若気の至り
昨日まで一般市民だったキズオ。
だが、シルヴァレアの『仲間です』発言によって、
ダンジョン攻略者の一人となった。
しかし、キズオ本人は納得しておらず、
ダンジョンを攻略することになった。
ここ数年は実家の手伝いをしていた俺が、
幼い頃に木刀を押し付けられて義務的な教育を受けた俺が、
『人の手に負えない者達』モンスターを相手に戦わなければならない。
いや、無理だろ?
実家に戻ると、ダンジョンを攻略するように、と両親から言われた。
今回のことで放棄された耕作地の一つに、プランター家の所有する畑が
含まれていたからだ。
畑が減れば、人手が余る。
収入も少なくなる。
何とかしなければならない。
母親からも
「こっちは手が足りてるから。アンタは原因を取り除いてきな!」
と言われてしまった。
いや、無理だろ。
一緒にダンジョンを攻略してください、とシルヴァレアに言われた。
『大声事件』の後、俺は城内に呼び出されて偉い人から説教を受けた。
シルヴァレアも、式典の最中に王子と口論をするとは何事か、と偉い人達から
怒られていた。
二人仲良く説教を受けた後、帰り際に言われたのだ。
「作戦会議をしましょう。
ビハイルン通りの、剣士の像の前で待っています」
と。
だが、無理だ。
俺には、戦うことのできない理由があるのだから。
一応、約束は守る。
クローレン王国の首都ダンゴルザを南北を貫くビハイルン通り。
その中でも庶民向けの店が多く、外壁に近い場所。台座の上に立つ剣士の像の前
で待っていた。
先に来てしまったようで、シルヴァレアの姿は見当たらないが、
俺としては好都合だ。
「さて」
どう断ろうか。
それを考える時間ができた。
出会い頭にいきなり、
あるいは説明をするようにじっくりと、
感情に訴える、には少し材料が足りないか。
そんなことを考えていたら、時間はあっという間に過ぎていった。
数分後、人混みの中にシルヴァレアの姿を見つけた。
しかし、俺から声をかけることは躊躇われた。
彼女が騎士服ではなく、白のワンピースを着ていたからだ。
背中に長大剣はなく、ポーチが脇を固めている。
足はサンダルに包まれているし。
手には銀のブレスレットがあるのみ。
俺には彼女が『シルヴァレア』である確信が持てなかったのだ。
そこにいたのは無鉄砲な軍人ではなく、ただの女の子だった。
「遅れてすみません!」
彼女は俺と目が合うなり、謝ってきた。
「いや」
俺もいま来たところだから、とか言いそうになった。
デートではないのに。
単なる作戦会議なのに。
それどころか、俺は彼女に協力することはできない、と断りを入れなければ
ならないと言うのに、だ。
出会い頭に、うまくペースを捕まれてしまった感がある。
「この近くに個室で話せる料理屋さんがあるんですけど。
そこでいいですか?」
「ああ」
もはや流されるがまま。
プランBに変更だ。
彼女とは、じっくり話し合うことにした。
ビハイルン通りを城に向かって北上する。
と、妙な視線を感じて振り返った。
「!」
慌てて視線を逸らしたのは、隣を歩くシルヴァレアだ。
俺はてっきり「大声事件」が広まったせいで、誰かに見られているのかと思った
のだが、
彼女はちらちらと伺うように、俺のことを見ていた。
何をしているのだろうか?
歩くうちに頭が冷えて、ようやく物を考えられるようになってきたようだ。
よくよく見てみれば、彼女の口元には笑みが浮かんでいるし。
視線にはキラキラとした何かが含まれているような、そんな気がした。
初対面の相手に、こんな態度を取るだろうか?
俺と彼女は以前に、どこかで会っているのではないだろうか?
まあ、会っているのだろう。
そうでなければ、あの追い詰められた場面で俺の名前が出てきたりはしない。
プランターは農業従事者によくある苗字だが、キズオなんて名前は珍しいのだ。
偶然の一致とは考えにくい。
いったい、どこで会ったのだろうか?
しばらく歩いたが、飲食店には無事到着した。
俺と彼女は二階の個室へ。
「さっそくですけど、今後の方針について話し合いましょう」
彼女は席に着くなり本題に入ろうとするが、
「いや、その前に」
ハッキリさせておきたいことがいくつかある。
キラキラの正体と、過去について。
あとは、
「なんで俺なんだ?」
広場で叫んだ時から思っていたことだ。
俺は彼女を覚えていない。少なくとも、ここ数年は顔を合わせてすらいないはず
なのに、仲間として名前をあげた。
何かあるはずだ。
俺は些細な変化も見逃すまい、と彼女を見て、
彼女は弱った顔で、視線を壁に逃がしていた。
「あの場所がいけないんです」
「場所?」
王城前にある剣の広場。
凱旋パレードや演説の時にも使われているが、普段は自由修練場として開放されて
いる場所で、俺も子供の頃に剣の腕を鍛えてこいと言われて通ったことがある。
つまり、子供の頃あの広場で鍛えた時の記憶が、彼女に「キズオ・プランター」
の名前を思い出させた、と。
俺と彼女が出会ったのは子供の頃で、キラキラの正体は憧れ?
いや、ありえない。
だって俺は、
「自慢じゃないけど、剣はサッパリ使えない。
昔から弱かったし」
そもそも、運動神経がないんじゃないかってくらいに鈍いのだ。
両親からも「こりゃあ才能ないわ」と諦められている。
たとえ子供の頃であっても、他人の記憶に残るほど強かったはずがない。
俺がそう言うと、彼女はクスリと笑った。
「はい。プランターさんのおっしゃる通り、心配になるくらい弱かったんですけど」
そこまでハッキリ言わなくてもいいだろうに。
「私がすごいなー、と思ったのは、プランターさんの『準備の良さ』なんです」
「?」
「あの日、私は剣の広場での鍛錬を終えて、家に帰るところでした。
暗くなっていたんですけど、
通りの真ん中にブリキのお人形みたいなものが立っていて」
それは、何というか、恐ろしい光景だな。
俺なら一目散に逃げ出している。
「ブリキのお人形さんは何も言わずに、いきなり襲い掛かってきました。
剣だけでなく、短槍や、ナイフ。棍棒を用意していて。
私は、対処するだけで精一杯。
反撃もしましたけど、鉄板の鎧に防がれてしまって、
結局、負けてしまったんです」
ここまで聞けば、この話の終着点は見えたも同然だ。
そのブリキ人形が、子供の頃の俺なのだろう。
なにやってんだ、俺。
「私が負けたのは、後にも先にも、その一回だけでした」
「う」
彼女のキラキラは衰えを見せない。
むしろ、説明する前よりキラキラしてした。
俺は「卑怯な手を使ってまで勝ってごめんなさい」と謝りたい気分だ。
詳しく説明してもらったことで、当時の心境も思い出した。
両親に無理やり剣を持たされて、鍛えて来いと言われて剣の広場に行ったが、
稽古でも、模擬戦でもサッパリ勝てなくて。
そのうちに「オマエには才能がない」「もう行かなくていい」といわれたら、
さすがにプライドが傷付く。
俺は剣で最強になることを諦めて、色々な武器を使った。
しかし、槍には槍の最強が。ナイフにはナイフの最強がいたから、結局はどれを
使っても、一番にはなれなかったのだ。
俺は仕方なく、当時、広場で一度も負けたことのない一番強いヤツに最後の勝負
を挑んだ。
闇討ち同然の状況で、相手は木刀一本しか持っていなかったというのに。
自分で作った全身鎧と、数々の武器を使い倒して勝った。
俺は彼女に勝って、満足して、すっぱり剣の道を諦めることができたのだ。
恥ずかしい。
これが若気の至りというヤツか。
いますぐ土下座して謝りたい。
しかし、彼女は揺ぎ無くキラキラを放散していた。
「プランターさんが居れば百人力です」
その『準備の良さ』で私を助けてください、ということか。
断りにくい雰囲気だ。
しかし、俺も命は惜しい。
「俺は、狭い世界のことしか知らない。
首都に住んでるけど、実家と、城壁の外にある畑と、お城。
あとはビハイルン通りと」
地下競売場も知っているが、口に出したらヤバイことになりそうだ。
「まあ、そのくらいだ。
俺の世界はそんなもんだから。
とてもじゃないけど、街の外に出てモンスターと戦うとか、ダンジョンに挑戦
するなんてことは、できそうもない」
「あ」
彼女はピタリと動きを止めて、ハッとしたように声をあげた。
「そ、そうですよね。
すみません。
勝手に仲間だ、なんて言ってしまって」
「いや、それはお互い様だから」
というか、因果応報だ。
俺は協力を断るつもりでここまで来たが。
彼女が俺のことを『仲間だ』と言い放った時点で、退路は塞がれていた。
彼女を見捨てても責任は問われるだろうし。
ここで逃げたら街の人達から後ろ指をさされる。
あとは全力で挑戦し、かつ、生き残るしかない。
「俺は役に立たないだろうけど、よろしく」
彼女は輝くような笑顔で頷いてくれた。
俺はシルヴァレアと一緒に、ダンジョンを攻略することになった。




