第三章 魔族仲良し三人組
「おい」
俺はムスッとしながら隣で舵を操っているロハンに言った。
「何だ?」
ロハンは崩れてきた髪型を手で整えながら答える。
俺もロハンも全身ズブ濡れになって辺りを伺っていた。髪型なんてとうの昔にグチャグチャだし、体もすっかり冷えている。
「見事に天気が荒れたよな」
「そうだな」
甲板には横殴りの雨が叩きつけられている。冬の寒さにこの雨は体力をゴッソリと持っていかれるな。
こんな事態は避けられるなら避けたい所だったが……。
「荒れそうな天気を避けたんじゃなかったのか?」
「まぁ、ポポンガの予想は外れる事もあるさ」
ロハンは何でも無かったかのように澄ました顔で舵を左に少し切った。船全体が大きく揺れる。片手が刀なのに大きな波を避けるように上手く操船している。ちなみにロハンの操船に耐えられるように舵取り用のハンドルは鉄製だ。
それにしてもこの天気、ポポンガの言う事は確実じゃなかったのか。
俺は怒鳴りたい気持ちを押さえつけてポポンガから託された望遠鏡を使って辺りを見渡した。
ロハンの元仲間達が一部戻ってきたと言っても、船一隻を操るのに必要な人員が足りている訳ではなかった。足りない分の人員は俺とカリュー、ジェットが受け持っている。
ちなみに秋留はポポンガと一緒に船室に篭って作戦を立てたり、お茶を飲んだりしているようだ。……あんな不気味な奴と秋留を二人っきりにさせるのは心配でしょうがない。
パルイッソの港町を昨日出発し二時間後には海が荒れ始め、今日までずっと冷たくて強い雨が吹き続けている。……ポポンガ曰く、十日程でガーナ大陸の港に到着するらしいのだが、この荒れ模様だと予定通りに行くかは微妙だな。
「……十時の方向、海面からモンスターらしき頭が近づいて来ているな」
荒れた海でも俺の盗賊として鍛えた目は海面の不自然な場所に気付ける。
「カズッ! 十時の方向、海面!」
「アイアイサー!」
ロハンの号令で帆を操っていたカズが弓を構えて海面を睨み、一瞬のうちに三本の弓矢をモンスターに撃ち込んだ。
航海に出てから時々モンスターが近づいてきたりするのだが、その都度、カズの弓により倒されたり追い返されたりするモンスターがほとんどだった。射撃の腕はかなり良いようだ。
「そろそろブレイブは休憩に入ってくれ」
「ん? あぁ、お前も無理するなよ」
「あ? 珍しく優しいじゃねぇか」
ロハンへの労いの言葉がツイ出てしまった後に後悔した。コイツはこんな奴なんだ……まぁ、お堅いカリューよりは付き合いやすいかもしれないな。……船の後方を見張っているはずのカリューのクシャミが聞こえた気がする。
俺は少し辺りを見渡して異常が無い事を確認すると、そのまま黙って船室へと戻る事にした。
「あ、ブレイブ、お疲れ様」
船室へと戻る途中に、女神……じゃなくて、天使……、いや、美の化身である秋留と出くわした。暫くの間、海しか眺めていなかったため、秋留の姿がひたすら眩しく感じる。
「何で私を睨んでいるの?」
「睨んでる訳じゃない……」
悲しい事に俺の羨望の眼差しは、秋留にとってはタダの睨みに見えてしまうようだ。
「秋留はこれから甲板に出るのか?」
「そ、ブレイブと交代」
「なっ……」
俺の交代はポポンガじゃなかったのか? 女性である秋留に雨の中で見張りをさせるなんて……。ポポンガの野郎、楽をしたいから秋留に仕事を割り振りやがったなぁ、……この冬の海に沈めてくれようか。
「そんな鬼のような顔しないの。私が見張りをやるってポポンガにお願いしたんだから。皆、頑張っているんだから私だけ楽する訳には行かないよ」
鬼のような顔をしていたか。秋留に余計な気を使わせてしまったようだ。ここは冷静にならないとな。
「……そうか、無理しないようにな。雨が大分強くなって来たから」
「うん、ありがと」
そう言うと秋留はニコリと笑って甲板に出て行こうとする。
「あ、秋留、待った」
俺は羽織っていた厚手のコートを脱ぐと秋留の肩に掛けた。
「少しでも暖かくしていけ」
あ……。何か自然と物凄くキザな事をしてしまった! ヤバイ、顔が一気に熱くなっていくのが分かる。ダメだ、もうこの場には恥ずかしくていられない。
俺は「じゃあな」と言ってその場を去ろうとした。
「ブレイブッ!」
秋留が後ろから声を掛けてきた。
その声に何とか立ち止まり、赤くなった顔がバレないように少しだけ振り返って秋留の顔を確認する。
「ありがとっ、ブレイブ!」
秋留の満面の笑みと言っても良いかもしれない。その笑顔が可愛すぎて俺の顔が更に赤くなっていくのが分かる。
俺は更に「あぁ」とだけ言うと、すぐ目の前にあった船室に入った。
「……顔が赤い。エロい事でも考えたのか?」
船室に入った途端、デリカシーの欠片も感じられないポポンガが話しかけてきた。
秋留との至福の瞬間を終えたばかりなのに、あまりにも無節操なポポンガの出迎えに辟易した俺は、ガックリとうな垂れたまま簡易ベッドに横になったのだった。
航海三日目。
今日も海は荒れている。体が繊細に作られている俺と秋留は船酔いに悩まされていた。
船に弱いカリューは荒れて濁った海の色と同じような毒々しい顔色で見張りをこなしている。腐っても鯛というコトワザがあるが、どんなに腐った鯛以上の異様な顔色であってもカリューの剣さばきに問題は無さそうだ。
ちなみにジェットは大雨の中を粗茶を飲みながら華麗に仕事をこなしていた。……ゾンビだから酔いとは無縁なのだろう。
航海四日目。
なぜか海がまだ荒れている。ポポンガ曰く「海神の仕業だ」とほざいていた。
……お前の仕業だと声を大にして言いたいが、あからさまに人を非難するのは良くない事なので、心の中にこの邪悪な気持ちは閉じ込めておく。
今日は汗かき担当のチャーイと雑談していたのだが、なんと既婚者だった。写真も見せて貰ったのだがキレイな奥さんと可愛らしい三人の子供が写っている。世の中の不思議と理不尽さを感じるな。
航海五日目。
勘弁してくれと何度も心の中で思ったが一向に改善される気配の無い荒れた海。
魔族の仕業だろうか。
カリューを勇者にするために聖龍サージが試練を与えているせいだろうか。
……確かに、全ての原因は似非勇者のカリューのせいだな。
俺は黙ってすれ違い様のカリューの顔を睨みつけておいた。グッタリとしたカリューは俺のそんな視線には気付いてないのだろうな。
航海六日目。
休憩中のロハンに変わって未頼が舵を握っている。
ロハンに比べたら操船は雑だが任せられないというレベルではない。だが、見た目によらず、カリュー並みの熱血漢っぷりな所がどうしょうもなくウザイ。
今日未頼から聞いたウザい台詞ナンバーワンは「この雨の冷たさでも、航海をやり遂げようという俺の熱いハートを冷やす事は出来ないぜ」だ。その後俺に同意を求めてきたから尚更ウザく感じた。
そして航海は七日目を迎えた。
いい加減、天気が回復しても良さそうなのだが、海は今まで以上に荒れ、船酔い続きのカリューは立っているのもやっとという有様だ。参謀のポポンガも船酔いしたらしく、不気味な顔を更に不気味にしてブツブツを天気に向かって悪態をついていた。
「この荒れっぷりはヤバイ……なっと!」
勢い良くロハンが舵を切った。
船がそのまま進んでいたら、巨大な波に飲まれる所だ。精神力も体力も荒天続きで大分削られているはずなのだが……さすが海賊という職業に就いているだけの事はある。
「船長! 船底に水漏れが始まっちまった! 未頼が修理しているが人手が足りねえっ!」
「ちっ、何回か岩を擦っちまったからなぁ……船酔いで役に立ってないポポンガとカリューを手伝わせろ!」
「はいよっ!」
元気良く返事をしてチャーイが船内に戻っていった。
「ブレイブ、悪いが休憩中の秋留を連れてきてくれ。人手が足りない」
「……了解」
せっかく休んでいる秋留を起こしたくはないのだが……。船を沈める訳には行かないな。
未頼が入っていった船内の扉を開けて、船室への二重扉を開けて入る。
まずは船内を汚さないために近くのタオルで全身の水分を軽く拭き取り辺りを伺った。
その一角の簡易ベットに、プライベートを守る薄いカーテンの向こうから秋留の静かな寝息が聞こえてきた。
「秋留、休憩中悪いが手伝ってくれ」
「……すぅ……すぅ……」
どうやら目を覚ます気配は無い。
俺は更に声量を上げて秋留に声を掛ける事にした。
「秋留! 休憩中悪いんだが、ちょっと起きてくれるかっ!」
「んー……」
秋留の可愛い呻き声が薄いカーテンの向こうから聞こえたきた。思わずドキッとしてしまう。
その後、ガサガサと厚手の毛布を動かす音が聞こえて……また暫くして寝息が聞こえ始めた。
「秋留!」
「んー……すぅ……すぅ……」
秋留は女神であり天使であるのだが、寝起きが悪い。一緒に冒険をしていてそれは理解した。
……逆に普段完璧な秋留にそんな欠点があるのがなぜだか余計に愛おしい。
「ブレイブ……」
「あ、起きたか、秋留!」
「んー、ブレイブ……」
え?
まさか秋留の見ている夢の中で俺が出てきているのだろうか。
……。
……そんな幸せな時間を無理矢理終了させるなんて俺には出来ない。
すまん、ロハン。俺では力不足だ。
「ブレイブ、眩しい……」
うおおおお。
秋留の夢の中では俺は何て輝かしい存在なのだろうか。
よし、今日から日記を付けよう。
この幸せな記憶を後世に伝える義務が俺にはある。
「眩しいよ、おでこ」
「秋留、起きろおおおおっ!」
「うわぁっ! 何! 何があったの?」
薄いカーテンの向こうから髪の毛をボサボサにした寝ぼけ眼の秋留が顔を出した。
「人手が足りないんだ、準備して甲板に出てきてくれ」
「……んー、了解」
秋留がチラッと俺の広いおでこを見た……よし、日記を書くのは止めよう。
荒れる海で俺は甲板の先端で辺りを窺う。
そしてロハンの横では、双眼鏡を片手に準備を終えて船室から出てきた秋留も辺りをキョロキョロと見渡している。
「ブレイブ! 天気が少し落ち着いてきた、帆を開いてくれ!」
「了解!」
俺は近くの縄を操作して帆を開いた。
強い風を受けて船のスピードが上がる。
「角度はもう少しコッチで……」
傍にいたカズが帆の向きを変えた。
ちなみに現在は船底の修理を未頼とチャーイとポポンガとカリュー、甲板の前部を俺とカズ、中央をロハンと秋留、後方はジェットが一人で面倒を見ている。
さすがに船旅の経験も長いだけあって、ジェットはすっかり一人で船の後方を任されている。慣れすぎて操船をお茶を飲みながらやっているらしい。
「それにしても……」
俺はネカーとネマーで近づいてきた魚型モンスターを打ち落とした。
「何だかモンスターの量が増えてきたな……まさか例の魔族仲良し三人組が近づいてきているのか……」
俺は今まで以上に辺りを慎重に警戒し始めた。ロハンと秋留も注意深く辺りを見渡している。ジェットの姿は見えないが、このモンスターの増え方には警戒してくれているに違いない。
「んー、秋留、船底にポポンガだけ残して全員甲板に連れてきてくれ」
「分かったわ」
秋留は持っていた双眼鏡をロハンに渡すと船内へと駆け込んでいった。
「戦力を前方に集めよう。カズは後方に回ってくれ。ジェットを代わりに前へ寄こしてくれ」
「ラジャー!」
カズが後方へと走っていった。
明らかに今までとは空気が変わってきていた。もうすぐ近くまで来ているに違いない。
……そういえば、魔族仲良し三人組が近づいてくるとしたら、どういう風に近づいて来るんだろう。
高機動の船だろうか?……いや、魔族が使うには違和感があるな。
カリューみたいに泳いで……来るわけはないな。
そうすると空からか……。
俺はふと上空を見上げた。
「!」
咄嗟に後方にジャンプして飛んで来た「何か」を避ける。
「つっ!」
右肩に鋭い痛みが走ったが、更に風を切る音が聞こえてきた。
「らぁっ!」
気合の声と共に丈夫なコートを翻して、「何か」を払いのける。それでも攻撃の勢いを完璧に殺す事は出来ず、脇腹に真っ黒な矢が刺さっているのが見えた。
ちっ、飛び道具か。
魔族の癖にちょこざいな!
「スウィートッ!」
「!」
一瞬の油断、自分の傷を確認している間に、目の前に魔族が降り立っていた。
その両の拳に取り付けられた鋼鉄の爪が俺の首を掠める。
「ブレイブ殿っ!」
俺と爪の魔族の間にジェットが割り込む。
「スカーッ!」
先程の「スウィート」とは別の奇声を上げて、爪の魔族がジェットのレイピアの攻撃を後方に跳んで避けた。
そして一瞬で再び間合いを詰めて、リーチの長い蹴りでジェットを甲板中央に蹴り出す。
「このっ!」
俺はジェットへの攻撃の終わりを狙って爪の魔族に照準を付けた。
が、別の方向から飛んで来た矢により攻撃を阻まれる。
こいつらっ! 魔族の癖に連携して攻撃してきやがる!
矢の攻撃のすぐ後に再び爪の攻撃が目の前まで押し寄せてきたのを、バク転と側転を駆使してそのまま物陰に隠れた。
「チョロチョロするなぁ!」
空から現れた魔族が両手にボウガンを構えていた。
「ちっ!」
俺はネカーとネマーを空中の魔族に連射しながら物陰から飛び出す。
「ジャストォッ!」
「くっ」
待ってましたと言わんばかりに左方から爪の魔族が俺の心臓目掛けて攻撃を仕掛けてきた。
「フレイム・スピア!」
秋留が魔法を発動させた声に一瞬遅れて、俺の目の前に炎の槍が突き刺さる。
しかし既に爪の魔族の姿は無かった。
「ちっ、ウジャウジャと……」
上空から爪野郎の声が聞こえてきた。
さっきからやたらと素早い奴だな。
「随分狙われたみたいだな、ブレイブ」
カリューが俺の傍に走り寄ってきて剣を構える。
カリューの顔色は……まぁまぁ良さそうだ。
「さ、サンキュー……」
俺は脇腹の傷口に手を持っていった。
俺の手袋には傷薬が染み込ませてあるため、軽症なら何とか自力で回復させることが出来る。
それにしても……やっかいな奴等が現れたな。
上空でゆっくりと魔族達が様子を窺っている。
人間二人分はあると思われる、長髪のデブ魔族が大きな翼をバサバサと翻し、その両腕で別の魔族を抱えている。抱えられている魔族は両手にボウガンを構え……その他にも飛び道具を隠していそうだ。
そしてデブ魔族の足にしがみ付いているのが、変な奇声を発していた爪の魔族だ。
……確かに仲は良さそうだ。
「おい、ゲルドよぉ、あの黒い奴、まだ生きてんじゃないのぉ!」
「案外、スピーディでよぉ……」
デブ魔族の台詞に、爪の魔族、ゲルドと呼ばれた男が答えた。
黒い奴……やはり俺が狙われていたみたいだ。
……ちなみにデブ魔族の今の声、どうやら性別は女のようだ。……宿屋の女将さんのような声をしていた。
「ザックラルもちゃんと狙ってよぉ!」
「……御意」
あの飛び道具野郎はザックラルという名前か。名前を覚えるのが苦手な秋留にとっては難しい名前だな。
あの三人組からの話し振りからすると、デブ女将魔族がリーダーだろうか。
……会話の中で名前が呼ばれないので、現状はデブ女将魔族と思っておこう。
「あいつが一番弱そうなんだからぁ! とっとと殺しちゃってよー! あっはっはー!」
「あのデブ女将魔族め……」
俺は両手に持った銃を強く握った。
確かに人数を減らすのが先決だとは思うが……俺が一番弱く見えたのなら……悲しいが正解かもしれない。
とりあえず、この甲板には俺達パーティーと舵を操るロハンが居る訳だが、ロハンは見た目も渋いし、変な髪型してるし、何しろ片手は刀だからな。誰がどう見ても危険人物だ。
「さーて、行くよ、あんた達!」
デブ女将魔族が叫び、両手で抱えていたザックラルをジェットの方に投げつけた。
『いっ?』
予想外の攻撃方法に俺達は一瞬反応が遅れた。
しかしザックラルにとっては予想範囲内だったらしく、ボウガンを打ち終えると特殊なホルスターにボウガンを戻して、二丁の拳銃を構えなおした。
ボウガンの矢はジェットで裁き切れるだろうが、拳銃はヤバそうだ。
俺はネカーとネマーを構えると照準をザックラルに合わせてトリガを引く。
「またスウィートォッ!」
デブ女将魔族の蹴りで吹っ飛んできたゲルドが俺の両腕を上空に蹴り上げ、ネカーとネマーから発射された硬貨……俺の両銃は弾丸の代わりに硬貨をぶっ放せる特別製な訳だが……まぁ、見事に狙いを外された。
痺れた腕で何とか両銃を握り締めながら、そのまま後方に転がって、ゲルドの追撃を交わす。
「ファーストォッ!」
また意味不明な叫び声と共にゲルドの攻撃が俺の右肩を掠めた。ってかまた右肩かよ!
痺れたままの両腕をゲルドに向けて乱射するが、またしても姿が既に無い。
「無駄よ、無駄ぁ~」
あのデブ女将魔族によってゲルドは再び上空に逃れていた。あの翼が邪魔だな。
俺は躊躇する事なくネカーとネマーを奴のデカイ翼目掛けて乱射した。
「ざんねーん」
凄い速さでデブ女将魔族が空を舞う。
……その足にはゲルドが居ない!
「きゃあっ!」
秋留の悲鳴。
振り向くとゲルドの攻撃が秋留の顔の目の前まで迫っていた。
辛うじてゲルドの攻撃を防いでいたのは、秋留がいつも首に巻いているマフラー……のように見える、マント型モンスターのブラドーの鋭い爪。
俺は躊躇する事なくゲルドに向かってトリガを引きつつ秋留の方に走り寄った。ゲルドは俺の攻撃をジャンプで交わすと空中で待機していたデブ女将魔族の足を掴んで俺の射程から外れる。
「ありがと、ブレイブ……」
その秋留の首筋に赤い血が流れているのが見える。ブラドーでも完璧に攻撃を防ぐ事は出来なかったようだ……というか過去の歴史ではモンスターは魔族に操られていた存在。それを考えればブラドーの働きは相当なものだ。
「っ!」
俺は咄嗟に秋留を突き飛ばした。
俺たちの間にゲルドが爪を構えて吹っ飛んでくる。
これじゃあ息つく暇も無い。
俺は近くに来たゲルドにネカーとネマーを構えるが、既に甲板にある木箱の陰に隠れてしまっていた。
「チョロチョロするなぁっ!」
カリューの叫び声と共に繰り出された剣の連撃により、物陰からゲルドが再び現れる。
ナイスッ! カリュー!
俺は視界に現れたゲルドに向かってネカーとネマーを乱射……しようとしたが、横から来た衝撃がネカーとネマーを甲板端まで弾き飛ばした。
「残念」
ザックラルの声。奴の放った弾丸により俺はゲルドへの絶好の攻撃チャンスを逃してしまった。
しかもザックラルが構えなおした右手には……小型の大砲のようなものが握られている!
「ブレイブ殿ォッ!」
俺の目の前にジェットが飛び出して来た。
「どっちにしろ……まずは一匹」
ザックラルの陰気な声が終わる前に俺の目の前のジェットの体が大砲の砲撃により弾け飛んだ。
ジェット……。
ゾンビの体と言っても痛みは感じるらしい。そのジェットが体を張って守ってくれた俺の命。
そして掴みとってくれたこのチャンス!
俺は砕け散るジェットの体の間からザックラルの方に飛び出した。
「!」
無表情なザックラルの顔が歪む。
仲間の吹き飛んだ体から飛び出してきた無情な俺の行動に、魔族のくせに驚いているに違いない。
弾け飛んだネカーとネマーの代わりに腰に装備していた黒い短剣でザックラルを斬りつけた。
「ぬっ!」
ザックラルの脇腹を深く切り裂いたが、致命傷は与えられていない。ザックラルが通り過ぎた俺の顔を睨みつけてくる。
「反撃」
ザックラルが武器を構え……られないんだな、コレが。
「探し物はこれかい?」
俺はザックラルの持っていた両銃を構え、ザックラルの体に弾丸をありったけ叩き込んだ。
そう、相当な集中力と瞬発力を要したが、ザックラルの装備していた両銃をすれ違い様に……スッた。俺は盗賊だから手癖は悪いぜ。
……っと。
俺は勝利の余韻に浸る前に物陰に隠れた。
俺の傍で血を吐きながらザックラルが甲板に大の字で倒れる。
その異変を察知して残りの魔族二体がザックラルの傍に集まった。
『ざっくらるぅぅぅぅぅぅぅ!』
もっと離れよう。
きっと俺は狙われる。
「オカミ……ゲルド……」
大分離れた位置でザックラルの遺言を俺も聞いている。
ちなみにデブ女将魔族の名前はオカミだったらしい。……名は体を表すんだな。
「俺はもう死ぬ……」
「何言ってんだい! 死ぬわけないだろ!」
この隙に攻撃しても良いだろうか……。
熱血漢でもあり正義大好きなカリューは勿論見守っている。もしかしたら魔族の友情に目に涙を浮かべているかもしれない。
秋留は少し離れた所でいつでも魔法を発動出来るように集中しているように見える。……秋留は天使のような笑顔でかなり冷酷な行動に出る時がある。
……そのギャップが俺を虜にしている要因の一つでもある。
ジェットは霧散してしまっているためこの場にはいない。いたらカリュー同様に見守る事だろう。
ロハンは再び荒れてきた海を乗り越えるために舵を一生懸命切りながら成り行きを見守っている。
「ごふっ」
ザックラルが大量の血を吐いたようだ。
オカミとゲルドの歯軋りをする音が聞こえているようだ……うん、怖いな。
「俺の仇は……頼んだ」
その余計な言葉を最後にザックラルが絶命した。
『ざっくらるぅぅぅぅぅぅぅ!』
オカミとゲルドが再び泣き叫ぶ。
「ちっくしょー!」
ゲルドは目を血走らせながら辺りを見渡しているのを俺は木箱の隙間から見守っている。
「黒い奴、出てきやがれぇ!」
「……マッハ・パンチ!」
オカミがザックラルの亡骸の傍から立ち上がったのを見計らって秋留の魔法が発動した。うん、無情だ。
マッハ・パンチは不可視の超人マッハを呼び出す召喚術だ。
秋留がマッハという霊獣をまんまと騙して召喚に応えるように交渉した結果だ。
「ぐはっ」
オカミの体がマッハの不可視の攻撃により宙を舞う。しかし、秋留の集中していた時間とは裏腹に大したダメージは与えられていないようだが……。
「リンク・ソウル!」
秋留が再び叫ぶ。確かこの魔法の発動は……死者に仮の肉体を与えるネクロマンシーの魔法だ! 召喚術とネクロマンシーのコンボか。複数の魔法を使う事が出来る秋留だけの連携だな。
「はぁっ!」
オカミの体の下に散乱していたジェットの体を構成していた灰。
その灰の中からジェットの裸の上半身が「ぬぅ」と実体化して、傍に転がっていたマジックレイピアをオカミの背中に突き立てた。
「ぎゃあっ!」
オカミの背中の巨大な羽二枚がマジックレイピアの魔力により吹き飛ぶ。
「こ、このぉっ!」
追撃を行おうとしたジェットの攻撃をゲルドが気合と共に間に割って入る。
「ブラックフレアァァァァ!」
オカミが叫んだ。
まさかここにきての黒魔術!
叫んだオカミの口からそのまま黒い炎の柱が甲板を横一線に突き抜けた。
「ぐはっ」
「きゃあぁっ」
ジェットが再び消滅し秋留が黒魔術の効果により甲板から投げ出されそうになる。ちなみにゲルドはタイミングが分かっていたのかオカミの黒魔術の攻撃範囲からは上手い事外れている。……さすがだ。
「ぬっ」
今の魔法の衝撃で船が大きく傾いた。必死に体勢を立て直そうとロハンが右に左に舵を切っている。
ちっ、こりゃ隠れてられないな。
秋留を助けるためにも!
「このクソババァッ! 俺はここだっっぐへぇっ!」
飛び出して叫びだした俺の顔面に樽が炸裂した。
どうやらオカミが力一杯投げたものらしい。
天を仰いで甲板に倒れこもうとする俺の視線にカリューの姿が見えた。
甲板の上空、メインマストの上でタイミングをずっと見計らってたんだから、決めろよな。
「だりゃあっ!」
カリューの渾身の一撃が怒りや背中へのダメージで動きが鈍っているオカミの胴を真っ二つに薙いだ。
「オカミィィィィ!」
残されたゲルドが叫びながら攻撃の終わったカリューに飛び掛っていく。
あいつはまだ無傷だから動きが鋭い。
俺は近くに転がっていた愛銃二丁を拾い上げゲルドに連射した。
「ぐぅっぅ!」
俺の攻撃はゲルドに直撃したが、ゲルドはそのまま怒りに任せてカリューに突進していく。
しかし動きは鈍っている。カリューならゲルドの攻撃を難なく迎撃するだろう。
これで魔族仲良し三人組も終わりだな。
っ!
俺の目の前で上半身だけになったオカミが大きく口を開けた。
その口がカリューに向いている。
まさかっ!
俺は何も考えずに走り出した。……がダメだ、間に合いそうも無い。
「カリュー!」
俺はカリューの後方に目線を運んで叫んだ。気付いてくれ!
「ダークフレアァァァァ!」
「うおおおおぉん!」
オカミの口から炎の柱が放射された。
その柱をギリギリのタイミングで避けて……と言っても左半身から煙を放ちつつ、ダークフレアを放出中のオカミの胸倉をカリューが掴んだ。
そしてオカミの口をゲルドに向ける。
「ぐああっ」
ゲルドにオカミの最後の足掻きの黒魔術が直撃した。
そのまま流れるようなカリューの動きで、動きの止まったゲルドの体にカリュー愛用の炎の剣が突き刺さる。
「ち、ちくしょぉぉっ……」
ゲルドがカリューの顔を睨みつけながら絶命した。
……。
俺は言葉無くその場に座り込んだ。
座った体勢のまま辺りを見渡した。遠くからは吹き飛ばされた秋留がカリューの方へヨロヨロと近づいて行くのが見えた。
……まぁ、魔族の黒魔術を半身にくらったカリューの方が重症だからな、しょうがない。
そしてロハンが舵を切りながら退避させていた乗員達に再び指示し始めたのを見て、俺は目をつぶった。
「コラッ! ブレイブ! お前軽症な方だろ! 起きて手伝え!」
……気を失ったフリをしようと思ったのだが、早々にバレたか。そんなに軽症でも無いんだがな。
俺は近くの樽に手をかけると起き上がってロハンの方を睨んだ。
……それにしても強敵だった。しかし何とか勝てた。
今まで散々モンスターや魔族と戦ったりしてきたからな。俺たちも大分レベルアップ出来ているのだろう。
「?」
真っ二つになったオカミの死体、炎の剣が突き刺さったままのゲルドの死体……しかし最初に倒したはずのザックラルの死体が見当たらない。
「おい! ザックラルの死体が無い! 気をつけろ!」
俺は叫びながら周りを警戒したが気配は感じられなかった。
……逃げられた?
厄介な事になった。恨みに駆られた奴は何をするか分からないからな……。
その日はザックラルの復讐に備えて見張りを増やして航海を続けたが、あれ以来、魔族が襲ってくることは無かった。