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前編

窓から見えるのは広大な星々の海。その下では人々が生き生きと暮らしている。ここは宇宙を巡る船。かつて緑の星であった地球という惑星は、人口の増加や、オゾン層の破壊によって引き起こされた海水の上昇によって人が住むには難しい状態になっていた。人の代表者による議論の末、当時極秘利に開発していた、超巨大移住戦艦「宇宙船(ノア)」を改造し、宇宙空間でも活動できるようにした。これによって人々は生活拠点を宇宙へと移した。


これはその船の中の一つ。六番船と呼ばれる場所に住む人たちのお話。



「あー!館長、また本を散らかしてー!」

六番船の一角にある小さな図書館から、少年のような、少女のような中性的な声が響いてくる。

「私だって毎日これるわけじゃないからここの整理は任せたよ、って先週言ったよね!?」

「えーい、騒がしい!ボクは悪くないぞ!それはその本が勝手に散らかったんだ。」

「本が勝手に散らかる訳・・・ないわけじゃないけど、少なくともこれは館長の仕業でしょ!」

ボクといったのは少年、かと思いきや髪を肩のあたりで揃えており、下着にパーカーを一枚羽織っただけの少女であった。対して少女を怒鳴り付けているのは、少女よりもいくつか年上の青年であった。ただし、

「うるさーい!大体、その格好はなんだ!それ女物じゃないか!」

「うえっ!?いや、それはさ・・・男物だとウエストが弛くて・・・」

「自慢か!最近、少し太ったなーとか思ってたボクに対する自慢か!?」

その青年は顔付きや体つきが男性よりは女性寄りで、一見すると少し背の高い女性にしか見えない。髪も少し長く、前髪を紫のピンで留めている。

「そ、そんなことよりこれは館長の仕業なんだよね?」

「・・・シレン君、外を見てごらん。とても心が休まるじゃないか。」

「ごーまーかーすーなー!!」

青年による痛恨の打撃が少女の頭頂に炸裂した。


「まったく・・・あんなに強く殴る必要はないだろう。」

少女は殴られた箇所をさすりながら、近くのスーパーに買い物に来ていた。

少女の名前は月葉(つくば) (みやこ)。年は17で親の代から続いている小さな図書館、『十文堂』を管理している。

「当たり処が悪かったんですね。」

青年?の名前は綿月(わたつき) 詩恋(しれん)。年は19で、人手が足りないという理由で近くの総合学校で講師をしている。その傍ら、『十文堂』で旧時代の文書を調べている。

「しかしなぜ、君がボクの家に泊まり込むのだ・・・。」

「言ったでしょう?学校から暫く休暇をもらったから、その間に図書館に貯まっていた未解析文書を少しでも解析するためですよ。」

今日、スーパーに買い物に来たのは詩恋が泊まり込みをするために必要な生活用品を買いに来たのだ。

「そういえば、私がいない間はご飯とかどうしてたの?」

「ん?レンジでチンに決まっているだろう。」

詩恋は可愛そうなものを見る目で都をみる。

「・・・冗談だ。君の代わりに白祢君がやってくれたよ。」

カゴに歯磨き粉をいれつつ、都は話す。白祢とは『十文堂』のカウンターで本の貸し出しなどの手続きを担当している女性である。詩恋の一つ下で、半年前に『十文堂』にやってきたところを都が強引にカウンター番にしてしまった。

『ちょうどいく宛もなかったので、助かりましたぁ!』

とは本人の談。なにやら事情があるようだが、詩恋も都もそこには突っ込まないでいた。

「全部で3250円となります。」

会計を済ませスーパーを出て、帰路につく。空は真っ赤に染まっている。夕焼け、ではない。空を覆っているのは船の天井であり、そこにあるのは投影された映像である。

「館長。今書いてる小説の方はどんな感じなの?」

「ん?あぁ、まあ・・・ボチボチだよ。」

詩恋は知っている。この答えを返す時の都はあまり進捗がよくないことを。

「そっか・・・早く完成できるといいね。」

それに気付いた様子を微塵も出さず、ニッコリと微笑む。都は詩恋が自分の本当の答えを知っていると気付いていた。隠し事が下手だというのは、自分が一番知っている。だからこそ、詩恋の気遣いはありがたかった。


「「だだいまー」」

『十文堂』の正面扉から中へ入る。(一応)整理されているカウンターの中には本を片手に船を漕いでいる白祢がいた。これでは事務員としての仕事をこなせていないのではないか。そう思いながら詩恋は白祢を起こしにかかる。

「白祢ちゃーん?起きてー。」

肩を揺さぶり覚醒を促す。が、一向に起きる気配がない。それどころか、

「えへへー、都さん。それ以上はダメですよー・・・ウフフ。」

という寝言をかく始末である。

「詩恋、ボクが許可しよう。ソイツを叩き起こせ。」

感情を一切排除したような顔で近くに立て掛けてあった靴べらを渡してくる。

「いやいやいや、それは流石にできないよ!」

「そいつの息の根を止めなければボクの貞操が危ないのだ。」

「目的が変わっていますよ。ていうかそこまでなの!?」

そこで都は顔を伏せ、

「・・・ソイツはボクが寝てるところに浸入してきたのだ。あとはわかるな?」

「あ・・・(察し」

両手で顔を覆い、その時を思い出すのも恐ろしいとばかりに泣き出す。

「君に助けを求めようとしても、その時は泊まり込みで仕事をすると学校にいたし。う、うぅ・・・」

「・・・」

なんだろう、哀れすぎて笑えない。そんなことをしてるうちに白祢は目を覚まし、「あれ?いつの間にお帰りになったんです?」などと言っていた。


「じゃあすぐに作っちゃいますから、少し待っててくださいね。」

『十文堂』では基本的に家事全般を詩恋がこなす。詩恋が仕事などでいない時は白祢がしている。なお都はまったくといっていいほどしない。することといったらお湯を注いで三分のアレを作るくらいである。

「詩恋さん。私もお手伝いしますよ。」

「あ、それじゃあ白祢ちゃんはジャガイモ切っといてもらえる?」

「お安いご用です!」

仕事を指示し、白祢がジャガイモを切るのを横目で見ながら自分は豚肉を切り始める。

「あ、詩恋君。ニンジンとタマネギは入れないでくれると嬉しいのだが・・・」

「わかりました、館長のだけ大量に入れときますね。」

背後から聞こえてくるワガママ都をバッサリ切りつつ、順調に調理を進める。

「あ、そういえばなんで詩恋さんが帰ってきてるのでしょう?」

切ったジャガイモをボールにいれてニンジンを取り出してくる白祢が今更な質問をする。

「あぁ、白祢ちゃんには言ってなかったっけ。」

都に話したことを白祢にも話す。すると白祢はあからさまにガッカリした様子で、

「あぅ・・・それじゃあ都さんと二人っきりだったのは昨日までだったんですね。」

ドヨーンという擬音が聞こえてくるほど、白祢は意気消沈する。よくみるとニンジンを切るスピードもさっきよりも半分ほど遅くなっている。

「えーと、なんかごめんね?」

「謝る必要はないぞ、詩恋君。むしろボクとしては願ったり叶ったりだな。」

対称的に都はキラキラしており、晴れやかな顔をしている。そこで詩恋は苦笑していたが、突然思い出したかのように

「あ、でも私明後日は出掛けるので半日いないよ?」

「「なんだってー!?」」

一方はこの世の春、一方は世界の終わりのような表情で詩恋を見る。

「そ、それは本当かい?詩恋君。」

「嘘じゃないですよね!?」

「うん、学校に私物忘れちゃってさ。だから昼は白祢ちゃんにお願いするね。」

・・・実は嘘である。都には悪いが、同じところで暮らしているのだから少しくらいは仲良くしてほしいという詩恋の計画だった。

「終わった・・・ボクはその日、死んでいるだろう。」

「神様、ありがとうございます!私はその日で都さんをこの手につかんで見せます!」

二人の様子を笑顔で見守りながら、休めていた手をまた動かし始めた。


家庭料理の定番と言えばなんだろう。と聞くと恐らく大多数の人が同じ答えを出すのではないだろうか。

「この肉じゃが、なかなか美味しいじゃないか。腕をあげたな詩恋君。」

「作ってないくせに偉そうなこと言わないでください。ニンジンとタマネギ追加しますよ。」

「それは勘弁してくれたまえ・・・」

そう肉じゃがである。詩恋の得意な料理の一つで、最近は白祢も作り方を覚え始めた。暫く肉じゃがを食べつつ、皆が食べ終わった頃を見計らって都が話し始めた。

「ふぅ・・・ところで白祢君。今日の来館者は何人だろうか。」

「はい?あ、ちょっと待っててくださいねー。」

トテテテとカウンターまで走っていって貸し出し名簿を取ってくる。

「えーとですね、今日は五人ですね。あ!あと詩恋さん宛に解読依頼が来てましたよ。」

「えぇー・・・また来てたのか。今度は誰から?」

「えーと、ジークさんから一つと四、五番船から一つずつ来てました。」

詩恋は副業で学校の講師をしつつ、本業として古書解読をしている。彼は解読師と呼ばれ、一から九までの船に二人ほどいる。そのなかでも詩恋は「六番船の詩恋」と言われるほどに有名であり、他の船の解読師が解読不能と判断した物でも詩恋にならできるのでは考え、たまに他の船からの依頼も迷い混んでくる。だが詩恋に頼りっぱなしでは詩恋の負担が大きすぎると考えた解読師達が一番船、七番船から詩恋と同等もしくはそれ以上の実力を持つ解読師を選出し、それぞれ三つの船の依頼を担当するようにした。

「もー・・・まあ、仕事があるのはいいことだから文句は言えないけどさぁ。」

皿洗いをしながら愚痴をもらす。

「ボクとしては羨ましい限りだけどね。」

都は恨めしいとばかりに詩恋を見る。都も都で『十文堂』を経営する傍ら、親の代からやっていた劇団などのシナリオライターを受け継いだり、自作の小説を書いたりしていた。前者の方は結構順調なのだが

「館長の小説の件はジークさんにも言っておいたから。まずは完成させないと。」

「・・・うん、くよくよしてる場合じゃないね。よし!」

顔を両手で叩いて図書館の一角にある都の自室スペースへと歩いていく。

「都さん、頑張ってますね。」

「・・・館長は幼い頃から懐いていた夢があるからね。」

白祢の呟きに詩恋はどこか遠いところを見るようにして答える。都の夢、それは詩恋と都がまだ幼い頃に出会った時に話してくれたものだった。

「夢・・・ですか?」

「そうだね・・・白祢ちゃんにもいつか話すよ。」

自分も仕事をするために話を切り上げ、仕事場へと入っていった。


『十文堂』の構造は入ってすぐのところにカウンター、その奥にそれなりに広さのある第1書庫がある。都の作業スペースも書庫の隅にある。あるといっても横長の机と椅子、そしてスタンドライトがあるくらいであるが。そしてその奥、一般の来館者は近づかず、やってくるのは詩恋だけ。

ガチャ・・・ギィーン

鈍い音を立てて頑丈な扉が開かれる。扉の奥の部屋にあるのは何冊かの本。鎖で縛られているモノ、鍵をかけられたモノ、風化が進み表紙が消えかけているモノ。まともな本は少ない。そのなかの本を一冊取り出して、

「さてと・・・」

解読師、「六番船の詩恋」は呟いた。

「始めますか。」


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