はちみつ色の太陽
シリウスは胸騒ぎを覚えた。
この絵の怪物は、多少不恰好に描かれてはいるが、一度見たら忘れはしない醜い醜い男の姿だ。
そう。
シリウスには見覚えがあった。
「おじ・・・さん?」
この怪物はたしかそう呼ばれていやしなかったか。
シリウスはその絵を持って走り出した。
その絵が落ちてきた窓の部屋へ、階段を駆け、廊下を駆けた。
看護師が呼び止めるのも構わずに走って、微かに、少女の声の鼻歌を聞いた。
リズムやテンポはめちゃくちゃで独特な旋律だった。
その歌声は軽やかに、耳に心地よい。
少年は駆け足を緩め、歩み始めた。
静かな病棟の廊下。
窓からは木漏れ日の差す、柔らかな光の廊下にずらりと並んだ病室の扉の一つ。
扉が開きっぱなしの病室に、引きつけられるように少年は近づいて行き、歩みを止めた。
「・・・シイ」
そこに居たのはハニーブラウンの髪をおさげにし、アイボリーのネグリジェを着た十歳にも満たぬであろう幼い少女の後ろ姿。
記憶の中に確かにある、彼の太陽が、少年の目の前に、ベッドの上に、座っていた。
その手元には自由画帳とクレヨン。
少女は少年に気付いていないのか窓の外をじっと見て、鼻歌を歌っていた。
「シイ」
少年は喉の奥から、もう一度、その名を呼んだ。
大切な、大切な、大切なその名を。
少女はゆっくりとこちらを向いた。
はちみつ色の目と目が合う。
その無垢な容貌も彼女にそっくりだった。
鼻歌がふつりと止む。
「だあれ?」
鈴を転がしたような愛らしい声で少女は問うた。
「あたしはソラよ。あなたは、だあれ?」
記憶の中の少女と瓜二つの少女は、彼女よりも大人びた微笑を浮かべていた。