5.はちみつびより
「ちょいとそこのお嬢さん、俺にナンパされてみませんか?」
目の前に現れたのは、ハニーフェイスの王子様。壁に背中を預けてニヤリと笑うその姿はとても様になっている。この王子様のお名前はなんだった?隣を歩いていた友達が興奮した口調でわたしの肩をゆさゆさと揺らしはじめる。「ちょ、ちょっと春野!野上くんと知り合いだったの?」そう、野上くんだ。坂田くんのお友達のひとり。確か、見た目の通り“王子様”と呼ばれている男の子だったはず。もちろん、友達調べ。
「今度飲み会やるんですが、メンバーが少なくてさー」
「はあ…」
「あんたも行かないかなーと思ってね、どうっすか?」
「えっ?」
「そこのお友達もいっしょに」
「是非!参加させていただきます!」
王子様の目的は舞踏会のお誘いではなく飲み会のお誘いだった。行く気満々の友達と野上くんがどんどん話を進めていく。置いてきぼりのわたしは買ったばかりのソフトクリームを落とさないように立ち止まるだけ。
「んじゃ、そういうことで。あぁ、もちろん坂田も来るから」
「…はあ」
「…あんた、ほんとに分かってんの?」
「え?」
「ぼーっとしてるとあっという間に食われちまうぜ?」
「食う…?」
「多分そんな度胸はまだでないと思うけどなー?」
「じゃーな」不意に顔を近付けて身体を屈めた野上くんはわたしのソフトクリームをペロリとひと舐めして何事もなかったように歩いていった。さりげなく食べられた。
…食べられるって、こういう意味で言ったの?
「のっ野上くんが舐めたソフトクリーム…」
「え、えっちゃん顔こわいよ?」
「春野!私にこのソフトクリーム売って!」
「売るの!?そして買うの!?」
「買う!そして、野上ファンに高値で売り付ける!」
「無限ループ…?」
野上くん印のソフトクリームは、そのまま行方知らず。まだ一口も食べてなかったんだけどなあ…濃厚ミルクのソフトクリーム。すっかりソフトクリームに浮かれていたわたしの舌のさびしさをどうしてくれよう!ちょっとだけ王子様の人気を恨みつつ、かばんの中に偶然入っていたハチミツ味の飴を舐めた。
坂田くんとはじめての飲み会に、ウキウキな好奇心とほどよい緊張感をひしひしと感じながら歩く単純なわたしの舌は、今度の飲み会へ向けてすでに準備をはじめていたのだった。
その日の夜、はじめて坂田くんにメールを送った。『飲み会楽しみだね』きっかり二分後に受信されたメールには『俺は春野さんと会うのが楽しみ』…また不意打ちを食らったのだった。なぜだか心臓が落ち着かなくなって、返信するのができなかった。
30分後に届いた「おやすみ」のメール。余計に心臓が苦しくなった。はじめてだ、こんなの。どうしようどうしよう、眠れない。
その夜は、携帯を握り締めたまま眠りについた。