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比較的暖かい気温と豊かな土壌に恵まれた都市【アルトナ】
海は無いが近隣に点在する湖のお陰で活きの良い淡水魚も良く取れ、栄養分が豊富な土地からは毎年たくさんの農作物が収穫できる。
中でも、森という天然の浄化槽で磨かれた山水から作られる酒は涙の酒という銘柄で有名である。領主がそれを口に含んで感動のあまり涙したという逸話が残っているからだ。
ちなみに領主は泣き上戸だということもこの話と共に語られる。
特産品のお陰でアルトナは豊かな都市である。レンガ造りの道には数え切れないほどの往来があり、その喧騒さが同時に街の潤いを語っている。
「~っ! おいひぃ! んもふ、おいひぃー!」
「そ、そんな一気に口に突っ込んだら危険ですよ!」
そんな都市の人気の少ない路地にある隠れレストラン『ペスカトーレ』でレイスとルインズは少し遅れた昼食を取っていた。
木で作られた机の上に置かれた皿には、パルメザンチーズのサラダとマルゲリータ、おまけにぺペロンチーノ。
幸せそうな表情でマルゲリータを頬張るレイス。その濃厚なとろとろのチーズが爽やかな後味のトマトにかかっていて、思わず笑顔になるほどの美味しさだ。
「ふむ……つまり君は異世界から来たと言うのですね?」
胡散臭そうにそう言ってルインズはサラダを口に運ぶ。取れたての野菜なのだろう。しゃきしゃきと歯切れが良く、とても瑞々しい。それとパルメザンチーズが最高に良い味を出している。
「うまーうまー、ごくん。うん、私の格好を見てみてよ。別世界人っぽいでしょー?」
レイスは羽織っている染み一つ無い白衣をピンと両手を横に張った。その兄のお下がりである白衣の下には暖かい薄ピンク色のセーターと短パン。
「そうですね、あまり見ないデザインをしています。しかし、なんで君みたいな小さい子が異世界からこちらに来たのか……想像できませんね」
小さい子、と言われたレイスの顔がむむーとなる。
「むぅ……。こう見えても高校二年生なんだよー! おいこらてめー」
「コウコウニネンセー……? コウコウとは一体なんです?」
「……ふむむ」
その表情にはてなを浮かべるルインズを見て、レイスはため息を吐いた。そうだ、自分が住んでいた世界とは世界観が違うのである。
しかし、違いがあるというものの、人間がいて、ピザやスパゲッティなどがあることからも分かるが、そこまで大きな相違は無いようだ。
言語に関しては翻訳技術が働いているために全てレイスの耳には日本語で通っているわけだが、一つ気になることが。
「そうそう、あたしが住んでいた世界でルインズって言ったら『廃墟』って意味なんだよ?」
「えぇ、こちらでも『廃墟』という意味で通っております。どうやら、ぼくの父さんは廃墟を探検するというのが趣味だったようで」
意外である。どうやら翻訳の前はそのままの英語のようだ。
「これは驚いたよ……。どうやらあたしはまんまファンタジー世界に転送されたみたい」
ちゅるるとぺペロンチーノを口に運びつつ、レイスは思考の世界に入り込んでいく。
この世界にどのような異能力があるのだろうか。そして、その異能はどのようにして採取すればいいのか疑問は残っている。
「……さて、なかなか興味がある話ではあります。どうですか、良ければ話を聞かせていただきたいです」
一時の静寂を裂くようにルインズは口を開いた。
その言葉に待ってましたと言わんばかりにレイスの顔はキラキラと輝く。
「聞きたいの? 聞きたいよね! もうーしょうがないなぁ」
ゆっくりと嬉しそうに説明を始めるレイス。
「私のいた世界ではね、技術っていう異能力があるんだ」
「……! 技術!?」
呼び覚まされたかのように、ルインズは気怠げな表情を一変させてしゃきっとした。
「……? うん、で私はその技術が扱える数少ない技術者なんだけむぐっ!?」
突如としてルインズは身を乗り出し、レイスの口を塞いだ。突然のことにレイスは驚き、むぐむぐ唸って抵抗する。
「んむー! んむむむっ」
「静かにしてください、ここであまり技術者とは言わない方が身の為です……!」
「んむ?」
ルインズは周りにいる客を見回した。一部の客が呆然としてレイスとルインズを見ている。
「はははー、困りましたねぇ。お嬢さん、口にチーズが付いてますよ」
わざと大きな声。ルインズはカチコチの笑顔でそう言って、レイスの口から手をどけ、頬に付いているチーズを丁寧に摘んだ。
「……ルインズくん、気持ち悪いよ」
「……ぼくもこういうキャラは苦手でして。しかし、技術者というのは真でしょうか?」
技術者という単語のみを周りの客に聞こえないようルインズは最小限の音量で発声した。
「う、うん。でも何でそんなに怖い顔してるの?」
怖い顔、と言われルインズはすぐさま強張った表情を元に戻し、すみませんと一言。
「数年前から技術という異能を扱う技術者は発見次第捕まえて引き渡すように『機関』から御触れが出ていまして。なるほど……あなたが技術者……」
「ルインズくんは私を捕まえちゃうの? ロープで一つも身動きができないように縛っちゃうわけかな?」
「いえいえ、ぼくは人間を売るような行為はしたくないですからね。で、君はどのような理由でこちらの世界に?」
少しだけレイスを信用してみようという気になったのか、ルインズはまるでレイスが本当に異世界から来たかのように接し始めた。
レイスは今後、この世界で異能を採取する為にその『機関』とやらを詳しく聞きたいという願望もあったのだが、先にルインズを味方に付けた方が良さそうである。
会って間もなく、まだ信用できると断言できるほどの人物ではないが、異世界に単身飛ばされたレイスにとってルインズしか頼れる人間はいない。
「えっと……私の世界ではその技術を研究して、様々な製品や問題を解決するために扱おうと思っているの。でも、サンプルとなる技術が少なくて……。だから、別世界の異能力をそれに代わる研究サンプルとして採取しに来たんだ」
そう言ってレイスは辺りをキョロキョロと見渡した。
どうやらこの世界は完璧なファンタジーの世界。ウェイトレスがお皿を触れずに浮遊させていたり、水差しが勝手に飛行して客のコップに水を足していたりする所から、魔術のような異能力のようだ。目の前にいる冴えない男の子も変な趣味の悪いローブを着ているし、レイスの中ではこの世界の異能は魔術だということが決定される。
その代わりに電気を原動力として動く物体が一つも見受けられない。
「ねぇねぇ、ルインズくん。さっきのロボットはこの世界では普通にある物なの?」
「ろぼっと……? あぁ。いえ、様々な文献を日々拝見させて頂いていますが、あのようなゴーレムは初めて見ましたよ」
先程戦ったロボットもルインズの反応を見る限りイレギュラーな存在のようである。
「ううむ……ぱくっ」
ルインズが口に運ぼうとしていた一切れのトマトを横から奪い取り、自身の口に放り込む。そして、唖然としているルインズに問い其の二。
「……ルインズくん、機械って知ってる?」
「キカイですか? そうですね、チャンスのような意味でしょうか」
それは機会だ。レイスは心の中で突っ込んだ。
これでレイスは確信を得た。本当にこの世界には機械という概念が無いようだ。
「ほら、さっき戦ったロボットが機械なんだけどね。私がいた世界は機械によって発達したといっても過言じゃないんだよー」
「……! それは真でしょうか!? 君がいた世界にはあのような人工物で溢れていた、そういうことですね!?」
人が変わったかのように頬を紅潮させ、ルインズは息を荒げる。あまりの変わりようにレイスは少々驚いた。
「これをあの遺跡で拾ったのですが、心当たりはありますか?」
魔術師が羽織っていそうな黒に金刺繍のローブからルインズはあるものを取り出す。先程遺跡で拾った用途不明の物体である。
それを見たレイスは、つぶらな瞳をパチクリさせる。
「あれ、それ歯車だよ。なんでこの世界にあるのかな」
錆が目立つ歯車を受け取りながら疑問に思うレイス。恐らくルインズはロボットがいた遺跡で拾ったのだろう。何故、機械がない世界にも関わらずあの遺跡にはこのような歯車なんてものがあるのだろうか。
「おや、もしかしてそれの使用用途などをご存知ですか? 詳しく教えて頂きたい!」
遺跡を調査するにつれ、将来遺跡研究者になろうと心に決めるほど、その用途不明な物体に引き込まれていたルインズ。彼にとってそれの使用方法がレイスによって解明されるかもしれないということは、とてつもなく胸躍らせる事実だ。
「ひぇ、ええっと……主に動力の伝達に使われる機械要素なんだけど……ねぇねぇ、これどこで拾ったのかな?」
「君が繭に入っていた遺跡の道中です。まれにこのような遺物が見つかるのですよ」
思った通りである。やはりあの遺跡には何かがありそうだ。
「ふぅむ、どうやらあの遺跡はまた調査しないといけないみたいだね……」
ルインズの話によると『世界軸干渉転移装置』はロボットによって破壊されてしまったらしい。その所為でどうやって兄と連絡を取ろうか思案中なのだが、あの装置の残骸から異世界間通信機を復元するしかないだろう。
またあの遺跡に行かなくてはならないようだ。
「機械について他にも教えて頂きたいです……!」
ルインズから好感触を得て、思わずレイスの頬が緩む。
残っていたぺペロンチーノを大きな口に掻き込み、咀嚼。ごっくんと喉を鳴らして、全ての皿を綺麗に平らげた。
からっぽだったお腹が満腹になった余韻に浸りながら、ぽんぽんとレイスはお腹を撫で、とびっきりの上目遣いでルインズを見つめる。
「じゃあさ、そのー……うん、協力してくれないかな?」
その上目遣いから必死に目を背けようとするルインズの眉がぴくりと振るえた。
「協力とは例としてどのようなものでしょう? あと、そのコケティッシュな上目遣いをすぐさま終了していただきたいですね」
ルインズは上目遣いの上にテーブルからルインズに向かって身を乗り出していたレイスの頭をがっしりと掴んで押し戻す。
「あたたたた! んもう、これくらいいーじゃん。そうだなぁ……当面の宿と食べ物……あとは仕事さえ貰えれば働いて、お金溜まった辺りで魔術採取の旅に出ようかな」
まぁ、魔術ってどう採取すればいいのか検討もついてないんだけどね。とレイスは心中一言。そもそも物なのか、それすらわからない。しかしそれは後々、ルインズに魔術を教えて貰えば済むことである。
「宿……ですか。君はウィルプト魔術学院の生徒ではありませんし、家賃の安価な学生寮も使用できませんね。…………ふむ、レイスさん。交換条件といきませんか?」
「なんだよルインズくん。さんなんて付けなくてもいいよ。で、交換条件って何かな?」
ルインズはにこにこと笑い、手を組んで話を続ける。
「どうですか? ぼくが住まわせていただいている借家には部屋が一つ余っています。その部屋を君に貸しますので、その代わりとしてぼくに機械について教えていただけないでしょうか?」
「ふーむ……! ルインズくん、なかなか大胆だね……!」
「……? そうでしょうか?」
「……そうだよ、もう」
もしもここに兄である襟州がいたならば、断固として反対されただろう。一つ屋根の下に思春期真っ盛りの男女が一緒に住むなど、レイスは少女漫画でしか読んだことがない。
そういう状況に憧れが無いと言えば嘘になる。だが、本当に目の前でロボットに興奮している男の子は信頼できるのだろうか。
「今ならなんと仕事が見つかるまでの間、一日三食がぼくの財布から出されます」
「乗った! 乗ったよルインズくん! あと、おやつも付けてくれると嬉しい!」
その一言で決断。
やはり選択肢は一つだけだろう。もしもルインズを逃してしまったら、無一文のレイスは今晩野宿の上に食事無しである。流石にセーターと白衣だけで夜を越すのは厳しそうだ。
「おやつは我慢してくださいね。……では行きましょうか」
「んぅ? ルインズくんの家に?」
席を立ち、ルインズはゆっくりと首を横に振った。
「さっきレイスがスクラップにしたロボットを取りに行きましょう」
後々、遺跡に赴こうと考えていたレイスにとってとても都合の良いことであった。二つ返事で答えを返す。
「うん! お姉さんにまかせなさーい」
マルゲリータもペペロンチーノも僕の好物です。
特に某コンビニエンスストアで売られている欲張りなペペロンチーノは良い感じです。
カラうまい! イェア!