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「で、できたよ……」

 レイスはへろへろになりながらも、窓のカーテンを開けて外の様子を確認する。

 街は茜色に染まり、小鳥たちが忙しなく飛び交っている。家の前の通りには少しずつ人が増えてきていて、街は目を覚まそうとしていた。

 この光景が意味するのはもちろん夕方ではない。朝方である。

「え、えーと。アドレスチップは組み込んでるから……通話だけでいけるかな……」

 レイスはついさっき完成したばかりの携帯端末を片手に持ち、その電源を点けた。OSはそのまま世界軸干渉転移装置のモニター部分に入っていた物を少し改変し、入力したものだ。

 携帯端末が起動、そのタッチパネルに様々なアプリが並び始める。エネルギーは電力ではなく、技術者特有のエネルギーである技術力を使用する仕組みになっている。

 この端末には電池というものが搭載されていない。言うならば、レイス自体が電池となりその体から離れた瞬間にブラックアウトするのだ。

 この世界で勝手に他人に使われてしまわないように考えた、レイス曰く『私が考えた最強の生体認証』だ。

「えい……っと」

 電話の形を模したアプリをタッチし、通信機能を起動させる。

「…………」

 プルルルルル……と、聞き慣れた呼び出し音が出力部から発音される。

「…………」

 プルルルルル…… 2コールであるが、レイスの体感時間は相当な物だ。

「…………ぐす」

 プルルルルル…… そもそも、組み立てることが出来たから必ず繋がる訳じゃ無い。

「ぐすっ……も、う駄目なの、かなぁ……」

 ぷるぷるとレイスの小さな体が震える。ほんのりと暖かな涙が頬を伝い、泣かないように我慢してもつい嗚咽が出てしまう。

 レイスは自分の夢を思い出す。兄からは「穏やかじゃないな」とニガニガしく笑われた夢である。少々、自分でも自覚はある。完璧に趣味に基づいた夢だ。

『技術を用いて作られた最高の兵器を作る。それで世界中の戦争を終わらせる』

 それがレイスの夢だ。だが、そんなものが実現するのは有り得ないことだってレイスはちゃんと知っていた。

 そもそも、そんな兵器に応用できる技術など聞いたことも無いし、応用する方法も分からない。

 そして、最高の兵器を作ったなら、それは悪用されて戦争という火に油を注ぐだけになる最悪の兵器となりえるだろう。

 しかし、そんな妄想でも彼女にとっては夢だ。彼女には夢を諦めることはできなかった。

 自身が世界軸干渉転移装置に適合率一〇〇%の技術者だと聞き、異世界に行ってくれるかと頼まれたときはとても怖かった。

 でも、これが成功し異能についての研究が進んで技術者と技術について解明することができたなら自分の夢である『技術を用いた最高の兵器』を作ることも可能。

 彼女が決心したのは自身の夢があったから。と言ってもいい。

 だが、そもそも異世界から異能を持って帰れなければ――

 自分が失敗して、技術者と技術を解明できなければ――


 ――そう考えると、彼女の夢は簡単に砕け散るのだ。


「嫌……っだ! 諦めたくなんて……ないよ……!」


 そして、何回目の呼び出し音が鳴っただろう。茜色に染まっていた街はすでに目を覚まし、眩しい朝日が窓から差し込んでいる。

 ルインズに気づかれないように、音も無くレイスが泣いていた時の事だった。

『……麗州、泣いているのか?』

 突如、レイスの耳元で愛しい兄の声が聞こえたのだ。

「お、お兄ちゃん……! な、泣いてなんか……」

『いいんだ。お兄ちゃんが悪かった。もう帰って来てもいいぞ、俺はお前に悲しい想いなんてさせられない……!』

 兄の、心から申し訳なさそうな声。

 彼は彼自身、年端もいかぬ少女に独りぼっちで異世界に行かせたことに断腸の思いだったのだ。無理もない、彼に残されたたった一人の家族。大切な妹だから。

 レイスは白衣の袖で潤んだ目を拭き、

「それがね、装置が壊れちゃって……偶々知り合った優しい人に修理して貰ったんだけど、積んでた技術力が全部流れ出ちゃったみたい。もう使い物にならないから、その部品で通信機作ったの」

「……そうか、辛い思いをさせて悪かった。じゃあ、実質こちらに帰る方法は無い、わけか。……麗州、もっとそっちの様子を教えてくれ」

 レイスは兄(恐らく、他の技術者たちも聞いている)に全てを話した。

 飛ばされた世界がファンタジーの世界であること。

 そこでロボットに襲われたこと。

 何故か、機械文明が無いにも関わらず、遺跡に機械の残骸が転がっていたこと。

 ルインズという少年の家に泊めて貰っていること。

 今、最高に眠たいということ。

「……なるほど。ルインズくん、か。麗州、良かったな。聞く限り悪い人間では無さそうだ」

「うん、でもなんか懐かしい感じのする不思議な男の子だよ」

 レイスは彼にどこか懐かしさを感じていた。もちろん会ったことは無かったのだが、それでも不思議な懐かしさを彼は出していた。

「で、ロボットがお前を……。もしかしたら世界そのものがお前を潰しにかかってるのかもしれないな……」

「……? どういうことかな?」

「技術者――つまり、お前は不純物だ。その世界にとってのな。その不純物を取り除こうと、お前を世界が殺しにかかっているのかもしれない。だから、無害の筈だったロボットのプログラムに技術者を倒すという戦闘命令が書き加えられたのかもしれない。……麗州、自然災害とかに気を付けろよ。人間にも気を付けた方が良い。今のお前は、行く先々で面倒ごとに巻き込まれる主人公体質化している」

 兄の声色からは警告、とだけが伝わる。

「分かったよ、お兄ちゃん。……そういえば、私の前にこっちに来た技術者っている?」

「……? いや、お前が初めてだ」

「そうなんだ……ねぇねぇお兄ちゃん。神隠しとかに遭った人とかって何処に行っちゃうんだろうね?」

 レイスは兄に、技術者を捕まえている『機関』と呼ばれる組織がいることは言わなかった。兄をこれ以上心配させるわけにはいかないからだ。

 しかし、技術者を捕まえる組織があるならばこちらの世界に技術者が来ている、もしくは来てしまっているという事実に結びつく。

 レイスのいた世界にはたった十人しか技術者がいないというのに。不可解な謎としてレイスの頭にこびりついて離れない。

「さぁな。で、麗州。そっちの世界にはもちろんチョコレートはあるんだよな? なければカフェインが含まれた物……だな」

「あー。あると思うよ。またルインズくんに聞いてみるかな」

「ならいいんだが。麗州、良く聞いてくれ。お前と話している間に他の技術者が『お前が帰ってこられるかどうか』を結論づけてくれた」

 ドキンとレイスは自分自身の心臓が跳ね上がるのが分かった。それから心拍数はどんどん上がり、呼吸も少し荒くなる。

「で、でどうなのかな?」

「ああ。俺たちがいる世界とお前たちがいる世界は天秤のように等しく釣り合うようになっているはずだ。例えば、技術という異能がこちらにある代わりにそっちには魔術という異能がある、という風にな。だから、こちらからそっちに行くことのできる世界軸干渉転移装置が開発できたという事実は、そちらからこちらに来られる魔術や魔道具があるという事実に繋がるはずなんだ」

「むぅ……。難しいことはよく分からないよ」

 そのレイスの言葉に、通信機ごしで襟州のやれやれという呆れた声が聞こえる。

「お前は好きな事に関しては天才的なのにな。簡単に言うと、そっちの世界にもこっちに来ることが出来る手段があるはずだ。お前は何としてでもそれを探してくれ。できる限りこちらでも調査はしてみる」

「分かったよお兄ちゃん。あ、最後にさ。機械に関する資料とか送信してくれないかな? 音声データ飛ばせるってことはテキストも可能だよね?」

 ルインズとの約束を思い出したレイスはその約束を叶えようと兄に聞く。

「分かった。しかし、機械の資料など何に使うんだ?」

「えへへ……内緒だよ。じゃあ、私眠いからもう切るね……また通話かけるよ。お兄ちゃん、大好きだよ」

 もう話せないかと思っていた兄と話せたという事と、また自分の世界に帰れることができるかもしれないという事を知った安堵が彼女を包み込み、緊張を一気に解す。

 結果として疲れを思い出したレイスの体は睡眠を要求したのだ。

「あぁ、俺もだ。ご武運を祈る」

 ピーという甲高い音と共に通信が終了する。

 レイスは窓際の壁にもたれていた体を重そうに起こし、ベッドへ這っていく。

 そして、ふかふかのシーツに包まった瞬間、微睡みの世界へと踏み入れた。

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