第二章 勇者への船出
「じゃあ、まず、勇者になるために何をしなければいけないのか、よね」
ここは宿屋メゾンとは違う別の宿。少し真新しい宿だがまだまだボロイ部類に入る。
秋留が俺達の男部屋にやってきてのパーティー会議だ。
「聖龍サージに認めてもらうっ!」
俺はビシッと秋留の顔を指さした。格好良く。それに便乗するようにカリューも指を出す。すっかりカリューは元気になったがまたしてもウザくなった。今はパーティー会議の場にジョッキに入ったビールを片手にしている。
「ワシも直接、勇者になるための儀式に参加した事はありませんからなぁ……詳しい事は」
「そうなのよね、勇者になるための儀式って門外不出みたいなのよね」
秋留は今日一日、勇者への道を調べるために、魔族討伐組合や冒険者から情報収集をしていたようなのだが、これといった有力な情報は得られなかったらしい。
「カリューは何か知らないのか?」
俺がカリューに聞くと、カリューは少し驚いた後に「知らんな」とだけ言ってビールをグビッと飲み干した。
「現在、聖龍サージに認められた勇者は八人いるらしいわ。その人達に直接話を聞ければ早いんだけど近くにはいないみたいだし」
「まぁ、何とかなるだろっ」
どこか怒っている風のカリューが言った。
何で機嫌が悪いのだろう。
「何とかしないとカリューは道場を継がなくちゃいけなくなるしな」
カリューに対抗して俺も冷たく言い放つと、カリューは「うぐっ」と言って再びビールを飲み始めた。
「カリュー……」
秋留が昨日同様、カリューに顔を近づけて静かに話し始めた。
「何か……隠してない?」
「うぐっ、ゴホゴホッ!」
飲み途中だったビールが変な所に入ったのかカリューがむせる。ちなみに今日の秋留は昨日と同じように迫力もあるのだが……何か怖い感じもする。
「隠し事してると、取り返しのつかない事になるよ? カリュー?」
何だか部屋の温度が一気に下がった気がする。
カリュー、秋留には口では勝てないんだから、何か隠しているなら白状してしまえ。じゃないと俺も怖いし、ジェットも青白い顔を更に青くして怖がっているぞ。
「う、うるせぇっ! 俺はあのクソジジイの事なんて知らねぇよっ!」
『!』
カリューの台詞に俺達三人は驚いた。
こいつまさか……。
「カリュー、もしかして……」
秋留に言われて、カリューも自分が何を口走ってしまったのか理解したようで、ビールのジョッキを静かにテーブルに置いて、そのまま何も無かったかのように席を立とうとした。
「カリューッ!」
秋留が叫んで部屋の空気が震える。
カリューがビクッとして、そのまま大人しく席に着いた。ちなみに俺もジェットもビクッとしたのは言うまでもない。
「ああ、そうだ。俺は聖龍サージのクソジジイに一度、会った事がある……」
自称勇者カリュー。
その秘密がとうとう明かされる時が来たか……。まぁ、所詮カリューだしな。そんな秘密、ぶっちゃけどうでも良いかもしれないが。
「そ、そんな大事な事を何で……」
秋留が困ったような声を出す。まるで子供を叱っている母親のようだ。
「……すまん……ただコレだけは……お前らにも言えなくて……」
余程の深い理由があるらしい。
カリューと聖龍サージの間に何があったのだろうか。
……ん?
「カリュー、お前、聖龍サージに会ってどうしたんだ? まさか勇者になろうとしたのか?」
「うっ……」
カリューが黙った。まさかビンゴか。
「あ~、衝撃事実ね……」
秋留が頭を抱える。まぁ、前歴が有るのと無いのとでは、情報収集の方針を変えなくちゃいけないからな。
「……あ、でも、聖龍サージの元に何回か挑んで、ようやく勇者になれた人もいたわ」
『ええええっ!』
今度は秋留を除く三人が仲良く驚いた。色々知っているはずのジェットでさえ驚いている。
「勇者になるための儀式って何なんだ? 何回もチャレンジしてようやく合格出来るようなものなのか?」
頭が混乱する。
何か素質のようなものを持っているのか否かで決められるものとばっかり思っていたが。
単純に力量に寄るのかもしれないな。
「なぁ、カリュー」
「ん……あ? 何だ、ブレイブ?」
カリューもボーっとしていたのか反応が少し悪かった。確かに衝撃的な事実ではある。
「お前が勇者になれなかった理由って何だったんだ? やっぱり力量の無さか?」
「うぐっ……」
そこでカリューの台詞が詰まる。なぜそこで詰まるんだ。単純に力量が足りないからじゃなかったのか?
「力が足りなかっただけ……じゃなさそうね」
秋留もカリューの答えを待っている。
「……うぅ……」
カリューの顔から冷や汗が垂れているのが分かる。この決して暖かくは無い部屋の中で……勇者になれなかった理由とは、相当な内容だったに違いない。
「い、言えないっ!」
カリューが急に立ち上がった。
「理由はどうしても言えないんだっ! すまんっ!」
「ふぅ~ん……」
秋留が両腕を組んでカリューを見つめた。
「う……だ、ダメか?」
カリューが恐る恐る秋留に聞くと秋留はニッコリと笑う。
「良いわ。そこまで嫌がるならもう聞かない事にするよ」
秋留の台詞にカリューが「はぁ」と深い安堵の溜息を漏らして、椅子に再び腰を下ろした。
「それにね」
秋留が続ける。
「カリューの態度から考えると……勇者になれなかった理由は、カリュー自身が納得出来る理由では無かったから、でしょ?」
「う……そうだな、よく分かったな」
「だから今まで自称勇者をうたっていた」
「そ、そうだな……さすがだ、秋留……」
まさかカリューが口に出さなくても勘の良い秋留なら全てお見通しなのか? カリューも「バレたのでは?」と言う顔で心配そうに俺達の顔を見渡している。
大丈夫だ、安心しろ、カリュー。俺はさっぱり理由なんて分からないから。勿論、始終ポカーンとしているジェットにもサッパリだろうな。
「大丈夫っ!」
秋留がドンと胸を叩いた。……俺も秋留の胸を叩くというか……モゴモゴ……。
「納得のいかない理由であれば、私がちゃんと聖龍サージを納得させてカリューを立派な勇者にしてあげるからっ!」
秋留が満面の笑みを浮かべて言った。何て頼もしいんだ。
「あ、ありがとう、秋留。何だかお前に任せておけば全て上手く行く気がするっ!」
カリューにも元気が百パーセント戻ってきたようだ。今では瞳がメラメラと燃えて、部屋の温度も心無しか上昇したように思える。
「……じゃあ、次の問題ね」
『えっ?』
……さっきから俺とジェットは驚き担当になっている。まるで商品即売会にいる場を盛り上げるための「サクラ」のようだ。
「聖龍サージに会うためには、ガーナ大陸に渡る必要があるんだけど」
「そうですな」
会話の役に立ってないと感じたジェットが無理矢理な感じで相槌を打つ。
「このディム大陸と、聖龍サージのいるガーナ大陸を結ぶ航路にちょっとヤバメの魔族が出現しているらしいのよ……」
それから秋留が情報収集した内容を聞かされた。
どうやら聖龍サージに会いに行く冒険者は魔族が警戒しているらしく、付近の海域では冒険者狩りが行われているらしい。後々、勇者になられて力を付けられるのが面倒なのだろう。
そして、今現在、ディム大陸とガーナ大陸を結ぶ航路を監視しているのが、通称『魔族仲良し三人組』と呼ばれる三人の強力な魔族らしい。
ちなみに『魔族仲良し三人組』とは魔族討伐組合が勝手に付けた名前らしく、本人達の実際の名前等はまだ判明していないらしい。
「魔族三人組か……厄介だな」
俺は椅子の背もたれに大きくもたれかかり、天井を見えあげた。
魔族とは人間と姿形の似ている暗黒の力を使う種族で、モンスターを操る事が出来る。出生等細かい事は不明だが、ここより更に北の大地、常冬のワグレスク大陸を本拠地としているらしい。
……奴らの食料は人間……いや、魔族以外の全ての種族が対象となっていると言って良い。
ちなみに奴らの能力はモンスターとは比較にならず、強さはピンキリであるが、ワグレスク大陸にも近く、ガーナ大陸の海域を監視するという意味でも、強力な魔族である可能性は十分に高い。
……しかも三人同時に相手にする必要があるのか。
「じゃあ、こうしよう」
俺は発言した。
「カリューはここで俺達のパーティーを抜けるという事で」
と最後まで発言する前にカリューの正拳突きが俺の右頬を捉えた。
「痛ってーな、カリュー!」
「ブレイブ、ふざけないで」
「……ごめんなさい」
秋留に言われて俺は大人しく引き下がった。カリューは「ざまぁみろ」という顔で俺の方を見て笑っている。
「その三人組のせいで、ガーナ大陸に渡るための船はほとんどが欠航しちゃってるのよ」
「まぁ、そうなりますなぁ……ワシが冒険していた頃みたいに専属の船乗りがいれば良いのですがのぉ……」
ジェットの言う通り。ある程度有名なパーティーには専属の船乗り、場合によっては専用の船を所有しているパーティーまでいるらしい。
レッドツイスターも少しは有名なのだが、まだ船を持つまでには行かないな。
「ん? そういえばカリューが以前ガーナ大陸に渡った時はどうだったんだ?」
俺は気になってカリューに聞いてみた。
「あ? そういえば魔族に襲われたりはしなかったなぁ……」
「運が良かったのかしら? 魔族の監視って結構前から行われているみたいだったけど」
こいつ悪運だけは良さそうだからなぁ。
ちょうど魔族の食事時か何かだったのだろうか。
「その時の船に頼んでみる事は出来ないですかな?」
「船? いや、俺泳いで行ったから……」
『……』
こいつアホだ。泳いで海を渡る? 一体何キロあると思っているんだ。
「いや、途中で海に浮かんで休憩は挟んだぞ? 俺はそこまでアホじゃないっ!」
結果的にカリューのアホさ加減が強調された弁解になったが、アホのカリューは気付かないだろうな。
「いや、ほら、頑張った方が聖龍サージに認めてもらえそうな気がするだろ?」
俺が聖龍サージだったら、アホに力は授けないな。
「……ま、昔の話だよ。あ、でも今回も泳いでいけば」
「行くかっ!」
「遠慮するわ」
「老体には堪えますな」
即行で俺達は断った。お前と違って途中で溺死する自信があるぞ。
全員に断られたカリューは分かりやすくショボンとしている。
「まぁ、頑張って探すしかないよな、ガーナ大陸行きの船」
情報収集や交渉が苦手な俺は、溜息をついて椅子にもたれかかった。
翌朝、パルイッソの港町は、朝から粉雪が舞っていた。常冬の大地とまでは行かないが、どの大陸でも四季により寒暖の差は大きい。
「大きな港町だから、海運協会みたいなのが四箇所もあるの。一人一箇所ずつ対応しようね」
秋留の意見に対して反対出来る要素も無く、俺はパルイッソの港町の南西に位置する『真心海運協会』にやってきた。辺りでは船乗りらしきガラの悪そうな屈強な男達が楽しそうに談笑している。
「いらっしゃいっ!」
海運協会の扉を開くと、髪の毛も髭もついでに眉毛も無いオッサンが愛嬌のある声で話しかけてきた。
……交渉をするのにいきなり高い壁が立ちふさがったな……。
「船を出して欲しいんだが」
「あいっ! どこへ行きましょうっ!」
少し間を置いて唾を飲み込んだ。
「……ガーナ大陸なんだが」
俺の台詞に目の前のオッサンの顔がただでさえ険しく見えていたのに、一層険しくなった。
「すいません、現在、ガーナ大陸行きの船は出してないんですよぉ」
オッサンはギロリと俺の事を睨んだ。
……とりあえずここで簡単に引き下がっては、秋留に申し訳ないし、集合の時間まで時間を潰すのも情けない。そういうサボっている時に限って、秋留に見つかりそうだし。
「……再開する目処は無いのか?」
「あんたも冒険者だから噂は知っているだろう?」
「まぁな……どの船も魔族にビビって休航しているらしいな」
と言ってから皮肉っぽくなってしまった事に気付いて慌てて相手の顔をチラリと見た。予想通り更に怒らせてしまったようだ。
「こんな状態で船を出そうなんていうところは、余程腕に自信があるか脳みそが空っぽなのかのどっちかだなっ!」
オッサンは吐き出すように言った。
「俺達が魔族を追っ払ってやるよ、それで手を打たないか?」
今日は珍しく良い感じに交渉が出来ている気がする。
ここに入る前に実はビールを一本飲んで勢いを付けたのが良かったのかもしれない。
「ああ、ダメだダメだ、そう言われて何度か船を出した事もあるが、全部返り討ち。もうこれ以上の損失は出せねえよ……」
さすがにすんなりウンとは言ってくれないよな。
俺は酒の力も手伝ってか、粘って更に交渉を続ける事にした。
「返り討ちにあったのは、乗せた冒険者の腕が悪かったんだろう?」
「……お前なら大丈夫だと?」
……さすがに俺一人で魔族三人に勝つのは無理だろうな。こりゃ四人で分かれたのは失敗だったのでは?
「俺一人じゃない。俺はレッドツイスターっていうパーティーの一人、ブレイブだ」
「ふぅ~ん……」
疑うような眼で俺の姿を見るとオッサンは事務所の奥からファイルを取ってきてパラパラと何かを探し始めた。
ちなみに俺の今の装備は黒いスーツだ。
勿論ただのスーツではなく、生地に鋼の糸が編み込まれている特注品……なんだが、目の前のオッサンにはただのセールスマンにしか見えないかもしれない。
「レッドツイスター、ランクはBか……」
B? 海運協会共通の冒険者をまとめた情報だろうか。……まぁ妥当な評価な気がするな。無数の冒険者の中で考えたら俺達はまだまだ駆け出しパーティーに違いない。
あ、でも、カリューがめでたく勇者になれば俺達パーティーの株は急上昇間違い無しだな。
「お前らと同じようなランクの冒険者を乗せた事があるが、やっぱり返り討ちにあった」
「……そこを何とか」
俺の交渉術とボキャブラリーは全て使い果たした。最後の抵抗空しく、俺は海運協会を追い出されたのだった。
「はぁ……」
粉雪が沈んだ俺の気持ちを更に重くしているようだ。冒険者としての活動が落ち着いたら、コミュニケーション力でも養ってみるか。
「ちょっと良いか?」
海運協会を出るとすぐに怪しげな男に話しかけられた。…色々特徴を挙げればキリが無いが、まず目立つのは俗に言うリーゼントという前方に大砲のように突き出した豪快な髪型だろうか。
この男に一メートルも近づけば、そのリーゼントの先端が自分の顔にぶつかりそうな……ちょっと言い過ぎか。
「……頭が気になるか?」
「あ、いや……そうだな、気になるな」
男が更に一歩近づいてきた事により俺は軽くその髪型を避けるようにして、男の質問に答えた。
「俺のアイデンティティーなんだ、勘弁してくれ」
「……じゃ」
俺は黙ってその場を離れようとした。何か面倒臭い奴な気がする。
「おい! し、島に渡りたいんだろ? ガーナ大陸!」
……このままじゃ大した収穫も無い事になってしまう。秋留に「さすがブレイブね」と言って貰えない。
俺は男の台詞に足を止めて振り返った。
「船があるのか?」
「あ、いや、船は無いんだが……」
「……じゃ」
やっぱり面倒臭い奴だった。
俺はスタスタとその場を離れていった。
しょうがない、秋留には成果が無かった事を素直に謝るしかないな。
「お、おぃ、待てって!」
後ろからリーゼント野郎が近づいてきているようだが、俺は華麗な身のこなしで相手を巻くと、待ち合わせの時間まで街をフラフラして時間を潰したのだった。
「海賊のロハンさんよ」
待ち合わせ場所としていた喫茶店の個室に現れた秋留は、俺が巻いたリーゼント野郎を連れていた。まさか秋留も目の留める重要人物だったか……。こりゃ余計な事を言われる前にあのリーゼント野郎と口裏を合わせておいた方が良さそうだな。
「……ブレイブは会うの二度目かな?」
秋留の台詞からすると、既にバレてるな。
あの野郎、後で嫌がらせしてやる。……リーゼントちょん切るか。
結局、俺たちはそれぞれ別の海運協会に行ったが、船を出してくれる海運協会は見つからずに、秋留がリーゼント野郎を連れてきたのが収穫となっただけだった。
……あの時ちゃんと奴の話を聞いていれば、秋留から熱い抱擁がプレゼントされたかもしれないのに。
「じゃあロハンさん、もう一回皆に説明してくれるかな? ブレイブ相手には特に細かく」
「ロハンで良いよ。行儀良くするの俺も苦手だからよぉ、あんた達の事も呼び捨てさせてくれや」
確かにその髪型も行儀が良いとは言えないしな。
ちなみに落ち着いてロハンの外見を見ると、まずリーゼントの次に目立つのが左頬の十字傷。そして左腕の代わりに着物の袖から出ているのは剥き出しの剣だ。
全身の肌の色は黒い。黒色人種なのか日焼けした黒なのかは判別出来ない。
「俺は海賊レベル三十四のロハン。まぁ、レッドツイスターの皆さんに比べたら格下だな」
ちなみに俺のレベルは三十六だ。コイツ、俺のレベルを分かっててワザと格下、って言いやがったな。
「その腕はどうしたんだ?」
カリューが聞く。
熱血漢のカリューは剥き出しの剣を左腕の代わりにしているロハンの様に興味があるようだ。
「さすがリーダーのカリュー、目の付け所が違うな。この腕の理由が、俺がレッドツイスターの手伝いをしたい理由でもあるんだ」
コイツ、話し上手か。
さりげなく褒められたカリューはニヤニヤと照れている。ぶん殴ってやるか。
「この腕は、ノニオーイ海賊団に持っていかれた」
『!』
かつて俺たちが壊滅させたノニオーイ海賊団。その船長は秋留を傷つけた罰として、俺が華々しく爆死させてやった。
「その傷もか?」
豪快な十字傷を指差して俺が聞いた。
「……いや、コレはただの刺青だ。海賊と言ったら十字傷だろ?」
……俺が会話しようとするといつも面倒臭い展開になる。暫く黙って聞いておこう。秋留にも睨まれているしな。
「俺が船長を勤めていた『呂亜海賊団』はある積荷の運搬を魔族討伐組合から依頼されたんだが、ノニオーイ海賊団に襲われてな……」
ノニオーイ海賊団のように略奪等を行う悪いイメージの海賊や盗賊がいるせいで、このロハンや俺のように魔族討伐組合から仕事を貰っている健全な盗賊や海賊にまで悪いイメージを持っている一般人も多い。
「俺は散っていった仲間達のためにノニオーイ海賊団に復讐することを誓ったんだ……」
「……だが、ノニオーイ海賊団は俺たちが壊滅させちまったぜ?」
カリューが答えた。
確かに去年俺たちはノニオーイ海賊団を壊滅させた。その中でも船長のノニオーイは、秋留を傷つけた罰として俺が華々しく爆死させてやった。
「そうだ、その情報を聞いた時、俺は悔しさを覚えたさ……と同時に会ってみたいと思ったね、お前らレッドツイスターに」
『……』
俺たちは黙った。
先に話を軽く聞いたはずの秋留も静かに見守っている。
「で、会った感想はどうだったんだ?」
「まぁ、お前には無視されたが……秋留は凄い親切に相手をしてくれた……あぁ、こいつらが倒してくれたのかと、そこでようやく感謝出来たよ」
俺の質問にさりげなくイヤミで返されたが……まぁ、コイツには悪い事をしたな。確かに最初に会った時に必死さは感じた。
それにしても秋留の方をチラチラとリーゼント野郎が見ているのが気になる。
やはりリーゼントはちょん切るべきだな。
「……ふむ。ワシ達に接触してきたのはなぜですかな?」
お茶をズズズと飲んでからジェットが言った。
「お前ら困っているんだろう? 俺に恩返しさせてくれ。きっと俺の仲間達もあの世でそれを望んでいる」
「でも船無いんだろ?」
「う……」
ロハンの心温まる演説は終わりだ。
さて、コイツの本性を暴いてやらないとな。
「ブレイブ、意地悪しないの」
「はい」
秋留に言われて素直に引き下がる。言葉じゃ敵わないからな。
ロハンが背負っていた鞄を目の前の机の上にドスンと置いた。
「ここに六百万カリムあるんだ」
自然に伸ばした手をバシッと秋留に叩かれた。
「中古の大型船を一千万カリムで売ってくれるように海運協会とは密約を交わしてあるんだ」
船の相場は知らないが、密約して一千万という事は、普通ならいくら位するんだろう……。海賊の職に就かなくて良かったわ。
それにしても足りない分は四百万カリムか……まさか。
「お前らが残りの分を出してくれれば、俺が責任を持ってガーナ大陸まで乗せて行ってやる!」
やっぱりそう来たか。
金の話を切り出そうとする奴の雰囲気は何となく分かる。
言い難そうな、しかしどこかに卑下た気持ちが見え隠れする顔。
俺はどちらかというと思考が顔に出てしまうため、何も言わなくても秋留からは突然冷たい目で見られる事もしばしばだったりするが、金の雰囲気は俺の方が読めるに違いない。
……あれ? お金大好きの俺は常にあんな顔しているのか?
「……いくら出せば良いんだ?」
カリューが聞いたが、そこは話の流れから簡単に計算出来るだろっ!
「……五百万カリムだ」
「お前、さりげなく上乗せしてんなっ!」
咄嗟に目の前の机を叩いて立ち上がり、人差し指でビシッとロハンの顔を指差す。
「じょ、冗談だ、四百万カリムだよ」
その顔は冗談を言っている顔では無いな。
……というか俺自身を相手しているような気持ちがするのは、きっと気のせいに違いない。
「……カリューを勇者にするためだもの。皆で出し合ってロハンの希望を叶えてあげるしか無いんじゃない? 他にガーナ大陸に渡る手段も無さそうだし?」
秋留が言った。
恐らくロハンから声を掛けられて二人で少し話し合った段階で、既にその答えは出ていたのだろう。
一人百万カリムか。
勿論手持ちが無くはないのだが……カリューのためであっても、ロハンのためであっても、イヤなものはイヤだ。
……秋留のためならいくらでも出す覚悟はあるのだが。
「カリューが本物の勇者になったら、私達も『勇者パーティー』だもんね。嬉しいよね、ブレイブ」
秋留がニコリと笑って俺に話しかけてきた。
ああ、素敵な笑顔だ、秋留。
そうだな、勇者パーティーの一員なんて、秋留も喜ぶよな、そうだよな。
「一人百万カリムで夢が手に入るんだ、安いもんだろ」
俺は秋留の顔を見つめて言った。
「……いや、待ってくれ」
「あ? おい、人がやる気になったのに水を差す気か?」
ボソリと言ったカリューの一言に俺は睨み返して答えた。
こいつ、何言い出す気だ?
まさか金足りねぇのか?
ふざけんなよ、カリュー。……もし貸すんだったら五倍、いや、十倍にして返してもらうからな。
「ブレイブ、金にガメついお前が俺のために百万カリム出してくれるなんて正直嬉しいんだ」
お前のためじゃない、秋留のためだ。それに金にガメついなんて人聞きが悪いぞ、カリュー。
「だがお前らの気持ちに甘え過ぎる訳には行かない。ブレイブ、秋留、ジェット、お前らは俺の大事な仲間だ。どんな時でも頼りになるし一緒にいて楽しい」
……何だ、急に? 照れるじゃないか。
「でも甘え過ぎる訳には行かない。今回も俺の我侭でお前らを危険な航海に巻き込む事になるかもしれない」
そうか。『魔族仲良し三人組』だったかな? 危険な航海になるには違いないが、まぁ、いつもの事だな。冒険者を続けていれば平穏無事な日々なんて送れる訳は無い。
「出来る事は自分でやりたいんだっ! 不足分の四百万カリム、全額俺に出させてくれ」
『え?』
その場にいたカリュー以外の全員が声を揃えて驚いた。
……約一名は驚きというよりは歓喜の気持ちが混ざっているとかはこの際考えてはいけない。
「お前らにはいつも世話になっている! 不甲斐無いリーダーに付いて来てくれて感謝している!」
俺はお前に付いて行っているつもりは無い。
秋留と一緒にいたいからこのパーティーにいるんだ。あくまでカリューの存在はオマケ……。
……。
…………何だ、このイヤな気持ちは。
「カリュー殿」
ジェットが口を開くと同時に立ち上がり、流れるような動作でカリューの横っ面を思い切り殴った。
「きゃぁっ、ジェット!」
「お、落ち着け!」
秋留と俺の制止にジェットは安心するようにと目で訴えてきた。
「ジェ、ジェット、何しやがる……」
「カリュー殿はそんな他人行儀な気持ちでこのパーティーをまとめていたのですかな?」
ジェットが静かに腰を下ろした。
「パーティーというのは一つの『個』ですじゃ。バラバラな気持ちではパーティーとは言えません」
カリューが口の端から垂れた血を拭い、椅子にもたれかかりながら立ち上がった。
「カリュー殿の我侭? 世話になっているという気持ち? ワシ達が付いて来ている? ……カリュー殿の全ての考え方が他人行儀ですじゃ」
その場の誰もが口を開かない。
半分部外者のロハンも慎重な面持ちで成り行きを見守っている。
「勇者パーティーになるという事は、これからより危険な冒険が待っているという事。今まで以上にパーティーの連携が重要になってきます」
ジェットは生前勇者パーティーと一緒に冒険をした事があるから、その辺の事情は詳しいし人生経験も豊富だ。パーティーの問題も内外で色々見て来たに違いない。
「自分だけの我侭と思う気持ちはパーティーからの孤立を表します」
ジェットが俺たちの顔を見ながら一言一言大事そうに話す。
「世話になっているという気持ちは仲間達への遠慮に繋がります」
カリューは棒立ちになりながらジェットの声に耳を傾けている。
「自分に付いて来ているという気持ちは仲間達の気持ちを無視した自分勝手な考え方です」
……そうか。
カリューがそう言った時にイヤな気持ちになったのはそのせいか。
俺の、俺たちの気持ちを考えていないカリューに対する苛立ち。
……俺の気持ち?
俺はカリューと一緒にいたいと思っているということか? こんな熱血漢で付き合いづらい野郎に……。
「……わ、悪い、ジェット……。お、俺はそんなつもりで言ったんじゃ……」
「カリュー殿が思わなくても、自分以外の人が感じる気持ちはそれぞれですじゃ」
ジェットの一つ一つの台詞は俺の心に深く刻まれた。
重要な事だよな、これから俺たちが勇者パーティーとしてやっていくためには。
「……そうだな、悪かった、皆」
カリューが頭を下げた。
……最近色々あったからな。俺たちに対する負い目も感じていたのだろう。
……カリューに関する色々な事を憎らしく思っていた俺も悪いのかもしれないな。
「おい、カリュー」
「あぁ、悪かったな、ブレイブ……」
「お互い遠慮は無しにしような……俺は何も遠慮してないだろ?」
『……ぷっ、あははっ』
なぜかその場にいる全員に笑われた。
「ブレイブはもっと遠慮するべきよ」
秋留の言葉が何よりも心に響く。そうか、もう少し遠慮が必要か。少しだけ遠慮が必要だよな、うん。
「船の代金の不足分は、仲良く四人で等分、痛み分けですな」
「っ!」
ジェットの台詞に思わずイヤな顔をしそうになったのを必死に隠そうとして俯く。
「ほほっ、イヤな時はイヤな顔をするのも良い事ですぞ?」
ジェットに即効で気持ちがバレた俺は、仕方なく、心底イヤな気持ちを顔に表して、その場の全員に笑われたのだった。
「ブレイブ変な顔ー」
秋留を笑わす事が出来て俺は幸せだ。
「相変わらずアホだよなー」
元気を取り戻したカリューに笑われるのも、まぁ我慢してやろう。
「ほっほっほぉ」
ジェットの陽気な笑い声は落ち着くな。
「キングオブ変顔だよなぁー! こりゃ世の女共は誰も寄り付かないわー!」
半分部外者のロハンに笑われるのはどうにも納得出来ないし、一番酷い事を言っているのは確実なので、俺は流れるような動作で格下のロハンの右頬をドツいたのだった。
翌日、ロハンが一千万カリムの金をまとめて海運協会に向かうのを俺はずっと同行した。俺が出した金をネコババするつもりじゃないのか心配だったからだ。
「お前、俺の事を信用してないだろ?」
「当たり前だ」
何度このやりとりが繰り返したかは分からないが、俺は何度聞かれてもコイツの事を信用する事が出来ない。
……それはコイツが俺と同じ匂いを発しているからだ。
……俺は仲間の金を持ち逃げしたりはしないけどな。……たぶん。
海運協会では順調に交渉が進んだ。
俺と同じ匂いのするロハンだが、口は俺よりも達者なようだ。金額交渉もしっかり進み、船に搭載する装備品や消耗品までを一千万カリムに含められる事となった。
「信用したか?」
「……ほんの少しだけな」
「そりゃ良かった」
海運協会の営業に連れられて、ロハンと俺は船が沢山停められている港にやってきた。港に停められている船はどれも豪華で立派だ。
俺の船はどこにあるんだろう?
「あの端っこのがお前らの船だ、カッコ良いだろ?」
メガネをかけた営業男が指を差した先を眺める。
「おー……」
口には出さないが一言で言うと……普通だ。特に説明も要らないくらい普通だ。
「さすが俺が見込んだ船だけはあるな。船底の曲線美とか最高だろう!」
俺に話を振るな。俺は海賊じゃなくてただの盗賊だ。船の違いなんて分かるか。でも見る人が見ればコレは良い船なのだろうか。
……。
遠くでこちらの様子を伺っていた船乗りらしき二人組みが俺たちの方を見て笑っているようだ。あまり良い船では無いんだろう。ロハンも分かっていて嬉しがっているに違いない。
……まさか出資した俺が隣にいるから気を使っているのか? コイツ、実は良い奴なのかもしれない。
「あ、船に乗って一人で逃げるなよな?」
俺は念のためロハンに釘を刺しておいた。
ロハンはウンザリするような顔をして「心配するな」と言って再び営業と話し始めた。
『おおおおおおっ!』
ロハンが航海に必要な準備を進めるという事であれから一週間が経過した。
時々ロハンが逃げていないかこの港に顔を出したが、一生懸命に船の整備や荷物の積み込みを行っている姿を見て、俺は自分が情けなく感じた。
そして久しぶりに見た船に俺たちは大きな驚きの声を上げたのだった。
船はキレイに塗装され、前に見た平凡な船にはとてもじゃないが見えない。
船体は青色をベースに赤がアクセントして入れられ、キラキラと光る銀色の帆、舵や柵などは黒で落ち着いた塗装がされていた。
「お前らのイメージカラーで彩色させて貰った」
照れたようにロハンが後ろから声を掛けた。カリューの青い髪、秋留のピンクの髪、ジェットの銀色の髪……俺は茶髪だがいつも黒いスーツを着ているから黒という訳か。
「凄い、カッコ良い!」
秋留も嬉しそうだ。
俺とロハンが海運協会の営業から買ったんだぜ?
「昔の仲間達も一部戻ってきてくれてな。船の整備も予想以上に上手く出来たんだ」
そう言うとロハンが後ろを振り返った。
遠くでガヤガヤと談笑していた船乗り達がロハンの合図で近づいてくる。
『どうも、レッドツイスターの皆さんっ!』
……まるで練習したかのように台詞がピッタリ合っている船乗り達だ。挨拶の練習する暇あるなら働きなさい。
「どうです、このデザイン! レッドツイスターの皆さんが乗るにふさわしいでしょうっ!」
黒い髪をオールバックにした優男が前に一歩出てきて言った。
「そいつは、呂亜海賊団のデザイン担当だ」
ロハンが得意気に言っているが、航海に出るのにデザイン担当は不要じゃないのか?
「まぁ、他のメンバーについてもそのうち紹介してやるよ」
「船長そりゃ無いぜ」
「自分ばっかり目立ちやがってぇ!」
「……ゲス野郎」
ロハンの仲間達はどいつもこいつも個性が強そうだ。……俺とは気が合わないに違いない。
いつまでも続く船乗り達からの罵倒に、ロハンは観念して自己紹介を始めた。
まずは先程の非戦闘員に違いないデザイン担当の未頼。
次はいわゆるスポーツ刈りをした汗臭いデブのチャーイ。甲板での力仕事担当らしい。
長髪を後ろで縛った二人目の優男のカズ。力仕事と射撃が得意らしい。まぁ、射撃の腕なら俺の方が上だろうな。
最後は口の悪いポポンガ。「ゲス野郎」発言をした男だ。黒くてウネウネとした長い前髪を垂らした不気味な男だ。呂亜海賊団の参謀らしいがこの見た目だと極悪非道な作戦しか立てそうにないな。
……と自己紹介されたが、コイツ等の名前を覚える気は全く無い。要注意なのは秋留の事をイヤらしい目で見ている事だな。少しでも変な事しやがったら、体の隅々に風穴開けてやるからな。
「……さて」
喋り始める前に長いタメが入る極悪参謀のポポンガがゆっくりと喋り始めた。次の台詞を言う前に空をキョロキョロを見渡している。……いきなり風穴開けたくなってきたなぁ……。
「……天気が荒れるな。……早めに出航した方が良いだろ」
「……ほぅ、よしっ! ポポンガが言うんだから確実だなっ!」
ロハンが俺たちの顔を見渡した。
いよいよ、ガーナ大陸に向けて出発か! 一週間のうちにカリューもヤキモキしていたようだしな。ロハンの台詞によりカリューは鼻息を荒くして両手で構えた剣を振り回し始めた。危険だから止めてくれ。
「天気が荒れるなら出航は先延ばしにしようっ!」
『えええええっ!』
その場にいた全員が絶叫する。
そして素振りをしていたカリューの剣が両手を離れて俺の目の前の石畳に転がる。
「あっはっはっ! 良いリアクションだな、お前ら。勿論冗談だっ! さぁ、海が荒れる前に出発するぞぉ~!」
クダラナイ冗談に全員からドツかれながらも、ロハンは笑いながら出発の合図を出したのだった。