8.りんごばくだん
俺が知らない間に、野上と春野さんが仲良くなっていた。
お姫さまに目覚めのキスをしようとしたら、横から現れた魔法使いにかっ攫われた間抜けな白タイツ王子の気分である。いやどちらかと言えば、王子は野上だけれど…いやいやいや、そういう問題じゃない!
すっかり春野さんの姿が見えなくなったころを見計らって、隣でケロリとした余裕顔をしている野上を睨んだ。わざとらしいため息をはかれた。なんだよ、毒舌王子のくせに。
「何を妬いてんのか知らないけど…俺、明日の飲み会の幹事だから。メンバーのアドレスは把握しておかないといけないの。分かります?」
「…納得いかねえ」
「え?なにが?」
「なにもかもだよ!羨ましいこと山のごとしだわ!つーかお前アレ絶対わざとだろ!俺の前で春野さ…春ちゃんにベタベタするのとか今後一切禁止だから!俺が許さねえから!」
すう、と息を吸い込んでから、一気に言葉をまくしたてる。もう一度ため息をついた野上は、俺に毒りんごの形をした爆弾を投入してきたのだった。
「そんなに羨ましかったなら、坂田も触ればよかったのに」
ドッカン、と頭の中で爆発が起きる。湯気が出てるかもしれないくらい真っ赤な自分の顔。毒りんごに侵食されたかも。
悔しさや恥ずかしさでゴッチャゴチャになったまま、野上の胸ぐらをひっ掴んだ。
「さ…触れるかあああ!!頭撫でるとか軽々しくできるわけねーだろ!一回触っちまったら他も触りたくなるし、抑えきかなくなるだろうが!男は狼なんだよ!俺の場合は春ちゃん限定だけどな!」
「まさに、エスオーエスだねー」
「うっせ、ばか!うまくねんだよおおお」
がくんと肩を落としてうなだれる。やばい、このままいくと、こいつに毒入りりんごスープを鍋ごと飲まされてしまいそうだ。
「…死ね野上…春ちゃんに名前呼びされやがって」
「はいはい、めんごめんごー」
「お前謝る気ゼロだな!…つーか、どうやったら名前で呼びあえる仲まで持っていけんだよ」
「それはまあ…自然な流れでなんとなく」
「なにそのどや顔!すげームカつくんですけど!」
王子様に化けた魔女は余裕綽々な足取りで歩きながら、コンビニで買ってきた安いアップルパイをがぶりと食べている。…いつか、白いドレスを着たお姫さまも食べてしまうんじゃないかってくらいの態度に焦るのは、腑抜けの王子様気取りの俺だった。
「野上…」
「なに?」
「お前は、ぜったい春ちゃん好きになっちゃだめだからな!!」
「さーて、それはどうかな〜」
「そこははっきりしろよ!」
鬱陶しいと言わんばかりに、口の中にアップルパイをねじ込まれた。ほぼ全部飲み込んでしまった後の無抵抗な相手に、容赦なく爆弾を投下してくるのが野上の悪い癖だ。
「そんなに心配なら、他の男につまみ食いされる前に坂田が先に食っちゃえばいいだけの話だろー?」
「ああ!ナルホドな〜?そしたら一石二鳥……って、ばかか!!なんでそうなんだよ!」
フルスイングで毒りんごを投げ返し、白馬に跨ろうとしている魔女を蹴り落とすくらいの度胸を見せなければ、愛しのあの子はいつまでたっても振り向いてくれないどころか目を覚ましてもくれないことに気付いた、紫陽花通りの道にて。
「そん時は、魔法でもかけて手助けしてやるよ。多分ね?」
含み笑いをする憎たらしい魔女に変身していた魔法使いを味方につけてしまったらしい俺は、ごくりと最後のりんごを飲み込んだ。