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プロローグ

『ハッピ~、ニュ~イヤ~!』


 ディム大陸へ向かう大型船の甲板で乗員乗客含めて六十人余りがグラスを片手に叫ぶ。

 天気は快晴、波も穏やかであるため、何かあった時に舵を操らなければいけない船長までもが、大きなジョッキに入ったラム酒を一気に飲み干している。

 コースト暦三0六0年の一回目の朝を迎えた。

 真っ青な空には雲一つ無く、暖かい日差しと冷たい風が肌に心地よい。

 俺は空を眺めながらワインを口に含んだ。濃厚な味わいに思わず頬を緩める。

「去年は色々忙しい年だったからなぁ……今年はこの波のように穏やかな冒険が出来ると良いが……」

 乗員や乗客が談笑している場所とは少し離れた甲板の柵にもたれ掛かりながら、俺は海原に向かって独り言を呟いた。

 少しアルコールが入ったせいか、考えることが詩的な気もするが気にしない。


 俺の名前はブレイブ。この世にはびこる魔族やモンスターを狩って生活を送る『冒険者』という仕事に就いている。

 その冒険者の中でも更に職業が分かれており、俺は手先が器用で素早さが高いという特徴を持つ……盗賊だ!

「お客さま、海に何か見えますか?」

「……いや、問題無い」

「そうですか。あまり柵から身を乗り出さないようにして下さいね」

「……ああ、すまん」

 思わず「盗賊だ!」の勢いと同時に柵に左足を乗っけて格好つけてしまっていた。無意識とは恐ろしいものだ。

 ひとまず柵に乗せた左足を戻し、風と少しのアクションで乱れた茶色の髪をかきあげた。……またしてもさりげなく格好良い仕草を取ってしまった。

 ……俺が突然格好をつけてしまったのにも理由がある。

 冒険者というのは一般的には複数人のパーティーを組む事が多い。俺も今は四人でパーティーを組んでいる。そのパーティーの中にいるのだ、紅一点の女神が……。その女神がどこかで俺の事を見ているかもしれないと考えると、つい格好をつけたくなってしまうのもしょうがないと言えるだろう。

 ……今、ワイングラスを太陽に照らしているこの仕草もその女神を意識しているせいだ。


 俺達がパーティーを組んだのが三0五七年の事だったから、あれから大体三年は経過した事になる。

 当時はぎこちなく未熟だった俺達も、数々の冒険を経て今では立派な成長を遂げている。勿論絶賛成長中でもある。

 特に俺達のリーダーであるカリューは数々の不幸を乗り越え、着実に力を付けて来たと思う……認めたくは無いが。


 そんな赤丸急上昇中のカリューはこのパーティーの席でも堂々と立派に……船のマストに頼りなく寄りかかるように体育座りをしている。驚異的、壊滅的に低いテンションを分かりやすく表している。……カリューは青い髪をしているのだが、今では顔まで青くなったしまったように見える。

 カリューが自分の周りに暗い影を落としている理由は、船酔いをしているからでは勿論ない。俺達冒険者は船での移動には慣れているからな。……まぁ、たまに冒険者でも乗り物に弱い奴もいるが。

 では一体カリューの身に何が起きたのか。以前のように呪いにかかった訳でも完璧な獣になってしまった訳でもない。


 去年の末、数々の困難に立ち向かった極寒のアステカ大陸を船で出発した時は良かった。

 暫くしてからだ。

 自称勇者でいつも豪胆なカリューがブルブルと震え始めたのは。震えるだけではなく、同時にブツブツと言葉を発するようになった。新手の呪いかとも思った。

 そこで俺は盗賊としての自慢の耳を使ってカリューの言葉を聞き取ったのだが……。

「ディム大陸怖い……」

 今も体育座りで同じ台詞を呟いている。

「姉ちゃんズが怖い……親父が怖い……」

 次に発せられるフレーズがコレ。カリューの台詞を理解した時には何とも情けない気持ちになった。最近カリューの力を認めてきただけに余計に情けない。

 ……まぁ、ようするにカリューは、実家のあるディム大陸に行きたくないみたいなのだ。

 時々ヒステリー気味に「アステカ大陸に戻ろう! 別の大陸に行こう!」と口走っていたのだが、他の乗客もいる手前、そんな我侭が通るはずもない。

 あと二、三日でディム大陸の北東の港町パルイッソに到着する今となっては、とうとう観念したのかカリューのヒステリーも無くなったのだが、あのようにブルブルと震えるのは相変わらずだった。

 ちなみに、カリューの家族がどういう構成なのか俺は知らない。

 俺達、冒険者の間では家族の事を話すのは一種タブーのようになっているからだ。冒険者というものは危険を顧みない職業だ。そんな危険な職業に就いているのには少なからず訳があるからだ。

 そうなると自然に家族構成などのプライベートな事には首を突っ込まなくなる。

 なので、パーティーを組んでから三年経過しても、カリューの家族構成は勿論、なぜ「自称勇者」なのかも不明なままだ。個人的にコミュニケーションを取るのが下手というのもあるけどな……。


「カリュー殿は相変わらずですなぁ」

 俺が過去を振り返っている間に、肉料理や魚料理を皿に沢山盛って来た老人が隣に立っていた。半分程飲み干したビールジョッキを片手に持っているが既に何杯飲んでいるのかは分からない。

 灰色の髪と髭、上品に刻まれた顔のシワはまさしくナイスミドルという言葉が似合う。しかしその両手に持った料理と酒の量はナイスミドルとは程遠い。

 俺のようなワイン片手に海を眺めている方が余程ナイスミドルという単語には似合う気がするが、俺はまだピチピチの二三歳だ。

 俺の隣にいるのは同じパーティーのメンバーである聖騎士のジェット。

 聖なる騎士という響きとは裏腹に酒好きな老人だ。勿論、老人っぽくお茶も大好きだし、夜寝るのが早くて朝起きるのも早い。

 そんなジェットは、生きていれば今年で一一七歳を迎えるはずだ。享年は五八歳、見た目は没した時のままを維持している。

 説明として分かり辛いのだが、要するにジェットは一度死んで死人として復活した、平たく言えばゾンビだ。

 ゾンビとして復活させたのはカリューでも俺でも無い。カリューも俺も魔法は使えないしな。


「カリューの大好きなお酒がこんなにも振舞われているのに、そんな事には見向きもしないで、まだ自分の世界に閉じこもってるんだねぇ……、こりゃ重症ね」

 透き通るような声、まるで歌っているような、メロディを感じる流れるような発音……。

 甲板のニューイヤーパーティーに少し遅れてやってきたのは、パーティーの紅一点、美の女神の化身ではないかと個人的には睨んでいる幻想士の秋留だ。

「随分遅かっ……」

 俺は声のした方に振り返ると同時に息を呑んだ。

 う、美しすぎて開いた口が塞がらない。今なら小さな虫は俺の口に入り放題だ。

「い、一応パーティーだから……レンタルドレスを借りちゃった……変?」

 危険と常に隣り合わせである冒険者と言えども、秋留はいつも服装には気を使っている。

 好んでミニスカートを穿く秋留は可愛らしいというイメージなのだが、今着ている服装は物凄く……何というか……色っぽい。

 淡い青色のロングドレスに高いヒールの白い靴、同じく白い厚手のケープを羽織り、胸元にはキラキラと光るネックレスを身に着けている。ピンク色の長い髪も上品にまとめられている。

「どこもおかしい所など。とても綺麗ですぞ」

「き、き、きききき、きれ、きれ……」

 衝撃的すぎて言葉が上手く出ない。

 秋留、とても綺麗だよ。

 とりあえず心の中で褒めてみた。

「ジェットはうまいんだからー。……ブレイブは呂律が回らない程、お酒飲んじゃっているみたいだけど」

 その素敵なドレス姿で俺の事を睨まないでくれ。おかしくなってしまいそうだ。


 ひとまず俺は精神を落ち着かせるため、カクカクとぎこちない動きで海原に視線を戻した。

 思考を戻そう。

 ジェットをゾンビとして復活させたのは、いつもは可愛いのに今日はプラスして色っぽさまで大爆発の秋留の力だ。

 秋留は幻想術だけではなく、その他にも数種類の魔法を操る。ジェットをゾンビとして復活させたのはその中の一つ、死者を操るネクロマンシーの力だ。

 普通、複数の魔法の才能があるはずは無いらしいのだが……正に才色兼備という言葉がピッタリだ。


「秋留殿、とても綺麗ですな」

「あ、ああ、そうだな……」

「ふぁっふぁっふぁ!」

 ジェットは老人独特の笑い声を残すと、料理が置かれているテーブルへ戻っていった。

 ゾンビの癖に食事はするし酒も飲む、一般的なゾンビの概念とはかけ離れている。人間以上に人間臭すぎる。……ついでにゾンビ臭い。

 俺は少し気分が落ち着いた所で秋留に視線を移した。

 ドレスで着飾った他の乗客と談笑している。これで相手が男だったら俺の自慢の二丁拳銃でその男の頭を吹き飛ばしている所だ。

 盗賊は基本的に剣などを扱うのが上手ではない。まぁ、短剣くらいは使えたほうが良い。俺もお気に入りの短剣を持っているが、やはり攻撃力の面では長剣等の攻撃力には及ばない。。

 そこで俺は足りない攻撃力を補うために、二丁拳銃を相棒としていつも両腰に装備している。

 金色銃のネカーと銀色銃のネマーだ。

 ちなみに名付け親は俺だ。我ながらナイスセンスだと思っている。

 ……そういえば俺のお気に入りの黒い短剣は、ダークサーベル、という名前らしい。どこぞの怪しい露天商の手作りだ。

「おっと!」

 俺は咄嗟に空に向かってネカーとネマーのトリガーを引いた。

 クェッ、という叫び声を発して絶命した鳥型モンスターが海原にボチャンと落ちた。

 盗賊の腕だけではなく、銃を操る腕も一流だぜ。

「あの、お客様……」

「……ああ、すまない」

 またしても知らない間に柵に足を乗っけて、今度は両銃を構えたまま海原を睨みつけていたようだ。

 溜息をついて乗員が俺のソバから離れていった。「あの酔っ払いめ」と思っているに違いない。

 ふと秋留の方に視線を移すと目がバッチリと合ってしまった。どうやら一部始終を見られたようだ。

「酔っ払い」

 遠くて声を聞く事は出来なかったが、確かに秋留の口の動きはそう言っていた。

 俺は両銃をホルスターに戻すと、秋留に近づこうとしている男性客を睨みつけながら秋留の隣にやってきた。男性客の舌打ちが後ろから聞こえたが、俺は気にしない。

「柵に足を掛けながら何してたの?」

「うーん、ネカーとネマーのトリガーを引いて、トリがぁ海に落ちたんだ」

「くだらないダジャレ言っている暇があったらカリューを元気づけてあげて」

「……鳥型モンスターみたく海に落としてみるか?」

「今のカリューだと体育座りしたまま海底に沈んじゃいそうだから止めてあげて」

 俺はその後も秋留と他愛無い話をしながら料理を堪能した。

 

 

「ディム大陸が見えてきたぞー!」

 メインマストの見晴台に登った乗員が叫んだ。

 ニューイヤーパーティーから三日が経過していた。

 丁度甲板で鳥型モンスターを追い払っていた俺と秋留とジェットは乗員の声に前方を振り向いた。……確かに波の隙間にうっすらと大陸が見える。

「見えましたかな?」

「ああ」

 盗賊である俺の目でようやく見えるレベルなので、年寄りのジェットの肉眼で見るのは厳しいだろう。

 秋留も目を細めているが……見えていないだろうな。実は秋留は盗賊の職業に就いていた事があるので、人よりは目の使い方が上手かったりするのだが。

「う、うああああ……」

 メインマストに近くで体育座りしていたカリューの耳にも大陸到着の声は勿論聞こえていたのだろう。

 今まで以上にガクガクと震え始めた。

「あいつ、いい加減ウザイな……」

「でもこの先どうしようかねぇ……」

「カリュー殿の故郷はカーサスでしたなっ!」

 ジェットが鳥型モンスターの最後の一匹をレイピアで華麗に仕留めた。近くで一緒に戦っていたゴツイ船員が俺達にニッコリと微笑む。

 ちなみに大型船ともなると対空や対海用の兵器を搭載している。この船にも搭載されているし、護衛用の冒険者も乗っている。

 だから、俺達がモンスターを狩る必要は無いのだが……あくまで体がなまらないための運動だ。

「カリュー殿のご家族はカーサスに住んでいるはずですな? これから到着するパルイッソの港町からは大分遠いですからなぁ。運悪く出会うなんて事は無いと思いますがのぉ……」

 これから到着するパルイッソからカーサスへは二十日位馬車で移動しないと到着しない距離らしい。

 勿論カリューも分かっている事なのだが……あの調子だ。

「なるべくカーサスから遠ざかる方向で冒険を進めましょう」

 ジェットがカリューの方を哀れむような目で見る。カリューは無意味にメインマストの周りを走り始めていた……。

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