【非凡な日常→Error is An everyday experience】
遺跡からシュタインと世界軸干渉転移装置の残骸をルインズの家にあるアトリエまで運ぶのはとても困難なことであった。
余りの重量に、レイスとルインズ二人だけでは運ぶことができなかったのだ。
そこでレイスが機転を利かせ、ルインズに頼んでシュタインを修復する。
そして、シュタインのプログラムを書き換えて敵意を失わせた。これでも一介の技術者である。それくらいは造作もなかった。
動かないシュタインに技術力(ルインズには魔力のような物だと簡単に説明)を流し込み、起動させる。
そして、シュタインに命令してルインズの家まで世界軸干渉転移装置の残骸を運ばせたという訳であった。
「驚いてる街のみんなに使い魔だと嘘を吐くのは無理があったかなぁ?」
「いえ、皆さん信じ込んでいましたよ。流石にゴーレムは珍しいので驚いたみたいですが。それに、実質的には使い魔でしょう」
「もー、ゴーレムじゃなくってロボットだよー。魔でもないしー」
「はは、すみません。おっと、見えて来ましたよ。ここが僕の家です」
そう言ってルインズは大通りに建った家を指さした。
「へへぇ……結構立派なお家なんだね」
「えぇ……昔、叔父が住んでた家を貸して貰っているわけです。ささ、どうぞ入ってください」
シュタインが通れる程の玄関で、一階は大きな作業場になっていた。ルインズが集めて来たのだろうか、壊れたブラウン管テレビやトースターが転がっていた。
「これもルインズくんが集めたの?」
「ええ、全てあの遺跡から見つけました。勿論、用途は不明です。……もしや何か知っているんですか?」
「うん、これは……映像を見るための機械で……こっちはパンを焼くための機械だよ。あ、シュタインくん、それはそこに置いておいてね」
【了解。不明ナ物体ハ暫定命令二ヨリ前方二配置。完了】
シュタインは石で出来た床に残骸を置き、邪魔にならない隅で停止。モーター音だけを奏でピクリとも動かない。
「こ、これがパンを焼くキカイ……!? ふぅむ、異世界のアイテムは謎が多いです」
と言って、トースターを様々な角度から眺め続けている。
「ねぇねぇルインズくん。この残骸をシュタインみたいに修理してくれるかな?」
「パン……この長方形の穴からパンを入れるのでしょうか……? ならばクロワッサンなどではなく、食パンのような……」
「おらー」
と、ポップアップ式のトースターを眺め続けているルインズの肩を叩いた。
くるり、とルインズは振り向いて苦笑する。
「すみません、まさかパンを焼く道具だとは思っていませんでして……あ、修理するんですね?」
「うん、パーッとやっちゃってパーッと」
ぴょんぴょん跳ねるレイスに微笑み、ルインズは世界軸干渉転移装置の残骸に手をかざす。
そして一言。
「さてさて、初期化!」
ぐしゃりと紙くずのように潰れていた鉄板が元の傷一つない形状に戻り、様々なパーツが宙を舞う。
そして、一種のメイキングムービーを見ているかのようにその全てが順序良く組み合わさっていく。
数十秒後、そこにはレイスがよく知る世界軸干渉転移装置が鎮座することになった。
「どんな構造か見たかったので、少し遅めに修復してみましたが……いやぁ、難しい」
「ありがとうねルインズくん。……さて」
レイスは技術力を流し込み、その卵形の巨体を起動させる。
いつも通りに開くが、今回は水蒸気は出なかった。その中に乗り込んだレイスは少々内部を弄くった後、深くため息を吐いた。
「はぁ……。やっぱり駄目だよ。破壊された時に、積んでいた莫大な技術力が流れ出ちゃったみたい。これじゃ帰れないなぁ」
ルインズはこの白銀の繭が現れた時のことを思い出す。確かに蒼い光が一閃した。それに照らされてシュタインたちが動き始めた訳であるが、あれが技術力だったのだろうか。
「そんな。どうにか連絡を取ることはできないのですか? ツウシンキなる物が積まれていると聞いたのですが」
レイスは内部側面に搭載されたタッチパネルを触るが、黒い画面のまま反応はない。
「無理みたい。通信機も使っていたエネルギーは技術力だからね。私一人分の技術力でも使えるような異世界間通信機を組み立て直さなきゃ……。ねぇねぇルインズくん。部品の状態まで進行させることは可能なのかな?」
「部品ですか。不可能ではありませんが、少々難しいかもしれません。……やってみましょう。部品にまで進行しろ!」
卵形だった装置はみるみる内に分解され、部品の状態へと戻る。そして、そのまま廃品になってしまう前にルインズは進行を急停止させた。
バラバラと力を失って宙からこぼれ落ちる部品をレイスは品定めするように見つめる。そして、必要そうな部品をその山の中から選び出し、ほくほく顔で腕いっぱいに持った。
「ルインズくんルインズくん、私の部屋に案内して欲しいな」
「えぇ、構いません。学生時代の叔父が使用していた部屋になりますが、ベッドにシーツを被せて埃さえ掃き出せばなんなく住めまるでしょう。……ぼくも組み立てる様子を見ていいでしょうか?」
ルインズは機械の組み立てが見れるチャンスだと、少々興奮を隠せないようだ。
しかし、
「わー、駄目だよルインズくん。レディのお部屋に土足で上がろうなんて、失敬極まりないよぅ」
「むむぅ……。分かりました、完成品は必ず見せてくださいね」
「うん! 完成したら機械に関する様々な資料も頼んでおくよ!」
簡単な掃除を施し、ベッドにシーツを被せればルインズの叔父が使っていた部屋はとても居心地が良さそうな部屋へと変化した。
きれい好きな方だったのだろう。元が片付いていたため、それほど汚れてはいなかった。
そして、魔力をエネルギー源とするランプに携帯魔力を数粒入れ、レイスは机の上で組み立て作業に没頭する。
「ふむむむむ……」
数時間経っただろう。大抵は完成したのだが、最後の通信回線を送るパーツの接合が上手くいかないのだ。技術を用いて作られた特異パーツなので少し勝手が違う。
組み立てに必要な道具は『模倣職人』を使用して、余った部品を材料に製作した。『模倣職人』は再現する技術だ。自身が知っている範囲内なら、材料さえあれば再現することができる。
先程、シュタインを破壊したスクラップマシンもレイスが昔見たアニメを思い出して再現した物だ。
しかし、自身が見たこともない物は再現することが出来ないため、通信機はこのように手作業で組み立てなければならないのだ。
彼女にはその才能がある。難しいだろうが、成し遂げることが出来るだろう。
「むぁー! 無理だよこんなの!」
そう言って道具を机の上に投げるように置き、レイスはぐったりと椅子にもたれかかった。
その時、ドアが開いた。
「レイス、調子はいかがですか? おや、休憩中でしたか」
「むぅぅ、なかなか難しいんだよー」
ルインズの左手には花柄のトレイが乗っており、彼はそれを机の上にそっと置いた。
イチゴジャムが乗った美味しそうなクッキーと、湯気の立つ暖かそうなハーブティー。それを見たレイスの顔が今までのいらいらしたものから一気に輝きを取り戻した。
「わぁぁ……お菓子だぁ……」
「えぇ、クッキーはぼくの友人が焼いてくれたものです。味はお墨付きでしょう。ハーブティーはぼくが入れた物ですが……」
レイスはティーカップに顔を近づけ、その香りをくんくんと嗅ぐ。
「……なんだか不思議な香りがするね。何が原料かな?」
「そうですね、葉は幸運を呼ぶ四つ葉の花。砂糖は高級物の黄金砂を使用し、隠し味にドラゴンの鱗を粉末状にした物を……」
「す、ストップストップ! この世界にはドラゴンなんて生物までいるの!?」
嬉しそうに説明するルインズを止め、レイスは驚きの声を上げた。
「……? えぇ、アルトナ周辺には住んでいませんが、枯れた山などに生息してると聞いたことがあります。ぼくは見たことがありませんけど、中央都市などには小型ドラゴンをペットとして飼っているドラゴンテイマーもいますよ。父の友人にドラゴンテイマーがいましてね、分けてもらった訳です」
「へ、へぇ……。頂いてみるね……」
クッキーを一つ口に放り込み、もしゃもしゃと咀嚼する。口の中いっぱいにイチゴの香りが膨れ、なんだか幸せな気分になる。
「わぁ、美味しいよ。このクッキー」
「ふふ、分かります」
そして、曰く付きのハーブティーをドキドキしつつも、レイスは一口啜った。
「……あれ、美味しい? うわ、美味しいねこれ! なんて名前なの?」
「お口に合ったようで良かったです。そうですね、ぼくはこれをルインズスペシャルと呼んでいます」
「へぇー……ということはルインズくんが調合したハーブティなんだね」
「はい。少ない趣味の一つでもあります」
そう言い、ルインズは机の上に転がる長方形の小型端末に目をやった。大きさは手の平サイズで、厚さは一センチメートルもない。
アルミニウムに似た光沢を放つ金属のボディを主とし、強化ガラスを用いられたタッチパネルが用いられている。
ルインズにはそれがどういう働きをするキカイなのかはまだ分からない。ただ、緑色の基板が背面からはみ出していることを見れば、まだ完成していないのだろうということは彼にもなんとなく予想することはできた。
「それが通信機という物ですか? うぅむ、難しいですね」
「そういえば、ルインズくんたちは通信機も無いのにどうやって連絡を取ってるのかな? やっぱりフクロウが運んできているの?」
「フクロウ……何時の時代の話ですかそれ……。いえ、昔はフクロウ便もあったらしいんですが、今の時代となっては念話具という魔道具がありますよ。形状は指輪と大して変わらないのですけどね。アクセサリーとして着けている人がほとんどです」
念話具の他にも、アクセサリーの形状で作られている魔道具は少なくない。そのそれぞれに刻印が施されており、魔法の才能が無くても魔力さえあれば発動させることは可能だ。
魔力さえあれば、だが。普通、魔力はどんな人間にもあるはずのものだ。
だが、ルインズは普通では無い。何故か修復魔術を使えるのに、魔力さえあれば発動が可能である魔道具は使えない。
原因は不明だが、考えてもどうしようも無いのでルインズは携帯魔力を常に所持している訳である。
「では、そろそろ僕は寝ます。レイス、夜更かしはいけませんよ」
「ぬわー、子供扱いしないでよー! ……あ、ルインズくん」
ドアを開け、レイスは左手にトレイを持って出ていこうとするルインズを呼び止めた。
「はい? どうしました?」
ルインズが振り返ると、レイスが魔道ランプを少々困惑した顔で弄っていた。
「やっぱりね、魔力と技術力は違うみたいなんだ。技術者である私には魔力が0といっても良いほど無いみたい。だから、あのビーズ欲しいなーって」
「ビーズ……あぁ、携帯魔力のことですか。いいですよ、どうぞ」
黒いローブの内ポケットから小瓶のような物を取り出し、ルインズはそれをレイスに向かって放り投げた。
モニカに破られたポケットは、レイスがうんうん唸りながら作業をしている間に縫合した。それくらいできなければ一人暮らしなどできない。
「かわいい小瓶だね! ありがとうルインズくん」
小さな円柱型の小物入れだ。金メッキの施された真鍮が縁を囲っており、留め具が付いている。その中には紫色の小さな石が詰められている。
「いえいえ、僕も魔道具を扱えない気持ちはよく知ってるので……」
そのニコニコ顔の裏に秘められた寂しさをレイスは感じ取った。
そして、ただそれからルインズは何も言わず、哀愁を背中に出て行くのであった。