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記憶に囚われし者

公爵とその夫人戸ともにシリウスは小児病院を訪れた。


領地を治める長の息子として、それは必要な役目だからだ。


木漏れ日が柔らかな暖かい日差しをもたらす庭に出て、思い思いに遊ぶ子どもたちの様子を遠目に見ていた。


公爵はじっと佇む息子に優しくシリウスに語りかけた。


「向うに座って花を摘んでいる子がいるだろう。彼女は何故あんなにも精一杯手を伸ばして遠くの花を摘もうとしているのか、わかるかい?」


「すぐそばに車椅子があります。あの子はどこか足が悪いのでしょう」


「そうだね。あの子は事故で両足を切断してしまったんだ。これから義足をつけての歩行訓練を受けることになるそうだ」


公爵は微笑みながら我が子の肩に手を置き、他の子どもを指さした。


「ではあの子はどうだ?母親とともにいるあの子だ。あの子の母親は何故手を繋いで指を動かしているのかわかるかい?」


「それは…」


シリウスは答えようとして言葉に詰まり、その子どもをじっと観察した。


動き、目線、母親とのやりとり、すべてをこと細かく見ていく。


「目が不自由だからです。母親は指文字を使ってその子に言葉を伝えています」


「それだけかい?」


公爵の問いにシリウスはさらに考えた。


「…耳も不自由です」


「何故そう思う?」


「目だけが不自由ならば指文字は必要ないからです。母親は話しかけながら指文字を使っていますが、それは母親の方の都合でその方法の方が会話をしやすいからです」


その答えを聞いて公爵は満足げに頷いた。


「その通りだ。あの子は数年前に熱病を患い視覚と聴覚に不自由をきたしてしまったのだ。もう退院して特別な支援を受けられる学校に通っているらしいが、時々病院にも訪れている」


「そうなのですか…」


「お前は妙に子どもっぽくないな。子どもの本分は遊びだ。遊びを通して物事を知る。しかしどうしたことだ。お前は成長するにつれてまるで大人のような振舞をするではないか」


その言葉に、シリウスはドキッとなった。


それから俯き、少し長い黒髪にその表情を隠した。


「すまない。しかし公爵の息子とはいえ、そこまでの重圧を感じずともよいのだ。私は院長とまだ話があるから、お前はここの子どもたちに楽しい遊びを教えてもらいなさい」


遠のいていく公爵の足音。


ざわめく草たちはどこまでも陽気に風に揺られている。


「わからないんだ…」


小さく呟く。


シリウスには生まれた時から前世のものと思われる記憶があった。


それは、醜くも悲しい一人の男の人生であった。


彼は恵まれない家に生まれ、父親の顔を知らず、母親からの暴力に耐えて生きてきた。


ある日少年は家出をし、辛い幼少期の記憶に囚われながら人生のどん底を味わった。


そして、弱い自分との絆を断ち切るために、実の母親を殺した。


これで、無力だった幼少の頃の自分を守り、心に安心と安寧を得ようとしたのだ。


しかし実際はどうだろうか。


彼は捕まり、見知らぬ顔の大勢の人々から怒声罵声を浴びせられ、目の前に突き付けられたのは死という名の安息だった。


そんな男の過去を思い出すだけで、シリウスはあたかも自分自身が歩んだ道のように感じられて暗い気持ちになってしまうのだ。


シリウスがもっと幼いころ、母親への不信感に囚われ母子関係がうまくいかなかったこと。


思考が妙に大人びてしまったこと。


周りからは不気味なものを見るような目で見られていること。


そのすべてが、シリウスを子どもという本来あるべき姿から遠ざけてしまった。


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