興味があれば別だけど
偉い人の話は、どうして長いのだろうか?
灰色の城をバックに、王様の演説が行われていた。
「雪解けの頃に始まった戦争は長雨の季節に終わった」で始まり、
なぜ今回の戦争をする必要があったのか。
クローレン王国はこの先、どうなっていくのか。
我々が滅ぼした隣国アケーナンの人々は、
と続いて。
まだ続いていて。
しばらく続きそうだ。
夏の盛りに日傘もなく広場で直立不動を強いられている聴衆は、
「かわいそう」の一言に尽きる。
俺も今いる場所が他人様の屋敷でなければ、
あと隣に立っているのが屋敷の主でなければ、
熱気にやられて眠りこけていたことだろう。
窓枠に体をあずけてダウンしている自分の姿が目に浮かぶようだ。
帽子は水気のない砂色で、シャツと上着はよれよれ。
溶けた氷のように脱力した顔の下には、格子柄の焼き菓子みたいな
鎖帷子がズボンを覆うようにぶら下がっているのだ。
重いし、暑いし、熱すぎる。
このまま窓際に立って直射日光を浴び続けていたら命に関わる。
そんな状況でも屋敷の主人と二人ならんで、眼下の広場を眺めていた。
国王様が演説をしているのに、座るわけにもいかないからだが、
どうしてこうなったのか。
「国王様の演説は、いつも長いのう!」
屋敷の主人は心底、愉快そうにそう言った。
100%悪口だな。
「キズオ殿もそう思わんか?」
まずい。巻き込まれた。
一般市民の俺が、ここで素直に同意してしまっていいものだろうか?
いや、良くない。
「演説には相応の尺が必要なのでしょう」
「ほう。そういうものか」
「おそらくは。そういうものです」
「わしは長いと思うがな!」
口には出さないが、心の中では思わず、
『他人のことを言えるのか。アンタだってそうだろ』
と毒づいてしまう。
彼はクローレン王国の将軍、ブラッドラン・バーテンダー氏。
またの名を『健康将軍』とも呼ばれているかなりのオタクで、食べ物
には特に気を使っているらしい。
今回、俺が将軍の屋敷にお邪魔している理由も実家のプランター家で
作っている野菜や、果物、肉を持ち込んで調理し、味見してもらうため
だったりする。
つまり、彼も(それだけの財力を持っている)偉い人だ。
そしてやはりと言うべきか。彼の話もけっこう長い。
特に食材の話になると、外見から入り、栄養成分、鮮度の良し悪しを
判別する方法、調理法、より質の良い商品を作るためにはという提案に
至り、果ては産地を当てるクイズにまで発展して 収集がつかなくなる
こともしばしば、だ。
俺はそんなことが聞きたくて、ここに来たわけじゃない。
王国軍の凱旋パレードを見るのは初めてだから、より高い位置から
見たかっただけなのに。
「どうしてこうなった」
また同じような目に遭わないよう、少し考えてみるか。
お題は『偉い人の話が長くなる理由について』だ。
話がまとまらなくて不必要にただ長いだけ、という可能性はひとまず
捨てよう。
それを言ったら話が終わってしまうし。
何より、そこまで愚鈍な人が国王になれるはずもない。
そうなると、国王は賢い人で、わざと下手な演説をして都合の悪い話を
避けた可能性もある。
逆に、政治的に難しい話を理解して欲しくて真剣になるあまり、という
可能性もある。
両極端な仮定だが、どちらも真意が伝わらないまま終わってしまう所は
一緒。というのが、なんとも言えない話だ。
将軍の場合は典型的な『真剣になるあまり』だろうが。
国王もそうなのだろうか?
二人とも、悪い人間ではない、ということか。
「ふむ」
しかし、そう結論すると不思議なもので。
ひたすら空回りを続ける国王を見ていたら、まじめに話を聞いてみよう、
という気になった。
誰にも理解されないのではかわいそうだし。
炎天下の中、頑張っているわけだし。
いままで適当に聞き流してごめんよ、と心の中で謝っておく。
国王はそれからしばらく頑張っていたが、
演説を切り上げると、肩を落として城内へ戻った。
あとは王様の次に偉い人が出て来て、解散の挨拶をしてくれるはずだ。
普通は大臣や宰相だが、クローレン王国では第一王位継承者、
いわゆる王子様が出てくるらしい。
噂では金色の長髪が特徴的で。シワ一つなくシミ一つない白いマントを
羽織り、厳しさと落ち着きを同居させた騎士の正装が似合う。気品溢れる
顔立ちに笑みの絶えない好青年、とのこと。
評判はすこぶる良い。
広場に集まった人々も、王子の登場に先んじて歓声をあげる。
国王の時とはえらい違いだ。
そして、ほぼ噂通りのハンサム王子が城の中から、バルコニーへと歩み
出てきた。
ただし「絶えない」と聞いていた笑顔ではなく、凛々しさを全面に押し
出すような真剣な顔だ。
何かあったのだろうか?
彼が足を止めると、民衆が自然と静かになった。
「エーハン・ハザエル・クローレンです。
突然ではありますが、
みなさんにも関わりの深い重大なお知らせがあります」
王子の自己紹介直後に鳴りかけた拍手が、止む。
「クローレンとアケーナンの間に、未踏のダンジョンが見つかりました」
いまさらだが「ああ、そういうことか」という気分だ。
今なら国王の話が長かった本当の理由がわかる。
自分の口からは言い出しづらいことがあったから、だ。
「今回のダンジョンは『人の手に負えない者達』が作り出したものです。
モンスターや、彼らの作る致死性の罠にも警戒しなければなりません」
王子の言葉が、するすると頭の中に入ってくる。
用事がない人間は街の外へ出ないこと。
街の外にある耕作地は放棄すること。
城壁の警備を厳重にすること。
それはつまり、戦時下と同程度の覚悟をせよ。ということだった。
俺を含め、誰もが思考停止に陥る中、王子の説明は続く。
「王政府はダンジョンの攻略者、勇敢なる冒険者の方を募集しています。
この場で名乗り出てくださっても結構ですが」
「はい」
王子の言葉が終わらないうちに、広場から声が上がった。
ダンジョン攻略に名乗りをあげた人間がいる。
モンスターの住処に自分から飛び込もうという人間が。
「嘘だろ?」
俺は反射的に二階の窓から身を乗り出して命知らずな声の主を探した。
人混みの中心、広場の中央に空白ができて、広がっていく。
そこに、手をまっすぐ空に向けて伸ばしている少女がいた。
短めの金髪、体に張り付くような騎士服。マントはなく、背中で異様な
存在感を放つ長大剣など、すべての要素が彼女の『本気』を物語っていた。
優雅を捨てた立ち姿は、明らかに実戦派剣士のものだ。
「その任務は私に。
シルヴァレア・レイフォートにお任せください」。
それは、自信と決意を感じさせる一言だった。
広場にもざわめきが戻る。
「あれが」とか「例の」とか要領を得ない単語は次第に一つの形を取り、
『超銀のシルヴァレア』
彼女の二つ名と思わしきものが、広場に蔓延していた。
人々の覚えがよく、実力もありそうだ。
自らダンジョン攻略がしたいと名乗り出ているわけだから募集をかける
までもない。
ダンジョンに行くのは彼女に決まりだろう。
と、普通はそう思うし。俺もそう思った。
しかし、王子は無言で彼女を見下ろしたまま、なぜか黙る。
長い沈黙。
広場にいる人間が、もれなく押し黙るほど間が空いた。
彼は何をそんなに悩んでいるのだろうか?
俺がそんな疑問を持ち始めた頃、唐突に王子が口を開いた。
「残念ながら、貴女一人には任せられない」
「それは、なぜでしょうか?」
少女は即座に問い返した。
「どうして私には任せられないのですか?」
「単純に、人数の問題です。
ダンジョンの攻略は一人でするものではありません。
大勢の仲間と一緒に攻略していくもの。
しかし、貴女には仲間がいない。
先の戦争によって多くを失い、部下を失い、
一人になってしまった貴女には、ダンジョンの攻略を任せられません」
王子の言葉は、かなり残酷だった。
俺は何も知らないが、それでも彼女の所属していた部隊は、
『全滅。あるいはそれに近い状況になったのだろう』と、
想像できる言葉だった。
暗に、これ以上の兵を貸すことはしない、とも言っている。
少女にチャンスは与えられない。
広場にも、そんなことがあったのなら、という空気が流れていた。
しかし、今の台詞は妙なところが多い。
俺の耳には「君を一人で行かせたくない」という風にも聞こえた。
あるいは「一人ではないのなら、行ってもいい」という含みがある
ようにも、聞こえた。
恋愛系の話なのか。
あるいは一兵卒としてならいいだろう、という妥協案なのか。
どっちだ?
こうなると気になるのは少女の反応だが、
「仲間なら、います」
言葉に詰まり、口元を手で隠して、視線を左右に泳がせていた。
わかりやすい子だなー。
嘘があまりにも下手すぎて、ちょっと和んでしまった。
アレでは「仲間なんていない」と言っているようなものだ。
駆け引きは王子の圧勝だな。
少女は諦めていないようだが、起死回生の策はないだろうし。
俺は少女の敗北を見守り、
「私の仲間は、
『キズオ・プランター』。
ほかにも数名の協力者がいます」
とんでもない奥の手に度肝を抜かれた。
「キズオ・プランター?」
どこかで聞いたことのある名前だ。なんて反応をしたのは俺ではなく、
俺の隣に立つ将軍だった。
ゆっくりと、こちらを振り向く将軍様。
その顔には驚きと、少しの笑みが張り付いていた。
「おお! キズオ・プランター殿! ここにおるではないか!」
「マジあいつ、ふざけんな!」
俺は二階の窓から身を乗り出したまま、大声で叫んだ。
「なんで俺なんだーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
傍観を決め込んでいた俺にとって、少女からのご指名は青天の霹靂だ。
彼女は、叫び声を聞いて反射的にだろうが、こちらに顔を向けてくる。
「え?」
そして、ぽかーん、と口を開けていた。
あんまりな話だ。
彼女の顔には「本当にいるとは思わなかった」と書いていたのだから。
この短い間に学んだことが二つある。
何はともあれ、長い話を聞かされるのは疲れるということ。
そして、
断りもなく勝手に話を進められるのは、もっと疲れるということだ。




