フエルニクス
仲間が増える度に問題を抱えるキズオ。
今回は元お婆さんの少女が仲間になって、
俺とレアは無事に援軍の9部隊と合流した。
エイシン、エニル。リジー、オーザも急いでくれたようで。
三日かかるところを、二日ちょいで到着したことには驚かされた。
こちらも張り合ったわけではないが、
サンドマンはすでに討伐されたことを伝えて、みんなを驚かせた。
初仕事を終えて、首都ダンゴルザに戻る帰り道。
フエルニケスの機嫌が悪い。リジー以上に、だ。
俺とレアがダンジョン攻略団の一員であることが気に入らないようで。
実年齢不明の幼児体形をピッタリと張り付けて来て、文句ばかり口に
していた。
「どうしてダンジョン攻略なんてやってるの?」
移動が始まってから、まだ一日。
この質問を、もう何度されたことか。
「生活のため、かな」
そして俺は何度となく、この答えを口にしていた。
とりあえずはお金のためで、あとは首都ダンゴルザで生活を続けるため、
奴隷達に対する責任を果たすために、ダンジョンを攻略する。
ブレなく、もれなく、同じ答えだ。
普通なら彼女に対する文句を誰か言いそうなものだが、
不満を口にしているのはフエルニケス、ただ一人だった。
「今が一番、無防備なのに。
昨日から数えて10年の間に殺されたら本当に死んじゃうのに。
ダンジョン攻略なんてやりたくないよ」
ぐすん、という解りやすい泣き落としに入っていた。
彼女は「魔法が再起動するまでの十年は安全に過ごしたい」と、聞く者の
心を鷲掴みにするような悲しげな声で言う。
真っ白な髪の毛を弄りながら、目に涙を浮かべて、である。
元々がお婆さんであることを知らない援軍9組合計36人の屈強な男達と
奴隷男子9人が揃って「女の子を泣かせるとは何事かー!」という目で見て
くるのが、また。
フエルニケスの目算としては、俺とレアにくっ付いてきて、十年間は守って
もらうつもりだったらしい。
レアは超人的に強いし。一緒にいる俺も、自分で言うのも何だが、まあまあ
人が良さそうに見えたのだろう。
しかし、いざ詳しい事情を聞いてみれば、自転車操業の攻略団を抱え、危険
極まりないダンジョン攻略に乗り出そうとしている。
彼女の目にソレは、あまりにもリスキーな選択に見えたようだ。
フエルニケスの提案は、ここ数回ほどループしている。
「これだけ大勢の人がいれば、それなりの警備隊は作れるでしょ?
辺境の村には警備がままならないところだってあるのよ?
そういうところに売り込んだら、生活していくだけのお金だって手に入ると
思うの」
「んー」
それは確かに、そうなのだ。
オールドプラクティスのような、モンスターの中では比較的小物を相手に戦い
続ける、という仕事は存在する。
クローレン王国の主な産業が、まさしくソレだ。
優秀な剣騎士を他国へ派遣すること。
国を守って余りある兵力を他国に貸与しつつ情報を探る。
人類全体のことを考えて他国を生かしつつ、お金を吸い上げて自国の脅威には
ならないよう操る。
その結果、人が集まり、物資が集まり、幸福が集まる。
クローレンは良い国家なのだ。住人にとっては。
「まあ、いざとなったら、警備隊の方向に持っていくことはあるかもな」
「えー」
彼女の機嫌は直らないままだ。
俺のどちらでもない答えが悪いのだろうか?
しかし、仕方がない。
ダンジョン攻略は、俺の意思で始めたものではなく、中心人物はレアであり
他の人間は全員がおまけだ。
ここで軌道修正するなら、彼女の許可が必要になる。
そういう視線をレアにも送るが、
彼女はマントに身を包み、若干、防御するように沈黙を保ったままだ。
レアの答えが出ない限り、俺も答えが出せない。
フエルニケスの必死のお願いにも応えられないのだ。
俺はレアの様子を伺うのに忙しく、その後、フエルニケスが黙り込んだことに
気付けなかった。
翌日。もはや一軍団と化した俺達は首都ダンゴルザに辿り着いた。
「まずは王子に接触しないと」
「!」
俺の漏らした一言に反応を示したのは、フエルニケスだった。
「王族との間にコネがあるのね!」
実に嬉しそうだ。
コネとか、権力とかが好きらしい。
「いや、地下競売場で会うだけ」
俺がそう言ったら、随分と嬉しそうにしていた彼女の顔がゆがむ。
「完全に裏ルートじゃない! そんなのいつ切り捨てられるか!
こういうのはね!」
フエルニケスは唐突に紙とペンを用意し、
カツカツカツカツカツカツ!
と、猛烈な勢いで手紙を書き始めた。
忙しく手を動かしている割に『かわいい丸文字』『達筆な字』『滴るような
血文字』まで使い分けていた。
奴隷の子達を呼びつけると、誰々に届けて、と言って手紙を渡していく。
「なにしてんの?」
「根回しよ。
これが終わったら、方々に提出するための書類を作るの」
今度はぺカーっと日光を弾く高級紙が出てきた。
いったい、どこから取り寄せたのか。
またペンを鳴らして、
カツカツカツカツカツカツ!
と、紙を文字で埋めていく。出来上がりはわずか三十秒後。
「うん。上出来」
フエルニケスは「コレ持ってお城まで、超特急ね」と言って、手近な奴隷の
子供に紙を押し付けた。
「なにやってんの?」
「謁見の申請。あと十分もすれば王城から迎えが来ると思うから、準備して
おいて。いい? わかった?」
「いいけど。フエルニケスが行くんじゃ」
俺の疑問に、彼女は「う」と一瞬だけ怯んだ。
眉間にシワが寄っていく。
「自分で行きたいのは山々だけど!」と、少女の顔が語っている。
彼女は自分の頬を指差して、言った。
「顔が売れるのは嫌なの。
また同じ顔に生まれ変わった時、色々と面倒なことになるから」
「ああ」
確かに。
伝説の魔法使いにでもなろうものなら、というか、すでに『劫火の』という
二つ名はつけられてしまっているらしいが。
ともかく、顔が残るのはいけない。
顔の情報が正確であればあるほど、彼女は面倒に巻き込まれるだろうから。
「了解だ。それじゃ謁見には俺が」
「キズ男はダメよ!」
名乗り出たのに、王子と話したことがあるのに。
言い終わる前に却下された。
フエルニケスは俺を指差していたが、横にスランドしていって、
「アンタ」
レアのことを指差していた。
「私ですか?」
「そうよ。団長でしょ?
どうせ現状報告だけだもの。簡単なものよね?」
「ええ、まあ。わかりました」
「よし! じゃあ、私は首都のことよく知らないから。
案内して、キズ男」
「え?」「は?」
俺とレアの驚きがシンクロしていた。
ペロリと舌を出して笑うフエルニケス。
レアはそれに気付かない。
「それでいいんですか?」と視線で問う彼女に「何とか助けてくれ!」と、
思念を送るが、
「わかりました。新人の教育はプランターさんに任せます」
ダメだった。
まだ分かり合えていなかったようだ。
レアは肉食女子と生贄を置き去りに、王城へと向かった。
ゴドリーやジレイと合流したレアは、王城に到着した頃だろうか。
俺は人の多いビハイルン通りを歩いていた。
フエルニケスの後ろを、だ。
「まずは買い物からね。新しい服を買うのよ」
彼女は迷うことなく防具屋に飛び込んだ。
隣の普段着を売っている店には目もくれないで。
彼女は、いかにも魔法使いという服と、もう一セットを手に持っていた。
特に迷うでもなく店員の方へ。
「この二つ、ください。薄い方は着て帰るので」
彼女は布で仕切られた更衣室に入っていった。
鎧を普段着に使うつもりなのだろうか?
高いから止めて、と言いたいところだが、
「どう?」
もう着てしまっていた。
全体を見た第一印象は『黒い花』だ。
頭には、白髪を花に例えるような黒い葉の髪飾り。
上はドレス。
小さな体を食っているようにも見える。黒薔薇がモチーフか。
スカートはミニ。花のヘタを再現しているらしく、裾が腰までめくれ
上がった状態がデフォルトだ。
彼女の動きに合わせて、黒と灰色が交互に揺れる。
実にキワドイ。
一応は鎧だから、上のひらひらも、下のふんわりも、接近戦を避ける
機構を備えたものだろう。
しかし、見えてはいけないものが見えてしまうのではないか?
俺の視線がスカートに吸い寄せられて、
彼女はニマニマと笑いながら、手袋を付けた両手で俺の顔を挟んだ。
「いい反応ね」
無駄に扇情的な格好になってしまって。
これで見ない方がおかしい。
「そろそろ、わかったでしょ?」
なにがだろう。
少なくとも抵抗できないことはわかっている。
「コレには、キズ男の肉体を自由に動かせるの。
その逆も、ね」
つまりは俺の意識を落とし、肉体は本能の赴くままに?
冷たい汗が、たらりと頬を伝う感触があった。
ピンチだ。
「眠っている肉体を自由に動かされたら、どうするの?
もし、あの娘が帰ってきた時、キズ男が『コレ』を抱いていたら」
フエルニケスは自らの心臓を指して『コレ』と言った。
まだ若い体になれていないせいだろう。自分の体を物扱いだ。
「キズ男はどう思うの?
あの娘はどう思うと思う?」
「俺は、フエルニケスのことをすごいと思う」
「その名前は長いと思うのよ」
「じゃあ、フルスはすごいと思う。
魔法も、知識も、やることも、とにかくすごい」
「そう思うのなら、コレと付き合ったら?」
「んー」
悩んだ途端に、彼女の表情が硬くなった。
プライドを傷つけてしまったようだ。
「正直に言って、アリだと思う。でもダメなんだ。
フルスとそういう関係にはなれない」
「あの娘と付き合ってるわけじゃないのよね?」
「レアのことなら。付き合ってないです」
「ならどうして? 元がお婆さんだから?」
「いや、年齢的な問題じゃなくて」
むしろ見た目が若いからギリギリだが、
「フルスは頼れるからダメなんだ。
いま俺は、自分を鍛えることに手を抜きたくない」
「ふむ」
心のどこかで、彼女の知識や力を頼り、計算に入れてサボりたくない。
強い味方は多い方がいい。
でも、それを頼りに弱いままではいたくない。
恥ずかしい告白をしたものだ。
フルスは目を細めて笑っていた。
「なるほどねえ。
いつの時代でも、男の子は男の子ってことかい?」
「あ」
口調だけお婆さんに戻っていた。
こつん、と額を小突かれて、意識が飛びかける。
「なに? なにをする気だ?」
ぐらりと揺れる景色の中、必死に正気を保とうとするが、
無理だ。
視界が狭まり、彼女の声しか聞こえない。
「シたくないのって、精神的な問題でしょ?
コレが欲しいのは体だから。しばらく付き合ってちょうだい」
「ちが! 待て」
「満足するだけシたら返してあげる」
俺は反論するために頭を挙げて、
パチン。
と、いいデコピンを貰い、意識が飛ぶ。
その後のことは、考えることもできなかった。
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