【出発→Welcome to the Fantasy】
「ふむ、まさかぼくの下駄箱に束縛魔法が仕掛けられているとは思いもよりませんでした。敵ながらあっぱれです」
有名魔術学校と聞かれれば、三つの指に入るであろうウィルプト魔術学院。由緒正しき歴史を持ち、エリート魔術師をビシバシ育成する機関である。
歴史上に名を馳せた人物の中にはこの学院の卒業生が少なくもない。魔力を水晶などに込め、それを同規格の道具に動力として使用することで自らの魔力を使用せずとも扱うことのできる魔道具を開発した偉大な発明王もこのウィルプト出身だという。
そんな名門校の北館にあるこじんまりとした一室。エリートばかりが集まるこの学院ではまず使われることがほとんど無い部屋なのだが、名を反省室。またの名を、牢屋とも言う。
平行に並んだ鉄格子の奥には一人の少年が困った様子で座っている。光源は遥か上の方に穿たれた穴から差し込む太陽光だけで、反省室内は薄暗い。
薄暗いといっても、目が慣れてしまえば何ら不自由の無い程の明るさである。
その少々埃の積もってしまっている黒髪に、高級な革表紙の本のように金刺繍が施された黒いローブを着た少年、ルインズは眼鏡をくいっと人差し指で上げる。
「全く、あなたは何回授業サボって学院抜け出すのよ」
ルインズから見て鉄格子を越えた向こう側から、いかにも不機嫌といった様子の声が届いた。すでに闇に慣れた目を凝らし、その声の主を確認する。
腰辺りにまで伸びた緋色の髪を側頭部で縛ったサイドテール、海の水のように澄んだ碧眼はルインズを捉えて離さない。
白いシャツと黒いプリーツスカートという至って普通の学生服の上にルインズと同デザインの黒字に金刺繍のローブを着ているが、ルインズのように前をしっかりと閉じて着ているのではなく、ただ簡単に首元で留め具を使用し羽織っているだけである。
ルインズは彼女を見て大きくため息を吐いた。これからいつものように説教の時間が始まると思えば憂鬱な気分になってくる。
「モニカ、君ですか。ぼくの下駄箱に束縛魔法が印された霊札を貼り付けていたのは。それのお陰でぼくは下駄箱の前で硬直し、見回りの先生に見つかった挙句に反省室ですよ」
「授業受けないで逃げようとするあなたが悪いんじゃない。大体、反省室に放り込まれる生徒なんてあなたかミケーレくらいよ」
そう言ってモニカは埃被っていた椅子を手で叩いて腰掛ける。使われることがほとんど無い所為だろうか、ギシギシと軋む音を出して脚は今にも折れそうである。
「で、モニカ。今はまだ授業の時間ですよね。こんな所で油を売っていても良いのですか?」
君が居ては逃げようにも逃げれません、と心中一言。
そんなルインズを見透かしているのかモニカはやれやれと肩を竦めた。
「あなたも知ってる通り、あたしはこの学院に学びに来ている訳じゃないわ。ふぅ、えっと、ご、御主人様であるあなたがちゃんと学院生活を送るように監視するためにこの学院に通わされているわけ。逃げようと思っても無駄よ」
「無理して御主人様なんて言わなくても良いですよ。確かに君はぼくの家、マルチネス家の住み込みメイドとして幼少時から働いてますが、ぼくは君をただの召使いだとは思っていません。大事な友達です」
ルインズはにっこりと微笑んでそう言った。何故かモニカはカチコチに固まったかと思えば、みるみる内に頬を林檎のように真っ赤にする。
「おや、どうして頬を紅潮させているのですか?」
「! な、なってない! 赤くなってなんかない!」
慌ててローブで顔を隠すモニカ。ひぃひぃと謎の呼吸音がその隙間から漏れてきている。
「という訳で、大事なお友達を助けると思ってこの牢の鍵を開けて頂けたら嬉しいです」
「ダメ! どうせ出してあげても授業に出ないんでしょ? ルインズはマルチネス家の高貴な血を引く末っ子なんだからちゃんとしないとダメよ」
ルインズの家柄はとても良く、世間でも有名な魔術師をいくらも輩出しているマルチネス家の末っ子であった。
「大体、ぼくには魔術の才能なんてありません。何が高貴な血ですか、ぼくは魔術師なんてものになりたくなんてない」
しかし、その高貴な魔術師の血が流れているにも関わらず、ルインズにはほとんどと言っても良いほど魔術が扱えなかった。子供でも扱えるほどの簡単な発火魔術でさえも、だ。
魔道具に頼らなければ簡単な料理も作ることができない。初歩浮遊魔術でさえ使えないルインズは荷物の持ち運びも原始的に担ぐか持つかしなければいけないのだ。
その為にルインズは一族の出来損ないという仕打ちを受け、嫌々ウィルプト魔術学院に突っ込まれた彼は日常的に抜け出して授業をサボっている。
「で、でもルインズの修復魔術はすごいじゃない。どんな物でも元通りに修復しちゃうんでしょ?」
「えぇ、ぼくの修復魔術『進行する初期化』では生体の治癒は不可能ですが無機物や既に死んでいる角材などであれば修復は可能です。加えて、ぼくが修復した物を修復前の状態にまで戻すことも可能ですよ」
「へぇ……そんなこともできるのね。修復魔術は高等魔術らしいわ、ルインズに才能が無い訳じゃないのよ。ちゃんと授業に出さえすれば他の魔術も扱えるようになるって!」
必死にルインズが授業を受けるように説得するモニカ。そんなモニカにルインズは眼鏡の奥から冷えた視線を送る。
「それは本気で行っているのですか? ぼくがどれほど努力しても、努力しても努力しても簡素な発火魔術でさえ扱えないと言うのに。筆記テストでは毎回、満点を弾き出していますから、それでいいでしょう?」
「う……ぐ。でも、マルチネス家のメンツを保つためにもちゃんと授業に……」
すっくと立ち上がるルインズを見てモニカの言葉が詰まった。
ルインズはにこにこと笑っている。しかし、長年ルインズに付き添ってきたモニカならばはっきりと分かった。その顔には「黙れ」と書かれている。
「モニカ、君は大抵の魔術ならすぐに扱える。努力しても無意味な人間のことなんて理解できないでしょう。さて、と」
ルインズは石を積み重ねて作られた壁に手を突いた後、鉄格子の向こう側で不安そうに胸に手を当てているモニカを一瞥する。
「いやまぁ、思い出話をする訳じゃないんですけどね。数ヶ月前、ミケーレと遊んでいた時に誤って彼が炎弾でこの壁をぶち抜いてしまったことがあったんです」
懐かしそうにルインズはその失敗談とも取れる思い出話をモニカに語る。
「あの時は慌てました。ぼくが修復魔術を扱えたから良かったものの、教師にばれたら間違いなく罰が下っていたでしょう」
「なんで今、そんな話を……」
石壁を突くルインズの手に力が込められる。徐々に石壁に亀裂が入り、薄暗かった反省室に幾筋もの光が差し込み始めた。
そこでモニカは気が付いた。つまり、今ルインズが触れている壁は既に彼の手によって修復された物なのだ。
「ぼくの『進行する初期化』は、修復した物を元に戻すことができる……!」
「ま、待ちなさい!」
『進行ッ!』
――闇に慣れた目には厳しい光のシャワーが部屋一杯に満ち溢れた。
「くぅ……!」
一瞬である。たった一瞬にして壁は吹き飛び、当時の悲惨さを物語る。炎弾によって砕かれた壁は黒く焦げ付いており、外は小範囲だが焦土と化していた。
薄暗い部屋から脱出し、ルインズは暖かい太陽光に当たって背伸びをする。
「ご心配無く、ちゃんと修復していきますよ」
ルインズは満面の笑みを焼け焦げた穴越しに、青ざめているモニカに向けた。モニカが手を伸ばした時にはもう遅い。まるで時間が巻き戻るかのようにして、弾け飛んだ石壁の破片はその穴に吸い込まれていく。
あっという間に焦げ一つ無い、完璧に修復された石壁がルインズとモニカを遮った。
「さて、いつもの場所に行くとしましょう」
何ともまぁ、薄暗いジメジメした部屋とは打って変わって暖かい日光と全身を纏うそよ風は素晴らしく心地の良いものである。
こんな日にはカフェテラスで熱々の珈琲とサンドイッチを昼食にした後に、草原で分厚い本を枕の代わりに昼寝したいものだ。
「おや、モンシロチョウですか。……もう春なんですね」
宙を舞う蝶々にふと手を伸ばした。しかし、何故か確かに手に届く範囲にいた蝶がルインズの背後へと吸い込まれていく。
む? 全身を纏っていたそよ風は既にそよ風と言えるような柔らかさでは無くなっており、辺りの雑草が擦れる音を奏で、木の葉が激しく舞っている。
嫌な寒気が背筋をなぞった。余りにも不気味な風の流れに、ルインズは誘導されるかのようにして振り返ってしまう。
修復したばかりの壁のすぐ隣。特に問題など無いに等しい。
まるで一点に風を凝縮したかのような球状のエネルギーがあること以外は、だが。
「……!」
思わずルインズは土を蹴り飛ばし、宙に身を投げる。
次の瞬間、その凝縮された風が大爆発を起こしたのだ。いや、大爆発などという単純な単語だけでは説明することは不可能だ。
石壁は無常にも跡形無く消し飛ばされ、紅蓮の炎が先程までルインズが立っていた場所を丸ごと削り取る。超高熱の爆風が蝶を吹き飛ばし、辺りの雑草が加熱されて発火現象を巻き起こす。
「……く。これは酷いですね。あと少し跳ぶのが遅れていたらぼくまで灰になっていましたよ」
脳が受け入れるよりも先に本能が作用したのだ。お陰で爆発から逃げることはできたが、ルインズのぼさぼさの黒い髪の毛には白い灰が積もり、その少々やる気の無さそうな顔までも灰で煤けて汚れてしまっていた。
「修復魔術使ったくらいで何かっこつけちゃってんのよ」
焦土と化した大地を踏み行くのは、爆発を巻き起こした張本人モニカである。彼女の背後にはなんらかの大きな力を受けてぐにゃりと曲がった鉄格子が見える。
「……流石にしつこいですよ、モニカ。ごほっごほっ」
硝煙が鼻腔をくすぐり、肺が煙で満ちて咳嗽。
「どうやらルインズは少々ばかしお痛が必要みたいね。今から授業受けるなら許してあげるけどどう?」
モニカのサイドテールが風に靡き、日光に反射して美しく煌いた。しかし、それに見蕩れるルインズでは無く、すぐに立ち上がって答えを示す。
逃走である。モニカに背を向けた後、すぐさま彼女から距離を取り始めたのだ。
「愚問ですね! ぼくが恐怖に怖じて信念を簡単に曲げるような男だとは思わないでいただきたい!」
授業を受けない、とモニカは答えを取ったらしい。無論、正解であり、透き通った青い目をまるで獲物を追う狼のようにルインズを睨みつけた。
「ふぅ……全く、困った坊ちゃんですこと」
授業の出席を懸けた鬼ごっこが今、始まる。
余談ではあるが、モニカは天才魔術師と呼ばれるほどの実力を持っている。どんな魔術でさえも少々学べば扱え、持っている魔力も膨大な量を誇るらしい。
彼女ならばルインズの専属メイドなどせずとも、帝国魔術師などで十分な富を得て生きていくことが出来るだろう。
そんな天才に喧嘩を振ったルインズとの魔術的力量はまさに雲泥の差である。
「ああもう! ちょこまかとめんどくさい!」
先を走るのはもちろんルインズ、その背中を追いかけるようにしてモニカが続いている。
「モニカ、いくらなんでも街中で魔術を乱用するのは関心できません!」
大通りの真ん中を疾走する二人。
小丘のてっぺんに建てられているウィルプト魔術学院の坂を下ればすぐにアルトナの街に入ることが出来る。
お昼時だからだろうか。様々な飲食店のカフェテラスが賑わいを見せ、その大通りは人々の話し声や行き来する商人たち、走り回っている小さな子供たちで満ち溢れていた。
しかし、流石のモニカでも街中では大きな魔術を使わないだろうと踏んでいたルインズの考えは大きく裏切られることになった。
「もう、邪魔よ! どいてー!」
モニカが一筋手を横に振った、それだけで大通りに溢れていた人々がルインズだけを残し、まるで箒に掃かれてしまったかのように隅に寄せられてしまう。
街全員が突然の魔術に呆けた表情で二人を見る。だが、それがいつも通りにルインズとモニカだと分かるや否や「またあの二人か」と口々に呟いて、その一部始終を一幕見するのである。
「ぼくたちは見世物ではありませんよ!」
「街の人たちに物を言うほどの余裕があるのかしら?」
ルインズは彼女の言葉に、走りながらも後ろを振り向いた。 !
どうやら彼女は本気のようだ。いつもならば街中では転がっている樽を浮遊させてぶつけるくらいの魔術しか使わないのだが、今回のそれは全然違う。
球技用ボールほどの大きさはあるであろうか、虹のコンストラクトで包まれた黒い魔力の塊がモニカの背後に三弾程浮遊している。
その内の二弾がルインズの背中を狙い、獲物を見つけたカラスのような速度で飛翔。
「くっ……!」
直後に天がそのまま落ちてきたかのような爆音が街全体に響き渡る。と、同時にカフェテラスで食事中の人々からショーを見ているかのような歓声が沸く。
魔力弾に追尾機能が入っていなかったのは不幸中の幸いであっただろう。飛来する二つの驚異を右へ左へと回避し、残るのは石畳に大きく穿たれた二つの大穴。
「き、君はぼくを殺すつもりかぁ!?」
余りの破壊力にルインズはいつもの口調を崩してしまう。冷や汗が背中にどっと溢れ、心臓の鼓動が大きくなっていくのが分かる。
「大丈夫! あたし、治癒魔術使えるから腕の一本や二本くらい元通りよ」
汗一つかかずにモニカは涼しい顔でそう言うのだが、その前にルインズの全身が砕け散りそうである。
ルインズは弾けそうになる肺を押さえ、状況を確認する。
数十メートル先からはモニカがこちらに向かって来ており、その背後に残るのは一つの魔力弾。先程撃ち込まれた双対の魔力弾よりは一回りほど小さくなっており、いくらか破壊力が落ちていそうだ。
ルインズは球技が苦手である。特に相手に向かって球をぶつけて競い合うドッジボールなどの球技はいつもコートのぎりぎりで突っ立っているような人間なのだ。
ボールを投げつけたとしてもそれほど強く飛ばずに避けられるし、そもそもボールを受けることすらできない。
だが、自慢話では無いのだがルインズはこれまでに一度も外野に出たことがない。
つまりは当たったことが無いのだ。残った最後の一人として集中砲火を受けようとも、二球、三球とボールが増えようとも、彼はそれを躱し続けた。
「残るは一つですか……。その様子ではリロードも時間がかかりそうですね」
「これをあなたに撃ち込んだらすぐに別の魔術ぶち込んでやるわよ」
モニカが膨大な魔力を持つのには理由がある。どうやら、魔力を燃やして魔術に転換する概念的器官の魔術炉が一般的な魔術師とは構造的に違うらしい。
一般的な魔術炉は貯蓄式である。睡眠や食事、娯楽等によって得た魔力を魔力炉に貯蓄し、使用した魔術の分だけ燃焼、消費するという物だ。この構造では魔力が尽きてしまえば回復するまで魔術を使用することは不可能である。
しかし、モニカの魔術炉は冷却式。魔術ごとに小分けされた魔術炉が用意されているような物で、一度魔術Aを使用すれば再度使えるようになるまで冷却時間が必要になり、その間は魔術Aの使用は不可能になる。その代わり時間さえあれば燃焼した魔術A用の魔力が冷却され、再び魔術Aが扱えるようになる。
魔術Aが使用できない間は魔術Bを使えば事足りる訳である。
つまりは時間さえあれば、A→B→A……というサイクルを構築することが可能になり、魔力が無尽蔵にあるのとほとんど変わらないのだ。
「それでも数分間、君から手札が一枚減るということはぼくにとって大きなチャンスな訳ですよ」
「チャンスなんて出来ても、それを利用できる実力が無ければ意味を成さないわ。あなたにはその実力があるのかしら?」
「……屈辱的ですね。しかし、勝つのはいつもいつでもぼくただ一人です」
屈辱に屈辱で返され、モニカはグッと歯軋りをする。
次の瞬間、モニカの背後から魔力弾が発射され、空を切り裂いた。ジャイロ回転をしながら迫る魔力弾を一瞥し、ルインズはすぐに回避のタイミングを計り始める。
予想通りだ。先程の魔力弾よりも数段スピードが落ちている。そうとは言っても、全力疾走のルインズにものの数秒程で追いつく速さなのだが。
急激に足腰に力を込め、ブレーキをかける。そして、迫り来る魔力弾と向き合った。
ドッジボールの要領だ。当たらなければいい。
「……!」
激突との距離はわずか一メートル。だが、その距離が0に変わるより先に石畳を力強く蹴り、真横へと身を投げた。
魔力弾はルインズのローブを掠め、まるで爪で引っ掻いたかのように布地を持って行く。直撃は免れた。膨大な魔力の塊はそのまま奥へと。
そして体制を立て直し、一言。
「さて、ぼくの反撃と行きましょう」
「まだあたしの攻撃は終わっていないのに?」
モニカの余裕そうな表情。その目線はルインズの背中の向こう、魔力弾が飛んでいった方向を指している。
まさか。
背後から徐々に大きくなる空気の擦れる音。それが何を意味するか理解するより前に、ルインズは刹那のごとく振り向いた。
「……追尾弾!」
そのまま奥へと突き進んで行ったかと思われた魔力弾が、絶妙な曲線を描いてこちらに戻ってきているではないか。
考える暇は無い。ルインズはそのまま前へ、モニカの方向へと駈け出した。
「あら、そのまま誘導してあたしにぶつけようって魂胆かしら?」
違う。ルインズは心の中で呟く。モニカ目がけて走っているのではない。
先程、モニカが穿った大穴目がけて走っているのだ。
空気の擦れる音がどんどん背後に近づいてくる。あと少し、あと少しだ――――
妙に時間がゆっくりと流れる。激突が迫る、迫る、迫る。
「――ッ!」
ルインズは足下に転がっている小さな瓦礫を思い切り蹴り上げた。つま先に鈍い痛みが走り、胸元まで瓦礫が飛ばされる。
その瓦礫を右手で受け止め、そのまま体の向きを逆転させる――――
もはや直前に魔力弾。それを受け止めるかのように瓦礫を持った右手を前に突き出した。
「初期化――ッ!」
『進行する初期化』を発動させる。元々石畳を構築していた瓦礫たちが瞬時にルインズの手元。いや、ルインズが持っている瓦礫に集まり、まるでジグソーパズルが組み合わさるかのように元に戻る。
その相貌はまるで巨大な石の盾だ。
石の盾がルインズを保護し、直撃寸前であった魔力弾を受け止めた。
しかし、所詮は石だ。小回りとはいえ、強力な魔力の結晶を前にして簡単に亀裂が入り、粉々に砕け散ってしまう。
「ぐっ……!」
腕で顔を覆い隠し、石礫の雨あられから身体を守る。少々体に打撲が増えるが、こんな物に直撃するよりは遙かにマシだ。
土煙が舞い上がった。しかし、すぐにモニカの魔術によりその煙は晴れてしまう。この土煙に紛れて逃げようと考えたルインズの先を読んだのだ。
「なかなかやるのね。でも、次は無いわ」
「モニカ、やっぱり君はぼくを血霧にしたいのでしょう?」
圧倒的な戦力差だ。修復しかできないルインズは身を守ることができても、攻撃に転用することができない。
しかし、単純な火力だけで戦いの結果が決まるわけでは無い。
そう、頭を使うことも必要な事項なのだ。
ローブのポケットからわざとらしく筆箱と学生証を取り出し、穿たれた穴の中に放り込むルインズ。
「あ! 困ったなぁ。筆箱を穴の中に落としてしまいました! 学生証もです!」
「えぇー! 何でそんなもん今落とすのよーっ!」
ルインズをどうしても授業に出席させたいモニカである。その大切な筆箱と学生証を拾おうとモニカが穴の中に足を踏み入れた瞬間。
呆れ顔と共にルインズがほくそ笑んだ。
「……うわぁ、呆れるほどに単純ですね。直れ!」
瞬間的にあたりに砕け散った石畳の破片がモニカの足が突っ込まれている穴に戻っていく。
そして、破壊される前の傷一つ無い石畳に元通りになった。
突っ込まれたモニカの足はそのままに、である。
「ひゃっ! なによこれっ! 抜けない……」
客観的に見れば、モニカのふともも辺りまでが石畳に埋まっている状態だ。モニカの足とルインズの筆箱と学生証の分、弾かれた瓦礫は未だに道端で転がっている。
「まぁ、がんばって掘ってくださいね。君が扱える魔術を最高精密操作すれば、たった一時間で傷一つ無く掘り起こすことができるでしょう。あ、良ければぼくの筆箱と学生証も頼みますね」
モニカはこれ以上追ってはこれないだろう。しかし、まだ上半身は埋まっていない訳である。
いつ次の魔力弾が飛んでくるか分からないルインズは、余裕無しでその場から全力逃走する。カフェテリアから非難の声が飛んでくるが、そんなのは関係ない。
「あ、まって! もう追わないから解除してよこれーっ!」
モニカの叫びも虚しく、すでにルインズは見えなくなるほど遠くまで逃げてしまっていた。
「く、く、く、悔しいぃぃぃぃーーっ!」
石畳を両手でバンバンと叩き、モニカの業腹は毒々しいほどに青い空へと吸い込まれていった。
結果、ルインズは命からがら逃げ延びたのである。