こちら貴族事情調査隊
リハビリ時に書いた作品をほっておくのがもったいなくて、このタイミングで投下しました。
そんなんでもいいという方がいれば、どうぞ。
貴族事情調査隊は、国王陛下直々に作られた部隊だ。
主な仕事は抜き打ちで貴族の家に潜入し、貴族の働きっぷりを調査すること。この部隊のことを知っているのは国王陛下を含めて、限られた上層部の人間だけ。
そしてわたし、アリミナ・リリスは、このよで最も敬愛するフランゼル陛下のために働く、貴族事情調査隊の部隊長だ。
今日もわたしは、愛おしい陛下のために奮闘する。
今回わたしがお邪魔しているのは、ミロック侯爵家のお宅だ。ミロック侯爵家と言えば夫婦仲が良く社交界でも有名なお家だと聞いていたため少し安心していたのだけど……どうやらそれは、わたしの勘違いだったようだ。
「リリアーナ、リリアーナ!! どこにいるリリアーナ!!」
メイドに扮して調査を進めてから、五日経ったある日のこと。
わたしの耳に入ってきたのは、ミロック侯の怒声だった。
ミロック侯はそこそこ綺麗な顔をした茶髪の男だ。
そしてリリアーナというのは、ミロック侯の妻のこと。シェスタ侯爵家の長女で、社交界でも随一の花と名高い。わたしも何度も顔を見たことがあるけど、緩やかに巻かれた金髪と色白の肌、そして澄んだ青い瞳が印象的な、儚げな美人だった。しかもその見た目とは裏腹に、かなりの賢女なんだとか。
事前情報として仕入れたものを頭の中に浮かべながら聞き耳を立てていると、カツカツと音がする。
ミロック侯の怒声を聞きつけ、リリアーナ夫人がやってきたのだ。
「どうなさったのですか、旦那様」
「どうしたもこうしたもないわ!」
そう言った瞬間、ミロック侯がリリアーナ夫人の頬を叩いた。なんだこの男。
叩かれたリリアーナ夫人はあまりの勢いに床に倒れ伏した。
「この書類は明日までに仕上げておけと言ったはずだ。なのになぜまだできていない!?」
「も、申し訳ございません、旦那様。ですが……」
「言い訳など聞いていないわ!」
そう言い放ち、ミロック侯はリリアーナ夫人の頬をまた打つ。嫌な音が響いた。思わず出て行きそうになる足を抑えつけ、わたしはその現場を記録媒体で録画する。
これは魔導具だ。一度記録したものは改ざんできないし、尚且つ内容をいじることもできない。この国でこの魔導具は、重要な証拠品として扱われる。今まで不逞を働いた者は皆、これにより断罪されてきた。
つーか反論ぐらい聞けよ。リリアーナ夫人は今日、茶会に出てたんだぞ? 帰ったのはついさっきだって。
魔導具をしまいそそくさと現場を後にしたわたしは、ミロック侯に対して悪態をつく。本当ならばあそこで飛び蹴りでも食らわせたかったところなんだけど、我慢した。陛下にも迷惑がかかるし、何よりリリアーナ夫人にとってそれはなんの解決にもならない。わたしの憂さが晴れるだけだ。チッ。
にしても、なんでこんなにも横暴なのに情報が漏れないんだ? と思ったが、それから数日間かけて内部事情を調べて良く分かった。中にいる奴らがクズばかりなのだ。いや、クズばかり集めている、と言うべきか。
金さえ払えば口をつぐむ者ばかり集めている。時折普通のメイドが入ってくるけど、ミロック侯によって手篭めにされているらしい。わたしが手篭めにされていないのは、気配を極力消しそつなく物事をこなし、尚且つミロック侯の視界に入らないよう細心の注意を払っているからだ。顔とかも魔法で変えてるよ? プロなら当たり前でしょ?
リリアーナ夫人は頭が良いが、暴力が苦手ならしい。何度も暴力を振るわれているうちに諦めてしまったようだ。実家と連絡を取ったり帰ろうとするたびに、執事やメイドが邪魔をする。最悪な巣窟だ。そりゃリリアーナ夫人の心も折れるわ。
今日も今日とてこっそりとリリアーナ夫人のベッドの上に置き手紙をする。
『もう直ぐ助けてあげますからね』
気休めにしかならないだろうけど、やらないよりはマシだ。先日叩かれた頬は魔法により綺麗さっぱりなくなってるけど、心の傷は癒えない。
もう十分に証拠も集まったし、後は陛下に報告して断罪していただこう!!
そしてわたしは久々に、陛下のもとへと足を運んだ。
***
時刻は夜。
久々に見た陛下の顔は、それはもう思わず腰砕けになりそうなくらいには美しかった。
艶やかな黒髪に、王族の証である緋色の瞳。
すらりと伸びた長身を夜着で包んでいる。あ、胸板が見える。胸板がっっ! こんな姿を見て、見惚れない者などいないだろう。いや、わたしが断言しよう。いない!
甘いマスクを付けた陛下は、こんな夜遅くにもかかわらず執務机で仕事をしていらした。おい家臣、仕事しろよ陛下に負担かけんなよ。
「久しぶりだね、アリミナ。定期報告を見たけど、君が直々に来たということは証拠が集まったということかな?」
「はい、陛下。こちら、今まで集めた証拠品と今回の定期報告書です」
そう、普段はまぁ憎たらしいけども部下に手紙を渡して定期報告してるんだけど、証拠品やその他もろもろが集まったときはわたしが直々に陛下のもとへ行く。重要だからというのもあるけど、下心が半分以上を占めているのは内緒だ。だって一対一で顔を合わせられるのは、このくらいしかないし! いいじゃない、夢見たっていいじゃない!!
ああ、執務中の眼鏡をかけた陛下も素晴らしい! できることなら記録媒体に残したい……!!
そんなことを考えながら陛下が書類に目を通すのを見ていると、目があった。
ふと、目が緩む。どくりと心臓が大きく鳴った。ヤバイ、今なら死ねる……!
「おいで、アリミナ」
「は、はい」
思わず身を固めたまま、わたしは陛下の横まで歩く。すると立ち上がった陛下はなんと、
わたしのことを抱き締めたじゃありませんか!!!!?
「へ、陛下!?」
「アリミナ、目の下に隈があるよ? 今回の仕事、疲れたかい? 侯爵に何もされていないかい?」
「く、隈はその……て、徹夜したのでっ! 仕事のほうは、陛下のためになるお仕事です。疲れたなんてとんでもないとても光栄だと思っています!! 侯爵とは顔を合わせることもないので、問題ありません!!」
「ふふ、そう。なら良かった」
ああヤバイどうしよう鼻血出そう……!
よしよしと頭を撫でられ、髪を梳かれる。今なら絶対に、死んでも悔いはない……!!
そんなことをぐるぐると考えていると、陛下がクスリと微笑まれた。そして手をそっと引かれ、陛下の顔が近づく。
え、何、どゆこと……
「覚えておいて、アリミナ。君はわたしの所有物だ。離れて行ったり誰か他の男にうつつを抜かしたら……」
許さないよ?
そう言うと陛下は、わたしの手首と首筋に唇を落とした。
放心状態のわたしに、陛下が答えを促す。
「アリミナ、返事は?」
「ひゃ、ひゃい!」
あああああどうしよう、この手首と首筋もう洗えない……!!
***
そんなルンルン気分で迎えた、侯爵家勤め最終日。
「……ん? お前、見ない顔だな?」
間の悪いことに、ミロック侯に見つかった。げぇ。
とまぁそんな心境を表に出すほど、わたしは素人じゃない。そそくさと壁際に寄るとこうべを垂れた。跪くのは陛下に対してだけだけどね。ケッ。
「お前、名は?」
「はい。アリアと申します」
「そうか、アリアか……いい。今日はお前にしよう」
……は?
この屋敷での偽名を言い返答を聞いたところで、わたしの頭はショートした。
しかしぽかーんとしているうちに手首を引かれ、近くの部屋に連れ込まれる。ちょ、お前その手首は……!!
「お前のような娘がこの屋敷にいるとは思わなかったな。実に美しい」
体がわなわなと震える。唇を噛み締めた。我慢しようとは思ったけど、これだけは許せない。
手際良く仕立て着のボタンを取っていくこの変態は、へらへらと笑いながらわたしの顎を持ち上げる。
「可愛いなぁ、アリア……」
「……くたばれ色欲魔」
「……は、?」
わたしは侯爵に、勢い良く頭突きを食らわせた。
痛がる奴の顔めがけて膝を打ち込み、腹部を踏みつける。
息も絶え絶えにやつのものを再起不能にしてやったとき、扉が開いた。
入ってきたのは、事情を把握しているうちの部隊の隊員だった。
「……え、アリミナ……部隊長?」
「ああ、お前か。あ、これ、潰しておいたから、後のこと任せたわよ」
「は、はい!」
どうやら陛下が、証拠品を持って断罪に来てくださったらしい。
わたしはそれをありがたく思いながら、掴まれた手首をさすった。
陛下から受けた口づけを汚すんじゃねーよくそったれ!!
それからミロック侯爵は没落、ミロック侯と共に裏で甘い蜜を吸っていた貴族にも罰が下り、リリアーナ夫人は実家に戻された。つまり、リリアーナ嬢に戻ったっていうわけね。
そしてミロック侯は今までの悪事もあり死刑。他の者は牢獄に送られた。
これにて今回の件は、一件落着だ。
だけどこの後、陛下に執拗に手首を拭かれたり抱き締められたりしたんだけど、わたし何かしたかな。いや、もちろんご褒美なんだけども。
そして前にも増して陛下との距離が近づいたんだけど、これってどんな夢? 夢なら覚めないでほしいな!!
そんなこんなでわたしは今日も、陛下のために働く。
こちら貴族事情調査隊は、いつでもあなたの背後に忍び寄ります。
――貴族だからって、陛下の邪魔になるなら容赦しないからね?
手首への口づけは欲望、
首筋への口づけは執着。
がやりたかっただけだったりする。