大義名分
未だに居場所のないキズオ。
裏方になるべきか、という葛藤の末に、
俺は暇になってしまった。
実家のベッドで横になり、窓の外に広がる灰色の住宅街を見る毎日だ。
変化はない。
時折、高さ五十メートルはある外壁から、兵士の落し物が降ってきて大きな
問題になる程度だった。
「網でも張ればいいんだ」
そう呟いた翌日、窓から見える景色に灰色の網が追加された。
大きな変化はない。
組織に居場所がなく、やることがなくなってしまった。
とはいえ、それで正解だったのかもしれない。
考えてみれば『劇場化』の能力も、ダンジョン攻略向きの力ではなかった。
相手はモンスターなのだから、一度の敗北が即、死に繋がる。
何度も負けている余裕があるのは、人を相手に稽古をする時か。殺しはなし
というルールがある時だけだ。
役には立たない。
しかし、それは発動条件が本当に『負け続けること』だった場合だ。
引き分けではダメなのだろうか。
戦闘時間の長さが鍵かもしれない。
追い詰められることで自動発動するのではないか。
能力の発動条件が違う可能性はある。そう思えた。
一旦、底の底まで落ち込めば、あとは浮上するだけだ。
立ち直るキッカケを探そう。
クローレン王国。
別名”剣騎士の国”とも呼ばれている王政国家。
縦に伸びる通りは、ビハイルン通り一本のみ。
これは巨大な怪物から城を守るために何枚もの防壁を作っていたからだ。
それが理由で高さを持つ集合住宅が作られることになり、現在もソレが
主流となっている。
人種も様々だ。
『人の手に負えない者達』と戦争になって以降、国境を越えて多数の国家が
入り乱れた影響もあり、純血の人間は少ない。
ちなみに、クローレンの初代国王はモンスター退治の英雄で、血の貴賎は
問わない人だったようだ。
そのせいで国全体に実力主義が蔓延しているため、俺のように力のない人間
は暮らしにくいのだが。
常連軍団長のゴドリーが、この国では最も一般的な人間だと言えよう。
要するに、強さこそ正義だ。
しかし、国は腕力じゃ動かない。
表の出世街道が腕力で決まるとしても、必ず裏がある。
俺はふらりと部屋を出て、首都ダンゴルザの裏側に向かった。
地下競売場。
別名『仮面世界』。
ダンゴルザの地下にある緊急時避難場所に作られた大金持ちの理想郷だ。
ありとあらゆるものが金で買える。
財力こそがすべての場所。
床は大理石で出来ており、柱には金剛石が使われている。
希少動物の剥製が列をなして客人を出迎える廊下を抜ければ、円形舞台の
お目見えだ。
舞台を囲んでいる観覧席の数が四桁を越えるほどの広さ。それをビッシリ
と埋める大勢の人。
仮面世界の名の通り、そこにいる全員が仮面を被っていた。
匿名性が確保されているため、表の自分に影響が出ることは少ない。
俺は三ヶ月前、貴族との間にパイプが欲しくなり、その理由は凱旋パレード
を高所から見下ろすためだったが、ここを訪れた。
ブラッドラン・バーテンダー将軍と知り合ったのが、その時だ。
今回も接触したいターゲットがいる。
王子様。
エーハン・ハザエル・クローレンだ。
王族を見つけることは難しい。
全員が仮面を身に付けているから、というのもあるが、ここは王族にとって
の修行の場でもあるからだ。
国内の有力者から金を集めたり、
腕力では制御できない反乱分子の把握、統制の仕方を学ぶ。
競売の主催は王政府なのだ。
王族に生まれた子供は、何も持たない状態でここに放り込まれ、一定以上の
成果を求められる。
ほとんどの場合は独力で何とかしようとするが、叶わず、他人を頼ることの
重要性を知るのだとか。
これが、王子様を見つける唯一の手がかりだ。
今日は来ていない可能性もあるが、とりあえずは人の集まりを探る。
会場を半周し、いくつかの大きな人溜まりを見つけた。
最大は、現国王を中心とする集まり。演説は下手な国王様だが、人を集める
のは上手なのか。と思いきや、彼はあろうことか仮面を外していた。
確かに『仮面を取ること』も権利だろう。
ここを生き残るためには必要な戦略であるとも言える。
しかし、先がない。
表の世界における力を持ち込んだことで、仮面世界の強みが全く発揮されて
いない。あれでは有象無象に集られ放題ではないか。
国王の現状を教訓とするなら、王子様は身を隠すだろう。
王子が集団の大きさで競えば、国王は必ず反感を抱くからだ。
集団の大きさで負けた時が政権交代の瞬間、となれば、国王の側も手を打つ
ことは必至だ。
王子が真に賢い人であるのなら、集団は作らない。
この競売場で根を張るように、重要人物との接触を計るに違いない。
権力者と自然にコンタクトが取れて、かつ長時間一緒にいても怪しまれない
人物。それは、
「お一人ですか?」
「ああ」
声をかけてきた女性に振り向く。
腰まで届きそうな金色の長い髪。煌びやかなドレス姿。
仮面の下。唯一曝け出された唇に紅を差しているが、紛れもなく、
王子様だった。
「話がしたい」
「こちらへ」
女装した王子は、俺を個室へと案内してくれた。
王子は個室に入るなり、豪奢なマントを羽織ってソファーに腰掛けた。
「キズオ・プランターさん」
俺に隠すつもりはなかったが、彼の前で仮面は意味を成さないようだ。
「ダンジョン攻略団の幹部が、僕に何の用なのですか」
「単刀直入に言えば、組織を統率して貰いたいんだ」
「なるほど。今はシルヴァレア・レイフォートを中心にまとまっている。と
聞きますが?」
「ダンジョン攻略後に分解することは目に見えてる。シルヴァレアの動機は、
よく知らないが、組織のほとんどは『個人的な欲』のために動いているんだ。
このままじゃダンジョンを攻略しても、その後が心配になる」
「残されるのは統率者を失った大量のモンスターと、それを駆除する国王軍
というわけですね」
「そんなことになったら、後始末はシルヴァレアに押し付けられるだろ?」
このダンジョン攻略には、大義名分が必要だ。
「確かに、日々の生活も大事だけど、国がなくなって、街がなくなって、一人
で生きていけるわけがないし。
集団の一人として生きている以上は『国を守らなきゃ』って意識を持つ人間
が必要だと思う。
王子様なら、そういう意識を持ってるだろ?
だから、新しい組織の頭になって欲しいんだ」
「僕は今、とても安心しました」
「は?」
王子は組んでいた足を解いて、背筋を伸ばしていた。
「国をためを思う人間なら、目の前にいます。
彼がうまくやってくれることでしょう」
王子の目は真っ直ぐに、俺を見ていた。
言葉の意味を理解する。
と同時に「無理無理無理!」と首を横に振った。
「俺なんて喧嘩は弱いし。金はないし。判断は鈍いし。
組織にも居場所がなくて、追い出されたばかりなんだ」
というか、俺はなぜこんなところに来て、王子に相談しているのか。
「すみません。出直します」
「キズオさん」
「はい?」
「人は群れると馬鹿になると聞きます。貴方はその典型かもしれない」
「すみません。自分でも、よくわかりませんが」
「一人でじっくりと考えてみてはいかがですか」
「あ、はい。助言してくださって、ありがとうございます。
では、失礼しました」
俺は個室を出て「はあ~」と盛大に息を吐き出した。
「マジでなにやってんだ。俺は」
さっきまでの自分は、酷く薄情だった。
「ホント。何をやってるんだか」
目の前にある円形舞台では小さな子供達が裸のまま立たされ、奴隷
として各貴族に分配されていた。
おそらく、戦争に負けたアケーナンの人々だろう。
こういう時、俺が行動するとろくなことにならない。
経験上はそうだ。
かと言って、見過ごすわけにも行かなかった。
俺は小さく声を上げた。
「おい。奴隷の中に浮浪児が混じってる。スラムのガキだ」
「なに?」
俺の言葉に、一人の仮面男が反応した。
しかし、声の主がわからなかったのか。声を大にして問い返した。
「奴隷に浮浪児が混じっていると言うのは真か?」
男の声に、周囲はざわめきを返した。
「そうなのですか?」
「そんなことはないでしょう。主催は王政府ですよ?」
「しかし、万が一ということも」
「人身売買ではないのだし。奴隷の質は問えませんからな」
「年功序列を規律とするアケーナンでは、お手つきになるのも早いとか」
「これは、慎重に選んだ方が良いやもしれませんな」
金持ちの間に疑心暗鬼が生じている。
舞台上の進行役は泡を食っているし。
頃合か。
俺は円形舞台に飛び乗って、両手を広げながら言った。
「私は医者を志す者だ! 奴隷達の健康状態に疑義のあるものは私に預けると
いい! 一人に付き闇金貨一枚を所望する!」
「おおー!」
貴族達は揃って闇金貨(地下競売場でしか使えない黒い金貨)を差し出して、
俺に奴隷達を預けてくる。
が、ここにおける奴隷達の扱いはあくまでも、
『労働力として分配されるもの』だ。
俺が奴隷達を預かる=所有権の確定していない奴隷を俺が奪っている、とは
思い至らないようだ。
それに俺は、
医者を志す者だ、とは言ったが、診察する、とは言ってない。
奴隷達を預かる、とは言ったが、返還する、とも言ってない。
個室から姿を現した王子が俺に見て苦笑していたし。
ブラッドラン将軍もいたらしく高笑いを響かせていたが。
俺は、多くの貴族から恨みを買い、闇金貨一枚を養育費として貰い受け、
たくさんの奴隷を預かることになった。




