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第四章 ガーナ上陸

執筆活動再開に向けてファイル整理していたら、続きが出てきたので、旧版となりますがアップします。

次回エピローグで完結となります

 魔族が悪天候にさせたんだろう、と思いたくなるほど、魔族仲良し三人組を倒してからの航海は順調そのものだった。

 天気にも恵まれてボロボロになった体をのんびり癒す事も出来た。

 それでも消えたザックラルに備えて見張りに手を抜く事は出来なかったのだが。

 そして迎えた航海十二日目。

 ポポンガの予想よりも二日遅れでようやくガーナ大陸が見えたきた。この調子だと今日中にはガーナ大陸の港には到着出来そうだ。

「待ってろよ、クソジジイめ。今度こそギャフンと言わせてやるぜ!」

 カリューが船酔いでフラフラになりながら、船の先端で豪語している。

 その状態ではギャフンと言わされているのはお前にしか見えないぞ、カリュー。

 ……もしかしたらカリューにとっては、船でガーナ大陸に渡るよりも泳ぐ方が船酔いに悩まされない分、楽だったのかもしれない……とアホな思考を中断するかのように、遠くから小型の船が急速に近づいてくるのが確認出来た。

 あの船の速さからすると、魔力で動くという魔動船の一種に違いない。

「止まれ! 止まれ!」

 魔動船に乗っていた五人が俺たちの船に乗ってきた。

 四人は上下水色の制服に身をまとい、一人は水色のコートの下に真っ黒な法衣を着ている。

 そして、いずれのメンバーも何かしらの武器で武装し、その物腰はなかなか……というか、正直、かなりレベルの高い奴等に見える。

「……ほぅほぅ、こりゃ、レッドツイスターのご到着か」

 法衣を纏った魔法使いと思われる男が……俺たちの顔を見渡してかわらしい声を発した。見た目は完璧に男なのだが……髭も生えているし……でも女なのか?

「と、いう事は、勇者になるためにわざわざ来たんだろ?」

「そうだっ!」

 ここぞとばかりにカリューが一歩前に出ながら男の顔に指をビシッと出した。……まだフラフラしていてあまり指は定まっていない。かっこ悪い。

「この船の様子……お前らの装備の汚れ具合からすると、魔族仲良し三人組は倒してきたみたいだな……」

「当たり前だっ!」

 カリューが再び指をビシッと出したが、そのままフラフラっと倒れかかった。しっかりしてくれ、リーダー。

「ふっ。まだカリューは魔族との戦闘でのダメージが全快してないみたいだな」

 男は勝手に納得したようだが、そいつはただの船酔いです。

「あ、すみません、ちなみに」

 秋留が後ろから申し訳無さそうに男に声を掛けた。

「魔族には一人逃げられたみたいなんです。ザッゲル……だったっけ?」

「ザックラルだ。飛び道具ばっかり使ってくる奴……」

 秋留の疑問に俺は即答した。

 やっぱり名前覚えられてなかったか。というかゲルドと名前混ざっているみたいだな。

 俺たちの報告に男は少し顔を曇らせたが、その後、元の表情に戻ると船内を調べ始めた。

「魔法で探索もしたがザックラルはいないようだな……では上陸を許可しよう。我々の船についてきな……海賊のロハンだったな?」

「ロハンだ……了解した」

 ロハンは乗組員に指示を出すと、船をいつでも出せる状態にした。

 ……この男、冒険者の名前は頭に入っているのか? ロハンもカリューも名乗っていないのに。

「情報は立派な戦力だからな。サージ守護隊の一員として、情報だけは常に最新を仕入れるようにしている……」

 またしても疑問が顔に出てしまっていたか。

 それにしてもサージ守護隊か。

 冒険者の間では有名な話だからな。聖龍サージを守るための警備隊は精鋭揃いだと……。

「しゅっぱ〜っつ!」

 ロハンが出発の合図を出した。帆が張られ船が魔動船の後を動き出す。

 さて、ようやくガーナ大陸か。

 聖龍サージのクソジジイとやらは一体どんな見た目なのだろう。


 その日の夕方。

 俺たちの乗る船は、魔動船に導かれてガーナ大陸にある港町に入った。

「今日はもう遅い。今夜はこの港町トタでゆっくり休むんだな……」

 港町トタ。

 あまり大きな港町では無いが……何より客引きや土産物屋のアピールが半端無い。

「未来の勇者殿、ささっ、このピカピカの冠なんてどうです?」

「未来の勇者様〜、アタシと写真撮らな〜い? 一枚千カリムよぉ〜?」

「ほぼ勇者確定のカリュー殿、今夜の宿はここ、『勇者亭』に是非!」

 ……どの客引きに対してもカリューはデレデレしっ放しだ。

 似合わない冠や変な写真を既に両手に握っている辺りが凄い。

 まぁ、こんな辺境の島に客なんてほとんど来る訳無いしな。俺たちが久しぶりの客だから気合が入っているに違いない。

「こちらが今夜のお宿ですよぉ〜」

 と思っていたら、何かのツアー客と思われる団体が砂浜の方からゾロゾロと歩いてきた。

 ……魔族が徘徊している海でどうやってこの島まで渡ってきやがった?

 ……あ、俺たちが魔族倒している間に別航路で来たとかか? 何かこの島の経済を助けたようで滅茶苦茶悲しいぞ……売り上げの何パーセントかは俺たちが貰う権利があるのではないか?

「賑やかな港町だねー」

 秋留が勇者饅頭を食べながら俺に話しかけてきた。秋留もこういう雰囲気には弱いからなぁ……。

「お茶も旨いですじゃ」

 どうやら店頭で味見させて貰った勇者茶をジェットは気に入って購入してしまったようだ。

「お、勇者パーティー間近の注目株、ブレイブさんじゃないですかぁ〜! この盗賊専用の福袋! 今なら一万カリムでお売りしますよ!」

 ……ちょっと見てみよう。


 その後も俺たちは土産やお得なアイテムなどを購入し、決して安くは無い『勇者亭』で眠りについたのだった。



 翌日は俺たちの門出を祝しているような……粉雪。大雪でもなくチラチラと降る小雪でもない、中途半端な粉雪だ。中途半端なカリューには丁度良いのかもしれない。

 ちなみにディム大陸同様に四季のある大陸であるため、死ぬほど寒い……という程ではないのだが、防寒具はかかせない。

「久しぶりに地面でゆっくり寝る事が出来たな。さすが勇者亭だ」

 カリューはご満悦だ。

 俺たちはそれぞれ別の部屋に宿泊したのだが、少なくとも俺の部屋には、まるで自分が勇者にでもなったかのような装飾具が至る所に配置されていた。カリューの部屋も同様……もしくは俺の部屋以上だったかもしれない。

 勇者の瞳を表したかのような金色のバスローブに、丸いグラスと高級ワインのセット、葉巻のサービス……勇者という存在が身近なはずなのに、なぜか間違った勇者像がありそうな独特な宿ではあった。

「ワシが一緒に冒険していた勇者殿も、金色の装備が好きでしたなぁ……」

 俺の悩みを察してか、ジェットがポツリと呟いた。

 ……勇者ってそんなもんなのか。

「じゃあ俺たちはこの辺の海域で貿易でもしているからよ。魔族もいなくなって少しは安全に航海出来るだろうから」

 これから聖龍サージに会いに行こう、という段になってロハンが切り出した。

 海賊の生業として、魔族討伐組合で貿易や漁のクエストを引き受ける事が多いと聞いた事がある。確かに俺たちが聖龍サージに会って勇者になるまでは暇を持て余しそうだが……。

「船が必要になったら、インス通信で俺を呼び出してくれ」

 インス通信とは、インスペクターという妖精を解析して生み出した新しい通信の仕組みらしい。

 そういう技術が先行しているワグレスク大陸では主流らしいのだが、俺たちは初めて聞いた。

 遠く離れた地でも傍にいるかのように会話が出来るという事だが……イメージが全く沸かない。

 今までは手紙、魔法使いなどの特殊な能力で遠隔で会話を行うなどはあったようだが……技術はワグレスク大陸を中心にどんどん進化していっているようだ。

 ちなみにインスペクターは頭がカメラのようになっている妖精で、映像を残したり遠隔に飛ばしたりする事が出来る。

 魔族討伐組合でクエストの成否を判断するために、パーティーに手渡しする場合も多い。

 俺たちはロハン達に暫しの別れを告げると、聖龍サージの住む地へと移動を始めた……って聖龍サージはどこにいるんだ?

「港町からガーナ王国都市までは乗り合い馬車が出ているんだけど……久しぶりに銀星に馬車を引っ張って貰おっか?」

 秋留の提案でディム大陸以降、静かに灰になっていた銀星が死臭と共に復活した。

 ジェットは人間だし死臭がするといっても……まぁそこまで酷い臭いは……しないことも無いんだが、獣の銀星の死臭はなかなかに慣れないし耐え難い。

 それでも俺達パーティーの立派な一員だしな。

 ロハンより歴史は断然長い。という事でロハンは銀星以下だ。

「ヒヒィーン! ヒヒィーン!」

 復活した銀星は喜んで秋留の体に長い顔を愛おしそうに擦り付けている。

 秋留も猛烈なアタックに少しだけ嫌がりながらも銀星の頭を撫でて可愛がっている……俺が銀星を好きになれない理由はココにもあるかもしれないな。

 俺達は港町で安い馬車と馬を二頭を借りると、ガーナ王国都市……どうやら地元民は親しみを込めて「サージシティ」と呼んでいるようだが……に向けて出発した。

 ちなみにガーナ大陸自体が大きな大陸では無いのと、町を結ぶ街道が整備されていること、また凶暴なモンスターはほぼ出現しないという事で、明日にはサージシティに到着する予定という事だ。野宿の予定もなく街道途中の宿屋でゆっくり体を休められるらしい。

「しゅっぱ〜っつ!」

 カリューが馬車の中から手綱を握るジェットに合図を送った。

 馬車がサージシティを目指してゆっくりと動き始める。

 さて、意気込んでいるカリューよ……無事に勇者になれよ。そうしないとここまで来た労力が水の泡だからな。


 ……ちなみに全てが水の泡になる訳ではないのだが……カリューには秘密にしている事がある。

 カリューとジェットが勇者酒場で店員に煽てられて酒を飲んでいる間に、俺と秋留、そして邪魔者のロハンの三人で魔族仲良し三人組を倒した報奨金を頂いていたりする。

 「三人だけの秘密ね」と舌をペロっと出して言った秋留の可愛らしい顔を俺は忘れない。

 しかも一人当たり一千万カリムの破格な報奨金だった。

 この辺の海域を貿易拠点とする漁協組合などからの報酬も含まれているらしく、俺は笑顔を隠さずにはいられない。

「ブレイブ、マスクなんてしやがって……修行が足りないから風邪なんか引くんだぞ」

 と、今朝俺の顔を見るなりカリューが面白がって言っていたが……ニヤケた口を隠すためだなんて言えない。

 にへぇ〜。

 ぬふふ〜。


 とニヤニヤしているうちに今日泊まる宿が見えてきた。

 他にも建物がいくつか隣接しているため、カリューの大好きな酒場もあるかもしれない。

「それにしても本当にモンスターが出なかったなぁ。体がなまっちまうぜ!」

「馬車は狭いんだから剣構えるのは止めないか?」

 目の前に繰り出された剣から少し離れならが俺は言った。

 そうか。

 モンスターが出なかったせいで、俺がニヤニヤしている間に超高速で宿に到着してしまったという寸法だな。納得だ。

「……ゴールドホテル?」

「さすがに趣味が悪いわねぇ……」

 俺が怪訝な顔で今日の宿の看板を眺めて呟くと、秋留が隣で溜息混じりに声を上げた。

 金色とは言わないが、黄色の壁、黄色の屋根の宿屋だ。

 ホテルという程の大きさでも無いし。

「悪くないホテルだな」

 カリューが荷物を降ろしながら呟いた。

 ……頼む、目を覚ましてくれ。

「飲み屋がありますな」

 ジェットの目が光る。

 もうどうしょうもないな、コイツら。



 翌日は雪がチラホラする程度の天候だった。

 昨夜は予想通りカリューとジェットが店員におだてられるがままに飲みまくり、最後は雪の積もった地面にカリューがダイブして幕を閉じた。

 「あの人型は俺が勇者になった暁にはこの宿屋の名物になるだろうな」とダイブし終わった後のカリューが言っていたが、冬が終われば雪は溶けるし、雪が積もれば人型も消える。

 ……先程、視界の端で飲み屋の店員が、カリューダイビングポイントの雪掻きをしていたのが見えた気もするが、俺にとってはどうでも良い事だ。

「んじゃぁ、今日も元気に出発するぜぇー!」

 昨日あれだけ飲んだのに二日酔いというのは皆無のようだ。ジェットも元気に手綱を握っている。

 俺と秋留も付き合いで飲んだのだが、少し飲みすぎたのか今朝からお互いフラフラしている。

 今日は雪が少し降っているが、日が出ているためそこまで寒くは無い。

 昨日あまり寝れていないのと二日酔いとで俺は馬車の中で仮眠を取る事にした。

 ちなみに秋留は可愛く顔を両腕で隠しながら既に眠りに入っている。

 ……添い寝してしまうか。

 と少し近づこうとしたタイミングで秋留のマフラーとなっていたブラドーが刃になって俺を威嚇してきた。

 こんにゃろう……。

 俺は諦めて一人寂しく荷物を枕代わりに寝始めた。


「ブレイブ、秋留、クソジジイの居城が見えてきたぞ!」

 カリューの叫び声で、大金に囲まれている幸せな夢が中断されてしまった。

 ジロリとカリューを睨むとその目でそのままカリューが指差す方向に視線を移す。

 丘の上から見下ろす形で、巨大な城を中心に城下町が広がっているのが確認出来た。

 魔族の怨敵、聖龍サージの居城とだけあって、大砲や投石器などの兵器の数も他の国の城よりも多いような気がする。

 城も城下町も全体的に水色で統一されているようだ。

 そういえば、サージ守護隊の奴等も水色の制服を着ていたなぁ。

 ……聖龍サージは水色好きなのだろうか?

「止まれ、止まれぇ!」

 少し街道を進むと昨日と同様に水色の制服をした二人組みに呼び止められた。

「ん! 何だ、この臭いは!」

 ジェットと銀星のゾンビ臭で早速疑われてしまったようだ。

 その後、寝起きの秋留がダラダラーっと説明して何とか納得してもらった俺達は、無事にサージシティの城下町に到着したのだった。


「ここは客引きがあまり無いみたいだなぁ」

 なぜか少し残念そうにカリューが呟く。

 確かに城下町の大通りを歩いているのだが、港町のような客引きはほとんど無い。

 かと言って、冒険者の姿もあまり見かけないのだが……この城下町に住む人々は何で生計を立てているのだろうか。

「さっき丘の上から見てたんだけど、この城下町に限らず、港町トタでも、自給自足をメインにしているみたいだったよ」

 つまり商業ではなく農業を主体に生活しているという事か。

 そう言われていると、店屋が圧倒的に少ないな。

 しかも……。

「一般人に見えても物腰が普通じゃないな」

 カリューも気付いたようだ。

 全員では無いが、野菜が積まれた荷車を引いている男性や肉屋の店員など、動きにどこかキレがある。

「ここまで鍛錬しているのは……有事に備えているという事ですな」

 ジェットが厳しい目で辺りを見渡した。

 聖龍サージを守るため、勇者になる素質の人材を探すため、このガーナ大陸は生半可な気持ちで足を踏み入れてはいけない土地という事が痛い程分かった。

「前に来た時は余り考える余裕は無かったんだが……勇者になれなくて当然だったのかもな……」

「……そういう心構えがなってないのが理由だったんだっけ?」

 秋留が素朴な疑問を発した。

 それを聞いたカリューが一歩踏み出して握りこぶしを作る。

「いや! そんな納得出来る理由じゃなかったんだ! あのクソジジイ!」

 ……城下町を歩いていた何人かが俺達の方をジロリと睨んだ気がした。

 この場所では聖龍サージの悪口を言ったら無事じゃ済まなくなりそうだ。

 カリューも睨まれた事は気付いたのか、バツが悪そうに握りこぶしをポケットに仕舞い込んだ。

「とりあえず、時間も微妙だし、今日は宿を取って明日出直すか……」

 勢いを削がれたのかカリューが力無く言った。

 暫く歩き、久しぶりの勇者客引きに出会ったカリューは、少しテンションを取り戻し、金色の剣をモチーフにした看板を掲げた宿屋『勇者イン』に元気良く入店したのだった……。



「おいおい、最近天気に恵まれないなぁ……」

 翌日、宿屋の窓から空を見上げて、同室のカリューを睨む。

「あのなぁ、俺のせいじゃないぞ!」

 カリューが装備を整えながら鏡越しに俺を睨み返す。

「ほっほっほ」

 ジェットが髭を整えながら笑っている。

 真っ黒で空が全く見えない分厚い雲……何も起きなければ良いんだが。


「おはよー……」

 相変わらず秋留は朝に弱い。

 目を擦りながらフラフラと宿屋から出てきた。

「俺のめでたい一日になるんだ、もっとシャンとしろ!」

 カリューが秋留にビシッと指をさす。

「はーい……」

 秋留が適当に返事をする。

「うむ」

 秋留の適当な返事に満足したのかカリューがキリッと巨大な城を睨んだ。

「いざ! 聖龍サージの居城へ!」

『……』

「お前ら、気合が足りないぞっ!」

 秋留は相変わらずボーっとしているし、ジェットも秋留につられてボーっとしている。そもそもジェットは秋留の魔力で存在しているので、秋留の元気が無い時はあまり活動的にはなれない。

 俺は……朝から熱血なカリューにウンザリしているため、気合を入れる気にもなれない。

「もう一回! ……いざっ! 聖龍サージの居城へー!」

「朝からうるさいよっ!」

 近くで通りを掃除していたオバサンにカリューが怒鳴られた。ぷぷっ、いい気味だ。

「……す、すみません」

 頭をポリポリと掻きながらカリューは城への大通りを歩き始めた。

 俺達もカリューについて行く形で歩き始める。やはり、ここの主役はカリューだからな。さすがにカリューの前を歩く訳にはいかない。

 俺達はそのまま暫く黙って歩く。

 ふと、カリューの顔を見ると、その顔には今までに無い決意の表情が見て取れる。

 ……こりゃ、本当に勇者になるかもな。

 ……より暑苦しくならなきゃ良いが……。


 城へと続くメインストリートを数分歩いただろうか。

 通りを巡回しているサージ守護隊の姿も増えてきた。

 どいつもこいつも俺たちの方を警戒しているが、以前のように呼び止められる事は無い。レッド・ツイスター到着の知らせが流されたためだろう。

「大きいお城ねぇ」

 歩きながらようやく朝の眠りから覚醒した秋留がいつもの落ち着きのある声で言った。

「大砲等の兵器もさすがに多いですなぁ」

 同じく秋留の覚醒により元気を取り戻したジェットも城を見上げて呟く。

 少し離れた丘の上から見た時にも気付いたが、近づくいて見ると、あの時見えていなかった兵器の数に更に驚かされた。

「ようこそぉ、レット・ツイスターの皆さんっ」

 城の敷地に入るための頑丈そうな門の前で、守護隊と思われる女性が話しかけてきた。

 テッペンに水色の羽が付いていた兜を目深にかぶっているため顔をしっかりと確認する事は出来ないが、声からすると若そう……話っぷりからすると、正直、天然そうな印象を受けた。

 しかも、俺たちパーティーの通り名を間違って覚えているようだ。

 「レット・ツイスター」ではまるで一緒に竜巻しませんか? というような意味にも取れる。

「レッドだ。俺たちはレッド・ツイスター」

 真面目なカリューが即座に指摘した。

 面倒臭い奴だ。

「あ、これはこれはごめんなさい……」

「……ん?」

 女性の謝罪の内容的に、やはり天然娘である事は確実そうだ。

 カリューも不思議そうに目の前の天然娘を見ている。

「……お前、アイ……か?」

 カリューが言ったと同時に目の前の天然娘がカリューに突然抱きついた。

「だいせぇ〜かぁ〜いっ!」

 アイと呼ばれた天然娘がカリューに抱きつき、そのままカリューを押し倒した。その勢いで天然娘の被っていた兜が地面に転がり、茶色の長い髪が広がった。

「だぁっ! 降りろっ!」

 押し倒されたカリューがアイを払いのける。

 ……朝っぱらからこの二人は何をやっているんだ? 何だか羨ましいのだが……カリューの四人目の姉妹だろうか?

「酷い、カリュー! 許婚に向かって乱暴したらダメなんだからねぇっ」

 ……。

 …………。

『えええええええええ!』

 勿論、全員驚いた。

 近くにいた別の守護隊のメンバーも驚いた様子で状況を伺っている。

「カ、カリュー、お前……」

「へぇ〜、そうだったんだぁ……」

「ほっほっほ、カリュー殿も隅に置けませんなぁ……」

 とりあえず三者三様、異なるリアクションを取っているが、これから聖龍サージに会おうという直前に発生して良いイベントでは無いな。この天然娘の爆弾発言のせいで場が混乱しまくっている。

「あー! カリュー! レット・ツイスターの皆さんに黙ってたのぉっ?」

「いちいち言う事でも無いだろっ! それに親同士が勝手に決めた事だっ! しかもまだ俺たちの名前間違ってるしっ!」

 カリューが大分慌てている。

 もうこの際、俺たちパーティーの呼び名はどうでも良い。

 ……まさか、カリューに許婚がいたなんて。

 何か男としてカリューに負けた気がする。

「親なんて関係ないもんっ! アタシはカリューの事が、だぁいすきだもんっ!」

「ぐっ……お前はまたそんな恥ずかしい事を大声で……」

 熱血アピール以外でカリューの顔が赤くなっているのは初めて見たかもしれないな。

 こりゃ良いものを見たわい……。

 ……。

 …………。

 ちくしょーっ!

 俺も秋留に「だぁいすきだもんっ!」と言われてみてぇっ!

「何歳の時に許婚になったんですか?」

「秋留っ! アイに余計な事を聞かなくて良いっ!」

「アタシ達が十四歳の時ですぅ」

「お前も即答するなぁっ!」

 大混乱に輪をかけるように秋留が会話に参加する。

 更に慌てふためくカリューは顔を真っ赤にして汗をかきまくっている。

 よし、俺も便乗しよう。

「カリューのどこが良いんだ?」

「ブレイブ、お前までっ!」

「全部ですぅ!」

 ……。

 …………。

 ちくしょーっ!

 俺も秋留に「ブレイブの全部がだぁいすきだもんっ!」と言われてみてぇっ!

「お二人はどこまで……」

「ジェットォッ!」

 カリューの正拳突きがジェットの顔にめり込んだ。


「あ〜、楽しかった」

 秋留が笑いながらカリューの顔を意地悪そうに見つめている。

「すまんですじゃ、年甲斐もなく……」

 正拳突きで乱れた髭を整えながらジェットが謝る。

「まだ顔が赤いぞ、カリュー」

 俺の台詞にカリューが睨んでくる。

 ……まぁ、そろそろ真面目に聖龍サージに会いに行かないとな。

「アタシは門の警備があるから一緒に行けないのぉ。ごめんね、カリュー」

「来んなっ!」

 カリューがアイにも睨み返すと、別の守備隊が開けてくれた門をスタスタと一人で入っていってしまった。

「じゃ、私たちも行こうか。じゃあ、アイさん、また後で」

「いってらっしゃぁい!」

 アイが元気良く手を振っている。

 あの元気さ、以前一緒に冒険したガキンチョを思い出すなぁ……。


 門の向こう側には巨大な庭が広がっていた。

 所々には投石器などの兵器が設置されている。使い方も分からないような特殊な大砲のような兵器も見えた。……魔力で発動しそうだな。

 それに、巡回している守護隊の数も城下町に比べて何倍も多い。

 これだけの守備隊と兵器があれば、魔族もそう簡単には攻めてこないに違いない。

 ……そういえば、このガーナ大陸に魔族が攻めて来た事はあるのだろうか。

「レッド・ツイスターだな……今、門を開ける」

 俺たちはようやく、本城へ足を踏み入れた。

 重い扉が俺たちの後ろで見張りの手によりすぐに閉められる。警備は万全のようだ。

 扉の向こうでは別の守護隊が俺たちを出迎え、広い城を案内し始めた。

「あっちは最大級の図書館です、時間があれば閲覧も出来ますよ……そんな時間があるんならね、ヒヒッ……」

『……』

「あの突き当たりは……行かない方が良い……行ったら……ヒヒッ……」

『……』

「ああ、あそこは大食堂だよ。ものによっては旨いよ……ヒヒヒッ……」

『……』

「ああ、あの売店はどれも割高だから気をつけてね……ヒヒヒヒッ……」

 さっきからコイツは何なんだ?

 俺たちを案内し始めてからやたらと遠回りしている。それは珍しい城でもあるため大変興味深いのだが……そこに付随される解説が何とも……マイナスイメージばっかりでウンザリなんだ。気持ちが沈んできた。

 それにしても広い城だな。守護隊の警備も厳重だ。

「お待たせ……あの先が聖龍サージ様の間だよ……でも……」

『?』

 俺たちは全員、案内役の守護隊の方を見た。

 その顔が意地悪そうに歪んでいる。

「聖龍サージ様は今は不在だよ、ヒッヒッヒ!」

『えええええええっ!』

「うっそぴょーん! どう? どうだった? 俺のいたずらツアーは?」

 俺たちは無言で案内役の守護隊員を殴った。

 勿論秋留も参加している。ちなみに秋留の忠実な僕、マントのブラドーの首絞め攻撃が一番きいているように見える。

「チャンク、また勇者パーティーで遊んでいるのか」

 傍で成り行きを見守っていた別の守備隊が呆れたようにいった。

 このふざけた野郎の名前はチャンクというのか。

 覚えてやる必要は全く無いけどな。

「そう言うなよ、ランドォ、いっつも見張りばっかりで飽きちゃうんだからさぁ」

 サージの間の大扉を見張っていたランドと呼ばれた守護隊員は、チャンクの言葉を無視して俺たちの方を見る。

「では、勇者候補パーティー御一行殿、こちらへ」

 ランドが大扉を開けた。

 俺たちはゆっくりとサージの間へと入る。

 部屋の中は全体的に薄暗い。

 俺は玉座のある広間を予想していたのだが、どちらかというと少し大きめの書斎と言った所か。……まぁ、サージは国王という訳ではないから玉座があるのは少しおかしい気がするな。

 目の前には大きな机があり、本棚には難しそうな本が並んでいる。薄暗いせいでタイトルまで確認する事は出来ない。

 一方、反対側の壁には豪華な剣や槍が飾られている。サージが使う武器だろうか。

「……ジジイがいねぇな」

 カリューが机の前まで歩いてきて辺りをキョロキョロと見渡した。

 左手奥に扉があるので、サージはあの奥にいるのだろうか。

 ……気配はこの部屋にも奥の部屋からも感じ無いんだがなぁ……まさか……。

「机の上にこっち向きにメモが置いてあるけど……」

 秋留が机の上からメモを取り上げた。

 あんまり勝手に触ると後で怒られるんじゃないのか?

「えっと……『グルグル焼きを食べにディム大陸に行って来る サージ』……」

『ええええええええええっ!』

 俺たちは顎が外れんばかりに驚いた。

 秋留は思わずメモを真っ二つに破り捨てる。

「くくく……」

『?』

 どこからか笑いを堪えているかのような声が聞こえてきた。俺たちパーティーの声ではない。……年寄りのようなシャガれた声だ。

 この部屋全体から聞こえてくるような錯覚を受ける。

「ぬわぁーはっはっはぁっ!」

 年寄りの爆笑が部屋に響き、机の下からノソノソと小さいジジイが出てきた。

 頭頂部に緑色の長い髪の毛がまとまっているがそれ以外には髪が無い。ツルツルだ。その頭には特徴的な二本の朱色の角が生えている。それ以外の特徴はジジイが机の向こう側にいるため分からない。

「このクソジジイ! 案内係と同様に騙しやがったなっ!」

「ぬあぁーはっはーっ!」

 カリューがクソジジイと呼んだという事はやはりこの小さい年寄りが……聖龍サージなのか。……威厳とか皆無なんだな。こりゃクソジジイと呼びたくもなる。

「いつまで笑ってやがるっ!」

 カリューが両手を机に叩き付けた。

「おおっと! 相変わらずの血気盛んなガキじゃのぉー」

 かろうじて笑いを抑えている風のクソジジイがカリューをジロリと睨んで言った。

 そして、ヒョコヒョコと机の向こう側から俺たちの方に遅い歩みで近づいてきた。

 身長は一メートル三十センチといった所だが、全身を改めて見てみると、身長など気にならない程に立派な青い翼と長い尻尾が印象的だった。聖龍……と呼ばれる所以だろう。ドラゴンに変身でもするのかもしれない。

 水色……サージ守護隊のイメージ色はこいつの翼と尻尾の色という訳か。

「怒ってんのはお前がくだらない事するからだろっ!」

 カリューはまだ顔を赤くしてクソジジイとやりあっている。

「お前はいつまで引きずっておるんじゃっ! しつこいっ!」

「ぬっ!」

 クソジジイにピシャリと言われてカリューが言葉に詰まった。

 確かにカリューは色々引きずりやすくはある。

「さて……」

 クソジジイが俺たちの顔を見渡す。

「……ん? 聖騎士ジェット殿ではないか……第三次封魔大戦での功績は見事であったぞ……」

「ありがたきお言葉、勿体無いですじゃ……ワシの力だけではなく、仲間達のサポートがあればこそ、でしたが」

 ジェットは秋留の魔力によって復活した死人ではあるが、生前はチェンバー大陸の英雄と言われた猛者なのだ。

 第三次封魔大戦と呼ばれる人間と魔族の戦いでは、魔族軍団長のマクベスとかいう奴を倒したと言われている。

 ちなみに魔族の軍団長がどれ位強いかというのは……戦った事が無いので知らない。

「確かにジェット殿は十分に勇者の素質はあったが……さすがに死人を勇者と認める訳にはいかんのじゃ」

「あ、いえ……」

 ジェットがクソジジイの誤解を解こうとする間もなく、今度は秋留の顔を覗き込んで何度も頷き始めた。

「こりゃ、かわええ女子じゃのぉー! 素質もありそうじゃしな。勇者になるんかっ?」

「い、いえ、私じゃないんです」

 秋留は近くに寄り過ぎたクソジジイを手で少し押し戻して言った。

「ん? そうすると……」

 クソジジイが俺の顔を見る。

「おっ?」

 クソジジイが更に俺の顔を見る。まさか、俺にも勇者の素質が?

「平凡すぎ。弱すぎ。ダメー」

 ……こいつの頭に風穴開けても良いだろうか。勇者の素質が無いとしても、もう少しマシな言い方ってもんがあるだろっ!

「クソジジイッ!」

 無視されまくったカリューがようやく怒鳴った。

 ……俺がクソジジイにこき下ろされる前に止めて欲しかったな。

「ん? なんじゃ、カリュー?」

「ぐっ……」

 コラ、カリュー。

 なぜそこで言葉に詰まるんだ!

「お……」

「お?」

「俺を……」

「俺を?」

「勇者にしやがれぇぇぇぇっ!」

 何をトチ狂ったのかカリューが剣を構えてクソジジイに切りかかった。

 さすがにそれはマズイだろっ!

 しかしあまりに突然の出来事で俺も秋留もジェットも止めに入るのが間に合わない。

「相変わらず血の気の多い奴じゃ」

 カリューが振り下ろした剣を……クソジジイが片手で軽く受け止めた。しかも刀身部分を軽々と素手で握っている。

「ぐぅ……」

「お前が以前ここに来てから三年以上経過したが……その熱血丸出しで真っ直ぐな性格……何も変わっておらんのぉ」

 クソジジイが刀身を軽く払うとカリューの体がその反動で壁に吹き飛ばされた。

 こいつ……聖龍サージと呼ばれるだけあって、ただのクソジジイでは無いな……って当たり前か。そこら辺のジジイに勇者の力を授けるようなパワーが備わっていてたまるか。

「大丈夫ですか、サージ様!」

 争いの音を聞きつけて、扉の外から守備隊員が声を掛けてきた。

「大丈夫じゃ、問題無い」

「はっ!」

 サージが床から見上げているカリューを見つめた。

「ふぅ……お前さんはワシのアドバイスを何も実行しとらん。そんな奴を勇者にさせる訳にはいかん」

「この……クソジジイが……」

 カリューが剣を杖代わりにして立ち上がる。

「あんなアドバイス、実行出来るか……」

 三年前、サージにどんなアドバイスをされたのだろう。

 気になるな……。

「ん? 何じゃ? お前さん、パーティーの仲間に勇者になれなかった理由も話とらんのか?」

 サージが俺たちの顔を見渡して状況を察したようだ。

「ぐっ……」

 カリューが再び言葉に詰まった。

「ではワシの口からもう一度、お前さんが勇者になれない理由を指摘してくれよう」

「なっ! い、言うなぁぁっ!」

 カリューが再び剣を構えてサージに飛び掛る。

 その攻撃を流れるような手つきで交わし、カリューの突進力がそのまま本棚へとぶつかった。

 カリューの頭上から重そうな本が大量に降り注ぐ。

「ぐあっ」

 最後の一発で、一際重そうな本がカリューの脳天に直撃した。気を失うまではいってないが、星がチカチカしている所だろう。

「ごほん」

 サージが咳払いを一つした。

 とうとう明かされる。

 カリューが勇者になれない理由、そして自称勇者を名乗っていた理由。

「カリューの力量はまぁまぁなんだが……熱血なだけで花が無い」

『……え?』

 カリューを除く三人の頭に大きなクエスチョンマークが浮かんだ。

「熱血なだけで魔法も使えず剣を振り回すのみ。そんな個性の無い勇者はいらん!」

『……』

「こやつに言ってやったんじゃ。お前さんの有名な姉妹はどれも個性的な女性ばかり。お前も個性を身に着けて来い、と」

「個性が無いのが勇者になれなかった理由か?」

 俺は感じた事をそのまま聞いてみた。

 クソジジイが大きく頷いた。

 こいつはやっぱりクソジジイで十分だ。カリューが自称勇者を謳いたい理由も分かる。

「こやつの姉妹には会ったかの? 踊る剣士勇者にアイドル勇者、悪魔の舌を持つ勇者……どれも魅力的で惚れ惚れするわい」

 ……アイドルのような声で見た目の良い妹が居たな。それに毒舌な姉と……消去法であの姉は踊る剣士という所か。

「……サージ様」

 秋留が口を開いた。

「ん? やっぱり勇者になりたいか? お前さんは『可愛すぎるオールマイティな魔力勇者』という事で十分素質あるぞ? あ、黒いだけのお前さんはダメー」

 くっ。

 なぜまた俺を馬鹿にするんだ、このクソジジイは。

「いえ、私は勇者になりたいとは思っていません。その点、カリューは……」

 その時、サージの間に守護隊員が慌てて入ってきた。

「魔族の小隊ですっ! やはり来ましたっ!」

『!』

 床に倒れて意識が朦朧としていたカリューを含めて俺たちは顔が険しくなるのを感じた。

「……来たか。予想通りという所かのぉ……しかし嫌なタイミングで来たもんじゃ」

 予想通り? 嫌なタイミング?

 魔族の襲来が予想されていたのか?

「どういう事ですかな?」

 ジェットがサージに近づいて聞いた。

 サージは黙って俺たちを奥の部屋へと案内した。

 奥の部屋はサージの寝室、兼、巨大な展望台となっており、ガーナ大陸の向こう側、大海原までを見渡す事が出来る。

 サージが黙って傍にあった双眼鏡を俺に手渡した。

 双眼鏡を覗く前に自分の眼で大海原を確かめる。十時の方向に何か影が見えるのを確認した俺は双眼鏡でその影を確認した。

 真っ黒な船が……十隻。

 その周りには大型のモンスターの姿も見て取れる。

「大型船十隻に大型モンスターが……八匹だぞ……」

 あれが魔族の小隊?

 あれだけの戦力で攻められたら、大きな街でもあっという間に廃墟と化すぞ……。

「ところで、魔族仲良し三人組は強かったかの?」

「あ? あぁ、強かったな。一匹には逃げられたし」

 サージに聞かれて俺は正直に答えた。

「全員仕留めたとしても、他の魔族には、同胞が殺されたのが分かるらしいぞ……」

 そうなのか。

 ……って何の話だ?

「え? まさか……弔い合戦なの?」

 俺から渡した双眼鏡を覗きながら秋留が驚いた。

 つまり、あの魔族の小隊は、俺たちが魔族仲良し三人組を倒したからこの大陸に攻めてきたという事なのか? そんな義理堅い奴等だったか? 魔族というのは……。

「このワシに手を出すキッカケが欲しいだけなんじゃ、奴等は。勇者を量産するワシの存在は、魔族にとっては邪魔だからな」

「おいっ!」

 カリューがサージの胸倉を掴んで海原の魔族達の方を指さす。

「じゃあ、奴等は俺のせいで、この大陸を襲いに来るって事なのかっ!」

「……いつもの事だ。それが分かっていて、このガーナ大陸に住む者達は、ワシを守ろうと日々準備を進めている……」

「くっ……ちくしょうっ!」

 カリューが展望台の柵を殴りつけた。

 俺も何かに八つ当たりしたい気持ちになっている。

「お前等が来なくとも、別の勇者になりたいパーティーが海を渡り魔族を倒す……ただなぁ……」

 サージの顔に一筋の汗が流れた。

 なんだ?

 これ以上、何か衝撃の事実があるのか?

「昨日の事なんじゃが……守護隊の皆でキノコ鍋パーティーをやったんじゃ……」

『……まさか』

 俺達四人の声がハーモニーとなって展望台から空に舞う。

「現在、守護隊の過半数は食中毒で療養中、絶対安静じゃ」

『なにぃぃぃぃぃぃぃっ!』

 俺達四人の絶叫が展望台からこの島全体に響き渡ったかのようだ。



「守護隊員は四人組となり、この城と魔族小隊が上陸する港を結ぶ通路に展開しろっ! 市民を守りつつ戦うんだ! ただし無理はするな! この広場で待機している俺たちを信じろっ!」

 サージ守護隊の中でも偉そうなガタイの良い男が大声であちこちに指示を出している。名前はメッカというらしい。

「チャンクッ! ふざけてないでさっさと持ち場に着け!」

 ……俺達をハメたいたずら好きの守護隊員が怒られている。いい気味だ。

「毎回恒例なのだが、勇者候補である諸君にも戦ってもらう」

 俺達の傍にいて状況を説明してくれているのは、海上でも会った真っ黒な法衣の守護隊員、ツケルだ。かわいらしい声をしているのだが、性別は男で間違いないらしい。……カリューが男トイレで会ったから。

「この城門前の中庭が俺たちの持ち場であり、城を守るための最終防衛ラインでもある」

 周りには様々な武器を構えた守護隊員達がいつでも攻撃を始められるように待機している。

「魔族の小隊レベルは毎回の事だが、いつもと違うのは守護隊員が少ない事だ。恐らく広場まで到達してくる魔族とモンスターの数が多い」

 ツケルが見張り台にいる守護隊員の方を見た。

 まだ魔族が到着するまでは時間があるようだ。遠くの方では砲撃音も聞こえてくる。港町では既に戦闘が開始されているようだ。

「俺たちが港町に行ければ……」

 熱血漢であり正義大好きのカリューはいてもたってもいられないようなのだが、今から港町に向かっても魔族到着には間に合わない。俺たちはこの場所で撃ち漏らした敵を各個撃破するしかないのだ。

「お前等は与えられた仕事をきちんとこなせ。サージ様も戦いっぷりを見て考えを改めるかもしれんからな」

 カリューが勇者として認められなかったのは一部の守護隊員には伝わったようで、このツケルも気を使ってくれている。

「くっ……俺にもっと力があれば……」

 カリューの握っている剣がブルブルと震える。


 広場で待機し続けて約五分後。

 数箇所の見張り台からほぼ同時に角笛が吹き鳴らされた。

「どうやって移動したら、港町からここまで数分で来れちまうんだ……」

「高速移動が可能なモンスターに乗って来ているな」

 近くにいたツケルが地面に手を当てて言った。そのままの姿勢でツケルが回りの守護隊員に指示を出す。何か特殊な魔法を使っているのだろうが……。

「来たぞぉっ!」

 見張り台からの叫び声と共に、背の高い城門を軽々飛び越えて、一匹の黄色い獣が中庭の広場に降り立った。背中には人型が二人……いずれも魔族に違いない。

 守護隊員が四人が一人の魔族を取り囲む。そして遠くから別の守護隊員が弓矢でフォローを行う。

 どいつもこいつも戦い慣れている。

 どっかの国の城の兵士より断然腕は良いようだ。

「上空! こっちも来たよっ!」

 別の女性守護隊員が叫んだ。

 空から小型の飛行型モンスターから飛び降りた二人の魔族が音も無く地面に降り立った。

 その二人の魔族に向かって、六人の守護隊員達が遠距離、中距離、近距離の攻撃を交えつつ僅かな時間で追い詰めていく。

 ……よく見れば守護隊員の中にカリューも混じっている。

 戦いのセンスは良いせいか他の守護隊員との攻撃にも上手く合わせられている。……さすがだな。俺も負けてられない。


「随分、敵の数が増えてきたわね……」

 秋留が魔法による攻撃の合間に俺に話しかけてきた。

「あぁ、しかも魔族だけあって強さが桁違いだ」

 実は俺の攻撃は当たってはいるのだが、一撃が致命傷にはつながらない。

 俺の両銃は硬貨を打ち出す特別製なのだが、普段使っている硬貨は銅で出来た千カリム。銀で出来た一万カリムを使えば攻撃力も上がるのだが……勿体無いんだよな。

「ぐあっ」

 俺の近くで戦っていた守護隊員が呻き声を上げる。

 振り返ると青い皮膚をした魔族が血がたっぷりと付いた巨大な鎌をちょうど振り上げていた所だった。こいつ気配をほとんど感じなかったぞ!

 危険を察知した俺は、魔族との距離を開けながら、鎌に対して硬貨を乱射する。

「小賢しいわっ!」

 魔族の鎌が俺のすぐ横の地面を鋭くえぐる。硬貨の乱射で何とか軌道を変えられたお陰で攻撃を食らわずに済んだ。

 俺は魔族が少し体制を崩した隙に腰に装備している短剣を抜いて魔族の脇を切り裂いた。

「おらぁっ!」

 俺の攻撃に怯む事無く、魔族の鎌が再度大きく振られた。

 ちっ!

 こんなデカイ獲物振り回している癖に攻撃が素早いし、スタミナもあるようだ。

 何とか二回目の攻撃を避けつつ、ネカーとネマーに持ち替えて硬貨を数発食らわす。……先程切り裂いた脇を集中的に。

「ぐあっ!」

 青い魔族が傷みで怯んだタイミングを見計らって、丸坊主の守護隊員の持っていた大剣が首を跳ね飛ば……してない! 青い魔族は大剣の攻撃を鎌でギリギリ防いでいたようで、首から血がほとばしったがまだ繋がっている。

「いてーなぁっ!」

 魔族が体勢を崩しながらも丸坊主隊員の顔面を蹴り上げた。

 ……悪いな。

 体勢の崩れた魔族のまだ繋がっている首を再び持ち直した短剣で素早く切り裂く。

 魔族は断末魔の叫びを上げる事も出来ずにその場に崩れ去った。

「助かった」

 魔族の攻撃で片目と鼻が潰れた丸坊主隊員が俺に礼を言う。

「こっちこそ……」

 俺は目の前に倒れている魔族を見下ろした。……姿形が俺たちと同じ魔族の死に様は相変わらず良い気分はしないな。

「黒いのっ! ボーっとしている暇はないぞっ!」

「……ちっ、次から次へとっ!」

 坊主に言われて俺は近づいてきた別の長髪の魔族にネカーとネマーを乱射した。両手には鋭い爪の武器を装備している。

「甘いわっ!」

 俺の攻撃は難なく避けられた。ダメだ、心が乱れているせいで照準が定まらない。

「黒いのぉっ!」

 俺と魔族の間に坊主が割って入って大剣を振った。

 魔族の持つ爪がその大剣の攻撃を火花を散らして受け流す。

「うぐっ」

 俺に背を向けた坊主の呻き声と共に、魔族の爪が坊主の体を貫通した。俺の体に坊主の血飛沫が飛び散る。

「うわぁぁぁぁぁっ!」

 俺は坊主の体越しに目の前の魔族に向かって大声を発しながら至近距離で銃を乱射し続ける。

 気付いたらネカーとネマーのマガジンは空になり、トリガを押す音だけが響いていた。

 俺の足元には坊主と魔族が折り重なるように倒れている。既に生気は感じられない。

 ……坊主の傷だらけの顔はどこか満足しているように見える。

 ……ちくしょう! 俺のせいで!

「ブレイブ殿っ! 大丈夫ですかな!」

 いつの間にかジェットが傍に来ていた。

 ジェットの体も返り血にまみれているが、ジェット自身の傷も多い。ただ、俺の目の前で倒れている坊主とは違い、死人であるジェットの傷は時間と共に塞がっていくが。

「落ち込んでいる暇はないですぞっ!」

 ジェットがレイピアで近づいてきたモンスターを切り刻む。

「これ以上の犠牲を出さないためにも、ワシ等が頑張らないと!」

 !

 そうだ、放心している場合ではない。

 俺は両銃に硬貨を……そうだ。

 俺はゴソゴソと坊主のズボンのポケットを漁り、見つけた硬貨を抜き出した。

「ブレイブ殿……」

「だぁっ! そんな非難した顔で見るなっ! そういうつもりじゃねぇっ! この坊主の魂で魔族をより多く倒してやるんだっ!」

 ジェットに見えるように両銃に坊主の魂である硬貨を込める。

「……では、行きますかな」

「おおよぉっ!」



「くそっ!」

 俺は硬貨の間に特殊な火薬を挟んだ特殊弾を上空の巨大……学校の運動場くらいだろうか、エイのようなモンスターに向かって打ち込む。しかしあまりダメージは無いようだ。

 暫く戦闘が続いたのだが、あの巨大な飛行モンスターの登場で一気に劣勢となった。

 城の敷地に設置されていた投石器のような兵器もフル稼働中だ。

「やはり、守護隊の過半数が不在だとココまで侵入されるか!」

 隣で上空に弓矢を放っている守護隊員が言った。

「……そうだな!」

 俺は素早い手つきで隣の守護隊員の腰に下げた巾着から硬貨を抜き取り、両銃に補充した。

 ……今は戦う同志だからな。言ってみれば仲間だ。俺のポリシーには反しない。

 さて、硬貨を補充するために他の守護隊員にも近づいておこう。

「援護する」

 俺は高価そうな剣を振り回している守護隊員の傍に近寄り、ネカーとネマーで魔族達をけん制し始めた。

「ありがとうございますぅ!」

 ……あ? この声は。

 高価な剣を素早く振り回して魔族の体を斜めに切り裂く。特徴的な水色の羽が目立つ兜から覗く茶色の髪……。

「何だ、カリューの許婚か」

 コイツはトッポそうなので簡単に硬貨を補充させてくれそうだが、俺は女性からは拝借しないというポリシーも持っている。しかも万が一バレた場合にカリューに何を言われるか分からない。

「? 何かアタシ、悪い事しましたかぁ?」

「よそ見するなっ!」

 俺は剣を構えた魔族にネカーとネマーを連射した。

 俺のせいでアイを傷つけたとあっては、カリューに後で何を言われるか分からない。

「はいぃっ!」

 アイは元気良く返事をしてそのままの勢いで剣を構えた魔族に突っ込んでいく。

 お、おい、アイツ大丈夫なのか?

「この女がぁっ!」

「馬鹿にしないでくださぁいぃ」

 気の抜けた台詞とは裏腹に、魔族と何十回も剣戟を繰り返し、最後には魔族の心臓にアイの剣が見事に突き刺さった。

「やりましたぁっ!」

 ……強い。

 力強さは無いが、剣の扱いはカリューを凌ぐかもしれない。

「って油断すんなぁっ!」

 俺はアイを突き飛ばした。

 上空のエイモンスターに乗る無数の魔族から放たれた矢が俺の左太腿を貫く。

「ぐっ」

「ぶ、ブレイブさん! ……今、救護班を!」

「いらねぇ! この位の傷なら大丈夫だ!」

 矢を足から引き抜き背中に仕込んだ小型の鞄から傷薬を取り出し太腿にかけた。

 ……俺よりも重症な奴等が辺りで苦しんでいるんだ、俺が楽する訳にはいかない。

 それにしてもあの巨大なエイを何とかしない限り、被害は広がるばかりだな……。

「ブレイブッ!」

 急に肩を掴まれて振り返ると、全身血まみれになったカリューが息を荒げながら立っていた。……致命傷は無くほとんどが返り血のようだがかなり無茶をしているようだ。

「カリュー! 大丈夫なの?」

 アイが心配そうにカリューを見つめる。

「ブレイブ! 頼みがあるんだ! 他の奴等は俺の案を聞いてはくれない!」

 アイの眼差しを無視してカリューが俺に詰め寄る。

 この暑苦しさ、何か飛んでも無い事を考えやがったか?

「何だ? 言ってみろ」

「あの投石器で俺をあのエイに打ち込んでくれ!」

『えええええ?』

 俺とアイが同時に驚いた。

 コイツ、何て無茶を。

 そりゃ、他の守護隊員は実行してくれないだろうな。

 しかし、確かにあのエイを何とかしないとこの状況は改善されない。獣使いの守護隊員が鳥系モンスターを駆って近づこうとすると、あっという間に飛び道具や魔法で打ち落とされていたからな。

 ……カリューの案ならあのエイに飛び乗る事が出来るかもしれない。

「良い案だが、秋留とジェットを呼ぶ。お前だけを危険な目に合わせる訳にはいかない」



「大胆な案だけどやる価値はあるね。……でも失敗したら死ぬよ?」

「このままじゃどっちみち全滅だ!」

 秋留とジェットが集合して俺たちは投石器の前で最後の確認を行っていた。

 隣では心配そうにアイが事の成り行きを見守っている。

「俺とカリュー、ジェットでエイに乗る。秋留は地上から援護してくれ」

 秋留を魔族が待ち構えていると分かっている突入隊には入れたくない。

「あ、アタシも連れてって!」

「お前はダメだ! 秋留を守れ!」

 アイの要望はカリューに即却下された。……コイツ、何だかんだでアイの事が好きなんだろうな。

 秋留も心配そうな目をしているが、地上での援護に納得してくれたようだ。

「私の魔法で魔族で気付かれにくくしてから飛ばすわ」

「照準は俺が調整する。その通りに投石器を操作してくれ」

「ワシは……死人の力でカリュー殿とブレイブ殿を無事に地上に戻しますですじゃ!」

 ああ、そこは期待しているぞ、ジェット。

「じゃあ、行くぞ!」

『おおおおっ!』

 投石器の射程や軌道は先程石を射出して何となく分かった。

 狙うのはエイの上空。

 エイの体自体を狙ってしまうと俺たちはエイの背中には乗れなくなってしまう。

「静寂の蜃気楼!」

 秋留が幻想術を唱えた。

 俺たちの周りに薄く霧が立ち込める。この魔法は敵に俺たちの存在を見つかりにくくする効果がある。

「よし、この位置だ!」

 照準を整えた俺は、本来射出物が置かれるカタパルトに乗り込んだ。既にカリューとジェットはスタンバっている。

「アイ! 発射ボタンを押してくれ!」

 俺は叫んだがアイはまだ決断出来ずにいる。

「アイ!」

 カリューが怒鳴る。

 その声にアイが驚いて飛び上がった。

「大丈夫だ、俺達は帰ってくる! 安心しろ!」

「……う、うん! 絶対だよ!」

 俺だって死ぬ気は無い。

 まだ秋留とずっと一緒にいたいし、言いたい事も沢山あるしな。

「はっしゃーーーーーー!」

『!』

 投石器で打ち上げられた人間がこの世に何人いるだろうか。

 大気を無理矢理押しのけて突き進むこの感じ。全身の皮膚が下半身に固まりそうだ。

 ……呼吸が出来ない。

 ……エイの背中はまだだろうか。

 ……意識が遠くなる……。

「ほわぁっ!」

 ジェットの叫び声と共に俺とカリューは地面に激突した。

 どうやらジェットが意識が遠くなった俺とカリューを空中からエイの背中に投げつけたようだ。

「な、なんだ!」

「あの上空にジジイが浮かんでいるぞ! 幽霊か!」

「幽霊でも何でも良い! 撃て! 撃ち落とせぇ!」

 ジェットの叫び声のお陰で、エイの背中に激突した人間二人はまだ気付かれていない。秋留のかけてくれた魔法もまだ効果を保っているようだ。

 ジェットが攻撃の的になっている間に、俺とカリューは体勢を立て直した。

 エイの背中には地上からの攻撃で大分減らされたようだが、まだ……十二人の魔族達が飛び道具を構えている。

「いくぞ!」

「ラジャー!」

 カリューが剣を構えて飛び出した。

 俺はエイの背中に転がっている魔族の持つ飛び道具をいくつか拾い上げ、構え直した。

「ふっ!」

 魔族に気付かれないように、まずは近くにいた一人目をカリューが力強く切り倒す。叫び声を上げさせないように首を狙った。

 ……俺も躊躇している場合では無いな。

 遠くで俺たち二人の存在に気付いた別の魔族の顔に、拾った銃や拾ったボウガンを撃ち込んだ。コイツもほとんど声を発する事なくその場に崩れ落ちた。

「! もう二人いるぞ!」

「上空のジジイはもうズタボロだ! その二人をブチ殺せぇ!」

 気付かれたか。

 ジェットの稼いでくれた時間は無駄にしない。

 俺は拾った小型の大砲を魔族数人を巻き込む形で発射した。

「うおおっ! アイツ、俺たちの武器を!」

 その爆煙に紛れてカリューが魔族を再び斬って捨てる。

 斬って捨てる? 捨てる?……あ、その手があったな。

 俺はまだ晴れない爆煙の中から魔族に向かってタックルをかました。

「いてっ! そんな攻撃で俺を倒せると!」

「思ってないが、この高さから落ちてどうなろうだろうな?」

 魔族は吹き飛ばされた先に何も無い事を認識して、愕然とした顔をしながら俺の視界から消えていった。

 次は同じく拾った投擲用の短剣を別の魔族に投げまくる。

「そんなの当たるかっ!」

 器用に俺の攻撃を魔族が交わしていく。

 ……俺の誘導通りに避けていく。

「俺の攻撃は当たらなくても……お前の頭は地面に豪快に当たるだろうな」

「……」

 足場の無くなった魔族は一瞬悲しい顔をしてから、同じく俺の視界から消えた。

「この卑怯者めぇっ!」

「上空から地面を攻撃してくるお前らに言われなくないわっ!」

 飛び道具から剣に持ち替えた魔族が俺に切りかかってきた。

 俺は冷静に攻撃を避けながらネカーとネマーを連射する。間には短剣で切り刻む事も忘れない。

「チクチクチクチクと痛いわっ!」

 魔族から大降りの攻撃が繰り出された。

 俺は魔族から大きく間合いを開けると、もう一つ拾っていた小型の大砲をぶっ放した。

「ぎゃああっ!」

 目の前で魔族の体が吹き飛んだ。

 大降りの攻撃は隙だらけだぜ?

 ……それにしても、上空から攻撃を仕掛けてきているだけに、エイの背中にいる魔族達はあまり強くは無いな。

 辺りを見渡すとカリューが別の魔族の首を吹き飛ばしている所だった。

 また別の場所では、死体のフリをしていたジェットに近づいていった魔族を奇襲で串刺しにする。

 ……体の大部分を失っているが、あれでも動けるもんなんだな。

「俺様の部下に何をするかぁっ!」

 全身に近距離から遠距離までカバー出来る程沢山の武器を装備した三メートル程の巨大な魔族が叫ぶ。

 このエイの背中に上った時からアイツはヤバイと思ってはいた。

 試しに俺はボウガンやら銃やらを撃ち込みまくってみる。

「このブッチ様が話している時に何をするかぁっ!」

 左手に巨大な盾を構えて巨大魔族、ブッチが右手に構えた大砲をぶっ放す。

 ハンドスピードは俺のが上だぜ!

 拾った銃のトリガを押し、俺目掛けて飛んでくる大砲を迎撃する。

 弾同士が衝突した衝撃で、俺とブッチの間で巨大な爆発が発生した。爆風で思わずエイの背中から落とされそうになる。

「だりゃっ!」

 カリューが剣でブッチを狙う。

 その攻撃をブッチは巨大な盾で防いだ。

 そして響く悲しげな金属音。

『あ』

 カリューの剣が根元から折れた。

 長く愛用していたちょっとだけ火の出る名前負けした業火の剣が……。散々魔族を切り倒していたからな。もう寿命だったのだろう……でもこのタイミングで折れるのはヤバイぞ。

「邪魔だぁっ!」

 無防備になったカリューの腹にブッチの持つ大砲の砲身がめり込む。

「ぐあっ!」

 カリューがエイの背中に倒れる。

「カリュー殿!」

 ジェットがブッチの足元に飛び出した。ブッチの構える砲身がカリューに向いている。俺はブッチに近づきながら遠距離攻撃をしまくった。……しかし、あのデカイ盾に全て邪魔されている。

「はあっ!」

 ジェットがマジックレイピアを……投げつけた。

 ジェットが普段使っているあのレイピアは確か秋留が元々持っていた大事なレイピアだったはずだが……。

 そのレイピアがブッチの左腕に突き刺さり、小さな爆発を起こした。

「なっ! ただのレイピアだと思ったのが油断だったかぁっ!」

 ブッチの砲身がジェットの方に向いて火を噴いた。

 ジェットの体が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 ……悪いな、ジェット。ジェットは死人だがダメージを食らう時の痛みは生前と同じで感じるらしい。相当な痛みに違いない。……ジェットには助けられてばっかりだな。

 俺は落ちていた小型爆弾を目ざとく見付け、ブッチに投げつけた。

「貴様! また人様の武器を! 何て手癖の悪い!」

 再びブッチが大盾を構えたが、小型爆弾の衝撃をマジックレイピアでダメージを受けた左腕で全て吸収することは出来ない。

 小型爆弾の衝撃で大盾が吹き飛び、エイの背中から落ちていった。

 ……色々落としているが、地上の人に被害与えていないと良いんだが。

 さて、もう拾える物は無いな。

 俺はネカーとネマーを乱射しながらブッチに近づいていった。

 しかしダメージはほとんど与えられていない。

「そんな弱い銃でよくここまで来たもんだなぁっ!」

「そうでも無いさ」

 ネカーのトリガを引く。

 今まで発射していたのは最弱の銅の硬貨、千カリムだ。

 しかし今放った硬貨はさっき地上でたまたま拝借した百万カリムのダイヤ硬貨。銃に伝わってくる衝撃は半端ではない。

 ……本当は使いたくなかったのだが、しょうがない。

「ぎゃああっ!」

 ブッチの心臓に大穴が開く。

 銅の硬貨の威力で油断していたからな。見事に致命傷を与えてやった。

 ブッチの巨体が倒れる。

 ……はぁ、ダイヤの硬貨は奴を突き抜けて空中に消えていったから探すのは不可能だな。

 さて、ジェットは霧散したからな。秋留のいる地上で復活するだろう。とりあえずカリューの様子を見てみるか。

「おい、カリュー」

 俺はカリューに近づいていった。

「……さっきのは効いた。肋骨何本かイったな」

「ふぅ、生きてたか」

『!』

 カリューが俺の後方を見て驚いた瞬間に、状況を察した俺は咄嗟にその場を離れた。

 俺の居た場所が巨大な爆発に飲み込まれる。

「ぐあっ!」

 体中が痛く爆音により耳も聞こえなくなってしまった。

 霞む目線の先には左胸から大量の血を流したブッチの姿が見える。

「ざ、残念だったな。俺の心臓は特殊で、右側にあるんだ」

 それでも先は長くはないだろう。

 しかしこの状況では俺もカリューも殺されるのは時間の問題だ。

 ちくしょう、動け、俺の体!

「ウオオオオオオンッ!」

 カリューの叫び声。

 最近は自分の気持ちを抑えていたから変化していなかったが、カリューは過去色々あって……興奮すると獣人に変化するような体質になってしまったのだ。

 先程までのカリューの動きとは比べ物にならない動きでブッチに飛び掛った。

「な、何だ! お前は! 誰だ!」

 カリューの青き髪はそのまま獣の姿の青い毛並みになっているが、その狼のような顔付きにほとんど面影は無い。

 分からなくても無理はないな。

「ウオォォォッ!」

 獣人となったカリューの両手両足には鋭い爪、口にも立派な牙が生えている。その全身の凶器がブッチの体に何度も突き刺さる。

「う、うわぁっ!」

 カリューの迫力にブッチが叫び声を挙げて何とかカリューを引き剥がし放り投げた。

「こっちに来るなぁっ!」

 右手で大きめの銃を構えてカリューにぶっ放す。

 しかし素早さの上がったカリューを捕らえる事は……あ、カリューに当たった! あれは散弾銃か!

 援護してやらないと。

 元々のダメージが色々蓄積されているせいで、カリューも長くは動けないに違いない。

 何とかフラフラしながら立ち上がった。

 しかしネカーとネマーの攻撃力じゃカリューの援護は出来ない。

 エイの背中に転がっていた武器もあらかた使い切ってしまった。この黒い短剣じゃあ奴のデカイ体にあまりダメージを通せるとも思えない。

 ……あ、良く見ればアイツ……。

「ガルルル!」

「くそっ! くそっ!」

 ブッチの攻撃がカリューに少しずつダメージを与えている。

 もう少し近づくまで俺には気付くなよ……。

 俺の姿にカリューは気付いたのか、少なくなった理性で必死にブッチの気を引こうとしている。

「うらぁっ! うらぁっ!」

「ガウゥ!」

 カリューの動きが一気に悪くなった。もう限界だろう。

 だがカリューの時間稼ぎのお陰で俺はブッチのすぐ傍まで来る事が出来た。

「とどめだぁっ!」

 ブッチが散弾銃の銃口をカリューに向ける。

「させるかぁっ!」

 俺はブッチの左腕に刺さっているマジックレイピアを思いっきり握った。

 俺の体力は確かに尽きた。

 だが誰でも魔力をある程度は有していると聞いた事がある。

「俺の中の魔力よ、マジックレイピアを爆発させろぉ!」

 生前、聖騎士だったジェットは魔力の扱いに長けている。

 一方俺は魔法を使ったりは全く出来ない。

 それでもジェットの攻撃で半分吹き飛んでいたブッチの左腕を吹き飛ばすには十分は爆発が起きた。

「ぬぎゃぁあああ! き、きさまぁっ!」

 ブッチが足元の俺をギョロリと睨む。

 やはりまだ生きているか。

「散弾銃、もう一個持ってるんだな」

 マジックレイピアはついでだ。

 俺の本来の目的は別の所にあった。

「! 貴様、いつの間に!」

 俺はブッチに飛び掛ったと同時に、ブッチが全身の武器をつなぎ止めていたベルトを短剣で切り落としていた。そしてぶら下がっていた散弾銃を拝借させて貰った。

 奴に攻撃の隙を与えずに散弾銃を顔面にぶっ放す。

「!」

 ブッチから呻き声は出ない。発声するための機能は最早ズタボロだからな。

 もう一発ぶっ放しておくか。

「あ?」

 散弾銃のトリガを引いたのだが弾が出ない。爆発の衝撃や数々の攻撃によりこの散弾銃はぶっ壊れていたのかもしれない。

「……!」

 崩れたブッチの顔がニンマリと笑ったように見えた。

 最後の足掻きか。

「ザックラルゥ……仇ぃぃ……」

 ボロボロになったブッチの口がそう言ったように聞こえた。

 魔族仲良し三人組の逃がした奴の名前だな……コイツら魔族に報告して息絶えたか?

 ……仇か。

 俺を恨んでいるに違いないブッチが右手の散弾銃で俺を狙う。

 ……ダメだ、もう動けそうも無い。俺の冒険もここまでか……。

 ……秋留、悪い、俺は帰れそうにないや。

「ヴォォォォッ!」

 カリューが雄たけびを上げながら、俺がベルトを切った時に落ちたブッチ用の巨大な剣を拾い上げた。

 人間状態のカリューなら重くて持ち上げられなかったかもしれない、二メートルはありそうだ。

「ウガアアアアァッ!」

 カリューが豪快に振り回した剣で、ブッチの体が胴から切り離されて真っ二つになった。

 身に余る大きさの武器を振るった代償に、カリューは遠心力に振り回されエイの体をゴロゴロと転がる。

 ブッチの体はその場に崩れ落ちた。

「ぜぇ、ぜぇ」

 力尽きたのかカリューが荒い息をしながら、元の人間の姿に戻った。

「くっは〜」

 俺もその場に倒れた。

 魔力も使ったせいか体が思うように動けないし頭が働かない。

「か、勝った!」

 ブッチが怒り始めた時には既に他の魔族は倒した状態だったからな。少し回りを見てみると、倒れていた魔族が次々と灰となって消えていっていた。

 ……俺は数人卑怯な手で魔族を倒しただけ。ほとんどはカリューとジェットの手で片付けられていた。

 ……こんなんじゃダメだ。

 いざという時に秋留を助ける事なんて出来ない……。

「……おい、どうやって降りるつもりだ?」

 俺はふとカリューに聞いてみた。

「ぜぇ、ぜぇ……」

「……お前、聞こえないフリしたろ?」

 ……。

 疲れているのか視界がガクガクと揺れている気がする。

 体もブルブルと震えているようだ。

「このエイ、そろそろ限界っぽいな」

「あ? そうなのか……」

 俺がおかしくなったのではなくて、このデカいエイがフラフラと揺れながら高度を落としているようだ。

 そして意識が途切れたように一気に落下し始める。

『ああああああ……』

 そして俺もエイと同様に意識が途切れたのだった。


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