間違い探し
初戦闘を終えたキズオ。
あまりの不出来に怒り心頭のシルヴァレアは、
シルヴァレア・レイフォート先生による戦闘講座が始まった。
この感じ、久しぶりだな。
リジーとオーザは荷車を引く馬の面倒を見ている。
二人だけでは不安なので、エイシンが一緒だ。
エニルに近場を見張って貰いながらの青空授業。というより説教か。
シルヴァレアは体のラインがハッキリと出る例の騎士服を着ていたが、戦闘
終了と同時に、マントを羽織るようになっていた。
今日はソレ+メガネだ。
重要なところはメモるつもりなのか、紙の束とペンも用意されていた。
「戦闘について話し合います。いいですか、プランターさん」
「よろしくお願いします」
「では、初戦について聞きます。自省したことはなんです?」
相変わらずのスパルタだ。
反省点を自ら考えて、述べよ。ということらしい。
初戦の簡単な経緯は、
シルヴァリアから敵襲との一報を受けて、そのまま戦闘へ。
シル前衛、俺中衛、リジーとオーザが中央本陣。
装備は普段着+短槍とシルエットシールド。
オーザに換装して貰ったものだ。
短槍を受け取る際に、単純な連携ミスで右手親指に切り傷を負った。
その後は敵の前に飛び出して攻撃を受け、
そのまま居座って攻撃をした。
結果、切り離した敵の体に押し潰されそうになり、
俺はオーザを庇って、後退した。
これらをすべて一言で表現するなら『見事に負けた』だろうが、
反省点は別にある。
「咄嗟の判断が、すべて裏目に出た感じ、だな」
「はい」
シルヴァレアは、なぜか笑顔だった。
「プランターさんが理解しているのなら問題ありません。
以後しばらくの間はゾーンの使用を禁止します」
「ゾーン?」
「トランス、あるいは無我の境地と言われているものです」
俺がそんなものを使用していた、と言われたことにも驚きだが、
「どうして使用禁止なんだ?」
「まだ役に立たないからです。
ゾーンは一般的に『高い能力の発現』とされていますけど、私の感覚では逆
です。
能力が限界に達した時にこそ陥るもの。それがゾーンです」
初耳で、新説だ。
「人は思考能力が低下し、有意識が停止した段階で即時ゾーンへ移行します。
ゾーン状態に入ると、無意識的に正しい選択を続けられます。
プランターさんが短槍を求めたことも、おそらくは『敵の攻撃範囲が広いこと
を無意識的に理解したから』でしょう。
けど、あのモンスターの弱点は吸気口。息を吸い込むところです。
そして吸気口はモンスターの頭部と、足元の二箇所にありました。
自分から弱点を近づけてくる敵であり、接近すればナイフであっても弱点を
突くことが可能な敵です。
それを考慮すれば、短槍は『どちらの弱点も狙いにくい武器』になります」
「そうだったのか」
自ら倒れてくるオールドプラクティスの頭部。
密集していて、ほとんど動きのない足元。
この二つを地道に攻撃していけば、相手を行動不能にできたのか。
「俺が無意識的に正しいと思った選択は、間違っていたのか」
「はい。プランターさんは圧倒的に、実戦経験が足りません。何の知識もない
状態で無意識に身を任せれば、失敗しないはずがないです。
私はこれを『凡人のゾーン』と呼んでいます」
「う」
凡人。
その通りだが、ちょっと傷つく。
「ゾーン状態に陥った人間が、本当に正しい選択をするためには、長い努力と
間違いのない指導が必要になります。
プランターさんがゾーンを使いこなせるまで、あと数年数ヶ月は掛かる、と
思ってください」
「わかった」
その間は、すべて『思考しろ』と言うことだ。
集中力を切らさず、考え続けることによってのみ、本当に正しい選択が可能
になるのだろう。
言うほど簡単に出来るとは思わないが。
まずは前回の戦闘で失敗したことを思考する。
「俺の失敗は、武器と防具を事前に準備していなかったこと。
敵について詳しく調べていなかったこと。
オーザに頼んで、短槍と盾を持ってきて貰ったこと」
「そこは特に問題です」
シル先生の激怒ポイントらしく、俺の思考を遮るように、あるいは深く刻み込む
ようにピシャリと言われた。
「私の指示は『付かず離れずを維持してください』でした。
しかし、オーザくんは盾を取るために、荷車に戻ってしまっています。
敵の援軍が現れた場合や、運悪く別の敵が現れた場合、一人離れたオーザくんを
狙ったことでしょう。
プランターさんは、彼の命を危険にさらしたことになります」
「面目ない」
「続けてください」
「ええと」
「装備を換装した辺りです」
「ああ。敵の攻撃範囲にいきなり突っ込んだこと。
そのまま安全地帯に入り込んだこと。
安全地帯があることに気付いて、気を抜いたこと」
助かる、攻撃が来ない、と思ったことで、集中力も緊張感も途切れた。
「プランターさんが溜めて攻撃をしようと構えている間に、オーザくんが
オールドプラクティスに狙われていました」
「マジか」
「五メートル以内に入らず十メートル以上は離れないように、という私の指示は
引っ掛けです。
本当は安全地帯に気付いても入らず、弱点が足元であることに気付いても理性
の力でその場に踏みとどまることを期待していました」
「でもそれ、一歩間違えばオーザが死ぬんじゃ」
「はい。戦闘訓練とはいえ、彼を危険にさらしました。
指揮官として、失格と言われても仕方がないミスです」
「ああ、いや」
そういえば、シルヴァレアも指揮官としては新人だった。
まだ上手くできないのだろう。
そして、俺のやったことは大失敗だ。
五メートル後ろにオーザが付いているのだから、俺が安全地帯に飛び込めば
オーザが危険地帯のただ中に放り込まれる。
ここでも、無意識の判断が悪い方向に働いていた。
集団で戦った経験がないから、つい自分の安全を最優先にしてしまう。
俺は、その場にいる全員のことを考えて立ち回るべきだった。
他にはもうないだろうか?
特にはないな。
「反省点は、以上、だと思う」
「はい。十分でしょう。
プランターさんは自分自身のことでも、分析がかなり正確ですから」
どうやら最後の最後に褒められたようだ。
叱るばかりではないところが、彼女が後輩に好かれる由縁なのか。
紙の束にペンを走らせるシルヴァレア。
俺について何か書いているようだ。
が、こちらから言うことはなく、むしろ言いたいことがあるならと彼女の
言葉を待った。
彼女の姿を眺めるように見て、思う。
白衣のようなマントにメガネ。集中するあまり周囲が見えていない無防備さ
と、ペンの後ろ頭を唇に当てて思考する姿は、悪戯心を刺激される。
いま邪魔したら怒られるだろうか?
怒られるだろうな。
「あー、その」
「はい?」
彼女は反応してくれたが、意識が紙の束から逸れた様子はない。
「ええと、ゾーンって、シルヴァレアも使ってるものなのか?」
「レアで結構です。
私は父親に仕込まれましたから、完全に近いゾーンマスターでしょう」
「ゾーンマスター?」
「思考することなく最高の『反応』を示すよう訓練させられました。
私の持つ力のすべては、父親によって作り出されたものです」
「レアの父親って」
彼女はようやく紙の束から顔を上げると作り物のような無表情で言った。
「三ヶ月前、ダンジョン発見の報告を最後に、消息を絶ちました」
薄々だが、勘付いてはいた。
ずっと誰かの部下だったレア。不謹慎だが、目の上のタンコブが消えた、
というジレイの言葉。
他にも色々と、そう思わせる要素はあった。
「じゃあ、それがダンジョン攻略を願い出た理由か」
「違います。
父親は、どう考えても死んでいるでしょうから」
「じゃあ」
なんでダンジョンに。と、言葉を続けることができなかった。
彼女の瞳が揺れる。
俺の質問を予期して、答えに迷っている様子が見て取れた。
「いや、答えづらいことを聞いてごめん。悪かった」
俺は退いた。彼女は一瞬、面食らった様子だったが、
次の瞬間には、苦虫を噛まずに飲み込んだような顔をしていた。
「気を遣わなくていいです。
私は父親がいなくなると、仕事ができなくなりました。
心理的にではなく、物理的に仕事がなくなったんです。
いまなら、それは周囲の人が私に気を遣ってくれたのだとわかります。
でも、私は、私の存在価値が失われていくように思えて。
気付けばダンジョン攻略がしたいと名乗り出ていました」
「後悔してる、とか?」
本当は、ダンジョン攻略をしたくないのだろうか。
俺の疑問に対して、彼女は意味ありげな微笑みを返してきた。
「ゾーンに入っても、人は自分にとって正しいと思うことを選択します。
アレは間違いなく無意識の暴走でしたけど、後悔はありません」
「良かった」
「プランターさん。思考力が落ちてます」
「は?」
講義は以上です、と言わんばかりの早さで、彼女は俺から離れた。
そんなにおかしなことを言っただろうか?
まあ、言ったのだろう。
仕方がない。嬉しかったのだ。
ここでバッサリ「はい。貴方の名前を出したのは失敗でした」とか言われて
いたら、俺は心の底から落ち込んで、立ち直れないほどの精神的なダメージを
受けた事だろう。
それを思えば、だ。
多少の失言は仕方ないと思える。
レアに怒られるだけかと思ったが、いい気分で帰れそうだ。
俺は臨時校舎と貸した野原から街道に戻り、荷車で待つオーザに手を振って
笑顔の帰還を果たした。
が、オーザの様子がおかしい。
仕事の手を止め、膝を震わせて立ち尽くしている。
「あ、し」
「足?」
「失礼します!」
「え?」
ダッシュで逃げられた。
「え?」
我が目を疑う。
もう一度、目を擦ってみたが、オーザは逃げた後だ。
あれ? おかしくないか?
さっきまで一緒に戦っていたし。俺は戦闘の最中に彼を助けている。
ゴドリーのごとく親しげに肩を抱いだり、背中をバンバン叩くような親愛の
表現もしていない。
恩に着せるつもりもなかった。
彼が嫌がるようなことはしていないはずだ。
なぜ逃げる?
これが噂の「親密度リセット」なのか。
「うーむ」
意外と、効くなー。
俺は荷車から離れすぎても危ないから、と自己弁護しつつ、ゆるゆると彼を
追いかけた。
逃げられると追いかけたくなる。それは人の本能かもしれない。
街道の左右は野原ゆえに、姿を見失うようなことはなかった。
勢い森の中まで入ろうとする彼の姿を見て、仕方なく声を張り上げた。
「オーザ! そこはダメだ!」
彼の名前を叫ぶ、と、その場にしゃがみこんでしまった。
まあ、森に入らなかっただけでもよしとしよう。
近づくとオーザが小さく「ごめんなさい」と唱えていることがわかった。
「戦闘中に失敗したこと、まだ気にしてるのか?」
そう疑問を口にしながら、それだけではないだろうな、と自答した。
国が戦争に敗れて、他国に連行された挙句、奴隷として扱われて、挙句には
戦時雑用としてこき使われている現状は、不幸だった。
想像しただけでも辛い。
自分がそうなったら逃げ出していたことだろう。
オーザのように、耐えているだけでも凄いことなのだ。
彼に対して、もっと頑張れ、とは言えない。
頑張っている間、彼は今よりも不幸になるからだ。
頑張っているのに夢が叶わないことは、頑張らず夢を諦めることより辛い。
成果の伴わない努力ほど、キツイものはないのだ。
だから、彼が頑張れるように力を貸す。
その役目は、俺が成すべきだと思った。
「よし。飯にしよう。今度は俺がオーザに振舞うから」
「え?」
どうして? と問うような表情に、俺は手を差し出して応えた。
一緒に頑張っていこう、と言うつもりで。




