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それから数日が経過した。機械に関しての資料が襟州からデータ化されて送られ、ルインズは興奮気味だった。
そして、思ったよりも早くルインズが仕事を見つけてきた為、レイスは少しばかり面倒くさそうである。今日がその採用試験日という訳だ。
「えー、もう仕事見つけちゃったの? 私、もうちょっとゆっくりしたかったな」
「働かざる者食うべからずですよ。通信機も完成したんですし、いいじゃないですか。とりあえず送ってもらった機械の資料はノートにまとめたので、レイスが試験してる間読ませて頂きますね」
そう言って、ルインズは懐から一冊のノートを取り出して嬉しそうに微笑んでいる。レイスはそれを見てため息を吐いた。
「もー、私も疲れてるんだよー。ほとんど寝てないのに……こりゃいかん、身長が伸びないじゃないか!」
「そのままでも十分に可愛いので良しとしましょう。さて、着きましたよ」
「むー、褒めても何もでないよぅ。……あれ? ここって――」
見知った店であった。つい数日前、レイスとルインズが出会った日に昼食を食べた隠れレストラン『ペスカトーレ』だ。
扉を開くと、女の子の店員が駆けつけて来た。きらきらの営業スマイルである。
「いらっしゃいませ! 二名様でしょうか」
「うん!」
「いえ、今日は食事に来たのではありません。ミケーレを呼んで頂けますか?」
「あ、オーナーのお客さんですか。少々お待ちくださいね」
急ぎ足で厨房へ入っていく店員の背中を眺めながら、珍しくルインズはにこにこ顔を崩して肩を落とす。
「いいですかレイス。ここのオーナーであるミケーレには気を付けてください。僕の友人ですが、僕は君の身の危険を感じています」
「えぇ!? なんだよそれー!」
レイスは気になってルインズを問い詰めるが、彼はため息を吐くばかりで何も言わない。何度聞いても、
「すぐに分かります」
とばかり言うのである。気になってしょうがない。
数分後、その意味がよく分かった。
「おう、ルインズ。アルバイト希望の女の子は何処に――――」
厨房から、コックコートを着た青年が出てくるや否やレイスに目が釘付けになる。黄金色に輝く髪を持っており、コックコートに関わらず胸元は開いている。そのはだけた胸元にある十字架のペンダントが何とも言えぬ俗っぽさを演出している。
「やぁ、ミケーレ」
ミケーレと呼ばれた青年はルインズのことなど何処吹く風といった様子だ。床に膝を突き、まるで騎士が姫の手を取るかのようにレイスの手を両手で包み込む。
「あぁ、まさか俺が生きている間に天使に出会えるなんて思いもしなかったさ。俺だけの為にこれから幸せを運んでくれないかな?」
「こ、こいつはチャラいよ。ルインズくん、助けて……」
カチコチに固まって動けないレイス。やれやれとルインズは肩をすくめた。
「ミケーレ、あちらのお嬢さんが険しい表情で君を見つめていますよ? そろそろ止しておいた方が身の安全は確保できるでしょう」
ミケーレの背後には、先程の女の子の店員が口をへの形、目を半開きにしてミケーレを見つめ続けている。
ミケーレの顔から血の気がさっと引いていく。
「はっ! ち、違うんだミシェル! これは何かの間違いだ! 俺が愛してるのは君だけだよ!」
レイスから手を離し、ミシェルに言い逃れするミケーレである。額に大汗を点々とさせて必死な様子がひしひしと伝わってくる。
「……オーナーの浮気者ーッ!」
しかし、ミシェルは一筋の涙を頬に伝わせ、駆け足で店の外へと走って行ってしまった。
「ミ、ミシェルーー! る、ルインズ! 俺は彼女を追ってくるから店番頼んだぞ!」
「分かりました。早く追いかけてあげてく」
「恩に着るッ! ミシェルーーー!」
風のような男である。ルインズが全て言い終えるまでに、戸を開いて外に出て行ってしまった。いつも通りの振り回されようである。
「さて、レイス」
「あぅ? なんだよルインズくん」
「厨房係は彼だけなんです。……料理できますか?」
ミケーレが帰って来たのはそれから一、二時間ほど経った頃であった。すでにお昼時は過ぎてしまい、その間店を開けてしまったミケーレはため息交じりに自らの店の戸を開いた。
「ただいま。ルインズ、悪かったな」
「いえ、僕もウェイターという仕事はなかなか楽しかったですよ」
ミケーレは目を見開いた。彼の手には美味しそうなピザが乗っているではないか。
「お、お前……! それ、あの子が作ったのか?」
「えぇ。僕はマルゲリータを焼く腕前なんて持ち合わせていませんよ。お客からは中々の高評価です」
ミケーレは慌てて厨房に入る。すると、レイスが器用にピザを作っていた。まるで、ミケーレ自身の動きと相違無い手裁きで一品ずつ作っていっている。
「お嬢さん、これ全部お前がやったのか?」
「んお? あ、チャラ男くんおかえりー。そうだよ、私が作ったんだ。でも、運が良かったよ。お客さんの注文が、私が食べたことのあるものばかりで」
レイスは『模倣職人』という技術を持ち合わせている。それは模倣と言えば聞こえは悪いが、要するに再現する技術である。
異能を使わずとも、それは才能として彼女自身に染みついている訳だ。あの日、レイスが食べた料理は簡単に再現することができた。
ミケーレは半信半疑で、作られていたペペロンチーノを一本だけ失敬。
目の色が変わる。
「採用」
「えっ」
あまりの呆気なさにレイスは持っていたピザを驚きの余り落としかけ、ぎりぎりの所で皿を使ってキャッチする。
「俺の味を出す料理人なんて、他を見てもそうそういねぇぜ。出せるとしても天才モニカ野郎くらいだ」
「へ、へぇ……」
ミケーレは自身の料理に誇りを持っている。何処の馬の骨か知れない女の子でも、自身と同等の味を出す料理を作れるならば認めざるを得ない。
「ミケーレ。雇ってあげてくれますか?」
厨房に入ってきたルインズはいつも通りにこにこ顔だ。最初からこうなることが分かっていたかのようだった。
「ルインズくん! やったよ、採用だって!」
「はい、がんばりましたね」
まるで子供のようにはしゃぐレイスの頭を撫でるルインズである。嬉しそうに撫でられるレイスであったが、子供扱いされていることに気づき手を払いのけた。
「す、隙を突いて子供扱いしよったな!」
左手を前に出し、カンフーの構えをとるレイス。ルインズはただにこにこと笑い続けるだけである。
「なぁ、ルインズ。お前、妹いたのか?」
「いえ、僕は末っ子ですよ。レイスは偶々知り合った迷子の子です。かわいそうなので家に置いてあげてるんです」
「だから、子供扱いしないでよー!」
すみません、と謝るルインズの胸をぽかぽか殴るレイスであるがダメージは無いし、ダメージを与えるつもりも無かった。
ミケーレには二人がじゃれ合っている様にしか認知できないわけである。
「まぁいいや。レイスだっけか? もうすぐミシェルが帰ってくるだろうから仕事を聞いてくれ」
そう言い、ミケーレは窓から外をちらちらと見ている。ミシェルが心配なのだろうか。
「あ、チャラ男くん」
「ん? なんだ」
「味を再現するために、この店のメニューお腹いっぱい食べさせて欲しいな」