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レモンの砂糖づけ  作者: 麦子
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7.やわらかいきば

朝からボリュームのあるチーズバーガーを買った。女子としてあるまじき行動である。しかし!色気より食い気!花より団子!をモットーに今日もわたしは生きているのです!

食欲をそそるいい匂いといっしょに小雨が降る紫陽花通りの道を駆け抜ける。走るたびにパンプスに泥が跳ねる。切りすぎた前髪が生ぬるい風に遊ばれて揺れる。チーズバーガーの匂いが鼻を掠めるたびにあのかっこよくて意地悪な八重歯と色っぽくてどきどきする歯形が頭の中を無意識に占領する。

にやける口元を隠すように前のめりになって走っていたわたしの視界が急にひっくり返った。灰色と青色が混合された空と見つめ合う時間、約2秒間。



「っぶねー…ギリギリセーフ」



息がとまる。状況を把握するための瞬きを三回。力強いなにかに身体を支えられているらしいわたし、無事に地球への着地成功。

…逆さまに映るのは、今の今までわたしの頭の中を占領していたひと、坂田くんだった。「ナイスキャッチ」抑揚のない声の方向には、無表情の王子様。朝からこんなかっこいい二人組に助けてもらうとは。明日はきっと隕石が落ちてくる、わたし限定で。



「…おはよう坂田くん。それから、ありがとう」

「いや…うん。心臓止まるかと思った…」

「それにしても、見事な転びっぷりだったな」

「慧くんもおはよう」

「…え?」



わたしが野上くん…じゃなかった、慧くんの名前を呼んだ瞬間、坂田くんがぐりんっと顔をこちらに向けて目を見開いた。そんな坂田くんを横目で見た慧くんがニヤンッとほくそ笑んでいるように見えた。どうしたんだろう?



「あー、そういや春ちゃん。居酒屋の場所分かりそうすか?」

「うんうん、ばっちりだよ」

「えっ?ちょ、なっ」

「詳しい時間とか決まったらまたメールするんで」

「うん。了解です」

「…どうした、坂田。顔色悪いけど?」

「……春野さん」

「うん?」

「こ、こいつとそんなに仲良かったっけ?」

「え?」

「なーに寝呆けたこと言ってんの。出会ったときから俺と春ちゃんは仲良しこよしだもーん。なー?」



にやりと笑う慧くんに無遠慮にがっしりと頭を鷲掴みにされてわしゃわしゃされる。「春ちゃんの髪の毛柔らかいっすねェ」ニヤニヤと笑ういたずら好きの王子様の視線の先にはなぜか顔面蒼白の坂田くんがいた。本格的に具合が悪くなったのだろうか?

慧くんの腕をなんとかすり抜けて、石像のように動かなくなってしまった坂田くんの顔色をそろりと覗き込んでみる。



「だ、大丈夫?」

「はっ、春野さん!!」

「は、はい!」

「えーと…そのー…」

「?」

「…お、俺も“春ちゃん”って…呼んでもいい?」

「へっ…?」

「だ、だめ?」



明るい茶色の瞳がしょんぼりと垂れる。「だめじゃ…ないです」言ったあと顔をあげれば、ぱああっと瞳が見開かれてへらっと笑い返された。その瞬間、心臓がざわざわと落ち着かなくる。まただ、なんだろうこの感じ。



「春ちゃん」



さっそく呼ばれてしまった名前に、勢いよく返事をする。ピシッと背筋を伸ばして坂田くんを見上げた。…呼ばれ慣れている名前のはずなのに、坂田くんが言ってくれるとすごく新鮮なかんじがして、すごく心臓がくすぐったい。坂田くんの声、魔力がかかってるの?



「その紙袋何入ってんの?なんかいい匂いする」

「チーズバーガー!だよ!」

「へえ!いいなーうまそう」

「えっ、朝から?春ちゃんはよっぽどふっくらな体型になりたいんだなー?」

「ち、ちがうから!そ、そんなんじゃないもん!」

「ほーお?」



イタズラっ子を通り越して、いじめっ子な王子様の頭を坂田くんが気持ち良くパーン!と叩いた。きっと慧くんは王子様じゃなくて、毒りんごを売る魔女の方が似合ってる気がします。



「それにしても、なんでチーズバーガーにしたの?春ちゃん少食そうなのに」

「坂田くんの真似したの!」

「へっ?」

「こないだ坂田くんがすごくおいしそうにチーズバーガー食べてるの見て、わたしも食べたくなったから…買っちゃいました!」



それだけの理由で買っちゃうなんて、やっぱりおかしいのかな?

坂田くんは、少し放心したあとにバッとわたしから顔を背けて片手で口元を押さえた。慧くんはニタニタ笑ったまま。



「坂田くん?」

「ご、ごめん…今俺の顔見ないで…」

「?、…えと、じゃあわたし友達と待ち合わせしてるから…お先に失礼します」

「へーい」

「坂田くんも、またね」

「…ん」



曲がり角でそっと振り返ってみたら、男の子二人が元気よく騒ぎながら歩いてきていたのでほっとする。ざわつく心臓を誤魔化すように、調子に乗ってスキップしたらまた転びそうになった。



今日は、なんだかいい事がありそう!




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