感が高速襲撃用とされる由縁だろう。
殿が登場するまでの間、しばしの猶予に王子が姿を現した。
女装モードではなく、笑みの絶えない好青年だ。
レアが青年に傅く。
「行って参ります」
「できれば、僕の出番がないことを祈っています」
両者にとっては当たり前のやり取りだろう。
騎士と王族の間には、よくある光景だ。
なぜか、面白くないと感じるが。
王子は俺に向き直り、おや? と意味ありげな微笑を浮かべた。
「気に入りませんか?」
そんなにわかりやすく顔に出ていたのだろうか。
確かに、気に入らない。
金髪美男子+超銀乙女。
「お似合いだなー」と思ってしまった自分にも腹が立つ。
王子はレアから遠ざかるように、俺の背を押してきた。
「なんだよ」
「彼女は僕の婚約者です」
ピシッ! と何か大事なものが割れる音を聞いた気がする。
「あ、そう」
意識がスーッと遠ざかる。魂が抜けそうだ。
しかし王子は、俺を魂ごと捕まえるように背中をグッと掴んで、
顔を寄せてきた。
「ですが、現国王と彼女の父君の間で取り交わされた約束なのです。
この意味がわかりますよね?」
わかりたくはない。
が、わかってしまった。
レアの父親が戻ることは、婚約の履行を意味する。
レアとエーハン王子が結婚してしまう。
それが嫌なら、俺が先んじてレアの父親を見つけ出し、生きていたら殺して
くれ、ということだ。
「父親が行方不明になったのって、もう何ヶ月も前のことだろ?
生きている可能性なんてあるのか?」
俺の中の冷静な部分が、そう聞いていた。
「ありますとも。
あの方はシルヴァレア・レイフォートを育てた程の男。
『ソードマン・シルバー』の異名を持つ天才的な前衛ですので」
「そうか。そうだよなー」
レアの父親だし。
一ヶ月、飲まず食わずは無理でも、何とか食料調達して生きている可能性も
あるのか。
王子は、俺が事情を飲み込んだと見てだろう、頭を下げてきた。
「僕のお願いを、聞いてくれますでしょうか?」
「悪いな」
咄嗟の判断で、断っていた。
レアの父親が生きているとしたら、俺は一緒に喜びたい派だ。
そして、今度こそ褒めて貰うがいいさ。
「レアを幸せにしてやってくれ。
俺は自棄になってるかもしれないけど、気にすんな」
チクリと棘を指しておいた。
王子は苦笑して、頷く。
「わかりました。その時は、必ず彼女を幸せにしましょう」
そこで請け負うのか。
俺の心は複雑だ。
ガッカリで、スッキリ。
連結馬車の最後尾が現れ、レアが馬車の上へ。
全員が同時に乗り込んで、その靴音が高らかに響く中。
「彼女は女性です」
「!?」
俺が乗車する一瞬の間に、レアから素早く耳打ちされた。
王子へ振り返る。
じゃなくて、
「騙されたわーーーーーーーーーーー!!!」
王女様はニコニコと満面の笑みで俺達を見送っていた。
最初は男だと思って、女装男だと思って、実は女だったのか。
しかも、いまは男装の麗人である。
属性がデタラメな彼女のことは、一旦わすれよう。
連結馬車が出る。
いまはダンジョン攻略に取り掛かるだけだ。
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