恋する乙女が生まれた
クラインとは特別な名である。
クラインを名乗る事を許された人間は、いずれも時代を代表する大魔術師であり、例えクラインの系譜にあたる人間でも自らそれを名乗る事は許されない。
仮にクラインを勝手に名乗る人間がいれば、即座に当代のクラインたちが現れ、試練という名の嫌がらせを行い、場合によっては再起不能にまで追い込むらしい。
まあそんな話が広まった原因は、常時現役なクラインである神父様のせいなのだけど。
「シルヴィアにも早くクラインを名乗ってほしいのですが、今のペースではあと三十年はかかりそうですね」
何その嫌に具体的な数字。
半ば惰性とはいえ、人より魔術適性の高い私が百年修練してもまだ足りませんか。
「というか私は試練(嫌がらせ)受けてまでクラインを名乗る気はありませんけど」
「嫌がらせ(試練)をやるのは、勝手に名乗った場合だけですよ。クラインに連なる者ならその名の重みを知っていますし、そもそも本当に私たちの縁者であることが稀ですから」
要は勝手にクラインを名乗るのは、ほぼ間違いなく偽物らしい。
万が一本物でも、名に拘って迷走してるために潰されると。
「まあ現状有力なクライン候補はシルヴィアだけですから。私に何かあったら、特例でクラインを名乗ることを認めます」
「いりませんそんな物騒な名前」
割と本気で断ったのに、その後しばらくして、本当にクラインを名乗る羽目になった。
……畜生。
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「久しぶりだなシルヴィア」
「……」
麗らかな午後の昼下がり、いつも通りに村をまわっていたら、しばらくぶりに王子様が出没した。
ライアル。ライアルは何処?
早くこのヘタレ王子を連行して。
「……お久しぶりですディートフリート様。お仕事は大丈夫ですか?」
「ふっ。今日はライアルは叔母上の護衛についているから大丈夫だ」
誰か助けて。私の問いとディートフリート様の答えがズレてます。
邪魔者は来ないと言いたいのですかこん畜生。
「そうだな。このままおまえをさらって閉じ込めてしまおうか。素直に捕らわれるような女で無いことは承知だが、それくらいしないとおまえはスルリとこの手から逃げ出してしまう」
言いながら頬を撫でてくるディートフリート様。
何かかっこ良さげな事を言ってるけど、私が自主的に逃げた事は実は少なかったり。
いつもならここでライアルの横やりが入るんだけど、今日はお仕事に励んでいるらしいので期待できない。
さてどうするか、と考えていたら、期待通りに横やりが入った。
「――打ち砕け!」
「何!?」
「――風よ」
突如飛来する人の半分程のサイズの岩。見事な反応速度で私を抱えて回避するディートフリート様。
一方私は抱えられつつも、風の弾丸をショートカットで呼び出して岩を迎撃する。
必要無さそうだったけど、念のため。
「な、何者だ!?」
「何者かと聞かれたならば、答えるのが世の理! か弱き乙女を守るため、魔法少女見参!」
「何言ってんの」
私を解放しながら叫んだディートフリート様に、何故かノリノリで答える魔法少女(16歳)。
というかヴィルマ。どこからどう見てもヴィルマ。
思わず漏れた私のツッコミを無視して、ビシィッと謎のポーズを決めている。
「お、おまえはもしや魔法ギルドの!?」
「そういうアンタは赤毛の王子! 嫌がる女に言い寄るなんて、赤葦の英雄も堕ちたものね!」
どうやら知り合いだったらしい。
まあどっちも由緒正しい家系だから、面識があってもおかしくないけど。
「シルヴィアから離れなさい。その子はアンタなんかには勿体無い良い子なんだから!」
「断る。俺が求める者を、俺の望みを、貴様如きに阻めると思うてか!」
何故かセリフが芝居がかり始めたディートフリート様。
ノリノリである。あんたら本当は仲良いだろ。
「――砕け散れ!」
「ほう。詠唱を省略した上での連続発動か!」
石つぶてを嵐のように放つヴィルマ。
ショートカットは本来なら駆け出しには使えない高等技術なのだけど、神父様の弟子になったら真っ先に修得させらされる基礎技術。
そして石つぶてを剣で切り捨てまくるディートフリート様。
何気なくやってるけど、魔術を斬れるということは、それは魔剣か聖剣の類か。
何この無駄にハイレベルな戦い。
「――女神よ。瞳のように私たちを覆って下さい」
このままでは村の一角が荒野になりそうなので、とりあえずヴィルマを止めるために結界の準備をする。
本来は防御用の結界だけど、今回のように対象を外界から隔離する用途にも使える。
ただヴィルマが予想以上に腕を上げているので、ショートカットはせず詠唱はきっちりと。
「――親鳥がひなを翼の陰に匿うように、私たちをお守り下さい」
瞬間光の粒子が集い、壁となってヴィルマの周囲を覆う。
「あっ、ちょっと何すんのよシルヴィア!?」
「ハッハッハッ! 良い様だな小むす……」
「――私たちをお守り下さい」
「……めって何ィッ!?」
私に拘束されたヴィルマを見て高笑ってたディートフリート様だったけど、次の瞬間自分も同じ結界に閉じ込められる。
縋るようにこちらを見てくるけど、残念ながらそれをやったのは私じゃありません。
「殿下……私の仕事を増やさないで下さいと、何度言えばお分かりになるのですか?」
「ラ、ライアル」
我らがロイヤルガード、ライアル参上。
高めのテノールボイスなのに、地獄から響いてくるかのような重圧感。
怒ってる。一緒に暮らしてた十五年間でも見たこと無いくらい怒ってる。
「な、何故居る!? 今日は叔母上につきっきりのはず!?」
「その陛下からのご命令です。自分の護衛はある程度代わりがきくが、殿下を連れ戻せるのは私しか居ないと仰せで」
どうやらライアルは女王陛下の専任騎士なのに、ディートフリート様のせいで女王陛下の護衛から外されたらしい。
そりゃ怒るわ。今万が一女王陛下に何かあったら、ディートフリート様殺されても文句言えないレベルです。
「しかもか弱き女性相手に剣を振るうとは、恥を知りなさい!」
か弱くないか弱くない。
そんな私のツッコミを流してヴィルマに近寄るライアル。
とりあえずもう大丈夫そうなので、結界は破棄しておく。
「痛! 急に解かないでよシルヴィ……」
「お怪我はありませんかお嬢さん」
結界が解けた反動で尻餅をつくヴィルマ。そんなヴィルマに、ライアルが長身を折り畳むように膝をつくと、紳士のお手本のように手をさしのべる。
「え……怪我……は無いけど」
「それは良かった。姉上を守っていただき、感謝の言葉もございません。しかし今後はこのような無茶はなさらないでくださいね。貴女が傷付けば悲しむ人が居ます」
紳士すぎる。
ライアル女の子泣かせたりしてないよね。お姉ちゃんは心配です。
「……」
そしてライアルの死角で、剣をゆっくりと振り上げるディートフリート様。
結界を斬った。
走った。
ライアルが竜巻のように反転。
走った。
「おのれ、魔術のまの字も知らないのに、私の結界をあっさりと!?」
「フハハハハハッ! 人も魔術も斬って捨てれば同じ事!」
怒り心頭で追うライアルと、脳筋全開で逃げるディートフリート様。
何で逃げるかな。後の被害が大きくなるだけだと思うんだけど。
「……シルヴィア。今の人誰?」
「ライアル? 十年前まで一緒に暮らしてた弟だけど」
「……」
胸元に手を当て無言でライアルを見送るヴィルマ。
目が潤んでる。というか何かキラキラしてる。
……待て。いくら爽やか美青年がタイプだからっていくらなんでも。
「……お婿さん見つけた」
恋人すっ飛ばした!?
まあ神父様よりは望みがある……かな。
「効くかな……魅了」
何故最初から間違った方向に全力投球なのか。
まさかヴィルマの一族の婿は全員魅了されているのか。
そんな恐い想像をしてしまった。