神父様はいつだって優しかった
私は人間じゃないけれど、私を育ててくれた神父様は当然人間だ。
私を百年以上かけて育ててくれたり、実は四百歳を越えていたり、あまつさえ外見は二十歳前後のまままったく変わらないけれど人間だ。
まったく説得力が無いけれど人間なのだ……多分。
「厄介な方に目を付けられましたね」
教会に帰ると、お茶の準備をしながら私を出迎えた神父様が、くつくつと笑いながら言った。
その笑みに、ちょっと腹が立って、ちょっと安心する。
神父様が笑っているという事は、まだ私は切羽詰まった状況には追い込まれてはないらしい。
神父の鏡なこの人は、間違っても人の不幸に愉悦を感じる外道ではないのだから。
しかし、厄介な方と神父様から認定されるとは。
ライアルの登場で場が有耶無耶になったまま逃げてきたのだけど、その判断は間違いじゃなかったらしい。
「ディートフリート王子。女王陛下の甥であり、王国の二大騎士団の一つ、蒼槍騎士団の団長を務める事になった将軍です」
紅茶を入れながら言う神父様。それを聞きながら、私は昨日焼いたパイを二つ切り分ける。
「国内で一、二を争う武人。北のシェムル連邦と小競り合いが起きた際には、単騎駆けで敵軍を引き裂き混乱に陥れたそうです」
「何ですかその色んな意味で馬鹿な人」
やるのも馬鹿だしやり遂げるのも馬鹿だ。
しかもその馬鹿は王族とくれば、国の未来が心配になってくる。
そう呆れて言った私に、神父様はにこやかな笑顔で言う。
「この国の王族の男子は、良い意味で馬鹿が多いですからね。まあディートフリート殿下は悪い意味でも馬鹿ですが」
そう言い放つと紅茶に口をつける神父様。
どのみちこの国の王族は馬鹿らしい。しかも悪い馬鹿とは大丈夫かこの国。
「王家の多くの方は、個人の能力や人格を尊び、あまり身分というものに囚われません。しかしディートフリート殿下は、能力よりも家柄を重視し、むしろ下位のものがでしゃばる事に苛立ちを覚えているようですね」
「……なるほど」
それならば、あのライアルとの険悪な雰囲気にも納得がいく。
ライアルのあの態度をみれば、むしろライアルに原因がありそうだけど。まああの時は私を庇うためについやっちゃっただけであって、普段はちゃんと敬ってるらしいし。
それにしても……。
「神父様。神父様はライアルが騎士になったことを知っていたのですか?」
「ええ、風の噂には聞いていましたよ。それでもロイヤルガードに抜擢されていたのは初耳でしたが」
ロイヤルガード。王家直属の騎士であり、一騎当千の武と優れた人格と教養を持つものだけが選ばれる、この国で最高位の騎士。
自らの部隊こそ率いていないものの、その軍事的な権限は将軍に匹敵し、個々の戦闘能力の高さを省みれば一人軍隊と言っても過言ではない。
そんな騎士にあのライアルが選ばれただなんて、何だか実感が湧かない。
ライアルは、二十五年ほど前に神父様がどこからか拾ってきた子供だ。偶然ながら私と同じく珍しい銀色の髪で、まるで本当の姉弟のようだと村人たちに言われていた。
しかしライアルは、大人しいというか、どこか達観していて影のある子供だった。
聞き分けが良く、わがままもまったく言わない。村の他の子供たちと遊ぶことも少なく、時間のつぶし方はもっぱら読書か剣の稽古。
真面目というよりも、静か過ぎて元気がない子供だったのだ。能力的にはともかく、性格的に騎士になんて向いてないと思うのだけど、村を飛び出した十年の間に成長したということだろうか。
「ロイヤルガードは、王家の人間が自らの専任の騎士として一名のみ任命することができます。ライアルをロイヤルガードに選んだのは女王陛下ご自身だそうですから、ロイヤルガードの中でも発言力は高いでしょうね」
「……何の後ろ盾もないライアルが、女王陛下にですか?」
「ええ。その事が尚更ディートフリート殿下には許せないのでしょう。ディートフリート殿下に限らず、平民が大きな顔をすることに、反発する者も多いようです。まあそういった方々の殆どは、ライアルが私の養子だと知れば手の平をひっくり返すでしょうが」
そうだった。この神父様は、王家の人間すら頭を下げて相談に来るでたらめ神父だった。
むしろライアルがロイヤルガードに選ばれたのって、女王陛下にライアルの素性がばれたからなんじゃあ?
「まあ仮に贔屓だとしても、実力的には問題ないでしょう。ライアルは、私が子供のころから鍛えておきましたから。十年前の時点で、一騎当千とはいかずとも、当百程度の実力はありましたよ」
「……そんなに強かったんですかライアル?」
「それに気づけないのは、貴女も人間百人程度なら瞬殺できるからです」
驚愕の事実を告げながら、にっこりとやわらかな月のような笑みを浮かべる神父様。
どうやら私は耳と寿命が長い以外は普通の人間と変わらないと思っていたのに、人間兵器一歩手前だったらしい。
何だかショックだ。ただでさえエルフなんて生き辛い種族に生まれたのだから、これ以上余計な属性はつけないで欲しい。
「それにしても、ディートフリート殿下に見つかってしまいましたか。まあ面会の約束をすっぽかした事といい、最初からシルヴィア目当てだった可能性はありますが」
「……突然言い寄られました。以前の伯爵様だって、しつこくはあってもあそこまで強引では無かったのに。私ってチャームの魔法でもかかってるんですか?」
「相変わらず自身の容姿について、理解はしていても自覚は無いといった感じですね。今でこそまったくなくなりましたが、貴女を預かったばかりのころは、何度も誘拐されかかっていたのですよ?」
いや、私がこの村に来たのって、物心もついてない赤ん坊のころなんですけど。
女神様がお支えになっているこの素敵な世界には、ロリとかペドとかを凌駕した変態が一定数存在しているのでしょうか。
……やはりどこか他人事のように思える。そんな私を見て、神父様は困ったように笑みを浮かべる。
「自覚が無いのも問題ですね。まあそう育ててしまったのは私なのですが。子供を育てるには、やはり教会という場所と私はストイックすぎたのでしょうか」
そうどこか自嘲するように言う神父様。だけど私からすれば、神父様の方がよっぽど綺麗だ。
髪と瞳、肌まで黒い神父様は、中性的な顔立ちとやわらかな雰囲気もあり、神秘的な美しさを醸し出している。
村人の中には、人生の最大の謎は神父様の性別だったと言い残して往生した人も居るくらいだ。
……それはそれで残念な人生だ。
「まあディートフリート殿下に関しては、今後も相手にせず、最悪無視してしまっても構いません。貴女は私の娘ですからね。流石に私に無断で事は起こそうとはしないでしょう」
「神父様が恐いからですか?」
「ええ。私と敵対すると、教会と魔法ギルドに商人ギルドも敵になります。もれなく冒険者ギルドもおまけでついてきますよ」
朗らかに笑顔で言う神父様。相変わらず人脈が謎過ぎます。
教会はまだしも、何故に魔法ギルドと商人ギルドにまで影響があるんですか。
「さて、厄介な方は置いておいて。仕事のついでとはいえ、せっかくライアルが帰ってきたのですから、今日は何か美味しいものを作りましょうか」
そういって厨房へ向かう神父様。その後ろを私も手伝いをするために追う。
その後姿を眺めるが、ゆったりとした神官服と肩に届く長い黒髪のせいで、やはり性別が分かりづらい。
そして不思議そうに振り向いた神父様の顔を見て思う。
うん。やっぱり神父様の方が美人だ。そんな事を考えていたのがばれたのか、神父様がコツンと軽く頭を叩いてくる。
流石神父様。読心術もお手の物なんですね。