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エピローグ

「……」

「…………」

「………………うぅ……」

「ブレイブ!」

 誰かが俺に抱きついてきたようだ。

 ここはどこだろう?

 まだ視力が完璧には回復していないが、どうやら俺はベットに寝かされているようだ。

 そして抱きついてきたのは……。

「お、おわぁっ! 秋留!」

 一気に意識がクリアになった。

 秋留が俺に抱きついているのだ。

 何だ、この幸せな時間は。

 まさか人生最後に神様が俺の夢を叶えてくれたんだろうか。

 よし、思う存分抱き返そう。

「秋留!」

 ……秋留の体に伸ばした手を止める。

 秋留の首に巻かれたブラドーが刃になって俺の首を狙っているのだ。こんな時でもダメなのか?

「やっと起きたか、ブレイブ」

「心配しましたぞ」

 視線を移すと部屋の入り口にカリューとジェットが立っているのが見えた。

 カリューはアチコチが包帯で巻かれている。

 死人であるジェットは包帯なんていらないはずなのだが、なぜか同じように包帯で巻かれている。

「私の魔力がまだ完全に戻ってないせいで、ジェットの体、一部まだスカスカなの」

 ゾッとする想像を端っこに追いやって、俺はベットにちょこんと座っている秋留を見た。

 秋留もあちこち怪我をしているようだ。

「そうだ! 魔族との戦闘はどうなったんだ?」

「ブレイブはずっと寝てたからね。心配したんだよ? あ、魔族は二日前に撃退したの」

 そうか。何とか撃退出来たか。

「ブレイブ達がエイの上で頑張ってくれたお陰だよ」

「……正直、死を覚悟したんだが……カリュー、お前の根性のお陰で助かった」

 俺に突然礼を言われた事でカリューがワタワタと慌てる。

 何かアイに会ってからカリューのからかい方が分かったような気がする。

「あ、そういえば、この病室にカリューも寝てたんだけど……アイちゃん、起きるまでずっとカリューの事を見守っていたんだよぉ?」

「あ? そうだったのか……」

 カリューが言った。

「ひゅーひゅー」

「お暑いですな」

「お前等、冷やかすな!」

 カリューが顔を真っ赤にして怒る。

「……あ、そういえば、秋留のレイピア大丈夫だったか?」

 ブッチの左腕を吹き飛ばした時にそのままレイピアを握ったままだった気はするのだがあまり覚えていない。

「ありがと、ブレイブ。上空から落ちてきた時にもしっかり握ってたよ」

 そう言って秋留は自分の腰にぶら下げたレイピアを指差した。

「そうか、良かったよ……」

 俺はベッドに再び横になり天井を見上げた。

 今回の戦闘は辛かったな。

 自分の力の無さを痛い程に実感した。

 こんな事じゃダメだ。俺はもっと強くならないと。

「ブレイブ、体は大丈夫そう?」

「ん? あ、ああ、大丈夫そうだな」

 相変わらず秋留がベッドに座っているため距離がやたらと近い。変にドキドキしてしまうのだが……秋留の背後でブラドーがいつまでも威嚇しているため変な行動には出れない。

「サージ様が全員の意識が戻ったら再び会いに来るようにって」

「どうせロクでも無い事言われてお仕舞いさ」

 カリューはあからさまに不機嫌になった。

 本当にカリューは勇者にはなれないのだろうか。

 コイツには何回も助けられたから勇者にしてやりたいのだが……。

「ブレイブが大丈夫そうなら会いに行ってみよ?」

 なぜか少し楽しそうな秋留が病室から出て行った。

「準備、手伝いますかな?」

「い、いや、それは遠慮しておく」

 あまり発言もしてなかったジェットは悲しそうに部屋を出て行った。

 秋留からの魔力提供が少ないせいであまり活動的にはなれない時期なのだろう。

「じゃあ外で待ってんぞ」

 カリューも外に出て行った。

 ……仲間にも心配かけてたみたいだな。

 ……というか、カリューの野郎、俺よりも大分前に気が付いていたんだろうな。

 俺より余程ダメージを食らっていたはずなのに。

 あいつが元気過ぎるせいで俺が悪目立ちするじゃねぇか!


「お待たせ」

 俺はいつの間にか修繕されていたダークスーツを着込むと病室を後にした。

 ダークスーツは戦闘でボロボロになったからな。

 こういう細かい所に気が付くのは秋留だろうな。

「スーツは大丈夫そうですな。ワシが修繕依頼出しておきましたぞ」

「……さんきゅー、ジェット……」


「さて、と」

 カリューが目の前の扉を見上げた。

「また来たな」

 俺も扉を見つめた。

「早く入りましょ!」

 秋留が明るく言った。

「どうぞ、聖龍サージ様がお待ちです」

 以前ここに来た時に見張りをしていた……確かランドと呼ばれていた守護隊員が扉を開け放った。

 と同時にサージの部屋の中から何かが飛び出してきてカリューに飛びついた。

『!』

「待っとったぞ! 待っとったぞ!」

 カリューに馬乗りになっているのは……聖龍サージだった。

 カリューの事をまるで白馬に乗った王子を見るような目で見つめている。……気持ち悪い、止めんか、クソジジイ!

「ささ、入りたまえ! カリューとその仲間達!」

 何だ?

 以前来た時とは随分扱いが違う気がするぞ?


『……』

 部屋に案内された俺たちは目の前でウキウキしているクソジジイを見つめながら事の成り行きを見守っている。

「あ、あのよ?」

「何じゃ? カリューよ」

「ちょっと離れてくんねぇか?」

「お、そうじゃな……」

 なぜか少し残念そうにクソジジイがカリューから遠ざかる。

「サージ様? 私達を呼び出した理由をそろそろ聞かせてくれないでしょうか?」

 唖然とする俺たちを尻目に秋留が冷静にクソジジイに切り出した。

「おお! そうじゃな!」

 そう言うと咳払いを一つしてクソジジイは話し始めた。

「カリュー! そなたを勇者と認める!」

『……』

『…………』

『………………』

『えええええええ!』

 カリューと俺は同時に驚いた。

 秋留はまるで知っていたかのように幸せそうに微笑んでいる。

 ジェットは……魔力提供が乏しいせいか、感情表現も乏しい。

「カリュー、なぜ黙っていたんじゃ! 獣人化出来るなぞ、最強のアイデンティティーじゃないかっ!」

「なっ……」

「ワシが認めた勇者の中でも五本の指に入るぞ、そなたのアイデンティティーは!」

 カリューがプルプルと震えている。

 嬉しくて震えている……訳じゃないだろうな。この前の戦闘で散々犠牲者が出たからな。そこでの戦闘で見せた獣人の姿が理由だけで勇者に認められても嬉しくはないだろう。

 ……俺も何だか無性に腹が立ってきた。

「ふざけんなぁっ!」

 カリューがクソジジイを殴りつける。

 その攻撃を避けようともせずにまともにクソジジイはカリューの拳を食らった。

 ……なぜ避けない?

「俺が勇者になりたいためにココに来たせいで、何人の島民が犠牲になったと思ってんだっ!」

 俺たちが来なくても別のパーティーがこの島に来て同じ事が起きただろうと聞かされても、俺だって納得出来なかったからな……。

 カリューの怒りを暫く見つめていたクソジジイは口をゆっくりと開いた。

「……合格じゃ」

「何だと?」

「ワシからの最後の審判じゃ……ここで素直に喜ぶような輩には正義の心が欠如していると判断して、勇者にはせん!」

『……』

 何だ、コイツ……。

 何かカッコ良い事言っているぞ。

「良いか、カリュー」

「……」

 カリューに殴られて床に座り込んでいたクソジジイ……サージはカリューに近づくと鋭い眼光で睨み付けた。

「自分だけで生きていると思うな!」

 サージの声に迫力がある。

 思わずヘラヘラしていた自分の顔も引き締まった気がする。

 確かに今回の魔族との戦闘で、俺たちはこの島民達に生かされたことが痛い程分かった。

 そして今まで冒険してきた中でも、全ての住人達に感謝の気持ちが生まれてくる。

 ……確かに俺たちだけの力ではココまで来ることは絶対に出来なかった。

「生きている事に感謝し周りの者を生かして感謝される存在になれ!」

 犠牲を少しでも減らしたかった。

 そのためにはもっと力があればと心から思った。

 大切な者を守るためにも力が欲しい……勇者になれるのはカリューであって俺では無いが。

「ワシが与える勇者の力でこの世界を救え! カリュー!」

「……お、おう……」

 カリューは何が起きているのかあまり理解出来ない様子でサージを見つめている。

「カリュー、おめでとう、念願の勇者だよ!」

「おめでとうございますですじゃ、カリュー殿」

「……これで悪をより滅ぼせるじゃないか、カリュー!」

 俺たちは一言ずつカリューに言葉を送った。

 カリューが恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いている。

「そうか! お前が本物の勇者になれたのは、最初に俺がお前に魔剣をプレゼントしたからだな! 俺のお陰で勇者になれたんだ! 感謝しろよ、カリュー!」

 そう、思い返せば長くなるが、カリューが獣人化出来るようになった大元を辿れば、俺が見つけた魔剣に要因がある。

「……何か怒るに怒れないな……」

 カリューが複雑そうな顔をしている。

「あはははは」

 秋留が幸せそうに笑っている。

 ジェットも感情控えめにフォッフォッフォと笑っている。

「獣人化か……っておいサージ!」

 何かに気付いたかのようにカリューがサージを睨み付けた。

「何か最後に立派な事を言っていたが、勇者になれる基準は個性で間違いないんじゃねぇかぁっ!」

「あ、バレたか」

「このクソジジイー!」

 カリューがサージを殴りつけようとしたが、もう殴らせるつもりは無いらしく、部屋の中を縦横無尽に飛び回ってカリューをからかい始めた。

「秋留は気付いていたのか、こういう風になることを……」

 カリューとサージの追いかけっこを見ながら秋留に話しかけた。

「ふふ」

 秋留は笑って誤魔化した。

 やっぱり我がパーティーの紅一点は最高の軍師だ!



 ここは城の横に併設されている勇者を誕生させる『光の宮殿』。

 サージの部屋を後にした俺たちはこの光の宮殿に連れてこられた。

 天井は一部がガラス張りになっていて太陽の光を優しく室内に運んでいる。

 そして壁際には松明が多く設置され、守護隊員がズラリと並んでいた。

「さて、勇者と認めるとは言ったが、最後にカリューには乗り越えなければならない難関がある」

「……何だ?」

 カリューが身構える。

「秋留ちゃん、召喚士の仕組みを知っているかね?」

 ……コイツ、何軽々しく秋留ちゃんなんて呼んでやがる。

「霊獣の体の一部を体内に取り込む事によって、召喚術で呼び出せるようになります……まさか?」

「さすが秋留ちゃん、理解が早いのぉ! どうじゃ、まだ遅くはないぞ? カリューの代わりに勇者にならんか?」

「え、遠慮しておきます……」

 俺は鼻の下を伸ばして近づいてきたサージの顔の目の前にネカーとネマーを突き出した。

「ぬ、この無礼な小僧め! お前は勇者にはなれん、ダメー」

 ま、また「ダメー」って言われた!

「さて……要するに仕組みは召喚術と一緒じゃ、ワシの体の一部をお前さんの体内に送り込む」

 そう言ってサージがカリューの胸をポンと指差した。

 秋留に言った「カリューの代わりに」発言でカリューの顔には怒りが表れているが、サージは気にせずそのまま話を進めている。

「……それのどこが難関なんだ?」

「ワシの細胞は霊獣のそれよりも何倍も人体に与える影響が大きい。瞳が金色になるのもその影響じゃ」

 へー。

 ほー。

 そんな仕組みになっていたのか。さすがに秋留も知らなかったらしく興味津々な顔でサージの話を聞いている。

 ……ジェットは相変わらずボーっとしている。

「で、人体への影響で時々死人が出とる……」

『……ええええ!』

「よく驚く奴等だな」

「感情が豊かなんだ、放っておいてくれ」

 俺は適当に応えといた。

 それにしても……ここに来てカリューが死ぬかもしれない?

 俺はそっとカリューの顔を見てみた。

 その顔には力強い決心が見て取れる。

「沢山の犠牲者の気持ちを無駄にしないためにも、俺は逃げねぇよ!」

「ほほぅ、言うのぉ! では行くぞ?」

 そう言うと、サージの翳した右手から金色に輝くビー玉大の光が放たれ、カリューの体へと入っていった。

「さて、ではカリューはこの光の当たる中心へ。他のメンバーは離れるんじゃ」

 俺たちはサージの指示通りに移動した。

 秋留は心配そうにカリューを見つめている。勿論、俺も秋留の方をキョロキョロと見つつ、カリューを見る事も忘れない。

 ……いや、さすがにカリューが気になるな。

「そろそろかのぉ……」

「!」

 カリューの体がビクンと動いた。

「ぐ、ぐああああああああああああっ!」

 途端に大きく叫び始める。

「きゃあああ! カリュー!」

「カリュー!」

「カリュー殿!」

 カリューが床に倒れて左へ右へ転がり始めた。

 苦しそうに体を掻き毟っている。

『……』

 俺達は言葉もなくカリューの苦しみを見守るしかなかった。

「ぬあああああああ、ぐあああああああ!」

 叫び声の上げ過ぎか、体の中で何かが起きているせいか、時々カリューの口からは真っ赤な血が吐き出されている。

 何も出来ないのか……。

「ここに居なくても良いんだぞ?」

 サージが俺たちの辛そうな顔を見て言った。

「カリュー一人に辛い思いはさせない!」

「うん!」

「そうですな……」

 ジェットは魔力供給が乏しいせいかあまり大丈夫そうではない。


 カリューが苦し初めて三時間が経過した。

 相変わらず叫び声を挙げ続けている。

「……長いのぉ」

 サージが小さく呟いたのが聞こえた。

 他の勇者よりも時間がかかっているという事か?

 頼むぞ、カリュー。

 こんな所で死なないでくれよ……。

「カリュー! 頑張りやがれ!」

 俺は思わず叫んでしまった。

「カリュー、頑張って!」

 秋留も叫ぶ。

「カリュー殿ぉぉぉぉぉぉ!」

 調子が悪そうなジェットが最後の力を振り絞ったかのように大声で叫んだ。

「ぐああああああぁぁぁぁぁ……」

 俺たちの叫びに応えるかのように、カリューの悲鳴が終息していった。

『……』

 カリュー?

 おい、カリュー……何か反応しやがれ。

「!」

 カリューの体が大きく跳ね上がった。

 何か心臓の音が大きく「ドクン」と聞こえた気がする。

「!」

 再びカリューの体が大きく動く。

 そしてやはり心臓の鼓動のような音が聞こえた。勘違いでは無い。

「何じゃ? 何が起きるんじゃ?」

 サージが少し焦り始めた。

 今までに無い反応なのだろうか。

「ウガァッ……」

 カリューの口から獣のような声が漏れた。獣人化でもするのだろうか? とりあえずまだ死んではいないようだ。

「グギャアァ……」

 ……いつもの獣人とは何か唸り声が違ってきているような……。

「グギャアアアアア!」

 迫力のある唸り声を上げてカリューが宮殿の真ん中で立ち上がった。

 人間ではない姿、しかしいつもの獣人ではない。体長もいつもの一.五倍はありそうだ。

 青い毛並みは鱗に変わり、頭からは二本の角が生えている。そしていつもより太くて立派な青い尻尾。

「何てこった……」

 サージが呟く。

「……後は立派な翼があれば……ドラゴンだよな」

 俺はありのままの感想を口にした。

「……今度も元に戻れると良いんだけど」

 秋留が心配そうにドラゴンのような見た目のカリューを心配そうに眺める。

「……」

 ジェットはまた感情表現が乏しくなっているようだ。

「グワアアアアアア!」

 一際大きな唸り声と共に、カリューの背中に立派な翼が生えた。

「これで完璧にドラゴンだよな」

「参ったのぉ……こりゃどうなるんじゃ?」

 サージにもこの先どうなるのか予想が付かないようだ。

 とりあえず冷静に分析するに、もともと特異体質だったカリューの体にサージの細胞が更に影響を与えて……ドラゴンに変身する能力を身に着けてしまったのだろう。

「ギャオオオオン!」

 カリューが翼を広げて唸り声を上げたと同時に俺たちの視界から消えた。

 そして宮殿の天井が豪快に崩壊する。

「飛んでっっちゃったな……」

 ポツリと呟く。

 他のメンバーは何も口に出せずにポカンとしている。

『!』

 宮殿の入り口が吹き飛んだ。

 壁際に並んでいた守護隊員達の何人かが巻き込まれる。

 巻き込まれなかった何人かはようやく自分達の本分を思い出したのか、サージの周りに集まり始めた。

 入り口を吹き飛ばして現れたのは……。

「カリュー、ついに火竜に」

 竜化したカリューが宮殿の入り口を破壊し、口から炎を吐き出した。

「クダらない事言ってないで何とかして!」

 秋留が炎を避けながら叫ぶ。

「いやー、こりゃどうにもならないだろ!」

 本当、どうすりゃ良いんだ。

 折角カリューが勇者になれそうだったのに……ドラゴンになっちまった。

「ワシが責任を取らんとな」

 サージが一歩前に出る。

「じいさん、危ねぇって!」

 俺はサージの服を掴もうとして手を引っ込めた。

 サージの体から異常な程の熱を感じる。

「グルオオオオオォォ」

 サージの体が一気に膨れ上がり、着ていた服は破れてその場に落ちる。

 そして瞬く間に俺たちの目の前に水色の鱗がキレイに輝くドラゴンが現れた。ドラゴンカリューの大きくなった体が小さく見える程の巨体、四メートルはありそうだ。これが偽者と本物の違いか。

「ギャオォォ!」

「グルオォォ!」

 カリューの吐いた炎をサージの吐いた炎が打ち消す。

 やはりドラゴン歴の長いサージの方が炎の扱いは上手いようだ。

 カリューがサージの炎に巻き込まれた。

「ギャウゥッ」

 怯んだカリューの胸倉を掴んだサージがそのまま宮殿の壁を破壊して外に飛んでいった。

「私達も外に出ましょう!」

『おお』

 俺とジェット、そして守護隊員達はサージの後を追って外に飛び出した。

 外に飛び出して上空を見渡す。

「あそこだ!」

 俺は上空から急降下してくる水色のドラゴンの姿を指差した。サージの右手にはカリューがガッツリと握られている。

 そしてそのまま城の周りの庭に突っ込んだ。

 大地が大きく揺れて、庭のアチコチに亀裂が入った。砂埃が辺り一面に広がる。

「ゴホゴホ、豪快過ぎるって!」

「カリューは大丈夫なの?」

「分からない、行ってみよう」


 砂埃が晴れた庭には大きなクレーターのようなものが出来上がっていた。

 その中心部に人間の姿に戻ったサージが素っ裸で立っている。

「……気を失っているが、カリューは人間の姿に戻っておる」

「サージ様、上着を」

 守護隊員がサージに近づき、長い法衣を羽織らせた。

 俺たちもサージに近づいていった。

 そして地面に埋まるようにカリューが人間の姿で横たわっている。サージ程の大きさには膨らんでいないため、何とか服の部分が残っているため素っ裸では無い。

 ……力技ではあったけど元の人間にすぐに戻れて良かったな、カリュー。



「何でそんな心配ばっかりかけるのよぉ!」

「す、すまん……」

 ここは俺が寝かされていた病室。

 今度はカリューがベットに寝かされて、その隣にアイが座りカリューの手をギュッと握り締めている。

 あれから病室に運び込んで一日が経過した。

 その間、アイはカリューにずっと付き添っていたと聞いている。

 ……俺が目を覚まさなかった間、もしかして秋留も俺に、あんな風に付き添ってくれていたのだろうか?

「お前等にも迷惑かけたな」

 金色の瞳で俺たちの顔を見渡す。

「おめでとう、カリュー」

 秋留がそう言って手鏡をカリューに手渡した。

「おおおお! 金色の瞳だ!」

 嬉しそうにカリューが手鏡を色々な角度で覗いている。

 いつまで経っても手鏡を見るのを止めようとはしない。

 そろそろ面倒臭くなってきたな。

 まぁ念願の勇者だしな。

 暫くは……。

「金色の瞳と共に、竜化の能力まで身につけちゃったな」

 おっと、つい口が滑っちまった。

「は? 何だ? 竜化って?」

「カッコ良かったよぉ、カリューは青い火竜になったんだよ! まるで正義の使者みたいだったぁ!」

 ……。

 何だ?

 カリューを苛めるために言った台詞なのに、アイのせいでカリューが嬉しがってるじゃないか。

「獣人化って自分でコントロール出来たんだっけ?」

「そうだな、ある程度は……じゃあ竜化もコントロール出来るかもな」

 秋留の台詞にカリューが興味津々に自分の両手を見つめる。

 コイツ、人間離れしてきている事に慣れてきているのか?

「そうさなぁ」

 俺たちの会話を聞いていたのかサージが病室の入ってきて言った。

「自分でコントロール出来るのかは重要じゃな。コントロール出来ないのであれば危険過ぎる力じゃ」


 俺たちは昨日サージとカリューが暴れた中庭にやってきた。

 宮殿と大きく抉れたクレーターは既に修繕の作業が開始されているが、イザという時のために作業員は全て避難している。

「じゃあ始めてくれ」

「ああ……」

 カリューが静かに目を閉じて、ウウウウウと声を発し始めた。

 そして。

 体が大きくなり始め、鋭い爪、二本の角、巨大な翼……。

「ギャオォォ……」

 昨日見たドラゴンと同じ。真っ青なドラゴンが俺たちの前に現れた。

 意識はあるんだろうか。

「こりゃぁスゲーギャオォ……」

 カリュードラゴンが自分の両手を見て呟いた。

 とりあえず語尾がおかしいのは、からかうためのネタとして今は取っておこう。

 意識はあるようだな。

「飛べるか? 翼は飾りだと思って上空にジャンプするイメージでな」

 サージがアドバイスをした。

 ふむ、俺には絶対に必要になる事は無いアドバイスだな。

「ギャオォンッ!」

 カリューが上空に飛び出した。

 そして縦横無尽に空を飛び始める。

「カリュー、カッコ良いぃ!」

「ふふ、そうだねっ!」

 アイと秋留が空を飛ぶカリューを見つめている。

 ……ちくしょう、カリューの野郎! 秋留にカッコ良いって言われてる!

 俺もいつか空を自由に飛びまわってやるからなっ!

「急に空を指差してどうしましたかな?」

 昨日よりは元気になったジェットが俺に突っ込む。放っておいてくれ。

 暫く飛んでからカリューは再び地面に降り立った。

「サージ! 炎は? 炎は吐けるのギャ?」

「うむ、大きく息を吸い、肺の中を熱くするイメージを持て! そして一気に吐き出す!」

「分かっギャ!」

「だああああっ! こっち見てやるなっ!」

 俺たちの方を向きながら大きく息を吸い始めたカリューに俺は叫んだ。

 アイツ、俺たちをフィアンセと共に殺す気か。

「すまんギャォン!」

 カリューの台詞と共に吐き出された息が既に少し熱い。

「すぅぅぅぅ……」

 今度は反対側の上空を向きながらカリューが大きく息を吸う。

 そして。

「ギュオオオオオオオオオッ!」

 空を真っ赤に染めるかのようにカリューの口から炎が放たれた。

「キャー! カリューカッコ良いぃ!」

「凄いね!」

 アイと秋留が黄色悲鳴を上げている。

 ちくちょー!

 俺もいつか口から火を吐けるようになってやるからなっ!

「……ブレイブ殿、口を大きく開けてどうされましたかな?」

「……放っておいてくれ」

 カリューが楽しんでいる間に俺は気になっている事をサージに聞く事にした。

「なぁ、サージ? 何でアンタはドラゴンになったり出来る能力があるのに、魔族襲来の時には戦闘手伝ってくれないんだ?」

 俺の質問の内容は気になっていたのか、秋留も近づいてきた。

 よし、カリューから遠ざけてやったぜ。

 こりゃ、俺の方がカッコ良いって言われる日も近いな。

「世界で活躍している勇者は常にワシの力を必要としている。今、こうしている間にも世界の勇者達にワシの力を提供し続けている」

『……』

「ワシが戦う事で勇者達への力が提供されなくなる……実はカリューを止めるためにワシが変身したのは例外中の例外なんじゃ」

 そうか。

 直接戦う事で他の勇者を危険に晒すからか……。

 そのサージを守るこの島の住人達……。

 自分だけで生きていると思うな、とはサージの台詞だったな。自分にも言い聞かせているに違いない。

「悪かった、納得出来ない理由で戦わないのかと思った」

「ほっほっほ、疑問を解決する事は悪くない! 情報は力だぞ、黒いの」

 ……情報か。

 確かに知識は力ではあるな。

「さて! カリュー! その辺にしておけ! 慣れない事をすると疲れるぞ!」

 サージがカリューに言った。

 その台詞を聞く前に大分カリューは息が上がっていたようだ。

「ぜぇ、ぜぇ、獣人化よりも余程疲れるな」

「飛んだり火を噴きまくったりしていては疲れるのは当たり前じゃ!」

 まるで孫を叱っているジジイドラゴンのようだ。



 それから一ヶ月。

 俺たちはガーナ王国でのんびりと時を過ごした。

 今日行われる勇者着任式のために久しぶりに長い間のんびりしてしまった。

 新しい勇者の誕生は、この世界では一大イベントとなる。

 新聞記者から雑誌記者までもがこの勇者着任式に参加するらしい。俺たちは勇者パーティーとしてこの一ヶ月でリハーサル等にも参加していたし、事前取材などでこの島に渡ってきた記者からの質問に答えたりしていた。

 ……正直、知名度が一気に上がった影響か取材料も今までよりも二倍以上で財布にも嬉しい。


 そして、この一ヶ月でカリューの家族もこのガーナ大陸に渡ってきていた。タリウス道場の門下生も勢揃いだ。

「俺は立派な勇者になれた。もう道場をつ、継がなくても良いんだよな?」

「そうだな……だが元々お前に道場を継がせるつもりはなかった」

「そうか……ってなにぃぃぃぃっ!」

「タリウス道場は美人三姉妹が師範をやっている事で有名になっているんじゃ、そんな所にお前のような熱血漢が入っても……迷惑なだけじゃ」

「……て、てめぇー!」

『あ? 何か文句あるのか? カリュー』

 美人三姉妹と父親に凄まれたカリューはそのままうな垂れていた。

 そんなやりとりを聞いたのも今となっては懐かしい。

 折角勇者になったのに、相変わらず家族には頭が上がらないんだな。


「まいどありー」

 俺はガーナ大陸の武器屋で短剣用の新しく注文した鞘を受け取ったところだ。

 この黒い短剣、今回の戦闘でまた大きくなったみたいなんだよな。

 切味は抜群だし体にも馴染む。特に呪われている訳では無さそうなのだが……何とも不思議な短剣だ。

 ……生きてたりして?

 そういえばこの短剣はカリューに買って貰ったんだったな。

 どんな店で買ったらこんな奇妙な短剣が買えるんだ?

 今度覚えてたら聞いてみるか。



 そして、俺たちは勇者着任式を迎える。

 勇者カリューが紹介され、異名「竜化勇者」をサージから授かる。

 ……この異名の仕組みのせいでアイデンティティーが必須となっているのではないだろうか? もう止めたら良いのに。

 紹介されたカリューは竜化し上空に炎を吐く。

 会場に集まっていた群衆からはこの島を揺るがす程の大歓声と拍手が巻き起こった。



「いやぁ、はっはっは! 今まででかつて無い程の良い着任式になったわい」

 その日の夕方。

 俺たちはサージ主催の食事会に誘われていた。

 目の前には豪華な食事が並んでいる。

 着任式の大成功にサージもご満悦のようだ。

「さて、これから勇者パーティーとして本格的に活動……出来ると思っておるか?」

『!』

 サージから発せられた言葉で俺たちの和やかな雰囲気が一気に固まる。

「どういう事ですか?」

 秋留が恐る恐る聞く。

 サージが咳払いして話し始める。

「勇者パーティーになったという事はどういう事か分かるかな?」

「そりゃ強くなったに決まっている!」

 カリューが握りこぶしを掲げた。

 うん、アホの所業だな。

「阿呆めっ! 勇者の特権でもある光魔法の使い方も分からん癖に! それにお前以外の仲間のレベルは何も上がっておらん!」

「むぐ……」

 そうだな。

 勇者パーティーになったからと言って、俺たちの力はほとんど変わっていない。

 ……カリューは副産物の竜化で大分パワーアップ出来た気はするが。

「勇者パーティーは魔族に狙われやすい。邪魔な存在なんじゃよ。つまり危険が増す訳じゃ」

『……』

 そうか。あまり意識した事は無かったな。

 それでは今の俺たち……いや、俺の力じゃあこの先どうする事も出来ないじゃないか。

「何を暗くなっておる! 他の勇者パーティーにもやってもらった事だが、お前さん方にはこのガーナ大陸で暫く修行をして貰う!」

 そんな仕組みがあったのか。

 このジイさん、何だかんだでちゃんと俺たちの事を考えてくれているじゃないか。

「……願ったり叶ったりだ! 俺はまだまだ未熟だ! 是非修行させてくれ!」

 俺は握りこぶしを作って応えた。

「黒い奴は、まだまだまだまだまだまだまだ未熟じゃ!」

「そんなにかよっ!」

 ……まぁ、勢いで突っ込んでその場にいる参加者の笑いは誘ったが……正直、俺は純粋に笑う事は出来ない。

 サージの言う通り、今の俺の力じゃ勇者パーティーの役には立てない。

「ふん、異論は無いな。中途半端な力で魔族に瞬殺されたんじゃ、俺を勇者にするために頑張ってくれた奴等に申し訳が立たない」

「そうね、修行するのにデメリットなんか思い浮かばないし」

「ワシもまだまだ未熟者ですしな」

 ……いや、死人の仕組み上、レベルアップする事って出来るのか? っと突っ込むと長くなりそうなので止めておく。

「ほっほっほ、では満場一致じゃな!」

 サージは嬉しそうだ。

 ……何で嬉しそうなんだ?

 それにあの顔……なぜか自分の顔を見つめているかのような卑怯な臭いを感じる。

「では、みっちり一年間! 毎月の授業料は一人五十万カリムじゃ。足りない分はローンも組めるぞい!」

『……』

『ええええええええええっ!』

 ちくしょう!

 さっき感じた表情は勘違いでは無かったか。あのクソジジイめ。この一ヶ月の滞在費もタダじゃなかったんだぞ!

「まぁ、しょうがないな。俺たちだけで生きている訳じゃないんだ。修行させて貰う代価は払わないとな」

「お、おいっ!」

 金に無頓着なカリューが勝手に話を進める。

 お前、一ヶ月に五十万カリムだぞ? 一年でいくらかかると思ってんだ!

「そうだね、その代わり見返りは期待して良いのよね?」

 秋留が言った。

 ……何か迫力があるな。

 秋留は元盗賊だったりするから、金に執着はあるはずだからな。

「当たり前じゃ、一年後は確実に強くなっているはずじゃ! 勿論、毎日が厳しい修行になるがな!」

 もう戻れないな。

 しょうがない。確かに力不足は散々感じていた事だ。

『やってやろうじゃないかっ!』

 俺たち四人は一斉に立ち上がると、手に持っていたグラスで乾杯して酒を飲み干したのだった。


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