白馬の王子様なんて居なかった
「……ふむ」
何やら納得すると、私へと歩み寄る赤髪の男。逃げ出したいけれど、それはできない。
相手は王家に連なる人間だ。無礼を働いて、神父様に迷惑をかけるわけにもいかない。
それに神父様から、この国の王家の方々は、気さくな方が多いと聞いている。
いくら私が希少種であるエルフでも、無体な真似をしたりはしないかもしれない。
だけどそんな期待はあっさりと裏切られた。
「ほう?」
「!?」
顎を掴まれたと思ったら、強引に顔を上げられて、紫紺の瞳と見つめ合う羽目になった。
目があった瞬間恋に落ちた……わけがない。
むしろ断りもなく顔に触れた無骨な手が不快で、見下ろしてくる瞳に嫌悪を覚える。
何様だこの王子様!?(自己完結)
「な、にを?」
「絹糸のごとき銀色の髪に、強き意志を感じさせるコバルトブルーの瞳。まだ幼さが残るが、補ってあまりあるほどに美しい。……神父がエルフを囲っているとは聞いていたが、なるほどそなたの女神の化身もかくやという美をもってすれば、聖者を堕落させるも容易であろうな」
その物言いにさらに不快感は増した。
私の容姿を誉めたのだろうけれど、そのために神父様を引き合いに出すなんて。
「神父様は私を囲ってなどいませんし、堕落もしていません」
「そうか。ならば俺が囲っても問題はないな」
何故そうなる。
というかヤバいよこの人。この間うっかりチャームの魔法に失敗して、神父様に襲いかかってたヴィルマと同じ目してるよ。
当然私はチャームなど使ってないので、王子様は一応正気だがある意味正気でないといえる。
……正当防衛って相手が王族でも成立するのかな? ダメだ! 万が一成立しても王族相手じゃもみ消される!
「名は何という。可憐な妖精」
歯が浮く! エルフは一応妖精だから間違ってないのだけど、気障すぎて歯が浮く!?
「……シルヴィアと申します」
「ほう。歌劇に登場する狩りのニンフの名だな。そなたには相応しい」
言いながら徐々に顔が近づいている王子様。体の間に挟まった両手で突っ張っているというのに、お構いなしに接近してくる。
……もう殴って良いですかこの王子様?
よし殴ろう。
「おーっと手が滑ったー(棒)」
私が決意し拳を固めた刹那、突然第三者の声が森に木霊した。
瞬間投石機で投げられたかのように真横に吹っ飛ぶ王子様。
進行方向にあった哀れなクヌギの若木をぶち折り、弟の仇とばかりに立ちはだかった樫の木の太い幹に叩きつけられようやく止まる。
突然の大惨事に唖然とする私。そんな私を背に庇うように、見上げるほど背の高い騎士が現れる。
「ガハッ……ゲホッ! ゴホゥッ!?」
「申し訳ありません殿下。手が滑りました」
どうやら胸をぶつけたらしく咽せまくる王子様と、清々しいまでの棒読みで謝る騎士らしき銀髪の青年。
……大丈夫なのか。色んな意味で。
「ぎっ……貴様! 何を!?」
「探しましたよディートフリート殿下。まったく今日はクライン神父に殿下の将軍就任の報告に来たというのに、土壇場で行方を眩ませるとは。陛下にどう言い訳をするおつもりですか」
「報告など貴様がしておけ! そもそも、何故一神父如きに、国の役職が変わる度に報告なぞせねばならんのだ!?」
人としてどうなんだという押し付けに続き、屁理屈のようで正論な文句をつける王子……ディートフリート様。
うん。本当に何でこの国の人はことある度に、神父様に報告したり相談したりするんだろうね。
聖職者が宰相を務める事はあるけど、神父様は別に国に仕えたりはしてないよ。
「それはクライン神父が救国の志であり、かつて世界を危機に陥れた魔王を討った英雄の一人であり、女神の代行人とされる巫女の片翼と讃えられ、女神自身からも祝福と加護を与えられた聖人だからです」
「……自分で言っていて嘘くさいと思わないのか?」
「クライン神父を常識で計ってはいけません。あの人はもはや神父を騙る現人神です」
神父様。神に仕えているはずなのに、設定が凄絶すぎて神認定されてます。
というか私自身、神父様が人間だという確信がもてなくなってきました。もう少し人間らしく生きてください。
「まあ殿下が逃げ出したおかげで、今日は会えないはずだった人に会えましたが」
そう言うと、騎士はディートフリート様なんてもはやどうでもいいとばかりに、私へと振り返った。
少し長めの銀髪の間から、琥珀色の瞳が見下ろしてくる。
無愛想なその顔に、何故か懐かしさを覚えた。
……似ている。いや、だけど、あの子は私と同じくらいの背で……。
「お久しぶりです姉上。十年ぶりでしょうか」
「ライアル……なの?」
「はい。神父様にお世話になっていたライアルです」
呆然と、呟くような小さな声を漏らした私に、ライアル……義理の弟は苦笑しながら答えた。