動機
首都に戻ったキズオ。
フルスの暴走は続き、
気付けば、朝になっていた。
場所は防具屋から宿屋へ移動し、一人用のベッドに寝ている。
フルスと二人で。
二人とも裸で。
「やっちまった」
深い後悔に、思わず両手で顔を覆った。
フルスは「うるさいなー」という感じで目を覚ました。
「どうしたの? あ、おはよーが先か」
ボーっとしたまま挨拶をしてくるが、こちらはそれどころではない。
「シたのか?」
俺の意識が奪われていた以上、確認する術はない。
が、そこは彼女を信じて、確認しておきたい。
彼女は面倒くさそうに頷く。
「するつもりだったけど。ひん剥いたら全身、傷だらけなんだもの」
そりゃそうだ。
怪我をしてから、まだそこまで経っていないし。
しかし、そうなると、
「シてないのか?」
「うん。したのは治療だけ」
その一言に救われた気がした。
「そっかー。してなかったのかー」
安堵してホッと息を吐く俺。
対して、フルスは不機嫌を隠さなかった。
「そこまで嫌がることないでしょ?
というより、どうして嫌がるのよ?
あの娘と付き合ってるわけでもないのに」
「まあ、そうなんだけど」
誰とも付き合っていないから、まだセーフ。
そういう考え方もあるだろう。
しかし、
「今回のことでわかった。
俺はレアに好かれたいんだ」
レアのことが好き、じゃなくて、俺を好きになって欲しいのだ。
フルスと関係を持ってしまったら、彼女に嫌われてしまう。
後悔の理由は、一途にならなければと誰より俺が思ったからだ。
「浮気はしない。嫌われたくないからな」
「真面目なのねえ」
彼女は、珍しいものを見るように、俺を眺めていた。
「その健気さに免じて、手を出すのは止めてあげる」
「どうも。
でも、なんで?」
「こっちとしても、キズ男には嫌われたくないのよ。
守って貰いたいから」
「?」
『俺には』という言葉が引っかかる。
まるで、レアじゃダメ、と言っているようだ。
「フルスは、レアのことが嫌いなのか?」
「それを聞きたいのはこっちの方よ。
キズ男はあんな娘のどこがいいの?」
「え? いや」
詳しく考えたことはない。
「男より強い。背だって同じくらい。団長とはいえ上から目線。態度だって、
大きい。特に色気があるわけでもないでしょ?
ホント、あの娘の何が良くて惚れちゃったのよ?」
「さあ?」
自分でもよくわからない。
彼女の期待に応えようと思った時から、かもしれないし。
彼女に認められたいから、かもしれない。
フルスに迫られて、彼女に対する気持ちに気付いたつもりでいたが。
そもそも俺は、レアに惚れているのだろうか?
「んー」
「ま、悩まないことね」
「え?」
フルスはすっかり毒気が抜けているようで。
答えの出ない問いに悩んでいたら、即座にサルベージしてくれた。
「ご機嫌取りに走るくらい好きなんでしょ?
それだけわかれば、十分じゃないの?」
「まあ」
「不本意だけど、協力してあげる」
「何に?」
「ふふん。まあ、任せておきなさい」
フルスは自信たっぷりに言って、服を身に着け始めた。
何だか、嫌な予感しかしない。
剣の広場でレアを待つ。
と、レアが城から出てくるのが見えた。
俺を見つけて、不思議そうな顔になる。
「何かあったんですか?」
「まあ、色々と」
俺とフルスの間に適切な距離ができていた。
それが不思議に見えるのだろう。今朝までベッタリだったからな。
フルスが笑顔だから、なおさら不思議だろう。
「シルバー。アナタにプレゼントがあるの」
「アナタが私に、ですか?」
胡散臭いものを見る目だった。
フルスの頬も引き攣り気味だ。
「魔法が好きなんでしょ?」
「!」
レアにギロリと睨まれた。
そんなプライベートな話を他の人に漏らすなんて、という意味だろうか。
フルスがお婆さんだった頃に盗み聞いていたよ、と弁明したい。
微妙な空気などお構いなしに、フルスは背中から、
黒い杖を取り出して、掲げた。
「これよ!」
「何です?」
「特製の機械杖。
使い方は簡単、杖を握るだけで魔力を吸い出して、自動的に魔法を使うの」
「どういう原理ですか?」
「聞くの? わかるんでしょうね?」
レアの魔法オタクっぷりはフルスも知っているだろうに煽っていた。
「いいから説明してください」
「はいはい。コイツはモンスターの脳みそを引っこ抜いて」
「ブーッ!」
俺の方が吹いてしまった。
「魔力に優れた肉体だけを利用するんですか」
レアは平然と聞き流したようだ。
さすが魔法オタク。その手の話にも精通していたのか。
「ノンノン。最近じゃ、そこまで非道な方法は取らないのよ。
同じ属性の魔力を集めて、再構築するの」
「? それって結局、モンスターをミンチにするんじゃないんですか?」
「シルバーの知らない理論もあるのよ」
そう言って、フルスは機械杖を凝視していた。
つられて、俺も杖を見る。
表面は真っ黒でツルツル。艶出し加工済み。
9割は細身の円筒だが、先端は円錐型に広がり、雫型の口が開いている。
口の中にはカニの足みたいなものが5,6個も生えていて、小さな水晶玉を
固定するように挟んでいた。
「この杖に再構築された魔力は『伝達』。
肉体の延長として、意思を通すことが可能になってるの」
フルスがそう言うと、杖の先端でカタカタと音が鳴り始めた。
水晶玉を転がすように、カニ足が上下左右に動いている。
「おおー!」「おー」
俺よりも、レアの感動の声が大きい。
レアはもがくように手を伸ばして、杖を受け取ろうとしていた。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます」
レアは機械杖を受け取って、
「はれ?」
体を震わせた。
がくん、と膝が折れる。
「あう? 何でしょう。体に力が入りません」
「レア!?」
もしかして、ヤバイ杖なのか。
俺はレアから杖を取り上げようとして、
「ま、待ってください」
彼女は俺を制するように、杖を抱いて隠した。
「大丈夫なのか?」
「はい。せめて魔法の発動を見届けるまでは、意地でも耐えて見せます」
「いや、それダメなヤツだから!」
今度こそ、杖を奪い取るべく手を伸ばす。
が、その前に魔法が発動していた。
水晶玉が収納されている口の部分から、ぐわっと、カニ足だったものが外
に飛び出したのだ。
先端から流れ出す黒い色の水が広場に落ちる。
「へえ。大気を取り込んで、杖の質量そのものを増やしたのね」
「感心してる場合か!」
「杖は魔力を吸い取って動いてるだけだもの。
彼女の想像を、杖が可能とする範囲で実現するだけなのよ?」
「それにしては、レアが苦しそうだけど」
「うん? 言われてみれば、確かに」
フルスは可能性を探すような思案顔に。
顎に指を添えて、爪を噛み、額を小突いて、天を仰いだ。
何も思いつかなかったようだ。
「彼女の魔力特性は何なの?」
「確か、時間短縮。硬化。強化。創剣だったっけ?
俺が知ってるのはそれだけ」
「だとすると、単純に『硬化』や『強化』が消えて、身体能力が普通の女の子
と同じくらいになったことが原因じゃない?」
「なるほど」
ということは、行動力四倍も今は発動しない、ということだ。
レアは一時的に弱くなっている、ということなのだろうか。
レアが弱いこと、そのものが新鮮だ。
「ただし」
フルスの思案顔に、焦りが混じってきた。
「彼女が『杖の暴走』を想像していたら、まずいかも」
想像を叶える杖は、その場合、正しく暴走を始めるのだろう。
「どうすんだ?」
「いや、でも、そこまで悲観的な娘とは思わないじゃない?」
「対処法は?」
「ないのよ。
こうなってしまったら、あとは使用者の心任せだもの」
「あの杖がレアを攻撃する素振りを見せたら、折るからな」
「折れればいいけど、一緒に殺されるかも」
「心配ない」
俺は『杖が杖を破壊するイメージ』を思い描きながら、レアの大事に抱える
杖に触れて、
幻想を見た。
剣の広場。中央付近の風景だ。
幼いレアが居て、それを見張る父親が、彼女の背後に立っていた。
他には何もない。
思い描けば、きっと中央にある噴水や、背景の王城。広場を囲んでいる屋敷
が見えてくるのだろう。
しかし、剣の広場にはレアと父親。その他は、顔のハッキリとしない子供達
がいるだけだ。
おそらく、これは彼女が記憶している幼少期なのだろう。
レアが戦い、勝つだけの思い出が続く。
「次だ。戦え」
少女レアは父親の操り人形だった。
顔も曖昧な少年が剣を構える。
少女レアは瞬く間に相手を倒して、
「違う! そうではない!」
父親の叱責が飛ぶ。
彼女が前に言っていた通り、負けはない。
勝利を続けているにも関わらず、父親が彼女を褒めることはなかった。
『お父さんに、褒めて欲しい』
彼女の中にある健気さに触れて。
パリッ!
と、杖にヒビが入る音で、意識が戻った。
俺もレアも、ハッとした顔でお互いを見る。
彼女が伝達するものを見てしまった。
彼女は何を見たのだろうか?
彼女は何も言わず、俺に背を向けた。
頬を伝う涙を隠すように。
剣の広場には、黒い杖の生み出したレアの父親が残されていた。
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